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最愛の敵編 石神1話

都心の夜の空。
街の灯りを映す雲は厚く、星は姿を潜めている。

サトコ
「一緒に見られなかったな···」

あの日、頭上に広がった満天の星。
本物ではなかったから、いつか本当の星の並んで見たかったのに。

(秀樹さん···そっちの空はどうですか?)
(星、見えてますか?)

空は繋がっているなんて言うけれど。
今の私たちは繋がっているのか···わからない。

(こんなことになるなんて···)

想像もしていなかった。
警察庁公安課、銀室・津軽班に配属された、あの時は、まだーー

【公安課ルーム】

公安課での私の配属先は石神班ではなかった。

(銀室では各班が敵対関係になる···)
(仲間意識を捨てて、常に相手を蹴落とす心積もりで上を目指さなければいけない)
(私のせいで、秀樹さんのキャリアに傷をつけるわけには···!)

一層気引き締めなければと、秀樹さんの方を見ると···

石神
···加賀、時間だ

加賀
わかってる

(秀樹さん···?)

目が合うと思いきや、私が見たのは秀樹さんの背中だけだった。
石神さんと加賀さんは誰も連れずに二人だけで公安課を出て行く。

(二人だけで出るなんて、めずらしい)

サトコ
「石神さんと加賀さんは、どちらに···」

津軽
殉職した同期の葬儀だよ

サトコ
「津軽さんは?」

津軽
俺は知らないヤツなの

サトコ
「そうなんですか···」

遠くなっていく二人の背中を見ていると、ツッ···と背筋を指で辿られた。

サトコ
「わっ!」

想定していなかった刺激に、びくりと跳び上がる。

津軽
前の班長を追いかけてる場合じゃないよ

サトコ
「そ、そんなつもりでは···」

(これからは、視線にも気をつけないと···)

津軽
おいで、ウサちゃん

サトコ
「え?ウサちゃん?」

津軽
そう、ウサちゃん。跳び上がり方がウサギみたいだったから

サトコ
「今の一瞬で、あだ名が決定ですか!?」

津軽
ぴょん太にする?

サトコ
「いや、それもちょっと···」

津軽
じゃあ、やっぱりウサちゃん。行こう

サトコ
「これから、どこかへ···?」

津軽
捜査会議、始めるよ

サトコ
「!」

(いきなり捜査会議!)

サトコ
「はい!」

津軽
キミに会わせたい人もいるしね

サトコ
「会わせたい人···ですか」

薄い笑みを浮かべたまま、津軽さんは小会議室のドアを開けた。

【会議室】

会議室の中には、一人の男性が座っていた。

???
「津軽さん、お疲れさまです」

津軽
お疲れ、モモ

サトコ
「モモ···さん?こちらですか?会わせたい人というのは」

津軽
そう。彼は百瀬尊(ももせたける)。階級は警部補
ウサちゃんは、これからモモと組むことが多くなるから仲良くね

サトコ
「きちんと名前で紹介して欲しいのですが···」

津軽
モモ、こっちはウサちゃん。うちの新入り

百瀬
「了解」

(いや、了解じゃなくて!もう、津軽さんは···)

サトコ
「氷川サトコです。よろしくお願いします!」

百瀬
「ああ」

百瀬さんはこちらを見ることもなく頷く。

サトコ
「これから、いろいろと···」

百瀬
「······」

教えてくださいーーという前に、他のメンバーが会議室に入ってくる。
それでも百瀬さんの視線が動くことはない。

(百瀬さんって、もしかして津軽さんのことしか見えてない?)

津軽
じゃあ、始めるよ。今回、俺たちが追うのは麻薬ディーラーの “ミッチャン” 
SNSでは警察をガンガンに煽り、海外を逃げ回ってる

捜査資料が配られ、目を通す。

(ミッチャンって、通称じゃないんだ。日系人ディーラーで、“ミッチャン・J・タムラ” )
(海外での逮捕歴と拘留歴はあるけど、日本での犯罪歴はない)

サトコ
「あの、ひとついいでしょうか」

津軽
どうぞ、新人ちゃん

サトコ
「···氷川です。なぜ、公安の管轄なんでしょうか?」
「麻薬の密売だけなら···」

津軽
はい、いい質問。ミッチャンの裏には、うちが追ってる組織があると踏んでる
裏を取るのはこれからだけど、今、この事件を刑事部に持っていかれるわけにはいかない
わかった?

サトコ
「はい」

(麻薬ディーラーの裏に、公安が目をつけている組織···)
(配属最初の事件は大きな山になりそう)

私はもうひとりの公安刑事。
ここには助けてくれる教官たちも···秀樹さんもいない。

(この任務を成功させたら、きっと秀樹さんも安心してくれるはず)
(石神教官の元補佐官としての名を汚さないように、頑張ろう!)

津軽
 “ミッチャン” は今、タイでエステ中らしいけど、近々入国するという情報がある
実際に動くのは、彼の入国が確認されてからになる
それまでは各自資料に目を通して待機

全員
「はい!」

初めての津軽班の捜査会議は15分ほどで終了した。

【石神マンション】

数日後の夜、私は秀樹さんの家を訪れていた。

サトコ
「大丈夫でしょうか?家を行き来しても」

石神
監視される理由はない。万が一、誰かに目撃されることがあったとしても···
充分な口実は用意しているつもりだ

いつもの冷静な表情で、秀樹さんはサラッと返してくる。

サトコ
「その口実、私にも教えておいてくれますか?」
「どう考えても、秀樹さんよりも私の方が尻尾を出してしまいそうなので···」

石神
頼りないな

サトコ
「ポーカーフェイスの練習は日々してます!」
「だけど、あの銀室で完全に隠し通せるかというと···」

石神
自信がない···か

<選択してください>

自信ありません

サトコ
「···はい。すみません」

石神
謝る必要はない。あの銀室だ。お前がそう思うのも無理はない

サトコ
「秀樹さんも隠し通すのは無理だと思ってますか?」

石神
どうだろうな。ただ···

秀樹さんは?

サトコ
「秀樹さんは?自信ありますか?」

石神
関係を全く周囲に悟られない···という自信か?

サトコ
「はい」

石神
自信がある···というのは、適切な表現ではないな

サトコ
「秀樹さんも自信ないんですか?」

石神
いや、つまり、俺が言いたいのは···

実際、どうでしょうか···

サトコ
「実際、どうでしょうか···」

石神
まあ、冷静に考えて厳しいだろうな

サトコ
「ですよね···どうすればいいんでしょう···」

石神
そう暗い顔をするな。物は考えようだ

一度言葉を切った秀樹さんは、その口元に微笑を浮かべる。

サトコ
「秀樹さん?」

石神
完全に隠す必要はないということだ

サトコ
「え···そうなんですか?」

石神
俺たちは罪を犯しているわけじゃない。あくまで銀室の規則だ
何かあったところで、当事者が認めなければ、どうすることもできない···
人の心の内を証明することは出来ないからな

サトコ
「つまり、いざという時はシラを切り通せということですか?」

石神
ああ

(堂々と銀室の規則を破る秀樹さん···何か新鮮···!)

サトコ
「規則は絶対に守れって言うかと思いました」

石神
規則は法ではない

サトコ
「なるほど···」

秀樹さんなりの一貫した価値観が確かにそこにはあって、妙に納得してしまう。

石神
それに伴い、お前にひとつ話がある

サトコ
「はい」

石神
お前のご両親に挨拶に行きたい

サトコ
「え···」

(両親に会いに行くって、それって···)

石神
学校時代は教官という立場上、大手を振って挨拶できなかったが···
お前も一人前の刑事になったことだし、節目としてきちんとご挨拶したい

サトコ
「秀樹さん···」

両親への挨拶ーーそれは将来を視野に入れた付き合い···と考えるのは、まだ早いけれど。

(私とのことを真剣に考えてくれてるから···)

石神
都合はお前に合わせる···どうだ?

サトコ
「ありがとうございます!」

石神
面白い答えだ

サトコ
「え、あ···ぜひ、会ってください!両親も喜びます!」

石神
そうか。よかった

告げるべきことを告げたからか、秀樹さんの肩から力が抜けるのがわかった。

石神
こんな状況だ。しばらくは、お前にも無理をさせてしまうかもしれない
だから、今···

サトコ
「秀樹さんの気持ちは充分受け取ってます。大丈夫です」

石神
······

(銀室にいる間、大変なのはお互い様です)

眼鏡越しの優しい視線が注がれる。

石神
髪···耳にかけているんだな

サトコ
「あ、あはは···褒められたので、つい···単純ですか?」

指摘されると恥ずかしくて元に戻そうとすると、挙げた手を秀樹さんに取られた。

石神
いや、似合ってる

サトコ
「!」

(いきなりそんな笑顔、反則です!)

先ほどとは違う気恥ずかしさに襲われながら、触れ合っている手を意識してしまう。

サトコ
「そ、そういえば、今度、舞浜の水族館の隣に、プラネタリウムができるらしいですよ」

石神
水族館とプラネタリウムのはしごもいい。落ち着いたら見に行こう

サトコ
「近くの観覧車に乗ってもいいですか?」

石神
ああ

少しずつ縮まる距離は気恥ずかしさを愛に変えてくれる。
秀樹さんは眼鏡を外すと、私のこぼれた髪を耳にかけ直した。

石神
こうするのは···できれば、俺の前だけにしろ
他の奴に見せたくない

冷たい瞳の奥に熱が灯るのが分かり、私は頷いて目を閉じた。

【実家】

件の話から数週間後。
私は秀樹さんと共に実家に戻っていた。

サトコ
「お父さん、お母さん、電話で話したけど···こちらが、石神さん」

石神
石神秀樹です。サトコさんとお付き合いさせていただいています
ご挨拶に伺うのが遅くなってしまい申し訳ありません

サトコ母
「いえいえ!わざわざ、こんな田舎まで来ていただいて!」

サトコ父
「······」

氷川翔真
「この東京のプリン、黄金色なんだけど···」

サトコ
「ちょっと、翔真。今は大事な話をしてるんだから···」

石神
どうぞ。 “ラルム” という洋菓子店のプリンです
私も気に入っていて、通っている店のものなんです

氷川翔真
「···こんなに美味いプリン、生まれて初めて食べた···東京、スゲェ···」

石神
それは良かった

サトコ母
「あなた!あなたも、きちんとご挨拶して!」

サトコ父
「······」

サトコ
「お父さん!」

(もう、秀樹さんが来てから、ろくに視線も合わせないし喋らないし···)
(お父さんって、こんな頑固親父ふうの人だった?)

お父さんは険しい顔のまま席を立つと、リビングを出て行ってしまう。

サトコ
「すみません···」

石神
いや、時間をかけてわかってもらえればいい

サトコ母
「いつもはあんな気難しい感じじゃないんですよ。本当に···」

氷川翔真
「あれって狼狽えてるだけじゃないの?」

(お父さん、どうしちゃったんだろう?)
(こういうの得意じゃないだろうけど、きちんと話はしてくれると思ってたのにな)

サトコ父
「これを見てください」

サトコ
「お父さん!?その腕に抱えてるのって···」

サトコ父
「生まれたときからの、お前のアルバムだ」

お父さんが十数冊というアルバムを抱えて戻ってくる。

サトコ父
「これが1冊目···サトコが生まれた時のアルバムです」

石神
拝見します

サトコ
「え、ちょ···それ、全部見せるつもり!?」

サトコ父
「お前のルーツを知ってもらうには必要なことだろう」
「 “長野のカッパ” と呼ばれるようになった水泳大会や···」

石神
それは、ぜひ拝見したいですね

サトコ父
「それから、サトコが剣道大会で初めて優勝した時の写真···」
「サトコに剣道を教えてのは、私なんです」

石神
そうでしたか。サトコさんの剣道は筋がいいと、警察学校でも評判でした

サトコ父
「本当ですか?はは、それは嬉しいな···」

(過去の話を親から恋人にされるのって、こんなに恥ずかしいの!?)

お父さんの口を塞げるものなら塞ぎたいけれど、秀樹さんは話を真剣に聞いてくれている。

サトコ父
「思えば、この子は我慢強くて、いつも誰かのために一生懸命だった」
「私はサトコを不安にさせたり、無理や我慢をさせるような男には任せたくない」

石神
···ごもっともだと思います
······

サトコ母
「お父さん、もうそれくらいにして。はい、プリン食べて」

サトコ父
「これは···こんなに美味いプリンを食べたのは、生まれて初めてだ!」

石神
よかったです

( “ラルム” のプリンのおかげで、思い出話が終わりそう!)
(ありがとう、 “ラルム” !)

プリンに助けられながら家族と秀樹さんとの対面は、何とか無事に終わった。

【新幹線】

帰りの新幹線に乗ると、ドッと疲れが出る。

(でも、ほっとした···家族に会ってもらえてよかった)

サトコ
「すみません。父があれこれとうるさくて···」

石神
父親というのは、そういうものなんだろう」
大切に育ててもらっていたんだな

窓際に座った秀樹さんが夕日に染まった景色に視線を流す。

(秀樹さん···?)

差し込む日差しで、その表情が見えなくなる。
ただ、その声がわずかに喉に張り付いた気がして、ドクンと心臓が跳ねる。

(秀樹さんは施設育ちで養子として引き取られてる···)
(私の家族への挨拶は済ませたけど、秀樹さんの方は、まだ当分先かな···)

彼との距離を考えていると、新幹線がトンネルの中に入った。
暗くなった窓に秀樹さんの顔が映る。

石神
······

(寂しそう···なんて言ったら、心外かもしれない)
(でも···)

彼の左手にあるのは、私も着けているペアウォッチ。
つながりを求めるように、秀樹さんの左手を両手で包む。

石神
どうした

サトコ
「つなぎたくなっちゃいました」

石神
全く、お前は···

秀樹さんが呆れたように笑った。

<選択してください>

手を離す

サトコ
「ダメですよね。人目があるところで···」

石神
···いや

手を引っ込めようとすると、握り返されてしまった。

そのまま握っている

(手を離した方がいい?でも、秀樹さんからは離されないし···)

石神
······

もう一度秀樹さんを見ると、その口元には純粋な微笑が浮かんでいた。

彼の反応を見る

(やっぱり、こんな人目があるところじゃダメかな···)

秀樹さんの顔をちらりと見ると、優しい笑みが向けられていた。

石神
明日からはまた、敵同士だ

サトコ
「···負けませんよ」

石神
期待している

東京に戻るまでの数時間、私は恋人としての彼の温もりを心に刻み込んでいた。

to be continued

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