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最愛の敵編 石神5話

【レストラン】

停止した思考のまま莉子さんに連れて行かれた先は、貸し切りのカジュアルレストランだった。

サトコ
「こんな広い場所で···」

木下莉子
「大規模だって言ったでしょ?」

サトコ
「でも私、合コンっていう気分じゃ···」

やっとのことで、それだけ口にした時···

黒澤
ようこそ、サトコさん!

東雲
着任してすぐ合コンとか浮かれ過ぎ

百瀬
「肉は?」

サトコ
「黒澤さん、東雲さん、百瀬さん···!どうして···」

木下莉子
「彼らは客寄せパンダよ」

サトコ
「客寄せパンダ···」

木下莉子
「黒澤くんの人脈は大した物だわ。見事にイケメンを揃えてくれた」

女性1
「あそこの3人、スッゴイイケメン!」

女性2
「あのキノコっぽい彼、絶対持ち帰る!」

女性3
「私は隣の肉にかぶりついている彼!」

(ああ、その人たち顔はいいけど、大変な人ですよ···)

果敢にアタックしていく女性陣を横目に、私は端っこの方に移動する。

(莉子さんは···さっそくイケメンに囲まれてる!)
(仕方ない···莉子さんが空いたら、一言言って帰ろう)

ドリンクを持ってちびちびやっていると···隣に背の高い男の人が立った。

男性
「アンタもそそのかされて連れてこられた口か」

サトコ
「あなたは···」

物部理希也
「物部理希也(もののべりきや)。高校教師だ」

サトコ
「学校の先生ですか···」

物部理希也
「見えないか?」

サトコ
「い、いえ···」

(こんなイケメンの学校の先生、実在するんだ···)

物部理希也
「あんたは?」

サトコ
「私は···」

(莉子さんが連れて来てくれた合コンだし···特に隠さなくていいんだよね?)

サトコ
「氷川サトコ。警察官です」

物部理希也
「警官···」

サトコ
「見えませんか?」

物部理希也
「いや···」

言われた言葉をそのまま返すように言うと、物部さんに小さく噴き出された。

物部理希也
「あんたみたいな警官だったら、ガキの頃の俺も···」

黒澤
物部さん、ちょっと待ったー!

どこからともなく現れた黒澤さんが私の前に身を滑らせてきた。

サトコ
「黒澤さん?」

黒澤
この人はマズイんです。他をお願いします!

物部理希也
「口説いてたわけじゃねぇよ。俺には心に決めた女がいるっつったろ」

黒澤
それはわかってるんですけど、ほら、こう···絵面的に···ね?

サトコ
「あの、黒澤さん。私、帰りますので莉子さんによろしく伝えてください」

物部理希也
「俺も帰る」

黒澤
ええー、美味しいご飯だけでも食べてってくださいよ~

物部理希也
「あんた、先に行け」

サトコ
「すみません、ありがとうございます」

縋る黒澤さんを物部さんが受け止めてくれている間に、私はレストランを出た。

(少し飲んだだけなのに、回った気がする···疲れてるのかな)

夜の繁華街は賑やかで、ネオンが揺れている。
寄った恋人たちの睦言が耳に入れば、振られた現実がずっしりと足取りを重くさせた。

占い師
「そこ行く、お嬢さん」

サトコ
「私···ですか?」

脚を引きずるように歩いていると、道端の占い師に呼び止められた。

占い師
「最近、何か失ったんじゃないかね?」

サトコ
「!···どうして、わかるんですか?」

占い師
「やっぱり···心にぽっかりと穴が空いているのがわかる」
「失ったのは、恋···かな?」

サトコ
「そんなに失恋したって顔してます?」

占い師
「まあ、ね。そこに座ってごらんなさい」

<選択してください>

座って見てもらう

(占いを鵜呑みにしたりはしないけど···話を聞いてもらうくらい、いいかな)
(悲しいことや辛いことは、離した方がラクになるって言うし···)

遠慮する

(偶然、言ったことが当たっただけかもしれないし···)

サトコ
「遠慮します」

占い師
「もっと言い当てられるのが怖い?」

サトコ
「そういうわけじゃ···」

占い師
「なら、座って。話すだけでも、気が楽になるから。な?」

占いは当たるのか聞く

サトコ
「占い、当たるんですか?」

占い師
「当たるも八卦当たらぬも八卦だ」

サトコ
「それ、占い師が自分で言いますか?」

占い師
「とにかく、話してごらん」

占い師の低音が耳に流れ込んでくると···

(なんか話してもいいかなって思うから、不思議···これも占い師の力なのかな)
(まあ、辛いことや悲しいことは話した方がいいって説もあるし···)

ずっと胸にため込んでいたことが、うっすらと回った酔いに乗せられて口から出て行く。

サトコ
「--結局、振られた理由はわからないんです。私に落ち度はないって言われても···」

占い師
「小綺麗な言葉を並べて別れる男の言葉を信じる必要なんてないな」

サトコ
「そんな言い方···」

(秀樹さんは小綺麗な言葉を並べたわけじゃない)
(秀樹さんなりに考えて···)

サトコ
「···何も知らないのに、悪く言わないでください」

占い師
「俺が思うに、相手のことを想って別れる男ってのはいねぇ。突き詰めりゃ自己保身だ」

サトコ
「ん?」

(この声、聞いたことがあるような···)

サトコ
「あなた、どこかで···」

難波
こんな変装もすぐに見破れないようじゃ、まだまだだな。ひよっこ

サトコ
「な、難波室長!?」

難波
おいおい、今は銀室だろ?

サトコ
「それを言うなら、どうして難波室は凍結されたんですか!?」

難波
なんでだろうな

これまでと変わらない笑みを見せる難波さんからは、その考えは読めない。

(もしかして、この格好も捜査の一環···?)

難波
おっ、ジンジン占いでは新しい恋の予兆が···

サトコ
「そんなのいりません···」

難波
水難の相が出てんな、気をつけろよ

サトコ
「はあ···」

(難波さん、凄く楽しそう···もしかして、ただの趣味···?)

サトコ
「···そのうち、話してくださいね」

難波
はいはい

バイバイと手を振る難波さんに脱力しながら、私もこの場を去った。

南里彪
「なるほどね~。元気ないと思ったら、フラれたんだぁ」

サトコ
「う···うん、まあ、ザックリ言えば···」

南里彪
「ザックリ言わなくても、フラれてるよね」

サトコ
「あやちゃん、厳しい···」

南里彪
「ごめーん!ほんと、ごめん!今日は、サトコっちにお礼する日だったね!」
「このお店のケーキセット、めっちゃ美味しいんだ。SNSでも人気でね···」

あやちゃんがスマホを取り出す。
チラッと見えた彼女のスマホのロック画面は、家族写真のようだった。

(おばあちゃんと子どもたち···?あやちゃんの家って、大家族なのかな)
(···って、すぐに観察するのは職業病だよね)

南里彪
「ほら、こんなにケーキの写真アップされてる!」

サトコ
「わ、美味しそう···」

南里彪
「じゃあ、これ2つね。注文おねがいしまーす!」

あやちゃんが “3種のイチゴのショートケーキセット” を頼んでくれる。

南里彪
「そうだ!元気の出るチョコあげよっか」

サトコ
「元気の出るチョコ?」

南里彪
「このハートのチョコを食べると、元気出るんだって」

あやちゃんがポケットから取り出したのは、小さな赤いハート型のお菓子。

( “ハート” のチョコ···か)

南里彪
「ほら、前に会った時に一緒だったカナからもらったんだー」

サトコ
「ああ···急に帰っちゃった、あの子···」

南里彪
「あの時はなんか様子ヘンだったけど、ホントはちょーイイ子だから」
「あの子のこと、悪く思わないであげて!」

サトコ
「うん···」

(あやちゃん、義理堅いし、友達想いのいい子なんだろうな)
(だから···)

サトコ
「あやちゃん、ひとつお願いがあるんだけど···」

南里彪
「なーに?」

小首を傾げるあやちゃんに、私は声を潜めた。

【科警研】

木下莉子
「この元気の出るチョコは正真正銘、違法薬物ね」
「ミッチャンが捌いてる “ハート” と成分が一致したわ」

津軽
お手柄だね。ここから配合率を調べて一気に叩ける可能性が出てきた

サトコ
「はい。あやちゃんが友達からもらったという “ハート” はすべて回収しました」

私のお願いは、あやちゃんが持ってるチョコを全部もらうことだった。

(かなりヘコんでる思われたけど···失恋が役に立つこともあるんだな)

津軽
よし、サトコちゃん

サトコ
「はい!」

津軽
俺の彼女になってくれる?

木下莉子
「は?」

サトコ
「えっ?」

(ま、まさかこれが、難波さんの言ってた “新しい恋の予兆”···!?)

【バー】

津軽
もっと寄って。彼女なんだから

サトコ
「かなり寄ってますけど」

津軽
全然、足りない

腰に回った腕にグッと引き寄せられる。
津軽さんに連れられて行った先は、ミッチャンが出入りしているというバー。

(捜査のために恋人のフリ···よくあることだけど)
(津軽さんはなまじ顔がいいから、心臓に悪い···)

バーの照明は津軽さんの睫毛の長さを際立たせていて、私でさえ見惚れそうになる。

女性1
「ねえ、あそこの二人···」

女性2
「不釣り合いすぎ~。なんで、あんな冴えない子がイケメン捕まえてるわけ?」

(周囲からの視線が痛い···)

嫉妬の眼差しと腰に回された温もりに、心を無にしていると···

バシャッーーと、頭からワインがかけられた。

サトコ
「···っ」

女性1
「あ~ら、ごめんなさーい。うっかり~」

(水難···難波さん、占いの才能あるかも···)

溜息を吐きながら、私はハンカチで髪を抑えていく。

津軽
俺の女に舐めたことするじゃん

サトコ
「え···」

立ち上がった津軽さんが女を見下ろす。
津軽さんの顔こそ笑っているものの、その目は視線だけで殺せそうなほど鋭かった。

(こわ···)

津軽
これ、どういうつもり?

女性
「い、いえ···本当に手が滑っただけで···」

津軽
ふーん?

笑顔のまま、津軽さんはジリジリと距離を詰めていく。

(あの圧迫感···女は完全に青ざめてる···可哀想に···)

女性1
「ご、ごめんなさい!」

女はヒールの高い靴で転びそうになりながら去っていく。

サトコ
「なんか···津軽さんらしくないですね」

津軽
どこが?

隣に戻ってきた津軽さんが相変わらず近い距離で話をしてくる。

サトコ
「女性を脅すような真似···もっとスマートな人かと」

津軽
自分の女を貶されたら、冷静でいられないよ
俺って、こう見えて熱い男なんだ

太腿に津軽さんの手が伸びてくる。

サトコ
「ちょ、やりすぎです!」

津軽
これ、見て

脚に置かれている手がもぞっと動いた。
そちらに視線を落とすと、津軽さんの手が見えて···

サトコ
「その手にあるの···」

( “ハート” のシート!)

サトコ
「どこで···」

津軽
ワインかけた女のポケットから

サトコ
「いつの間に···どうして、持ってるってわかったんですか?」

津軽
見知らぬ女にワインを頭からかけるのって、かなりハイになってる
そんなに暑くない部屋なのに汗をかいてたし、瞳孔も開いてた
何か薬をやってる証拠だ

サトコ
「そこまでわかるなんて···」

津軽
同じような奴が何人かいるし、ここが根城だね
ホシには会えなかったけど、収穫だ

(···いつもはふざけてても、やっぱり “班長” なんだ)

ミッチャンは現れなかったけれど、捜査は大きな進展を見せた。

【公安課ルーム】

バーから戻ってきた私を待っていたのは、大量の書類仕事。

(メモ1枚で書類仕事を押し付けていくなんて···百瀬さん、ひどい···)

これも新人の宿命かと深夜まで仕事をしていると、残っているのは私だけになる。

(朝までには終わるよね···)

一息吐いて背伸びをすれば、目に入るのは整理整頓された机。

(秀樹さんがニューヨークに発つのは明日···いつ帰ってくるのかもわからない)
(もう恋人でもないんだし、このまま会えなくなることも···)

サトコ
「会いたい···」

小さく呟いた時、コツ···と靴音がフロアに響いた。

(誰か戻ってきたんだ)

サトコ
「おかえりなさーい···」

???
「······」

サトコ
「?」

???
「···ただいま」

サトコ
「!」

(この声、秀樹さん!?)

ハッと振り返ると、そこに思い浮かべていた彼が立っていた。

(どうしよう···かなり間抜けな声をかけてしまった···!)

<選択してください>

謝る

サトコ
「す、すみません!まさか、石神さんだとは思わずに···」

石神
誰だと思った

サトコ
「そこまで考えずに···もう誰も来ないと思って気を抜いてたので、本当にすみません···」

お疲れ様と言う

サトコ
「お、お疲れ様です···」

石神
ああ

短く答える秀樹さんはいつもと変わらない。

(あえて聞かなかったことにしてくれてるのかも···)

遅いですねと言う

(ここはあえて普通の会話を···)

サトコ
「遅いですね。捜査ですか?」

石神
午後の会議が長引いて、それからずっと時間が押してる

サトコ
「そうなんですか···お疲れさまです」

秀樹さんがかけているのは、スペアの眼鏡。

サトコ
「···あの、せめてニューヨークに行く前に眼鏡だけでも···」

石神
気にするなと言っただろう

サトコ
「でも、私のせいで···」

石神
故意じゃない。偶然、強風が吹いた時にお前が近くにいたというだけだ
あれが佐々木であろうが千葉であろうが、俺は同じことをした

サトコ
「······はい」

つまり私は特別じゃないって···そう言いたいのかもしれない。
関係を再認識させる線引きに、傷口に塩を塗られたような気持になる。
息が詰まって、秀樹さんの顔を見られなくなりそうだった。

(でも、もしかしたら···もう簡単には顔を見られないかもしれない···)

心の中に残った彼への恋心が、私の顔を上げさせる。

サトコ
「明日、出発ですよね。どうか、気を付けて」

石神
ああ

先に視線を外したのは秀樹さん。

(私は秀樹さんがまだ好きだけど)
(この気持ちは迷惑なだけなのかな)

凛とした姿で任務に向かおうとする背中を見れば···
これ以上、自分の気持ちを表に出すことはできなかった。

to be continued

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