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最愛の敵編 カレ目線 石神1話

何度足を運んでも決して慣れることはない。
弔問客の沈痛な顔、強張った背中。
今日、訪れたのは殉職した同期の葬儀。

加賀
······

石神
······

(あいつがこんなに早く逝くとはな)

この仕事に就いた時から、覚悟しているつもりでも感情が消えるわけではない。
深い仲ではなかったが、殉職した彼との警察学校時代の思い出も記憶も、それなりに残っている。

石神
月並みだが、真面目で任務に忠実な男だった

加賀
そういう奴から死んでいくんだ

石神
なら、お前は最後まで残りそうだな

加賀
当たり前だ

葬儀会場の隅での会話。
葬儀は警察が取り仕切り、家族は当人が死んでから公安だったと知らされる。

女性
「どうして···っ」

喪服を纏い、憔悴した顔で泣いているのは故人の妻だ。
夫を失ったことに加え、隠されていた真実のショックは大きいだろう。

(今回は参列する側だが、明日は我が身かもしれない)

加賀
······

もちろん、隣のこの男も。

加賀
俺が死んだら、テメェは来るなよ

石神
傲慢だな。葬式すらない刑事もいる

加賀
なら、その方がウザったくなくていい

葬儀がひと通り終わるのを待ち、退ける。
家族に声をかけることもしなかったが、胸に鉛のような重さを感じる時間だった。

【会議室】

警察庁に戻るとすぐ、銀室長からの呼び出しがあった。


「殉職した川崎の代わりに、ニューヨークに飛べ」

石神
···いつからですか?


「手続きの関係で来月からだ。CIAとの共同捜査になる。捜査資料に目を通しておけ」
「詳細は追って連絡する」

石神
わかりました

(ニューヨークでCIAとの共同捜査···か。大きなヤマだ)
(こちらでの捜査は颯馬に指揮を執らせれば問題ない)
(銀さんが俺を選んだ意図はわからないが···)

適任だと思った···それだけならいいが、この人の腹は読めない。

(今は銀室預かりとはいえ、俺は難波室···邪魔者の排除でなければいいが)

裏にあるだろうパワーゲームを考えながら、脳裏をちらつくのはサトコの顔。

(捜査次第では長期の出張になる)
(だが、あいつならわかってくれるだろう)

同じ立場なら、きっとサトコも仕事を優先させるだろう。
同職の彼女への甘えになるのかもしれないが、迷いはなかった。

ニューヨーク行きは極秘扱いの案件のため、まだサトコには告げていない。
その代わりに、出発前にひとつケジメをつけるため、彼女の実家へとやってきた。

(温かな家庭だ)

家に入った時の空気でわかる。
自分が決して得ることができなかった “普通” の家庭。

(サトコが育った家らしい)

家族の声が絶えない、生活感のあるリビング。
俺も一時だけ···経験したことがある。
そう長くは続かなかったが。

サトコ父
「これを見てください」

言葉少なだったサトコの父が持ってきたのは彼女のアルバム。
想像通り笑顔の絶えない子どもで、思い出を語る父の声と表情から溢れるほどの愛情が伝わってくる。

(本当に···愛されて育ったんだな)

わずかに視線を流して、隣に座るサトコの横顔を見る。
晴れやかで陰のない笑みが、写真の中と同様にそこにある。

(公安に来るよりも、ここで交番勤務をしていた方が···)

彼女にとっては幸せだったのではないかーー
そんな考えが過ぎりかけ、思考を止める。
そう思ってしまうことは、公安学校で2年励み、ここまで来た彼女を否定することになるからだ。

サトコ父
「思えば、この子は我慢強くて、いつも誰かのために一生懸命だった」
「私はサトコを不安にさせたり、無理や我慢をさせるような男には任せたくない」

石神
···ごもっともだと思います

(俺は、ついこの間···)

石神
こんな状況だ。しばらくは、お前にも無理をさせてしまうかもしれない

(無理をさせてしまうかもしれない···と当然のように言った)
(それ受け入れると、わかったうえで)

これを狡さと呼ぶのだろうか。

石神
······

サトコ母
「お父さん、もうそれくらいにして。はい、プリン食べて」

次の言葉が出てこず、間に入ってくれて助かった。

(『不安にさせません』とも『無理も我慢もさせません』とも···)

建前でも言うことができなかった。
俺は彼女に息をするように無理を強いる···そんな怖さが心に取り憑いたーー

時間があれば温泉に一泊くらいしたかったが、互いに仕事を抱えている。

(戻ったら本格的にニューヨークに発つ準備をしなければ)

仕事のことを考えるのはラクだ。
悩む必要もなく、簡単に答えを導き出せるから。

サトコ
「すみません。父があれこれとうるさくて···」

石神
父親というのは、そういうものなんだろう
大切に育ててもらっていたんだな

先程の光景に思考を戻させたのは、サトコの声。
窓から差し込む夕日に重なるように温かな家庭の一場面が蘇った。

(血の繋がりは強い。そこには他者が介在できない)

新幹線がトンネルに入る。
暗くなる視界に合わせるように、記憶の一場面も真っ暗なものに変わる。

あれはそう、義姉である優花の葬儀が終わった日。

義母
「優花···」

義父
「······」

石神
······

遺影と骨壺の前でうなだれる義理の両親。
石神家は火が消えたようになり、時が止まったようだった。

(義母と義父には良くしてもらったと思っている)
(だけど···)

実娘を失った哀しみを俺が癒すことはできない。
この重い静寂と固まった背中が、それを物語っていた。

石神
······

(サトコの両親の彼女への愛情も、義両親から優花への愛情と同じだろう)
(俺には理解できない、俺が得ることはない『家族の愛』···)

羨望は棄てたはずだ。
それでも胸に込み上げる、塞がれるような想いに囚われていると···手に温もりが触れた。
その瞬間、ふっと息を吐く。

石神
どうした

サトコ
「つなぎたくなっちゃいました」

石神
全く、お前は···

口ではそう言いながらも、過去に逆行していたのを引き戻してくれた温もりを離せない。

(平気で無理を強いるのに、俺は彼女に救いを見出す)
(こんな関係···許されるのか···?)

『幸せ』とは程遠い気がして。
その葬儀の日、泣いていた同期の妻の姿にサトコを重ねてしまう。

(幸せにできないとわかっていて···それでも手を離さないのは···)

大きな罪ではないのかとーー思考が堂々巡りの海に沈んだ。

to be continued

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