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#彼が野生動物だった件 難波1話

ドラゴンは空想上の動物である。

【自室】

サトコ
「つかないなぁ、既読···」

メッセージを送信してからずっと、室長からの反応が気になって仕方ない。
でもLIDEの画面は、いつまでたっても未読のままだ。

(室長は忙しいもんね。相変わらずスマホの扱いにも慣れてないみたいだし···)

これまでにもこういうことはよくあった。
でも送ったメッセージの内容が内容だけに、いつもよりも何となく落ち着かない。

(でもでも···こういう時こそ、平常心!)

公安学校で散々叩き込まれた公安刑事としての心構えを思い出し、とりあえず大きく深呼吸した。

サトコ
「とりあえず、今日はもう寝よう」

『任務中は何があっても寝ないこと』と
『寝れるときはどこでもいいからすぐに寝られるようにすること』もまた、
公安学校で叩き込まれた捜査の極意だ。

ジリリリリンッ!

あっという間に眠りに落ちたと思ったら、あっという間に朝が来た。
寝惚け眼で目覚まし時計を止め、スマホを見る。

サトコ
「あ···」

(既読になってる!しかも、ドラゴンのスタンプ?)

室長が送ってきたのは、今まで見たことのないかわいいスタンプだった。

(あの時もドラゴン耳カチューシャを着けてたから、ドラゴン?)

津軽さんに見せられた動物園での写真を思い出す。

(そういえばドラゴンって、実在しない動物だよね···それなのに、なんで動物園にドラゴン?)

今さらながら不思議に思うが、妙に室長にぴったり来ている気もする。

(底知れないパワーを秘めていそうな感じとか、どこか超越してる感じとか···?)

ぼんやり考えていたら、いつの間にか家を出る時間が迫っていた。

サトコ
「わ、遅れるっ!」

(とりあえず、わかってくれたってことでいいんだよね?よかった···!)

慌てて顔を洗い、朝食もそこそこに部屋を飛び出した。

【公安課ルーム】

サトコ
「おはようございます!」

登庁すると、なぜか室長が私の席にいた。

サトコ
「え···あ···」

(な、なんで?)

難波
よお

サトコ
「どうも···おはようございます」

(会うのを控えませんかって言ったばっかりなのに···)
(しかも一番見られたくない津軽さんの目の前って、何とも微妙···)

サトコ
「あの、私に何か?」

難波
いや、別に

サトコ
「······」

(···別に?室長それ、本気で言ってますか?)

明らかにこわばった笑顔を浮かべつつ、さりげなく津軽さんの席を見た。
津軽さんは、あくまでも笑顔。

津軽
······

(怖いくらいに笑顔···)

しかしその表情からは明らかに、迷惑オーラがにじみ出ていた。
そして百瀬さんは······

百瀬
「······」

(疲れ切ってる···?)

何がどうなっているのかわからずにいる私の目の前に、津軽さんがツカツカと歩いてくる。

津軽
今日は朝からですか?

難波
ん?なにが?

ポカンとした室長の顔を見て、津軽さんの顔にますます怖い笑顔が浮かんだ。

(し、室長!お願いですから、これ以上津軽さんを刺激しないで···)

津軽
これはあくまで俺の個人的な感想ですけど···
お二人はだいぶ距離が近いんですよね

サトコ
「!」

難波
そうか?じゃあ

室長は本気なのかとぼけているのか、床を蹴ってキャスター付きの椅子ごと少し後ろに下がった。

津軽
いえ、俺が言いたいのはそういうことではなくて···

難波
じゃあ、どんなんだ?

津軽
···

難波

室長が一体何を言い出すのか、もう気が気でならない。

難波
サトコ、お前分かるか?

サトコ
「え、私ですか!?」

<選択してください>

私にも何のことだか

サトコ
「いえ、私にも何のことだか···」

難波
だよな

(わかってる···わかってるけど、ここで自分から口にするのはさすがにちょっと···)

恐る恐る津軽さんを見る。
案の定、津軽さんは信じられないといった表情で私を見つめていた。

まあ、なんとなくは

サトコ
「まあ、なんとなくは···」

難波
なんだ、わかってるなら教えてくれよ

サトコ
「え?」

(今ここで?それはさすがにどうかと···)

チラリと津軽さんを見る。
津軽さんは試すように私を見てふっと笑った。

曖昧に微笑む

サトコ
「いや···まぁ···どうなんでしょう?」

(もちろんわかってるけど、ここで自分から口にするのはさすがにちょっと···)

誤魔化すように曖昧に笑った私を、津軽さんは面白くなさそうに見つめている。

津軽
お二人は公安課の室長と公安学校の訓練生だったわけですよね

難波
まあ、そうだな

津軽
指導教官と訓練生ならともかく···さすがにちょっと、仲がおよろしすぎるといいますか

津軽さんは皮肉にしか取れないバカ丁寧さで室長と私を交互に見つめた。

(言われちゃったか···こうならないための、昨日のメッセージだったのに···)

こうなってしまうと、
これからは職場でもあまり気軽に言葉に交わしづらくなってしまうに違いない。

(そうじゃなくても室長は忙しくて、仕事以外で会う時間もないのに···)

難波
あー、そうかもな

サトコ
「え?」

室長のあっけらかんとした言葉に、しょんぼりしかけた心が跳び上がる。

(今度は一体···何を言い出します?)

津軽さんも同じことを思ったのか、警戒気味に室長の次の言葉を待っている。

難波
サトコにはよくいろいろ世話してもらってるしな

同意を求められるように視線を向けられ、表情がこわばる。

サトコ
「そ、それは···どうでしょう?」

(室長···それはもしかして、爆弾発言では!?)

津軽
へぇ···

津軽さんは面白そうに、私と室長を交互に視線を送る。

津軽
近いどころか、一心同体なんですね

難波
一心同体···確か、公安課長の部屋の額にもそんなことが書いてあったな

室長は余裕の表情で笑っているが、見ている私は気が気ではない。

(お願いだからその話題、もうやめて···!)

【モニタールーム】

(ああ、もう···室長はなんてことを···)

石神さんと後藤さんを探してモニタールームのドアを押し開けながら、再び溜息がこぼれた。
それを耳ざとく聞きつけ、室内でモニターを睨んでいた二人が振り返る。

サトコ
「こちらでしたか」

後藤
お疲れ。まだ週半ばだっていうのに疲れ切った顔だな

サトコ
「···すみません」

石神
何か用か?

サトコ
「実はこの書類をお二人に届けるようにと···室長から」

石神
室長、か

石神さんは書類を受け取りながら一瞬、鋭い視線を私に投げた。

(今、眼鏡の奥で目が光ったような···?気のせいかな)

サトコ
「な···難波さんから、です」

石神
わかっている。お前の略す『室長』呼びは難波室長だけだ
確かに受け取った。ご苦労だったな

サトコ
「あ、はい。それでは、私はこれで···」

クルッと背を向けた瞬間ーー

後藤
室長が問題発言したって?

サトコ
「え?も、問題発言···?」

(って、まさかさっきのあれ?でもさすがに、ここまで届くにはタイミング的に早すぎる気が···)

石神
ああいう話は広がるのが早い

私の心の中を見透かしたように石神さんが言った。

石神
変に勘繰られたくないなら、充分気を付けることだ

サトコ
「はい···気を付けます」

知らぬ間に問題がどんどん大きくなっていってる気がして、暗澹たる気持ちに包まれた。

サトコ
「はぁぁ···」

思わずため息。
そんな私を見るに見かねたように、後藤さんが頭にポンと手を置いた。

サトコ
「···後藤さん?」

後藤
俺たちはわかってる

石神
まあ、必要以上に気にしないことだな

石神さんも、ポンと肩を叩いてくれる。

(お二人とも、なんてお優しい···!)

サトコ
「はい!ありがとうございます」

(なんかちょっと、気が楽になったかも···なんてのんきなこと言ってていいのかな?)

【休憩室】

黒澤
いいじゃないですかぁ、コーヒーの一本くらい

休憩室の前を通り過ぎようとした時、中から黒澤さんのねだり声が聞こえてきた。
思わず中を振り返った瞬間、黒澤さんに絡まれている加賀さんとバッチリ目が合う。

加賀
······

相変わらずの何か物言いたげな視線に、踏み出しかけた足が思わず止まった。

黒澤
そんなことを渋っちゃ、男がすたりますよ!

加賀
うるせぇ。そんなんですたるようなヤツは元々男じゃねぇんだよ

颯馬
なるほど···そういう解釈も成り立ちますね
それじゃ、私についでに一本

加賀
おい···だいたい、どうした俺がお前らに···

黒澤
あれ?サトコさんじゃないですか!

颯馬
おや、いつの間に···

黒澤さんの言葉でようやく私の存在に気付いたらしき颯馬さんが、労しげな目で微笑んだ。

颯馬
あなたも大変みたいですね

サトコ
「え···?」

(まさか···ここでも?)

ガタン!

私たちの背後で自販機を操作していた加賀さんが、缶コーヒーをスッと私たちの前に差し出した。

黒澤
ごちそうさまです!さすがは漢(おとこ)の中の漢!!

加賀
お前じゃねぇよ

加賀さんは邪険に黒澤さんの手を払うと、私の手に缶を押し付ける。

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

加賀
お前、相変わらず振り回されてるみてぇだな

サトコ
「ああ、まぁ···」

(やっぱり···この広がり具合、スピード感、思った以上かも···)

黒澤
あー!もしかして

一瞬ポカンとなっていた黒澤さんが、ハッとしたように私を指差した。

黒澤
聞きましたよ、オレも。サトコさんが難波さんの介護を···

ペシッ!

絶好調に言いかけた黒澤さんの頭に、鋭い手刀が飛んだ。

黒澤
いたっ!な、何するんですか?

加賀
俺じゃねぇ

黒澤さんに避難がましい目を向けられた加賀さんが吐き捨てる。

黒澤
このメンツで、加賀さん以外誰がするんですか。こんなひどいこと!

加賀
さあ···気のせいじゃねぇか?

黒澤
気・の・せ・い!?
そうやっていくら誤魔化してみても、お天道様はちゃ~んと見てますからね!

加賀
お前、言ってることがばぁちゃん並みだな

颯馬
まあまあ、二人とも
とりあえず今日は私がおごりますから、ひとまず落ち着きましょう

颯馬さんはやんわりと二人の間に割って入ってから、自販機に向かった。

ガタン!ガタン!

颯馬
はい、どうぞ

加賀
······

黒澤
さすがは颯馬さん!ありがとうございます~

プシュッ

何となく、4人とも無言で缶コーヒーをゴクゴク飲む。

(みなさん優しいな。でもこのままじゃ、ますます気を遣わせちゃうよね)
(何とかしないと···)



【公安課ルーム】

サトコ
「あの!」

意を決して、デスクで書類を睨んでいる津軽さんの傍らに立った。

津軽
何?

サトコ
「例の写真の件なんですが···」

津軽
写真がどうかした?

サトコ
「なんとか···お返しいただけないかと···」

今さら返してもらっところでどうなるものでもないのはわかっていた。
でも万が一、噂と一緒にあの写真の存在が明らかになれば、
室長だけでなく私を励ましてくれた皆さんにも迷惑が掛かってしまう。

津軽
ダメ

サトコ
「そ、そこを何とか···」

津軽
ウサちゃんは全然わかってないね
今となってはもう、君だけの問題じゃないから

サトコ
「それは···どういう?」

津軽
ま、今にわかるよ

津軽さんは意味ありげにフッと笑うと、これ以上話すことはないと言いたげに視線を書類に戻した。

(どういうこと?まさか、上層部まで巻き込んだ大問題になっちゃってるとか···!?)

【廊下】

(このままじゃ、絶対にまずい!)

室長に一刻も早く伝えたくて、庁内を走り回った。

(おかしいな。まだ中にいるはずだと思うんだけど···)

喫煙所を皮切りに心当たりを全部回るが、室長の姿は見当たらない。

サトコ
「出ちゃったのかな」

諦めかけた瞬間、目の前の男子トイレから室長が現れた。

サトコ
「し、室長!?」

難波
おお、お疲れさん
なんだ、こんなところで待ち伏せか?

【資料室】

バタン!

室長を資料室に押し込むなり、後ろ手にドアを閉めた。
薄暗い室内は、シンと静まり返っている。

難波
おいおい、どうした?

サトコ
「室長、そんな余裕見せてる場合じゃないかもですよ」

難波
場合じゃないって?

室長はのんびりと頷きながら、ポリポリとアゴを掻いている。
その様子には、深刻さは微塵も感じられない。

サトコ
「あの写真ですよ!動物園で撮られた」

難波
ああ、あれな

サトコ
「わざわざ大事にならないようにと思ってメッセージしたのに···」
「室長が津軽さんの前で煽るようなことを言うから台無しです」

別に室長が悪いわけではないとわかってるのに、ついつい責めるような口調になってしまう。
そんな私を、室長は不思議な生き物でも見えるようにじっと見つめていた。
まるでドラゴンのように、あらゆるものを超越したような雰囲気で。

難波
お前さ···
何をそんなに必死になってるんだ?

サトコ
「何をって···」

(もしかして室長···本気でわかってないの!?)

to be continued

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