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#彼が野生動物だった件 颯馬1話

【自室】

アナウンサー
『今年生まれたキリンの赤ちゃんが、今日から公開されました!』

颯馬さんからの返信を待っていると、ふとテレビからそんな声が聞こえてきた。

(そういえば、この前颯馬さんがつけてたのもキリンのカチューシャだったっけ?)

飼育員
『穏やかに見えるキリンですが、優劣を決めるときはものすごく激しいんです』
『具体的に言うと、お互いの首をぶつけ合います』

アナウンサー
『ええ!あんなに長いのに、折れちゃったりしないんですか?』

飼育員
『折れる時もあります。でも、変わったパターンもありまして』
『死闘を繰り広げた末そのまま···ー』

♪~♪~♪~

サトコ
「!」

携帯の着信音にスマホを手に取る。
画面を開くと、颯馬さんからの返信が来ていた。

(電話しても大丈夫か、って···さすがに盗聴までされてないと思うけど···)

返信を打とうとした瞬間、画面が着信中に切り替わる。

サトコ
「あ···!」

文章を送ろうとしていた指が咄嗟に押してしまったのは通話ボタンだった。

(どうしよう、全く心の準備とか出来てない···!)

颯馬
サトコ?

電話口から聞こえてきた声。
あまりにもバッチリ過ぎるタイミングに空恐ろしくなりながら、口を開く。

サトコ
「も、もしもし···」

颯馬
何かありましたか?

開口一番に聞かれた質問に、思わず言葉が詰まる。
気遣わし気な口調が余計に胸を締め付けるようだった。

(心配してくれてるんだろうな···)
(でも、忙しい颯馬さんに迷惑をかけるわけにもいかないし···)

サトコ
「これから少し仕事が忙しくなりそうで···集中したいんです」

颯馬
······

妙に長く感じる沈黙に、ドクドクと心臓が早くなる。

颯馬
わかりました

颯馬さんの言葉にホッと胸を撫で下ろす。

(津軽さんのことさえ解決できれば、また元通りになるだろうし···それまでは···)

サトコ
「仕事が一段落したらすぐに連絡しますね」

颯馬
はい。でも、無理だけはしないでください

サトコ
「···ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」

颯馬
おやすみなさい

嘘をついていることを後ろめたく思いながらも、静かに電話を切った。

(とにかく、津軽さんが持ってる写真のデータを奪還しないと!)

【公安課ルーム】

その日は百瀬さんが任務で不在だったため、私が津軽さんの補佐についていた。

(津軽さんのデスクに写真があると思うんだけど···)

そうは思っても、なかなか津軽さんが隙を見せることはなかった。
気付けば時間も遅くなり、課内の人影も減ってきている。

(出来れば、津軽さんが帰った後にいろいろ探りたいけど···)

津軽
サトコちゃんはまだ帰らないの?

当然当の本人から声をかけられ、跳ねそうになる肩を何とか抑えた。

サトコ
「あ、はい。今日中にこれを終わらせたいので」

津軽
そんなに急ぐ資料でもないのに?

サトコ
「余裕があるうちに終わらせておこうかと」

津軽
仕事熱心だね

曖昧に返事を返す津軽さんに、内心ドキドキが止まらない。

(や、やっぱり怪しまれてる···?)

先日大きな任務を明けたばかりで、実はそこまで忙しくもなかった。
やることと言えば、簡単な書類整理や書類の作成くらいで···

(こんな暇な状況で進んで残業したいなんて、怪しまれるよね···)

津軽
もしかして、家に帰りたくない理由でもあるの?

サトコ
「え···?」

津軽
あ、家にゴキブリでも出たんだ。ダメだよ、ちゃんと掃除しないと
確かに家に帰って黒いアイツが待ってるだけなんて嫌すぎるもんね

サトコ
「違いますから!そういうのじゃありません!」

津軽
そういうことならもっと早く言ってくれればいいのに

(人の話全然聞いてくれない···!)

津軽
それなら、俺とデートしようか

サトコ
「デ、え···!?」

津軽さんはニッコリと微笑み、本気とも冗談とも取れないテンションで呟く。

サトコ
「どうしてそんな話になるんですか!?」

津軽
デートなんてご無沙汰かと思ったんだけど、違う?

サトコ
「余計なお世話です!」

(ダメだ。これ以上ここに居ても、津軽さんにちょっかいかけられるだけかも···)

サトコ
「やっぱり今日は帰ります。お先に失礼します」

津軽
うん、お疲れ様ー

ひらひらと手を振って見送る津軽さん。
視界の端に写る津軽さんのデスクを気にかけつつも、その場を後にしたのだった。

【マンション】

(そう簡単には近づけないよね···)

分かってはいたものの、津軽さも適当なようでやはりガードは堅かった。
ため息をつきながら重たい足取りで家へと向かう。

(颯馬さんに嘘をつき続けるのも心苦しいし、早く何とかしないと···)

鞄の中から自宅の鍵を取り出しながら玄関へと向かう。
少し下げた視界の先に、ふと見覚えのある靴が飛び込んできた。

(え···)

恐る恐る視線を上げると、玄関の前で待つその姿に心臓が跳ねた。

サトコ
「颯馬、さん···」

(どうしてここに···)

そんな言葉は整いすぎた颯馬さんの微笑みにかき消された。

颯馬
おかえりなさい

【自室】

颯馬さんの前にお茶を差し出す。

颯馬
ありがとうございます

いつも通りの様子でそう言葉を返されたものの、グラスに手を付ける気配はない。

(表情は穏やかなのに、何だろう···この圧迫感···)

彼の向かいに座りながら、無暗に口も開けずにじっとしていた。

颯馬
昨日の話ですが

(や、やっぱりその話だよね···!)

サトコ
「はい···」

颯馬
書類整理は順調ですか?

サトコ
「······」

(私の行動、颯馬さんに全部筒抜けになっているのでは···?)

直接聞いてこないあたりがもう全てを見透かされているようだった。

颯馬
···そんなに俺と距離を置きたかった?

サトコ
「え···」

颯馬
嘘までついて

サトコ
「······」

颯馬さんが静かに呟く『嘘』という単語が突き刺さるようだった。

颯馬
···突然お邪魔してすみませんでした

そうつぶやくと、荷物を纏め立ち上がる颯馬さん。

(せっかく2人っきりで会えたのに···!)

<選択してください>

謝る

サトコ
「ご、ごめんなさい!」

咄嗟に手が伸び、颯馬さんの腕をつかんでいた。
掴んだ彼の手がピクリ、と動き身体が動きを止める。

気を引く

サトコ
「お、お茶くらい飲んでいってもいいんじゃないですか···?」

何とかまだ一緒にいたくて、振り絞って出てきた言葉はそんなものだった。

颯馬
···特に喉も渇いてないので
出してもらったのにすみませんが···

突き放されるような態度に、堪えていた言葉がせり上がってくる。

サトコ
「ま、待ってください···!」

見送る

サトコ
「······」

(それでも、颯馬さんに迷惑をかけるわけにはいかない···)

玄関へと向かって歩き出す颯馬さん。

(でも、まさかこのまま···)

自分に正しい判断だと言い聞かせながらも、焦燥感が抑えられない。

颯馬
では

サトコ
「!」

サトコ
「颯馬さんに監視されてるかもしれないんです!」

気付いた時には、言葉が口から溢れ出る。

サトコ
「この前の動物園のこともなぜか知られていて···」
「颯馬さんとのこともバレたりしたら迷惑になるって思って、あんな···」

そこまで一息に言葉を紡いでいた。

(い、言っちゃった···)

ふっとこちらを振り返った颯馬さんの笑みに、ハッとする。

颯馬
やっと素直に話してくれましたね

サトコ
「!」

(ま、まさか···)

颯馬
押してダメなら引いてみる。基本中の基本です
まぁ、公安刑事としてはどうかと思いますが

サトコ
「す、すみません···」

私の前に座り直す颯馬さんは、汗をかいたグラスに口をつけた。
最初からそう動くと決めていたような動作に、開いた口が塞がらない。

颯馬
まぁ、概ね予想通りです
1人で解決しようとした貴女の気持ちはわかります
私のことを気遣ってくれた気持ちも、本当に嬉しいですから

簡単に颯馬さんに喋らされてしまったことを悔やみながら、彼の言葉に耳を傾ける。

颯馬
それで、首尾のほうはいかがですか?

(ここまで言ったら全部話すしかないよね···)

サトコ
「正直、芳しくないです···津軽さんのガードが固くて···」

そうして、今日の様子を颯馬さんに説明した。

颯馬
分かりました

サトコ
「明日からはもっと方法を考えないと···」

颯馬
帰りに津軽警視にデートに誘われたんですね?

サトコ
「そう、デートに···ってそこですか!?」

真顔で呟く颯馬さんに思わず声を張ってしまう。

颯馬
状況はわかりました。明日からは私も彼の様子を見ていますので

サトコ
「すみません···結局巻き込んでしまって···」

颯馬
貴女が謝ることではありません
それに、むしろ何か隠されている方が気になってしまいますから

(颯馬さんに隠し事なんて一生できないかも···)

そんなことを想いながら、お茶を飲む颯馬さんを見つめていた。

【警察庁】

(結局進展のないままだな···)

相変わらず津軽さんのガードは緩まない。
溜息を零しながら廊下を歩いていると、聞き覚えのある声に足を止める。

(あれは、颯馬さんと···津軽さん?)
(まさか、颯馬さんが例の写真のことで何か動いて···?)

そう思い至り、そっと息を潜めて2人の会話に耳をそばだてる。

颯馬
なるほど、5本···

(5本?何の話だろう···)

津軽
パッと見、2本しか分からないよね。キリンの角って

(なんでキリン···)

津軽
そういえば、知ってる?
キリンって、雌を奪う雄同士の争いで首折って死ぬこともあるって

颯馬
ええ。そして決着がつかずにいると
その雄同士で愛を深め合うこともあるとか···

颯馬さんが伏し目がちに津軽さんへと視線を向ける。
長い睫毛の際立つその目元が、妙に色っぽく見えた。

津軽
ああ、そういうこともあるらしいね
何でも妙に官能的だとも···

津軽さんはその視線を見つめ返し、何とも艶めいた雰囲気が広がる。
なぜか早まる鼓動を抑えながら、慌ててその場を離れた。

(み、見てはいけないものを見たような気がする···)

【休憩室】

サトコ
「うーん···」

仕事に戻っても、颯馬さんと津軽さんの光景が頭から離れなかった。

(全然集中できない···)

休憩室でコーヒーを飲んでいると、後藤さんと東雲さんがやってくる。

東雲
堂々とサボり?

サトコ
「ちょっと休憩してるだけです!」

後藤
顔が疲れてるな

後藤さんと東雲さんも飲み物をそれぞれ買う。
そんな様子を見ながら、ぼそっと呟いた。

サトコ
「いえ、何だか見てはいけないものを見たような気がして···」

後藤
見てはいけないもの?

東雲
今度は何をやらかしたの?

サトコ
「やらかしてません!颯馬さんと津軽さんが2人で話してたんですけど···」
「なんだか雰囲気が怪しくて···」

後藤

(え、今一瞬後藤さんの表情が固まったような···)

サトコ
「後藤さん、何か知ってるんですか?」

後藤
あ、いや···

東雲
そんな風に言われると気になるじゃないですかー

後藤
···周さんなら、ありえるかもしれない

サトコ
「え、それってどういう···」

そう尋ねるも、後藤さんは顔を赤くするだけで何も言わない。

東雲
うーわー···

サトコ
「······」

(な、何があったんだろう···)

【公安課ルーム】

それからしばらく、颯馬さんからの連絡はなかった。
登庁し、仕事を始めようにも颯馬さんのことが気になってしまう。

(颯馬さん、どうしたんだろう···)

その時、ふと後藤さんから聞いた話が頭を過った。

(颯馬さんならありえるかもって···)
(まさか、私に愛想を尽かして、津軽さんと···?)

まだ姿の見えない津軽さんのことを思い浮かべる。

(性格はともかく···顔も綺麗で、いざという時には頼りになるし···)
(頭の回転も速いし、私と会話してる時よりも楽しかったりして···)
(もしかして···私、適うところない!?)

津軽
おはよー···

サトコ
「!」

聞こえてきた津軽さんの声にハッとして振り向いた。
あくびを噛み殺しながらデスクにつく津軽さんは明らかに寝不足に見える。

サトコ
「···大丈夫ですか?」

津軽
正直ものすごく眠い···」

鞄から取り出した栄養剤を煽る津軽さんの目元には、うっすらと隈も出来ている。

百瀬
「···珍しいですね」

津軽
ん、あぁ···

気だるげに百瀬さんの方を見ながら、津軽さんはボソッと呟く。

津軽
周介くんが寝かせてくれなくて

(なっ···!?)

to be continued

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