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#彼が野生動物だった件 黒澤1話

ペンギン。
主に南半球に生息する海鳥であり、飛ぶことができない。
基本は一夫一妻制で生涯を共にし、2匹で子育てをする。
生涯寄り添う相手が死んだりした場合は、別途新しい相手を探すこともある···

♪~♪~♪~

着信音が響き、返信が来たのかとスマホを取った。

サトコ
「電話···?」

着信画面には黒澤さんの名前が表示されていた。
不思議に思いながらも、通話ボタンを押す。

サトコ
「もしもし?」

黒澤
あ、よかったー!出てくれて

サトコ
「よかった、じゃなくてさっきのメールですけど···」

黒澤
今、家です?

サトコ
「え?」

ピンポーン···

(まさか···)

チャイムが鳴り、玄関へと向かう。
恐る恐る扉を開くと、そこに立っていたのは予想通りの人物だった。

黒澤
突然!突撃!透くん☆
というわけで、来ちゃいました

サトコ
「来ちゃいましたって、メール···」

黒澤
これ、近くのコンビニで買ってきたんですけど、一緒にどうですか?

私の言葉を遮るように、手に提げていた袋を差し出される。
唖然としたまま、中身を確認すれば2つのカップケーキが入っていた。

サトコ
「か、可愛いスイーツですね?」

黒澤
海の動物シリーズらしいですよ。ほら、こっちはペンギンで

サトコ
「当然だ」

(って違う!今この時も監視されてる、なんて思いたくないけど)
(このまま玄関で話すわけにもいかないし···)

サトコ
「···上がってく?」

黒澤
はい、もちろん!

何となく辺りを警戒するように見回しながら、玄関を閉めた。

サトコ
「ケーキ食べるならお茶淹れるね」

黒澤
それよりサトコさん···

急に声のトーンの下がった透くんを驚きつつ振り返った。

黒澤
これ、どういうことですか?

ずずい、とメール画面を突き出された。
近すぎるそれを腕ごと押し返せば、それは私が悩みに悩んで送ったあの文章だった。

サトコ
「それは、透くんがどうこうという訳じゃなくて···!」

黒澤
じゃあ、どういう訳なんですか?

拗ねる子どものように口を尖らせる透くん。

サトコ
「津軽さんに監視されてるかもしれないの」
「もしそうだとしたら、私たちの関係がバレるのも時間の問題じゃ···」

黒澤
···

サトコ
「この前動物園に行ったこともなぜか知ってたし」
「津軽さんがどういうつもりなのか分かるまでは、会うのを控えたほうが···」

黒澤
嫌ですよ、そんな不確定なことでしばらく会えないなんて
サトコさんは嫌じゃないんですか?

サトコ
「そ、そりゃ、会えないより会える方が嬉しいけど」

黒澤
じゃあ、無理にそんなことする必要ないじゃないですか

(透くん、もしかしてバレてもいいくらいに思ってる···!?)

ニコッと微笑む透くんは突然両手を広げ、私の身体を抱きしめた。

サトコ
「と、透くん···!」

黒澤
···もし本当にそんなことされたら、寂しすぎて死んじゃいます

サトコ
「全然死にそうな人のセリフに聞こえないんだけど···」

黒澤
嫌だなぁ、これでもブロークンハートですよ
いきなり距離を置こうみたいなメールが来て
しかも、その理由が津軽さんだなんて聞かされたら

サトコ
「バレてもいいんですか···?」

黒澤
うーん···

透くんが、じっと腕の中にいる私のことを見下ろしてくる。
そして急に静かな笑みを浮かべた。

黒澤
そんなにオレと付き合ってること、恥ずかしい?

サトコ
「え?」

黒澤
嫌なの?

ふいに寄せられた瞳に、慌てて口を開く。

サトコ
「恥ずかしいなんて、そんなはず···!」

そんな私の様子に満足げに透くんは頷いた。

(何だか上手く言わされてしまったような···)

背に添えられていた手がするすると撫でるように降りていき、腰に回される。
そのまま引き寄せられ、瞳を覗き込むように顔を寄せられた。

黒澤
じゃあいっそ、バラしちゃいましょうよ

サトコ
「!」

黒澤
オレたちのこと···

甘く囁くような声に、ドクンと心臓が跳ねた。

(な、何だかそういう雰囲気になって来たけど···!)

<選択してください>

受け入れる

緩いカーブを描く唇が近付いてくる。
それを認めながら、静かに目を閉じた。

(確かに、このままバレてしまえばいっそ···)

とそこまで考え、ハッと目を見開いた。

(透くんのような優秀な人に)
(私のことでハンディを負わせるわけにいかない···!)

サトコ
「やっぱりダメ!」

半ば叫ぶように透くんの身体を押し返した。

拒む

サトコ
「ダ、ダメ!」

ぐっと押し返そうとするも、なかなかそれは適わない。

(くっ、やっぱり鍛えてる···!)

サトコ
「も、もし銀室長の耳にでも入ったら···!」

黒澤
心配してくれてるんですか?

サトコ
「そう!だから···」

黒澤
じゃあ、ますます離せないです

サトコ
「···っ!」

ぎゅっと抱き込んでくる彼の身体を渾身の力で押し返した。

説得する

サトコ
「で、でももし銀室長辺りにバレたら···」
「物理的に離されて、余計に会えなくなるかもしれないよ?」

黒澤
それは困りますね

サトコ
「でしょ!だから···」

黒澤
じゃあ、今のうちにたくさんイチャイチャしないと!

(趣旨変わってない!?)

サトコ
「透くん、ストップ!」

ドン、と彼の身体を押し返す。

黒澤
わっ

さすがに後ろによろめいた透くんに言い放つ。

サトコ
「とにかく!しばらくはイチャイチャ厳禁で···」
「お互いの仕事を頑張りましょう!」

黒澤
······

サトコ
「頑張りましょう!」

黒澤
はーい···

やる気のない透くんの返事に不安を覚えてしまう。
そしてその予感は当たるのだった。



【公安課ルーム】

翌日。

(面倒なことになってしまった···)

自分のデスクで書き物をしている私へと送られる熱い視線。
その近すぎる距離にペンが止まった。

サトコ
「自分の仕事はいいんですか?黒澤さん」

黒澤
これも重大な任務です!
サトコさんと距離を縮めるっていう大事な仕事ですから!

サトコ
「それは物理的にでしょうか···?」

透くんは私のデスクの横にピタリ、と居座って私の様子を見つめていた。
頬杖をつきながら、ふと指先で先ほどまでペンを走らせていた書類を示す。

黒澤
あとここ、0が1つ多いですよ☆

サトコ
「ご指摘ありがとうございます···」

(透くんのせいで集中できないとも言いづらい···)
(今日はみんな任務で外出してるし···)
(いや、「外出してるから」かな···)

黒澤
あ、コーヒーとか淹れてきましょうか?

サトコ
「お気遣いなく···」

結局、そんな調子で午前中は過ぎて行った。

【食堂】

もちろんランチにも透くんはべったりとついてきた。

サトコ
「どういうつもりですか···!」

周りに津軽さんたちの影がないか確認しながら、小声で尋ねる。
すると、透くんは特に気にした風もなく笑ってみせた。

黒澤
分かりやすくオレたちのことを避けるからですよ

『オレたち』というのが、学校時代の教官たちを指しているとすぐにわかった。

サトコ
「これ以上、津軽さんに変な言いがかりつけられたくないんです」
「それに、昨日、『はーい』って返事したじゃないですか」

黒澤
そうでしたっけ?

サトコ
「~~っ!」

黒澤
だってほら
やっぱり逃げられると追いたくなりますから

サトコ
「どういう理屈ですか」

黒澤
動物的本能の話ですかね?

サトコ
「その理屈だと私、捕食されますよね?」

黒澤
······
まぁ、いろんな壁を乗り越えてこそ絆も深まるというものです

(何だろう、今の間···)

何を言っても適当な答えではぐらかされそうだった。

(いや、ちょっと待って···)
(何だか、そのトンデモ理論で行くと嫌な予感が···)

サトコ
「わ、私、急用を思い出したので先に戻りますね···!」

慌てて席を立とうと腰を浮かせた。
その瞬間、ガシッと肩を抑えられ椅子へと戻される。

(遅かったか···)

ギギギ、と鳴りそうな首を捻ると顔からゆっくりと血の気が引いていった。

サトコ
「皆さんもランチ、ですか···?」

加賀
ここに来る理由が他にあるか?

サトコ
「いえ···では、私はこれで」

東雲
まだ残ってるのに?そんな急いでもいいことないと思うけど

颯馬
急がば回れ、というやつですね

後藤
食べられるときに食べておいた方がいい

石神
いざという時に力が出なければ、目も当てられないからな

黒澤
皆さんお揃いで!

颯馬
黒澤は急いだ方がいいのでは?

黒澤
そんなこと言わずに。オレもこの空間に混ぜてくださいよー

難波
お、何だ、楽しそうだな

(室長まで···!)

完全に周りを囲まれ、逃げ場は絶たれていた。

サトコ
「······!」

視線を感じ、そちらを振り向く。
そこには少し離れた席でスマホをこちらに構える津軽さんの姿があった。

(津軽さん···!?さっきまでいなかったのに···!)
(しかも隣に何食わぬ顔で百瀬さんが大盛りのAランチを平らげてる!)

スマホから顔をずらした津軽さんはニコッと笑みを浮かべた。

(あぁ!完全に遅かったー!)
(でも直接言ったところで消してくれるとは到底思えない···!)

黒澤
1人百面相してどうしました?

サトコ
「いえ···」

黒澤
残ってるエビフライ、いらないならもらっちゃいますよ

サトコ
「こ、これは楽しみに取っておいているだけですから!」

伸びてくる透くんの手からさっとお皿を取り上げる。

(津軽さんに監視されていること、透くんが気付かないとは思えないし···)
(本当にバレてもいい、って思ってるのかな···)

黒澤
残念。嫌いだから残してるのかと思ったのに

東雲
じゃあ、これあげる

黒澤
それ歩さんが嫌いなだけじゃ···っむぐ!

目の前で透くんは東雲さんに口の中へとおかずを詰め込まれていた。
その様子に苦笑を浮かべながら、こちらを見ているはずの津軽さんへと気を張る。

(やっぱり私が何とかするしかない···)

そう決意を固めながら、エビフライを齧った。

【倉庫】

(やっぱりダメだ···)

明らかに避けている、という雰囲気にならないよう透くんと距離を置こうとした。
それなのに、回避しようにも出来ない日が続いている。

(透くんのことも撒こうとしたけど、全然歯が立たないし···)
(津軽さんにも常に監視されてるみたいで、全然気が休まらない···)

対策を練ろうにも、透くんを回避するのは不可能に近かった。
気付けば飛んでくるように現れて、べったりと張り付かれてしまう。
だからと言って、津軽さんの方を放っておくわけにもいかない。

(うぅ···どうすれば···)

胸の内で頭を抱えながら、書類整理を進めていた。

黒澤
まーたひとりで悩んでる

突然背後から聞こえてきた声に、持っていたファイルを取り零しそうになる。

サトコ
「いつの間に···!?」

そのファイルを受け止めた透くんは、ニコッと笑みを浮かべた。

黒澤
オレが入ってきたことにも気付かないなんて、注意力が足りませんよ

サトコ
「す、すみません。ありがとうございます···」

黒澤さんの手からファイルを受け取ろうとする。
しかし、彼の手からファイルは離れず、ハッとして彼の顔を見つめた。

(透くん、なんだか···)

黒澤
オレたち、恋人同士ですよね?

サトコ
「······!」
「はい···」

黒澤
よかった~、オレの思い違いじゃなくて

サトコ
「そ、そんなわけないじゃないですか···!」

黒澤
じゃあ、実はオレが怒ってるって、気付いてくれてました?

サトコ
「え···」

笑顔を浮かべたままのその一言に、思わず息を詰める。

サトコ
「怒ってるって···」

黒澤
せっかくオレがいるのに
どうしてひとりで解決しようとするんです?

サトコ
「···透くんは、別に知られることを気にしてないのかな、って」
「そうなると、やっぱり私が何とかするしかないのかもって思ったんです···」

私の言葉を透くんは静かに聞いていた。
そしてゆっくりと口を開く。

黒澤
確かに、バレてもいい、という気持ちは0ではありませんよ?
でも···
今がその時ではない、ってのもちゃんと分かってますから

頷き返す私に透くんは貼り付けていた笑みを少しだけ緩める。

黒澤
まぁ、そういう風に思わせたのはこっちにも原因があるけど

ふっと力の抜けた笑みを浮かべる透くん。

サトコ
「···どうして、わざわざあんなに私に張り付いてたんですか?」
「まるで、わざと津軽さんの目に入るような···」

そこまで言って、自分の言葉にハッとする。

黒澤
津軽さんの様子を見てたんです

(そんな素振り、全然気付かなかったけど···)
(逆に注目させることで、こっちも向こうを観察できてたってこと···?)

目の前で透くんは、ふっと口元に悪戯っぽく笑みを浮かべる。

黒澤
というわけで、オレの考えたドッキリ企画があるんですけど
参加してみる気はありますか?

サトコ
「ドッキリ企画···?」

黒澤
オレたち2人の絆がないとできない企画です

to be continued

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