カテゴリー

最愛の敵編 石神7話

【パーティ会場】

煌びやかな照明の中を、私は普段よりも高い視線で歩いていた。
足には8センチヒールのパンプス、隣にはフォーマルな装いの秀樹さん。

(グリードの幹部が参加すると言われているパーティー)
(ここでグリードのメンバーを確保できれば最良)

最低でも、グリードに関する情報を得ることが今回の任務の目的だ。

石神
ここからは手分けして会場を回る。何かあれば、すぐに連絡しろ

サトコ
「はい」

インカムの装備をもう一度確認し、目で頷き合う。

石神
相手は銃を持っている。深追いは禁物だ
危険だと判断した時は応援を待て

サトコ
「了解です」

眼鏡のない瞳で見つめられると、なぜか鼓動が早くなる。

(どうしてだろう)

<選択してください>

見慣れないから

(見慣れないから?ううん、違う···)

頭の中にぼんやりとした光景が浮かんできて···それはベッドの上で私を見下ろす彼の姿。

(眼鏡のない姿って、そういう時に見るから···!)

その視界が不安だから

(眼鏡がないと、見えてないかもって思うから?)
(違う···秀樹さんのことじゃなくて、私が···)

頭に浮かんでくるのは、ベッドで私を見下ろす秀樹さん。

(眼鏡のない姿って、そういう時に見ることが多いから···!)

ベッドで見る顔だから

考えて、なぜか彼の肌の匂いを思い出す。

(そうだ···眼鏡のない姿って、そういう時に見るから···!)

石神
どうかしたのか

サトコ
「いえ!問題ありません」

(今は任務に集中!恋人としては見限られたのだとしても···)
(刑事としては認められたい!)

石神
俺は右から、お前は左から回れ

サトコ
「はい」

周りには酒を呑みながらひと時の快楽に身を任せるように談笑する男女ばかり。
その空気を壊さないように、緊張を隠しながら会場をゆっくり歩いていく。

(この先はVIPルーム···グリードの幹部がいる可能性は高い)

立ち止まらず、歩きながら様子を見ようとすると···
ドンッと分厚い何かにぶつかった。

???
「あ~ら、やだーん。アタシのドレス、汚れてナイ?」

サトコ
「すみま···」

目の前には立派な胸筋。
野太い女口調に違和感を覚えて顔を上げるとーー

(この顔···ミッチャン!)

ミッチャン
「···アンタ、アタシのこと知ってるわネ?」

サトコ
「いえ、お会いしたことはないと思いますが···」

ミッチャン
「会ったことなくて、知ってる···それがイチバン気に入らないのヨ!」

サトコ
「!」

ミッチャンの大きな手に上腕をつかまれる。
そしてグッと引っ張られ、VIPルームの一室に引っ張り込まれた。

ミッチャン
「安心しなサイ。アタシは女にキョーミないから」

ミッチャンが強靭な懐から取り出したのは注射器。

(どう考えても、安心できる状況じゃない!)

ミッチャン
「チョ~ット記憶をトばすだけヨ。怖くないワ」

注射器の先端から透明な液が零れる。

(秀樹さん···!)
(···に、頼ってらんない!)

<選択してください>

銃を抜く

(小型の銃を潜ませてはいる。銃を使う?)
(でも、ミッチャンを殺すわけにはいかない。となると、至近距離での発砲は反撃が怖い)
(一番無難で確実なのは···)

叫び声をあげる

(叫んで助けを求める?ううん、無理···)
(この会場のうるささじゃ、叫んだところで相手にする人はいない)
(こういう時は···)

急所を蹴る

(女にキョーミない···か。なら、女らしく反撃してやる!)

私は全身に力を込めると、ミッチャンの股間を思い切り蹴り上げた。

ミッチャン
「ノーオオォォォォッッ!」
「このクソアマ!アタシのお宝に何てコトッ」

サトコ
「先に手を出したのは、そっちでしょ!」

私は持っていた小型香水の催涙アトマイザーをミッチャンの顔面にかける。

ミッチャン
「ブッハッアッ!」

(ここで確保する?いや、銃を持ってる可能性を考えれば単独で動かない方がいい)

私は転がるようにミッチャンの下から逃れると、VIPルームから飛び出す。

ポイントサイトのポイントインカム

ミッチャン
「爆弾ヨ!ミンナ逃げて!」

(爆弾!?)

追いかけてきたミッチャンが叫ぶと、会場が騒然とする。

(ミッチャンが爆弾を持ってる!?違う···ミッチャンの目的は···)

女性客
「きゃあっっ!」

男性客
「逃げろーっ!」

警備員
「皆さん、落ち着いて!落ち着いて移動してください!」

蜘蛛の子を散らすように客が逃げていく。
私はどこに向かおうか迷い···

(ミッチャンの狙いは私···このまま他の客と一緒に動いたら、巻き込んでしまう)
(私はここに残るしかない!)

ミッチャン
「ウフフ···アタシたちだけになったわネ」

サトコ
「あなたのお仲間が4人ほどいるようだけど?」

パーティー会場に残ったのはミッチャンとガタイのいい男4人。
おそらくグリードのメンバーだ。

(5対1···秀樹さんも、どこからか見ているはず)
(上手く連携が取れれば勝ち目はある)
(だけど、下手に動けば秀樹さんも危険に晒すことになる···)

ミッチャン
「さ~て、アタシのお宝に手を出した子には、キツーイお仕置きをしないとネ」

サトコ
「······」

(全員が銃を持ってるはず。どうすれば···どう動けばいい!?)

距離を詰めてくる5人に後ずさりながら、頭をフル回転させる。
焦りで呼吸が浅くなるのを抑えながら、銃から身を守れる位置を探していると···

石神
俺の合図でスプリンクラーを撃て。返事は不要だ

(秀樹さん···!)

石神
撃つと同時にテーブルの上へ乗り上がれ

(逃げるんじゃなくて、テーブルの上に?理由は分からないけど···)

無条件に信頼できる人···それが私にとっての彼だ。

(秀樹さんを信じる···!)

石神
···撃て!

声と同時に腿に隠していた小型拳銃で天井のスプリンクラーを撃ち抜く。

ミッチャン
「な、なにヨ!?」

男たち
「み、水が···っ!」

怯んだ隙にテーブルの上に跳び上がると···

ドサッーーー···

5人が突然、水浸しの床に倒れ込んだ。

サトコ
「どういうこと···?」

石神
よくやった

サトコ
「秀樹さん!」

少し離れたところにあるテーブルクロスの下から秀樹さんが出てくる。
その手には断線させたライトがあった。

サトコ
「···感電させたんですね」

石神
5人を一度に叩くには一番効果的だ

サトコ
「秀樹さんは大丈夫なんですか?」

石神
耐電靴を履いている

(さすが···こういう事態も初めから視野に入れてたってこと···)
(以前の爆弾処理の時も痛感したけど、非常事態に対する対応力が凄い···)

不安要素は徹底的に潰す彼だからこそ、出来る技だ。
秀樹さんとの差を実感し、自信の不甲斐なさに奥歯を噛む。

(もっと勉強して訓練も積まないと···)

男たちに手錠をかけ始める秀樹さんに、私も濡れた服の中から手錠を取り出す。

(これも水難···?)

難波室長の占いを思い出しながら、近くの男に手錠をかけようとした時ーー

ミッチャン
「このクソが···っ」

サトコ
「!」

背後の気配に振り返ると、かろうじて動けるミッチャンが銃口を私に向けていて···

(···逃げきれない!)

ひゅっと細く息を吸った瞬間。

石神
サトコ!

私の目に躍り出た秀樹さんの背中。

(秀樹さん!?)

次に発砲音が耳を貫いた。

翌日ーー

石神
まさか防弾ベストの存在を忘れているとはな

サトコ
「う···」

昨日、銃声が現場に響いた瞬間。

石神
···っ

サトコ
「秀樹さん!秀樹さん···っ!」

(私を庇って撃たれるなんて···!)

片膝をついた秀樹さんに駆け寄った時には、すでに半泣きに近い状態でーー

(撃たれた人から返ってきた言葉が『鼻水を拭け』だなんて、誰にも言えない···)

あの後すぐに日本から派遣されている応援が駆けつけ、全員をとらえることができた。
ミッチャンは公安へ、他のグリードメンバーはCIAへと渡った。

(ミッチャンを日本に送検できたから、私の任務は一旦終了って連絡が来て···)
(こうしてみると、あっという間だったな)
(任務の最後が銃声で終わったのも、いい経験にしないと)

サトコ
「でも、私だってベストを着てたんですから、庇う必要はなかったんですよ」

石神
···それでも、痣になる可能性がある

サトコ
「痣なんて···」

石神
「······」

一見無表情に見える秀樹さんの瞳の奥に優しさがあるのが分かる。
とても小さな温かな灯火···きっと以前なら見逃していた光。

(あの時、秀樹さんは···)

(恋愛感情はなくても···嫌われてるわけじゃないって···)
(そう思ってもいいですよね···?)

サトコ
「秀樹さん」

石神
何だ

サトコ
「私、秀樹さんが好きです」

石神
······

秀樹さんの視線がこちらに戻る。
考えの読めない冷たい瞳···けれど、今の私はそれを受け止めることができた。

(そっか···秀樹さんを好きって気持ちは、私の心の一部になってるんだ)

だから、彼から別れを告げられても気持ちが簡単に消えることはない。
この気持ちが消える時は、心の一部が死ぬとき。

石神
それでも、俺の答えは変わらない

サトコ
「······」

心が軋む···でも、まだーー

サトコ
「どうしてですか?どうして、そんな急に?」

石神
前に言った通りだ

サトコ
「落ち度はない···ですか?それだけじゃ、わかりません」

(髪を乱すほど必死に探しに来てくれたこと)
(命を懸けて守ろうとしてくれたこと)
(そこにあなたの気持ちを探すのは···間違ってますか···?)

石神
だが、他に言いようはない

サトコ
「じゃあ、私の答えも変わりません」

石神
···あとは、お前自身の問題だ

サトコ
「······」

(秀樹さんらしい···彼の中では、もう完結してることなんだ)
(ああ、そっか···私に落ち度がないっていうのは、そういうこと···)

私への恋心を消したのは、秀樹さん自身。
秀樹さんの中で何かが起こり、ひとりでこの恋を閉じた。

(秀樹さんの中で起こったことを解決できなければ···この現状は変えられないのかもしれない)

登場アナウンスが流れ、タイムリミットを告げる。

(近くにいれば、また変わるきっかけを作れるかもしれない)
(でも、ニューヨークと日本じゃ···)

時間が経てば、彼の心がますます閉じていくのはわかる。

石神
行け。乗り遅れる

サトコ
「···はい」

(もう、どうすることもできないの···?)

何度も躊躇って、なかなか背を向けることができないでいると···

アナウンス
『接近しているハリケーンの影響で、本日の便は全て欠航となります』

サトコ
「え···欠航?」

石神
······

別れの覚悟を決めるか決めまいか···と思っていたところだったので、全身から力が抜けた。

サトコ
「じゃあ、今日は···」

石神
ホテルを取れ。前の部屋はもう使えない

サトコ
「はい」

秀樹さんが近隣のホテルを調べてくれ、二人で端から電話をかけたものの···

サトコ
「全滅···」

石神
皆、同じことを考えてるということか

サトコ
「とりあえず、津軽さんに連絡します」

石神
······

サトコ
「日本に帰れば、津軽さんが上司なので···」

石神
···ああ

電話をかけると、すぐに津軽さんの声が聞こえてきた。

津軽
あれ、もう着いたの?

サトコ
「いえ、それがハリケーンの影響で···」

予定していた便が欠航したことを連絡する。

サトコ
「フライトが再開するまで空港のロビーで待機します」

津軽
ずっと空港にいるの?

サトコ
「この状況なので、ホテルが取れなくて···」

津軽
なら、秀樹くんの部屋があるじゃん

サトコ
「え!?」

津軽
そっちでの上司は秀樹くんなんでしょ?なら、胸を張って世話になりなよ
じゃ、またあとで連絡して

サトコ
「あの、津軽さん!?」

それだけ言って津軽さんは電話を切ってしまった。

石神
津軽は何と?

サトコ
「こっちでの上司は秀樹さんだから、秀樹さんの部屋に泊まれと···」

石神
······

サトコ
「で、でも、わたしはここで大丈夫です!」

(二度振られた人の部屋に泊まりに行くのは、さすがに···)

まだ話したいことはあるような気がするけれど、そこまでの気持ちの整理も出来ていない。

石神
···来い

顔であとについてくるように言いながら、彼は歩き始めた。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする