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#彼が野生動物だった件 加賀2話

【公安課ルーム】

(津軽さんのプロファイリング···一筋縄ではいかないはず)
(けど···私にはまだ、方法がある!)

サトコ
「も・も・せ・さーん」

百瀬
「げ···」

サトコ
「逃げないでくださいよ!ちょっとお話しませんか?」

百瀬
「寄るな。触るな。あっちいけ」

サトコ
「あっちいけって···子ども過ぎません?」

百瀬
「うるせ。いいから近寄んな」

サトコ
「逃げようったってそうはいきません」
「今、ここには私と百瀬さんのふたりきり···誰も聞いてませんよ?」

百瀬
「オマエに話すことは何もない」

にべもなく言われて、勢い良く頭を下げた。

サトコ
「そこをなんとか!最近、毎日のように津軽さんに見張られてて落ち着かないんです!」
「お願いですから!津軽さんが何を企んでるのか、教えてください!」

百瀬
「無理」
「あれは、俺とあの人の秘密」

サトコ
「津軽さんと百瀬さんだけの秘密、ですか···」
「でも···」

(教官たちから学んだのは、座学だけじゃない)
(こういうときの心理合戦で勝つのは、弱いを握ってる方···!)

サトコ
「百瀬さん···?これを見ても、そう言えますか?」

百瀬
「······!」

私が懐から出したものを見て、百瀬さんが明らかに動揺する。

百瀬
「オマエ···!」

サトコ
「ふふ···どうです?取引と行きませんか···?」
「応じてくれれば、これは百瀬さんのものです···!」

百瀬
「くっ···!」

ふらふらと近寄ってきた百瀬さんが、私が持っているものに手を伸ばしたーー

その夜。

サトコ
「これは違う···これも合わない」
「じゃあ、これは···いや、ダメだ···」
「ここまでは行けたのに···最後のパスワードが合致しない···」

津軽
はい、そこまで

サトコ
「!」

暗かった公安課ルームに、明かりが点った。

津軽
モモから俺の情報を引き出したところまではよかったんだけどさ
さすがに、君なんかがどうにかできるようなセキュリティにはしてないよ

サトコ
「あ、あの···これは···!」

津軽
ワルイ子。上司のパソコンを勝手に盗み見ようとするなんて
当然ペナルティがあるのはわかってるよね?

(ぜぜぜ絶体絶命···!)

加賀
その辺にしとけ

津軽さんの後ろから現れたのは、加賀さんだ。

サトコ
「加賀警視···どうして」

津軽
学校時代に彼女の指導してたのって、兵吾くんでしょ?
躾が甘かったんじゃないの?

加賀
甘いのはテメェだろうが。犬の躾くらい、しっかりやっとけ

津軽
···確かにね。モモが取引に応じるのは誤算だったな
いつの間にあんなもの用意したの?

サトコ
「それは···」

津軽さんが言っているのは、私が百瀬さんとの取引に使った “あるもの” のことだ。

津軽
まさか、モモが好きなプロレスラーのプレミアムチケットをチラつかせるとはね···

サトコ
「···交渉の材料になりそうなものは、常に探すようにしています」

津軽
はあ···飼い犬に手を噛まれるとはこのことかな。ねぇ兵吾くん

加賀
こいつはテメェの犬じゃねぇだろ

津軽
だね。犬じゃなくてウサギだ

加賀
······

津軽
だってさ、ウサギって感じがしない?何かあるとビクビクするし
あと、寂しいと死んじゃいそうだし

<選択してください>

それは迷信です

サトコ
「津軽さん、それは迷信···」

津軽
そう?じゃあ寂しくなるまで放置してみよっか
ねえ?兵吾くん?

加賀
······

(加賀さんからの放置プレイ···!?ほ、本当に寂しくて死んじゃいそうだからやめてほしい···!)

グルだったの?

サトコ
「今回の件は、おふたりともグルだったんですか···?」

津軽
グルだなんて人聞きが悪いな。ちょっと協力し合っただけだよ

加賀
した覚えはねぇ
テメェが勝手にやって、勝手に俺を呼び出したんだろうが

津軽
でも今ウサちゃんがどういう状況か、なんとなくわかってたのに来たんでしょ?
なら、協力したのと一緒だよ

ペナルティは?

サトコ
「あの···ペナルティはどうなるんでしょう···?」

津軽
どうしようかなー。ただでさえ公安では他人の情報を引き出すなんてご法度だし
それを破った時···公安刑事としてどうなるか、君でもわかるよね?

(公安刑事として···お、終わり!?)

加賀
もういい

加賀
くだらねぇ茶番見せやがって

加賀さんの舌打ちが公安課ルームに響いた。

津軽
この子の仕事ぶりに関しては、まだ兵吾くんの責任もあるからね
完全にうちの班に染まっちゃえば別だけど。モモみたいに

加賀
······

(ああ、加賀さんの怒りが見える気がする···)
(私は確かに津軽班だけど、それに染まるつもりは···!)

津軽
それとも、かわいいかわいい教え子が他の男のものになるのは気に入らない?

加賀
······

サトコ
「つ、津軽さん!?」

津軽
似たようなものでしょ?今まで独占していた君が、今や俺の言いなりなんだから

サトコ
「なんか、言い方に語弊がある気が···」

加賀
相変わらずテメェはいちいち突っかかってくんな

津軽
······
兵吾くんの口数が比較的多くなるのって、この子絡みのときだけだからね
さーてと、それじゃウサちゃん

私の前まで歩いてくると、津軽さんがパソコンをシャットダウンする。

津軽
どんな愉しいペナルティにしよっか?

サトコ
「······!」

(こうなったら仕方ない···奥の手を使うしか!)

ス···っと私が懐から取り出したものを見て、津軽さんが目を見張った。

津軽
それは···

サトコ
「ネットでは常に完売、店舗でも売り切れ続出で、なかなか手に入らない···」
「そう、辛いものが好きな津軽さんなら手が出るほどほしい、幻の七味唐辛子です!」

津軽
 “オーバー・ザ・レインボー” ···!

加賀
······

サトコ
「津軽さん···私と取引しませんか」
「今回見逃していただけたら、これは今この場で津軽さんのものです」

津軽
······

(これでダメなら、もう打つ手なし···)
(百瀬さんは津軽さん関係のものなら飛びつくけど、津軽さんは···)

一瞬の沈黙のあと、津軽さんが爆笑した。

サトコ
「!?」

津軽
ダメだ、降参降参

私の手から七味唐辛子の瓶を浚うと、津軽さんが肩をすくめる。

津軽
まさか、俺に対してまでこういうのを用意してたとはね
これも学校で習った方法?

サトコ
「いえ···これは加賀警視から学んだことです」

加賀
······

サトコ
「使えるものは何でも使う···それが加賀警視の教えですから」

津軽
なるほど。ちゃーんと学んでたってわけか
はい。これは君のものだよ

七味唐辛子がなくなった私の手に、津軽さんがマイクロSDを握らせた。

サトコ
「これは···」

津軽
 “同窓会” の写真のデータ
俺たちもそのうちに行こうね、3人で

よしよし、とでもするように、津軽さんが私の頭を撫でる。

加賀
······

サトコ
「······!」

恐ろしくて振り向けないほど、加賀さんから不穏なオーラを感じるのだった···

【加賀マンション】

その夜、加賀さんの部屋に連れ込まれ、そのまま寝室へとなだれ込んだ。
さっきの不穏オーラが忘れられず逃げ惑ったものの、あっさりと壁際に追い詰められた。

加賀
なんのつもりだ?あ?

サトコ
「ヒィ···な、何がですか···」

加賀
さっきからビクビクしやがって

サトコ
「だって···加賀さんが殺しそうな勢いで睨んでくるから」

加賀
テメェが逃げるからだろ

サトコ
「だからそれは、加賀さんが···」

ドン、と壁に手をつかれ、壁と加賀さんとの間に閉じ込められた。

サトコ
「······!」

加賀
いっちょまえに焦らしてんじゃねぇ

ゆっくりと加賀さんが顔を近づけ、私の耳を食む。
痺れるような快感に襲われて、思わず肩を震わせた。

サトコ
「じ、焦らしてなんて···」

加賀
あ?

サトコ
「ぁっ···」

慌てて口を押えたけど、舌で耳を弄ばれて声を殺すことができない。
加賀さんの熱を帯びた視線から苛立ちを感じて、どうすればいいか必死に頭を回転させた。

(そういえば···津軽さんが言ってた、ライオンの生態)
(雌のほうから雄を誘う···って)

サトコ
「あ、あのっ···」

加賀
······

サトコ
「えっと···」
「···が、ガオー」

加賀
······

(この顔···!しまった···外した!)

お仕置きされる覚悟でぎゅっと目を閉じた瞬間、強引に唇を奪われた。

サトコ
「······!?」

加賀
いい度胸だ

サトコ
「っ······あ、っ······」

加賀
お望みどおりにしてやるよ

ベッドに押し倒されるとすかさず大きな手がスカートの中に滑り込んでくる。

加賀
テメェから誘ったんだ、覚悟はできてんだろうな

サトコ
「いや、あの···!」

加賀
できてねぇとは言わせねぇがな

サトコ
「でもその、覚悟はできてますけど、心の準備が···」

加賀
知ったことか

必死に加賀さんの手を止めようとしたけど、簡単に手首をつかまれて頭の上でまとめられた。

加賀
生意気に抵抗してんじゃねぇ

サトコ
「だって···だって···」

加賀
唐辛子野郎のせいで、何日テメェに触れてないと思ってる

サトコ
「唐辛子野郎って···津軽さんのことですか?」

加賀
他にいねぇだろ
···さっさと、あの野郎の喉元に噛みついてやれ

そう言いながら、加賀さんが私の首筋にわざときつく吸い付く。
結局、私に選択権はなくて···

(喉元に噛みつかれてるのは、私の方だ···)
(きっともう、離してもらえない···)

強引だけど優しい、いつもの手と唇。
言葉は怖いけど、加賀さんはいつだって愛情深く私を包み込んでくれる。

(だから···津軽班になっても津軽さんの色には染まらない)
(私のやり方は加賀さん仕込みで···いつか、完璧に自分のものにしたいから)

力を抜くと、満足したように加賀さんが私の肌に顔をうずめる。
獲物を逃がさんとするかのように、加賀さんの熱は冷めることがなかった。

目を覚ますと、先に起きていた加賀さんと目が合った。

加賀
テメェから誘うとは、珍しいこともあるもんだな

サトコ
「え?」

加賀
駄犬ごときが、ライオンの真似か

(あ···もしかして、『ガオー』の···)

サトコ
「あれは···津軽さんが百瀬さんにライオンの生態を調べさせた時」
「ライオンは雌から雄を誘う、って言ってたので」

加賀
······

(···あれ?なんだか不吉な予感が···)

加賀
他の男が言ったことを真に受けて実行した、ってわけか

サトコ
「真に受けて···!?」
「だ、だって···生態ってことは、別に津軽さんの主張じゃなくてですね!」
「生物学者の人が、きっとちゃんとした調査に基づいて···」

加賀
黙れ

加賀さんが、正面から思い切り私の顔面をつかむ!

(久しぶりのアイアンクロー!)
(って、懐かしんでる場合じゃない!)

<選択してください>

誘うのは加賀さんだけ

サトコ
「わ、私が誘うのは加賀さんだけですから!」

加賀
当然だ
他の男になんざ色目使いやがったら、沈めるからな

(どこに···!?)

一生加賀班のつもり

サトコ
「私、津軽班ですけど···でも一生、加賀班のつもりですから!」

加賀
当たり前なこと言ってんじゃねぇ
今は唐辛子野郎に貸してやってるだけだ

サトコ
「そ、そうです···だから離してください···!痛い!」

喉元に咬みつきますよ

サトコ
「い、いつか私だって、加賀さんの喉元に咬みつきますよ···!」

加賀
やれるもんならやってみろ

指の間から見える加賀さんの表情は、楽しんでいるようにも見える。

サトコ
「加賀さん、私が歯向かったら怒るんですよね···?」

加賀
撃つ

サトコ
「撃つ!?」

(よ、余計なこと言って命を失うところだった···)
(石神教官と津軽さんは、加賀さんの中でタブーなんだな···)

ようやく離してもらえた顔を撫でながら、チラリと加賀さんを見る。

加賀
見てんじゃねぇ

サトコ
「見るくらい許してください···」

(加賀さんは、百獣の王···ライオンのイメージにぴったりだな)
(そんな人の隣にいるって覚悟決めたんだから、私ももっと成長しなきゃ)

今回は津軽さんからのお咎めはなしだったけど、また何か仕掛けてくる可能性は充分にある。

(上司なのに要注意人物って、すごい人だけど···)
(でもそういう人の下で働けるのは、ラッキーなのかも)

サトコ
「私、明日からも頑張りますね」

加賀
勝手に張り切ってろ

サトコ
「ふふ、そうします」

加賀さんの腕に、頬を寄せる。
誰よりも強くて大きなプライドと、それに見合う力を持った人のぬくもりを感じながら、
目を閉じた。

Happy End

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