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最愛の敵編 カレ目線 石神5話

嵐が去った翌日は快晴だった。
帰国する見送りを今回は断られなかった。

サトコ
「先に戻りますけど、石神さんも早く帰ってきてくださいね」
「後藤さんたちも待ってます」

石神
ああ

彼女は空と同じように晴れやかな顔をしている。

(俺の好きな顔だ)

思わずその顔を見つめていると、サトコの視線がさまよい、また戻された。
微かに染まっている目元からますます目が離せなくなる。

サトコ
「···後悔してますか?」

勇気を絞って出た言葉だというのはわかる。
その言葉が何を指しているのかーー昨夜のことか、彼女を手放したことか。
それとも、こうして出逢ってしまったことなのか。

サトコ
「···なんて、聞くもんじゃないですよね」

石神
ああ

サトコ
「じゃあ、また」

石神
···ああ

止まりかけた時は苦笑に流れる。
搭乗アナウンスが聞こえると、彼女は凛と背筋を伸ばした。

(強くて、綺麗だ)

真っ直ぐに自ら道を拓く背中だ。

(彼女を『幸せにしたい』など、傲慢な考えかもしれない)

自分で幸せになるだけの力を彼女は持っている。
そう感じさせるだけの強さが確かにあった。

帰国するなり、見つけたのは今にもホームに落ちそうなサトコだった。

(ニューヨークに来た時もそうだったが、目を離すとすぐにトラブルに見舞われる)
(どちらも本人には非がないのが、また···)

心配になるが、ずっと見張っているわけにもいかない。

石神
気を付けて帰れ

サトコ
「はい。ありがとうございました、おやすみなさい」

石神
おやすみ

タクシーに乗せ、彼女と別れる。
走り出すのを確認して背を向けた。

(サトコを突き飛ばした相手···)
(駅ホームのカメラ画像を入手して調べる必要があるな)

ただの弾みならいいが、彼女を狙ったのだとしたら。

石神
······

公安刑事が過去の事件絡みで恨みを買うことがあるのは身を以て知っている。

(俺と同じ境遇にはさせない)
(守ることなら、今の俺にも出来るはずだ)
(しかし、想定外のことばかりだな)

返ってきて早々、心の準備の間もなく再開してしまった。
命の危機に遭っているとは思わなかったし、見合いの話も耳に入ってるとは思わなかった。

(今さら、他の女を相手にできるわけもない)

手放したからと言って、胸に灯る想いが消えたわけではない。
消えるどころか、この身まで焦がしてしまいそうな火は、生涯自分の中で燃え続けるのだろう。

(お前だから、俺は愛せた)
(お前でなければ、人間らしい感情を抱くことも難しい)

普通の人間にはなれないから、この道を選んだ。
その選んだ世界でサトコに出会ったというのも皮肉な話だが、
自分の恋愛は唯一無二、これだけだ。

石神
······

一度でも光に触れたことを幸運と思うべきか。
それとも光など知らなければ良かったのにと思うべきか。

(前者か···)

彼女と過ごした時間を後悔はしていない。
一度胸に灯された火は、この先も仄かに心を照らし続けてくれるだろう。
その火が消えることのないように。
逆に全てを焼き尽くすほど燃え盛ることのないように。
残った胸の灯火と、これからの日々を過ごしていかなければならない。

(生涯消えない想いというのも、あるのだな)

空を見上げれば、今日は星が良く見える。
ひと際明るく見えるあの星はーー

石神
スピカ···

久しぶりに見る星だった。
記憶が過去に紐付き、ひとりの女性の声が耳に蘇る。

石神優花
「秀樹···お父さんとお母さんには、内緒にしてね」

あれはそう、姉が命を絶つ前日の夜のこと。
今と同じスピカが輝く夜空の下で、彼女は微笑み、そして静かに泣いていた。

(今の俺なら、何か出来ただろうか)

考えても詮無いことと思いながらも、そんな思いが脳裏を過ぎる。

(今回の事件から、姉の一件が明るみに出る可能性もあるが···)

姉の名誉は、彼女が亡くなった今でも必ず俺が守る。
その決意は、あの日ーー姉が旅立った日から変わらない。

石神
······

過去を思い出せば深い沼に沈んでいくような感覚に陥る。
死んだ心が歪み、さらに身動きが出来なくなるような閉塞感。
そこから救ってくれた彼女は、俺の人生にはもういない。

(後悔しているか···と、お前は聞いたな)
(後悔なんて···痛いほどしている)

それでも、その痛みは受け入れるべきものだと言い聞かせる。
人を幸せに出来ない者が幸せになれるわけもない。
そして彼女を不幸の道連れにするわけにはいかない。
だからこの痛みは自業自得なのだと、足を引き摺るように歩き出そうとした、その時。

サトコ
「秀樹···さっ···ん!」

ドンッと背中から強い衝撃が伝わってきた。
滅多なことでは驚かないが、この時ばかりは目を見張る。

石神
サトコ!?

しっかりと身体に回された腕。
全身全霊とは、今の彼女のような姿を言うのかもしれない。
漲る覇気に飲み込まれる。

サトコ
「好き、です···っ」

石神

サトコ
「一生、ずっと、絶対···あなたが好きです!」

(···っ)

世界が変わる瞬間とは、意識が弾けるような感覚なのかもしれない。
一瞬、目の前が真っ白になった気がした。

(お前はどうしてそう、強情なんだ)

何度振っても、手放しても帰ってくる。
その光が欲しいと、救われたいと願う時に。
まるで流れ星のように、俺の心をさらっていく。

(本当に···望んでいいのか···?)
(ずっと心の奥底で欲していたものを)

幼いころから切望し、それでも手に入らないと諦めたもの。

サトコ
「···私が証明してみせます!」

石神
証明···?

サトコ
「秀樹さんは家族を作れるって···幸せにできるって!」
「私が秀樹さんの隣で幸せになって、あなたのことも幸せにしてみせます!」

石神
サトコ···

やはり、彼女は一等星なのだと知る。
その強く美しい輝きで、俺の未来を照らす。

サトコ
「だから、いなくならないで···」
「好きな人と一緒じゃなきゃ、幸せになんてなれません!」

石神
······

(幸せに···してくれるのか)

考えもしないことだった。
彼女を幸せにすることばかり考え、だから、無理だと手放して。

(お前は俺の隣で幸せになる···俺に幸せにしてもらうのではなく···)

彼女の幸せを決めるのは、彼女自身。
そして俺はあの時ーー

笑顔の下で傷む心になにもしてやれない。
何かしてやりたいのに。

“何か” の正体は、彼女を幸せにしたいという想い。
出来ないとわかっているのに、この願いともいえる想いが消えることはなかった。

石神
···面倒だぞ、俺のような男は

口では、どう言おうと···回されたこの腕をもう離せないと、この時にはわかっていた。
今、胸にあるのは義務感でもプライドでもない。
ただ純粋に彼女を幸せにしたいと願うーーこの想いは赦されるだろうか。
そのために、生涯をかける程の覚悟が出来ていれば。

to be continued

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