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#彼が野生動物だった件 難波2話

【資料室】

サトコ
「わざわざ大事にならないようにと思ってメッセージしたのに···」
「室長が津軽さんの前で煽るようなことを言うから台無しです」

すっかり慌てている私を、室長は不思議な生き物でも見るようにじっと見つめた。

難波
お前さ···
何をそんなに必死になってるんだ?

サトコ
「何をって···」

(もしかして室長···本気でわかってないの!?)

サトコ
「だって、室長は公安課全体を監督する立場なわけで···」
「あらゆることを公正に冷静に判断しなきゃいけないわけで···」
「そうなると、私と特別な関係にあるということが知られると、その···」

伝えたいことが上手く言葉に出来ていない気がしてもどかしい。
そんな私の様子を見かねて、室長が言葉を引き取った。

難波
お前との関係が皆に知られたら、俺がお前をひいきしているとでも思われるか?

サトコ
「······」

コクリ、と頷いた私の顔を室長はじっと見つめた。

難波
つまりお前は、そう思われるのが嫌ってことなんだな

サトコ
「もちろん私自身がって言うのもありますけど、室長がそんな風に思われるのも困るというか···」

難波
ふぅ~ん···

室長は私の言葉を噛み締めるようにしながら、無造作にあごのヒゲを撫でた。

難波
···そうなると、何が困るんだ?

サトコ
「え、だって···」

(いつもあんなに頑張ってるのに、そんな誤解を受けたら室長の立場にも差し障りができるよね)
(私はそんな形で室長の足を引っ張るようなことしたくないし···)
(そのことで、室長にも重荷だと思われたくない···)

サトコ
「私は、まだ新米ですから」

難波
だから?

サトコ
「今はまだ、誰からも特別な目で見られたくないんです」
「一人前の公安刑事になって、ちゃんと自分の足で立てるようになるまでは」

難波
そうか······わかった

私の必死さに押されたように、室長はようやく微笑んで頷いてくれた。

(よかった···今度こそ、ちゃんと伝わったみたいで)

難波
ん?なんか来たな

室長はふと眉間にシワを寄せると、お尻のポケットを探った。
取り出したスマホでは、メールの着信を知らせるランプがピカピカ光っている。

難波
へえ···悪の象徴ねぇ

サトコ
「悪の象徴?何のことですか?」

難波
ああ、いや、ちょっとな。こっちの話だ

サトコ
「?」

室長は怪訝に見つめる私に構わず、ひとしきり考え込んだ。
そうかと思うと、企みありげにニヤリと笑う。

難波
なるほど···悪くねぇな
気に入った

底知れぬ思惑を秘めた室長の笑みに、一瞬背中がゾクリとなる。
でもそれもほんの一瞬のこと。

難波
それじゃな。また

サトコ
「あ、はい···」

室長はあっという間にいつもの室長に戻ると、
手をヒラヒラさせながらのんびりと資料室を出て行った。

【廊下】

(さっきのあれ、何だったんだろう···?)

資料室を出てからも、メールを読んだ時の室長の表情がチラチラと脳裏をかすめる。

(悪の象徴?内偵中の組織の話か何かかな)

???
「あ、サトコちゃん」

サトコ
「!?」

呼ばれて振り返ると、東雲さんがニヤニヤしながら近寄ってきていた。

サトコ
「東雲さん···」

(珍しいな。東雲さんが自分から呼び止めてくるなんて···)

サトコ
「どうか···しましたか?」

東雲
用事がないと呼び止めちゃいけない関係だっけ?

サトコ
「そういう訳じゃないですけど···」

東雲さんはからかうように言ってひとしきり私の反応を面白そうに見つめてから、
耳元でそっと囁いた。

東雲
室長、メール読んでた?

サトコ
「メール?ああ、はい···」

(それじゃ、あのメールは東雲さんからだったんだ···)

サトコ
「悪の象徴だとか、なんとかって···」

東雲
そう、それ。そっか、···もう読んだんだ

東雲さんは何故か嬉しそうだ。

サトコ
「一体、何なんですか?あれ」

東雲
ちょっと、室長に調べてくれって言われてね

サトコ
「調べる?」

東雲
そう、ドラゴンについて

サトコ
「ドラゴン···!?じゃあ、もしかして悪の象徴って···」

東雲
ドラゴンってどうやら、そういう位置づけらしいんだよ

サトコ
「へぇ、そうなんですか···」

動物園でドラゴンの付け耳をしていた室長。
その時に津軽さんに撮られてしまった写真···

(だからドラゴンのことを?でもそのこととドラゴンの意味と、何か関係が?)

思わず考え込んでしまった私をじっと見つめて、東雲さんが笑った。

東雲
そんな顔しないでよ
為せば成る、為さねば成らぬ何事もって言うでしょ

サトコ
「え?ああ、はい···」

東雲さんは至極もっともな顔で言うと、ニコリと微笑んで去っていく。

(なんだろう、今の···?)
(でもなんだか、みなさん妙に好意的な気が···)

【公安課ルーム】

それから数日して。

サトコ
「おはようございます!」

いつものように登庁すると、公安課にはいつかと同じ光景が広がっていた。
私の席にどっかりと座る室長。
そして、微妙に迷惑オーラを醸し出している津軽さん。

(これってまさか···デジャヴ···?)

難波
よお

サトコ
「あ···お、おはようございます···」

室長はうろたえる私に向かってのんびりと手を上げた。
その様子を、津軽さんがチラリと横目で見ている。

(これじゃまるで、津軽さんを挑発しているかのような···)

困惑で胸がざわめき立つが、私は最大限の平常心で室長に向き合った。

サトコ
「室長、今日は何か?もしかして新しい任務ですか?」

難波
いや、そんなんじゃねぇよ

サトコ
「それじゃ···」

難波
そもそも、任務が完了したって俺がいつ言った?

サトコ
「え?」

難波
この間の任務はまだ進行中だってことだ

(それって、動物園でのこと?)
(わざわざみんなで平日に休みを取ってまで動物園なんて、何かあるはずとは思ってたけど···)
(やっぱりあれは、何か事件絡みの行動だったんだ···)

室長が意味ありげに私をジッと見てから、やにわに立ち上がって津軽さんの隣に立った。

難波
ということで、よろしく頼むわ

ほがらかに言い放った後で、大きな身体を窮屈そうに折り曲げて津軽さんの耳元に何事か囁く。

津軽

難波
お互い、これ以上仕事しにくくなるのは困るだろう?

津軽
······それもそうですね

溜息と共に笑顔を作る津軽さんを見て不敵な笑みを浮かべつつ、
室長はドアの方へ向かって歩き出した。
そして私の脇を通り過ぎざま、さりげなく肩をポンと叩く。
まるで、もう大丈夫だ、安心しろと言わんばかりに。

(どういうこと?いったい今、何を言ったの?)

私は訳も分からず、
出ていく室長の背中とおもしろくなさそうな津軽さんの表情を代わる代わる見つめた。

津軽
ウサちゃん、ちょっと

津軽さんがため息と一緒に私に呼び掛けた。
恐る恐る近づくと、津軽さんは無造作にデスクの引き出しから例の写真を取り出し、差し出す。

サトコ
「これ···」

津軽
持っていけば?

サトコ
「···いいんですか?」

津軽
もういらない

津軽さんはちょっとスネ気味に言うと、私に写真を押し付けてふらっと部屋を出て行った。

サトコ
「やった···!」

どうやら、室長が囁いた一言がてきめんに効いたらしい。

(何が起こったんだかよくわからないけど、これを取り戻せばひと安心···よかった···!)

心に渦巻いていた不安と困惑がするすると解けていくようで、
私は喜びのままに写真を抱きしめた。

(さすがは室長。あとでちゃんとお礼言わないと···!)

弾むように自分の席に戻ると、デスクに真新しいメモが置かれていた。
そこには、走り書きのような字で『2000AH508』と書かれている。

(これ、室長の···)

誰もいないとわかっているのに、思わず周囲をキョロキョロと見渡してしまった。
いつだって、私の気持ちを半歩くらい先回り。
それは、
室長と一緒に何度か行ったホテルの508号室に20時にというメッセージに違いなかった。

【ホテル】

ガーッ

さっきから、静かな室内にドライヤーの音だけが響いている。
シャワーを終えた室長の髪を乾かしながら、私は何とも言えぬ安心感を噛み締めていた。

サトコ
「室長···今回のこと、ありがとうございました」

難波
ん?なんか言ったか?

ドライヤーの音で聞こえないのか、室長がわずかに振り向いて聞き返す。

サトコ
「ありがとうございましたって言ったんですよ!」

難波
何がだ?
別に、俺は何もしちゃないぞ

サトコ
「嘘ばっかり···今日、公安課で津軽さんに何か言ってたじゃないですか」

難波
そうだったっけか?

サトコ
「そうですよ」
「あの後すぐに、津軽さんが写真を返してくれたんです。びっくりするくらいあっさりと」
「一体、あの時なんて言ったんですか?」

難波
さあ、何だったかな···
何しろ最近、物忘れが激しくて

室長はわかり易く誤魔化してから、ドライヤーを持つ私の手を後ろ手に掴んだ。

難波
そんなことより、さっきから津軽津軽って···
二人きりの時に何度も他の男の名前を呼ぶってのはどうなんだ?

ドライヤーの音が遠くなる。

難波
俺はあんまり···感心しないな

サトコ
「室長···」

強引に抱き寄せられて、室長のたくましい腕に包まれる。
胸に顔を埋めると、とめどない安心感がこみあげた。

(いつもこうやって···守られてるんだな、私···)

私が困ってる時、悩んでいる時、室長は必ず私に何かしら手を差し伸べてくれる。
そして抱き締め、包み込み、全力で守ろうとしてくれる。

サトコ
「嬉しい···」

難波
!?
なんだよ、急に···

サトコ
「ふふっ、なんだか、急に···」

難波
なんだよ、それ
でも、かわいいな。そういうの

室長は嬉しそうに微笑むと、そのまま私を抱き上げてベッドまで運んだ。
そっと横たえられた私の身体に、室長の大きな身体が重なる。
やがて、熱を帯びた唇も重なって······
私たちはそのまましばらく、互いを求めあうように激しくキスを交わした。

難波
今日は慰めてもらわないとな

サトコ
「慰める···って?」

突然の室長の言葉に戸惑っていると、
室長は照れを隠すようにわざらしくちょっと怖い顔を作った。

難波
俺も傷ついたんだよ
こんな連絡もらって

室長は私の両腕を頭上にまとめ上げて片手で抑え込んでから、
スマホを取り出し恨めしそうにLIDEの画面を見せてきた。
そこには、『しばらく、会うのを控えませんか?』と書いてある。

サトコ
「室長···」

(そっか、傷ついてたんだ···なんか、ちょっと意外···)

室長は大人だから、こんなことくらい何とも思わずに受け止めているものと思っていた。

難波
なんだよ、その『意外』みたいな顔···

サトコ
「あ···すみません。でも本当に意外だなって」

難波
あのなぁ、オッサンだって人並みに傷つくんだぞ
今日ここで、ちゃんと撤回してもらわなくちゃな

サトコ
「わかりま···んんっ」

言いかけた言葉は、室長の強引なキスに阻まれた。
長く深く、熱いキスに。
それは言葉よりも饒舌に、室長の想いを私の中に注ぎ込んでくる。
全身の力まで奪われていくような気がして、私はただただ室長にされるがままになっていた。

(なんだか本当に、室長がドラゴンみたいに見えてくるよ···)

東雲さんが言っていたように、ドラゴンは悪の象徴として描かれることが多いのかもしれない。
でもその一方で、神の化身として乙女の守護者として描かれることもあると、
以前に何かの本で読んだ記憶があった。

(室長がドラゴンなら···間違いなく、私にとっては守護者だよね···)

サトコ
「ドラゴンさん···」

喘ぐように呼び掛けた私の声に、室長が一瞬愛撫を止めた。

難波
ドラゴン?俺が?

微笑みながら頷く私をおかしそうに見つめてから。
室長はまるで本当にドラゴンになってしまったのではないかと思うほどに息遣いを荒くした。
ちょっと獰猛な空想上の動物は、私のすべてを手に入れようとするかのように激しく絡みつく。
その圧倒的パワーを必死に受け止めながら、私は室長の本気を全身で感じていた。

(みなさんもそれを感じたからこそ、あんなふうに応援してくれたのかも···?)

まだまだ不安がいっぱいだと思っていた私と室長の未来。
でもあんなふうにみなさんが応援してくれるなら、
これから先、どんな困難に出会っても乗り越えていけそうな気がした。
私の、ドラゴンさんと一緒に。

Happy End

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