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最愛の敵編 石神3話

【公安課ルーム】

秀樹さんに急な仕事が入り、なぜか加賀さんと夕食を取った日の翌朝。

後藤
······

颯馬
······

黒澤
······

(石神班の皆さんが死んでる!)

全員がデスクに突っ伏して、遠い目をしている。

サトコ
「皆さん、大丈夫ですか!?」

後藤
氷川か···心配はいらない。石神さんに比べれば···

颯馬
疲れた様子も見せてませんからね。あの人は完璧主義だから

サトコ
「完璧主義···ですか」

黒澤
少しでも不安要素があれば、それを全て潰そうとするんですよね···
だから明け方まで、こんな···

後藤
石神さんが潰したから、未然に防げた事件も多い

颯馬
確かに。これが石神班のスタイルですから

黒澤
加賀さんだと、逆に不安要素があったほうが燃えるタイプなんですけど

サトコ
「なるほど···」

石神班の皆さんが語る、秀樹さん像。

(完璧主義で不安は全て潰そうとする···何となくわかる気がする)

秀樹さんと解決事件は決して多い方ではない。
けれど事件の時にはあらゆる情報を把握し、様々な事態を想定する。

(プライベートでも、秀樹さんはいろいろなことを考えてる···)
(私が考え付かないようなことまで、きっと···)

彼の明晰な頭脳が見る世界は···想像はできるけれど、同じ世界を見ることはーー
まだ出来ていない気がする。

サトコ
「コーヒー、飲みますか?」

後藤
ああ。ありがとう

黒澤
砂糖たっぷりで、お願いします~

颯馬
私にはミルクも

サトコ
「分かりました。後藤さんは?」

後藤
俺はブラックでいい

頷き、空いている秀樹さんのデスクを見る。

(秀樹さんは、いつ戻ってくるのかな)

彼のことを想いながら、コーヒーを淹れに行こうとすると。

(LIDE···秀樹さんから!)

石神
『昨日は悪かった。今夜、あらためて食事に行かないか?』

(今夜って···)

振り返ると、そこには椅子に深く座ったまま動けなくなっている石神班の面々。

<選択してください>

食事の誘いを受ける

(秀樹さんも疲れてるだろうけど、せっかく誘ってくれたんだし···)

『行きましょう』と答えようとして、指が止まる。

(後藤さんたちが動けない程なんだから、きっと秀樹さんはもっと···)
(今夜は休んでもらった方がいい)

今夜は誘いを断る

(秀樹さんだって疲れていないはずがない)
(サイボーグじゃなくて、人間なんだから···)

こんな状況でも私のことを考えてくれるのは嬉しいけれど。
それは胸が痛む嬉しさだった。

(今夜は休んでもらおう)

今日の予定を石神班に聞く

(今日は皆さん、このあと休みなのかな)

サトコ
「皆さん、このあとは···」

黒澤
帰って寝るだけ···と言えれば、どれだけいいか···

後藤
通常業務だ

サトコ
「徹夜だったんですよね?」

颯馬
順に仮眠を取りました。石神さん以外は

サトコ
「そうなんですか···」

(秀樹さんは完徹明けで仕事···今夜は早く寝てもらおう!)

『今夜は残業予定です』--と返事を返す。

石神
『わかった。では、また後日』

短い返信に、今の秀樹さんの顔を想像する。

(どんな顔してるのか···うまく浮かんでこない···)
(秀樹さんが無理してまで誘ってくれるのは···)

ふと、先日実家に帰った時のことを思い出す。

サトコ父
「私はサトコを不安にさせたり、無理や我慢をさせるような男には任せたくない」

(あの時のお父さんの言葉、気にしてるのかな···)
(秀樹さんは完璧主義だから、きっと仕事を理由にプライベートを疎かには出来ないんだ)

無理をしてほしくないのは、私も同じで。
『お疲れさまでした。早く休んでください』--と、送った。

【会議室】

この日は朝イチで津軽班の捜査会議が開かれた。

津軽
ミッチャンが船を使って入国したという情報が入った

サトコ
「!」

(ついに···)

津軽
ミッチャンは数年前にも渋谷を拠点に麻薬を売り捌いていた
薬の詳細は···モモ

百瀬
「ミッチャンが扱うのは『ハート』と呼ばれる薬物」
「『ハート』は “記憶を消せる” 薬だと言われている」

サトコ
「記憶を消せるって、そんな薬あるんですか?」

津軽
消せるといっても、服用前数時間の出来事だけだよ
もとはPTSD、うつ病を緩和させる記憶阻害薬として開発されたもの
それに手を加えたものが違法薬物として裏市場に出回ってる

『ハート』の情報を頭に叩き込んでいく。

津軽
ミッチャンは出処不明な顧客を持たない慎重派だ
ミッチャンからバッグについてる組織を暴ければ一番だけど···
今回は薬のルートを抑えれれば上々

以前にミッチャンが目撃されたという渋谷の地図がモニターに映し出される。

津軽
渋谷を中心にミッチャンの捜索。何か見つけたら、すぐに連絡して

全員
「はい!」

解散になり、みんなが部屋を出て行く。

(皆さん、もうこの渋谷の地図を覚えたの?凄いな···)

私は残って、ミッチャンが出現した場所を記憶に刻み込んでいく。

(あんまり渋谷、詳しくないからな···)
(これからもっと、いろんな場所を見ておくことにしよう)

目を皿のようにしてモニターを凝視していると、何かが入ってしまった。

サトコ
「痛···っ」

津軽
どうかした?

サトコ
「目に何か入ったみたいで···」

津軽
涙出てるよ。ほんとのウサちゃんの目みたいになっちゃって···見せてごらん

目を屈めた津軽さんがグッと顔を近づけてくる。

(ち、近っ!)

サトコ
「あの···」

津軽
んー···睫毛かなぁ

(津軽さん、睫毛長っ!って、そうじゃなくて···)

キスでもしそうなくらいの距離になり、身体を反らせようとした時···

石神
津軽

サトコ
「!?」

ドアが開く音と共に入ってきたのは、秀樹さんだった。

石神
······

津軽
秀樹くん

サトコ
「これは、その、目にゴミが入って···っ」

石神
銀室長が呼んでいる

津軽
ん、すぐに行く

身体を離した津軽さんが、秀樹さんの隣に並ぶ。

石神
······

秀樹さんは私を見ることなく、津軽さんと共に会議室を出て行く。

(おかしな勘違い···秀樹さんが、するわけないよね)

公安課の中で素っ気ないのは、いつものこと。
チクっとした胸の痛みを消すように、もう一度渋谷の地図に集中した。

【渋谷】

終業後、朝とは打って変わって私の胸は膨らんでいた。

(次の休みは、秀樹さんと水族館!)

デートのお誘いが来たのは、今日のお昼。
久しぶりのデートということもあり、私は新しい服を買いに渋谷に来ていた。

(今日の捜査会議で覚えた場所も確認できるし)
(渋谷のお店は、私にはちょっと派手なのが多いけれど···何かいい服があればいいな)

仕事とプライベートの両方に頭を働かせながら、店頭を見ていると···

南里彪
「サトコっち~!」

サトコ
「あやちゃん!」

後ろから抱きついてきたのは、友達を連れたあやちゃんだった。

南里彪
「こんなとこで、なにやってんのー?」

サトコ
「買い物。たまには新しい服、買おうかなって」

南里彪
「もしかして、デート服!?」

サトコ
「あ、いや···」

南里彪
「なら、うちらが選んであげるよ!ね、カナちん!」

女友達
「いいけど···その人、あやっぺの友達なの?」

南里彪
「友達っていうか、恩人?この間、万引きだって言われたとき、助けてもらったんだー」
「このおねーさん、こう見えても警察なんだからッ」

女友達
「!」

サトコ
「こう見えてもって···それに、なんであやちゃんが誇らしげなの」

大きく胸を張るあやちゃんが可愛い。

女友達
「ゴ、ゴメン!あたし、急用できちゃった!またね、あや!」

南里彪
「ちょっと、カナちん!?」

(急に慌てた顔で···どうしたんだろう?)

サトコ
「カナ···ちゃん、大丈夫?」

南里彪
「んー、大丈夫なんじゃん?それより、服選ぼ!」

サトコ
「うん···」

強張ったような顔で駆けて行くカナちゃんが気になったものの、呼び止めるまではいかず。
デートに着て行く服は、あやちゃんのアドバイスで決めたのだった。

【水族館】

待ちに待ったデート当日。

石神
新しく始まった企画展は『ペンギン王国』···か

サトコ
「ペンギンエリアが改装されたんですね」
「あ、ペンギンのお散歩タイムもあるみたいですよ」

石神
何時だ

サトコ
「次の回は14時15分です」

石神
あと30分くらいあるな···一休みするか?

秀樹さんが水族館の中にあるカフェに視線を流す。

サトコ
「まだ大丈夫ですよ。奥のクラゲエリアはまだ見てないですし」

石神
···なら、そこのベンチに座れ

サトコ
「え···」

石神
ここで靴擦れをひどくしたら、この先、楽しめなくなる

サトコ
「あ···」

履いているのは、今日の新しい服に合わせて買った新しい靴。
水族館に着いた頃から、踵が痛くなっていた。

(隠してたつもりだったのに、気付かれてたんだ···)

秀樹さんは私の前に跪くように屈むと、脚を取った。
その手には絆創膏がある。

<選択してください>

自分でやる

サトコ
「自分で···」

石神
この方が正確だ

秀樹さんは赤くなっているところに、丁寧に絆創膏を貼ってくれる。

そのままにしている

(照れくさいけど···)

胸を占めるのは甘酸っぱい気持ち。
その几帳面な指先で絆創膏を貼ってくれる秀樹さんを止めることはできなかった。

絆創膏をいつも持ってるのか聞く

サトコ
「絆創膏、いつも持ってるんですか?」

石神
お前と会う時は···な。お前は何かとそそっかしいから

サトコ
「ありがとうございます」

私のための絆創膏なのだと思うと、余計に嬉しくなってくる。

(秀樹さんのつむじ···髪の流れも乱れがなくて秀樹さんらしい)
(つむじがこんなに愛おしいのは、秀樹さんだけだろうな)

石神
これでいいだろう。靴は似合ってるが···無理はするな

サトコ
「···はい」

立ち上がり、私を見つめる秀樹さんの眼差しがひどく優しい。

(いつもだったら、仕方のない奴だって···自己管理の甘さも指摘されそうなのに)
(今日は···)

石神
クラゲを見に行くか?

サトコ
「はい」

静かな水族館に溶け込むように静かな秀樹さん。
普段の鋭さが消え、今はデート中だと考えれば、それは嬉しいことなのだけど。

(何だろう···この小さなさざ波のような違和感は···)

歩いていると、時折手が触れる。
胸に広がる違和感を消したくて、自分から手を握ってみた。

石神
······

(秀樹さん···)

つないだ手を拒まれることはなかったけれどーー握り返されることもなかった。

【観覧車】

水族館を満喫した後は併設されているプラネタリウムを楽しみ、最後は大観覧車に乗った。

サトコ
「最新技術のプラネタリウムだけあって、凄かったですね!」

石神
ああ

サトコ
「観覧車からなら、今夜も星見えますかね?今見える星って···」

石神
今日は雲が厚くて無理かもしれないな。見える時は、あそこに北斗七星が見えて···

長い指先が夜を待つ空を指す。
そこには星は見えないけれど、秀樹さんの指で星が描かれるようだった。

石神
あの辺りにオレンジ色のアルクトゥルスが見える
さらにその先には、スピカが見えるはずだ

サトコ
「スピカっていうと、おとめ座の一等星ですね。さっきプラネタリウムで見た」

石神
ああ。アルクトゥルスとスピカは『春の夫婦星』とも呼ばれている

サトコ
「そうなんですか···秀樹さん、プラネタリウムの解説より、星に詳しいんですね?」

石神
知っているのは、一部だ。···聞いた話だからな

サトコ
「星が好きな知り合いでもいたんですか?」

石神
まあな

答える目が伏せられる。
その相手が誰なのか···純粋な疑問として聞きたかったけれど、何となく憚られる空気だった。

石神
都内で星を見るのは難しい

サトコ
「でもきっと、綺麗に晴れる日もありますよ」
「その時、一緒に見られたらいいですね」

石神
······

(秀樹さん?)

彼はもう空を見ていなかった。
落とした視線の先に広がる海には、
ぼやけた夕日が溶けていて水平線近くは群青色に染まり始めている。

(秀樹さんの口数、減ってる···どうしたんだろう?)

サトコ
「もう大分上まで来ましたね」

石神
そうだな

沈黙が怖くて、他愛のない会話を探す。
徐々に高くなっていく観覧車。
するとゴンドラの照明の兼ね合いで、向かいに座るその表情が見えなくなった。

石神
お前と···星は見られない

サトコ
「え···」

(どうして···?)

石神
恋愛はそう悪いことばかりじゃない···それは認めると、以前に話したな

不意に振られた話題に頭がついて行かない。
それでも軋む頭で、渡された言葉の意味を考える。

『恋愛は邪魔に感じる時だってあるかもしれないけれど、悪いものじゃない』

ーーそう、私が告白するときに行った言葉だ。

(何で今、その話を···)

石神
確かに邪魔になるばかりじゃない。時には人を強くする···それは間違いない
お前には多くのものを貰った。ありがとう

サトコ
「ひ···でき、さん···」

ーー···どうして、過去形なんですか?
こちらを見ない彼。
観覧車はもうすぐ頂上に着く。
ゴンドラの窓ガラスに映っているだろう彼の顔を見る勇気がない。

(秀樹さんは、今、どんな顔をしてる···?)

反射する眼鏡。
その表情が見たい···けれど一方で、それが凄く怖い。

石神
だが、やはり俺には···

聞きたくない、耳を覆いたいーー警告のように鼓動が早くなるのに、指一本動かない。
激しい危機感の横で、濃い影を落とす秀樹さんの横顔を綺麗だとも思っているアンバランスさ。

加賀
お前が思ってる程、人はそう簡単に変わんねぇ

颯馬
あの人は完璧主義だから

黒澤
少しでも不安要素があれば、それを全て潰そうとするんですよねー

なぜか頭に響く、皆さんの声。
そして視線を落として気付く、事実。

(ああ、秀樹さん···今日はペアの時計、してきてくれてないんだ)

きっと忘れただけ。···そう自分に言い聞かせる。

秀樹さんは、私を真っ直ぐと見据えた。
こっちの気持ちをよそにして、すでに決めていたかのように。

石神
俺には恋愛は不要だった
お前にもう、恋愛感情はない

お願い、言わないで。
聞きたくないのに、震えて指先すら動かせない。

石神
···幸せになれ

ゴンドラが頂上で止まった時に告げられた、別れの言葉。
頭が真っ白になって、思考も呼吸も止まりそうになる。

(どうして···)

秀樹さんなしで幸せになんてなれるわけないーーそう言いたいのに口が動かない。

石神
···ありがとう。サトコ

あなたが見たことないほど、優しい顔で笑うから。
あなたの覚悟が、ようやく見えた瞳の奥に見えたからーー

to be continued

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