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最愛の敵編 石神 Happy End

東京の夜空にめずらしく星が瞬く夜。

サトコ
「好き、です···っ」

石神

サトコ
「一生、ずっと、絶対···あなたが好きです!」

最後と決めた告白。
気持ちのすべてをぶつけるつもりだったのに、恥ずかしいほどの声が上擦った。

(格好悪い···なんて、今さらか···)
(取り繕ってる余裕なんてない。これが最後の最後かもしれないんだから···)

石神
······

その背に頬を押し付ける。
ニューヨークの夜ほど、その温もりを感じることはできない···鼓動の早さも。

(秀樹さん···)

どれほど、こうしているのだろうか。
数十秒なのか、数分なのか···それもわからない。

石神
俺は···

(気持ちは変わらないーーそう言われるのかな···)

伝わってくるのは身体の強張りだけ。
それは別れの予兆を伝えてくる。

石神
俺は本当の意味で家族を持ったことがない
俺は···家族を壊すことしかできなかった

サトコ
「秀樹さんが壊したわけじゃありません」

石神
···だが、何もできなかった

(やっぱり、秀樹さんは私を幸せにできないって···そう思ってるから···)

嫌われたわけじゃない。
そう、彼は私に落ち度はないと言っていたーーその言葉を信じるなら。

(まだ私のことを好きだって···信じても···)

ゆっくりと顔を上げれば、見えるスピカが私の胸にも灯りを灯してくれた。

(躊躇ってる暇はない。自分の気持ちを全部伝えなきゃ···!)

私は大きく息を吸うと、彼の前に回った。
真っ直ぐに見上げれば、眼鏡の奥の瞳が揺れる。

サトコ
「···私が証明してみせます!」

石神
証明···?

サトコ
「秀樹さんは家族を作れるって···幸せにできるって!」
「私が秀樹さんの隣で幸せになって、あなたのことも幸せにしてみせます!」

石神
サトコ···

サトコ
「だから、いなくならないで···」
「好きな人と一緒じゃなきゃ、幸せになんてなれません!」

石神
······

聡明さと鋭さを備える瞳が、今だけは曇っているように見える。
私を見下ろす目は精彩を欠いていて、惑っているようにも見えた。

石神
···面倒だぞ、俺のような男は
お前には、もっと···

サトコ
「それ以上言ったら、本気で怒ります。私だって···頑張ったんです」
「何度も何度も忘れようって、諦めようって···でも、できなかった」
「それは···秀樹さんだって、知ってますよね?」

石神
···ああ

サトコ
「だから、もう···できるとか、できないとかじゃなくて···」
「したいことをしようって···!」
「私が秀樹さんを幸せにして、幸せにしてもらうんです!」

最後の力を振り絞って叫ぶと、不意に秀樹さんの身体から力が抜けるのがわかった。

石神
全く、お前は···

サトコ
「最近、よくそれ言われてる気がします···」

石神
本当に、お前はお前だな

サトコ
「私は私なんです···ダメ、ですか···?」

石神
そういうお前だから、好きになった

両肩に温もりを感じる。
肩を抱かれ、一歩引き寄せられた。

サトコ
「···過去形ですか?」

石神
いや···

秀樹さんが目を閉じて首を振る。
その口元にはかすかな微笑が浮かんでいた。

(やっぱり、まだ···)

緩んだ空気に希望が見える。
目の奥が熱くなってきたけれど、泣くのはまだ早いとグッと堪えた。

石神
お前以外に恋愛感情を持つことは、これからもないんだろう

サトコ
「···今の録音してもいいですか?」

石神
理由は?

サトコ
「あとで聞き直したくて···」

石神
必要ない

肩の温もりが背に回る。
抱き寄せられたと実感したのは、大好きな匂いに包まれたから。

サトコ
「秀樹、さん···」

石神
俺はお前を見くびっていたようだな
唯一、幸せにしたい女を手放すところだった

サトコ
「···っ、やっと···認めてくれたんですね···っ」

石神
根負けだ

冷静な声とは裏腹に腕の力は強くなる。
それは言葉よりも雄弁に彼の気持ちを伝えてくれている。

サトコ
「秀樹さんは絶対っ、絶対私のこと···好きだと思ってたんですよっ」

これ以上みっともない顔を見せたくなくて、泣かないように必死に取り繕う。

サトコ
「だって目を合わせてくれるし、一緒にご飯も食べてくれたし···っ」

石神
ストーカー思考だ

サトコ
「それだけはありません!守ってくれたし、雨の夜だって···っ」

石神
あの夜のことは···

サトコ
「ん···っ」

秘め事だというように唇を塞がれた。
希有な星空の下、ひと気のなくなった、静かな駅前で。

【ファミレス】

一世一代の告白のあと、私たちは先ほどのファミレスに戻ってきた。

石神
また同じフルーツパフェを食べるのか

サトコ
「さっきは甘い砂を噛んでるような味だったので」
「今度は心行くまで堪能します!」

石神
そうか

コーヒーを飲みながら、秀樹さんはその目を細める。
優しい眼差しを受けながら食べるパフェは、さっきよりも何倍も美味しく感じられた。

サトコ
「そういえば、ニューヨークの事件片付いたんですか?」

石神
俺が関わっている案件はな。グリードの壊滅には至っていない

サトコ
「そもそも、秀樹さんは···」

なぜニューヨークに行って、グリードの事件に関わることになったのか···
それを聞こうとして口を噤む。

(他班の事情に深入りはできないよね)

石神
何だ?

サトコ
「いえ。ミッチャンの取り調べは順調に進んでいます」
「薬と被害女性の死の関係の証明にも、進展があるかもしれません」

石神
···そうか。 “ハート” を女子高校生から手に入れたのは、お前だったな
相手は、どんな高校生だった?

サトコ
「南里彪という子で、今時のギャルっぽい子です」
「確か、星和高校の3年生です」

石神
星学か···

サトコ
「知っているんですか?」

石神
姉の母校だ

サトコ
「!···何か関係が···」

石神
今は何も分からない。だが今後、何かがわかるかもな
お前の捜査のおかげで

サトコ
「そう願っています」

話しているうちに、フルーツパフェを食べ終わる。

石神
随分早いな

サトコ
「勿体ぶって食べなくても、秀樹さんとの時間はあるので」

石神
このあとは···どうする?

テーブルの上で手が重ねられる。
空調で冷えた指先を温めるように、ゆっくりと絡められた。

【ホテル】

(『帰りたくない』って、誘ってしまった···)

ファミレスを出て、向かった先は高級シティーホテルの一室。
ニューヨークで泊まったホテルとは雰囲気も違い、
秀樹さんとこういう場所にいることに慣れてはいない。

(秀樹さん、まだかな···)

交代でシャワーを浴びたあと、秀樹さんに仕事の呼び出しが入り、彼だけ今、外に出ている。
『すぐに戻る』と言ってから、
15分、そろそろだろうかと···早く戻ってきて欲しいと思う一方で、緊張も高まっていた。

(シャワーも浴び終わったんだから、このあとは···)

恋人に戻ったのなら、先の流れは容易に想像できる。

(今夜は私から誘ったことになってるんだよね?)
(欲求不満だって思われてるかな···だとしたら、恥ずかしすぎる!)
(なるべく余裕があるように見せるには···)

窓に張り付きながら、ベッドサイドで優雅に髪をかき上げる自分を想像しているとーー

石神
何が見える?

サトコ
「秀樹さん···」

外から戻ってきた彼が後ろに立った。

サトコ
「呼び出し、大丈夫でしたか?」

石神
ああ、問題ない

窓ガラス越しに視線を合わせると、私を囲うように両手を窓につく。
最近、何度もガラス越しに合わせた瞳ーー新幹線の中、ゴンドラの窓、そして、今。

(今の秀樹さんの目が一番優しい)

新幹線の中で考えたであろう未来。
ゴンドラの中で諦めたであろう未来。
でも、今は···彼は私と歩む同じ未来を見てくれている。

サトコ
「星が見えます。スピカ···あれが、おとめ座ですよね?」

石神
ああ。あれだ

サトコ
「え?あれ···ですよね?」

石神
お前はどの星を指してる

サトコ
「秀樹さんは、どれを指してるんですか?」

石神
あれだ

人差し指で探せば、秀樹さんが私の手を取って教えてくれる。
肌が触れ合ったのが、合図のようだった。


石神
サトコ···

熱っぽい唇が押し当てられたのは耳の後ろ。
秀樹さんの髪がまだ乾ききっていないのがわかる。

(お風呂から上がってすぐに、呼び出しがあったら···)

サトコ
「髪···乾かしてきてください。いつもきちんと乾かすのに、このままじゃ···」

気持ちが悪いのではーーという言葉は、肩に移った手で止められた。

石神
今夜はいい

サトコ
「どうして···」

石神
理由は聞かずともわかるだろう

抱き上げられ、ベッドへと寝かされる。
耳へのキスから再開して、頬から首筋へと唇は流れた。

サトコ
「ぁ···」

石神
···お前の髪も、まだ濡れてる

サトコ
「今夜は···気もそぞろで···っ」

秀樹さんの指先が私の髪を絡め取る。
頭を固定するような態勢で唇を塞がれれば、吐息を奪うキスが与えられる。

サトコ
「んっ···」

初めこそ反応を窺うようだけれど、それはすぐに深く求めるようなものに変わった。
よく知るキスは抱かれているときの熱さを鮮明に蘇らせ始める。

石神
サトコ···

サトコ
「秀樹さ···っ」

鼓動がうるさくなりすぎて、口から心臓が飛び出そうだ。

(でも···嫌じゃない···秀樹さんのことしか考えられなくなるのは···)

衣擦れの音がして、彼が服を脱ぎ落す。
その首に腕を回すと···視界がグルッと回った。

サトコ
「え···」

見えるのは、その胸板。
キスが解かれ、腕枕されているのだと一拍遅れて気が付く。

サトコ
「あの、秀樹さん···?」

石神
···緊張している

サトコ
「それは···ちょっとはしてますけど···っ。でも、大丈夫···」

石神
お前じゃない

サトコ
「え?」

(じゃあ、誰が···)

サトコ
「まさか···」

石神
···俺だ

サトコ
「秀樹さんが!?」

石神
大きな声を出すな

照れた顔で口を塞がれれば、私の胸はどうしようもない愛おしさでいっぱいになった。

(それだけ、私のことを大切に思ってくれてるってことだよね)

石神
仕方ないだろう。もう二度と、お前を抱けないと覚悟したんだ
そう簡単に切り替えられない

サトコ
「秀樹さんらしいです。そういう融通が利かないところ」
「私だったら、いつまでも待ちますから」
「わかってます。男性の方がデリケートなんですよね。こういう問題って···」

石神
···言っておくが、今抱かないのは、お前に配慮して···だ

サトコ
「え?でも、緊張してるから···」

身体が気持ちに追いつかないのでは···という前に、腰を引き寄せられる。

(え?これって···えぇ!?)

石神
明日、出勤できなければ、津軽に何を言われるかわからない
違うか?

サトコ
「は、はい···あの、ええと、その、これは···」

石神
俺がサイボーグ並みに自制心の強い男でよかったな

サトコ
「こ、この状態で優しく抱き寄せられても、余計に落ち着かないですが!」

石神
なら、離した方がいいのか?

サトコ
「···嫌です」

石神
なら、我慢しろ

サトコ
「はい···」

秀樹さんを支配する情熱と理性。
互いに抱きたくて、抱かれたくて···それなのに何のための我慢なのか、最早わからないけれど。

石神
···幸せとは、こういう時間を言うのかもな

サトコ
「私も幸せです」

石神
···またいつか···幸せではないと思う日が···来たとしても、か?

僅かに喉に絡んだ秀樹さんの言葉に、私はその顔を正面から見つめる。
そして両頬をしっかり包むと微笑んだ。

サトコ
「そんな日が来ても···絶対に幸せになって、幸せにします」
「何度でも···何度でも!」

石神
全く、お前は···

秀樹さんの瞳が揺れ、その奥には彼が抱えてきた苦悩と、それでも未来を見る希望の光が見えた。
『ありがとう』という言葉が口づけに溶けていく。
そう、また辛い朝と夜を迎えることがあったのだとしてもーー私は諦めない。
秀樹さんとの幸せを何度だって、つかんでみせる。

【公園】

再び結ばれてから、初めての非番の日。

石神
いい天気だ

サトコ
「公園日和ですね。···でも、なんで私がボートを漕いでるんですかね···」

石神
漕ぎたいと言ったのは、お前だろう

サトコ
「乗りたいとは言いましたけど···」

石神
同義だ

サトコ
「そうでしょうか···」

石神
それにしても、効率の悪い漕ぎ方だな

サトコ
「それでも精一杯漕いでるんですが」

石神
腕で漕ごうとするな。脚を使え
背筋に力を入れ、上半身は一定の角度で···

サトコ
「ここで本気の指導ですか!?」

石神
いい機会だ。覚えておいて損はない

姿勢を直され、本気でボートを漕ぐことになってしまう。

(明日、絶対筋肉痛だ···)

サトコ
「秀樹さんに振り回されっぱなしだった気がします···」

石神
どこがだ?

サトコ
「急に振られるし、お見合いの話は聞くし···ずっと秀樹さんのことばっかり···」
「私ばっかり、頭を一杯にされて悔しいです···」

石神
···コンパ

サトコ
「え?」

石神
借り物競走、加賀との食事、津軽と恋人のフリ···

サトコ
「そ、それが何か···」

石神
お前も十分、俺の気持ちをかき乱してくれたな

サトコ
「···乱されてくれたんですか?」

石神
手が止まってる

サトコ
「えいっ」

石神
お前、水しぶきを···眼鏡が···!

サトコ
「ふふっ」

石神
全く、お前は···

サトコ
「秀樹さん、それが口癖になってません?」

石神
誰のせいだ

サトコ
「私···ですね。はは···」

石神
···だが、お前に教えられたことも多かった

サトコ
「本当ですか?」

石神
ああ···

秀樹さんが目を細めて、晴れ渡った空を見上げる。

石神
星は輝いてる···見える時も、見えない時も
輝きを失うのは、己の目が曇った時だけだ

サトコ
「はい」

石神
俺はもう、自分の目を曇らせない
お前が覚ましてくれた、この目を

眼鏡を外した、透き通った瞳が近付いてきて···想いを伝えるように唇を重ねる。
愛し合うこの気持ちが、幾億の年月を見守る星のように···永久に続けと願いながらーー

Happy End

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