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最愛の敵編 カレ目線 石神6話

石神
ここにひとつ···こっちにもだな

サトコ
「まだあるんですか···?」

明るい寝室で、こちらに背を向けチラリと顔だけで振り返るサトコの頬が赤い。
それも致し方ないのかもしれない。
指でひとつひとつ確認しているのは、昨晩から朝方にかけて俺が残した痕なのだから。

(こんなに残していたのか)

こうしているのは、『責任を持って、あとで俺が確認する』と言ったためだ。
思った以上に散らされているそれに、いかに夢中で抱いていたのかを知らされる。

(間が空いたから···という理由でもない)
(サトコを···)

愛したいーーただ、その想いに突き動かされただけだった。
前回の状況で抱いたら、どうなるか···自分を抑えるために間を空けたのだが、
あまり意味があったとは言えないようだ。

(いや、それでも···)

あの時、衝動のままに抱いてしまっていたら···

(···今、考えるのは止めておこう)

石神
こんなところにつけたか···?

サトコ
「あるならつけたんですよ···」

石神
···そうだな

(こんな場所にまで···)

理性があればつけないような箇所を見つめていると、サトコの手がグッと肩を押してきた。

サトコ
「お願いですから、もう···」

耳の先まで赤くなっている彼女を見れば、こちらも身体を起こさざるを得ない。

(このまま続ければ、困るのは俺の方になりそうだ)

先程までベッドにいたというのに、再びここに戻ることになってしまう。

(朝からそれはさすがに、考えものだろう)

石神
···そろそろ朝食にするか

サトコ
「はい!」

サトコの身体も起こし、髪に口づけを落とす。
今は抑えられても、遠からず戻ることになりそうだと思いながらベッドを降りた。

朝食は残っていたトーストと冷蔵庫のあり合わせで作った。
俺のシャツを羽織っていたサトコは、そのままの格好でリビングのディスカスを眺めていた。
水槽の横に置いた腕時計を目に留め、それを着けて出なかった日のことを思い出す。

(こんな時間はもう二度と訪れないものだと思っていた)
(ニューヨークに発つ前に、結局荷物の整理はできなかったんだが···)
(結果的に良かったということか)

水槽に映る、その顔をそっと見つめる。

(失わなかった···本当に···)

見つめるだけでは足りなくて。
存在を確かめるように、その手に触れる。

サトコ
「秀樹さん?」

石神
···何だ

唐突に距離を詰められれば、戸惑うだろう。
分かっていながら、訊き返している間に唇に触れる。

サトコ
「ん···」

触れて、抱き締めて確信する。
離れていた、失っていた時間を取り戻すにはーーまだまだ、足りない。

【公安課ルーム】

翌日、午前中の業務を終えてデスクに戻ると、近くにいたのは津軽だけだった。

(どこかで時間を潰してくるべきだったか)

苦手としているわけではないが、最近の津軽の絡み方は気になるものが多い。

津軽
あれ?誠二くんと戻ってくるかと思ったのに

石神
後藤は途中で婦警に呼び止められた

津軽
ああー···そういうこと。警察運動会以来、モテるよね、誠二くん

石神
なかなかの活躍だったからな
桂木班と競り合ったのも、目立ったんだろう

津軽
石神班は恋愛禁止じゃないの?

石神
プライベートには干渉しない

津軽
ふーん

暗に俺とサトコのことを探るような言葉を軽く流す。

(津軽のことだ。すでに気付いているんだろう)
(だが、尻尾を掴ませるほど、甘くはない)

石神
後藤は···本来なら、ここに来るべき人材ではなかった
あいつがもとに戻れるなら、それは歓迎すべきことだろう

津軽
そう?

首を軽く傾げる津軽は相変わらず何を考えてるのかわからない。
けれど、その目は少なくともこちらの意見に賛同しているとは思えなかった。

(仮に後藤が津軽の下にいたら···)

石神
······

思い浮かぶのは、後藤を拾ったばかりの時の凶暴な眼差し。
そこに百瀬の影が重なって、とんでもない番犬が出来ていたのかもしれないと思う。

(俺に何かあったとしても、津軽の下だけは駄目だ)

誰か···颯馬あたりには一度話しておいた方がいいかもしれないと、不確定な未来を憂う。

津軽
君は、オズに出てくるブリキの木こりだね

石神
···藪から棒に何を言っている?

こちらが仮定の世界に意識を飛ばしている間に、津軽はさらに斜め上の言葉をかけてくる。
この会話の見えなさは、津軽独特のものだ。

(ブリキの木こり···サイボーグの言い換えか?津軽にしては捻りがないが···)

石神
どういう意味だ

津軽
そのままの意味だよ。読んだことあるでしょ?オズの魔法使い

石神
ブリキの自分には『心』がないと言い、『心』を求める話だろう
···つまり、俺に対する皮肉か?

声に多少の険が出たのは仕方ない。
己の基本的な欠落に絶望し、道を失いかけたばかりなのだから。

津軽
ねえ、ほんとに読んだ?オズの魔法使い

石神
それはこちらが聞きたいくらいだ

読書家というわけではないが、一般教養としての文学はひと通り目を通しているつもりだ。

(むしろ、この男が文学を嗜む姿の方が想像しづらい)
(それが物語なら、なおさら)

どこまでも現実主義な男···津軽には、そういった印象がある。

津軽
まあ、いいけど

話を吹っ掛けられた身としてはあまり良くないが、追求したくもない。

(黒澤でも戻ってくれば···)

津軽の相手をさせるのにーーそう思った時、小さな靴音が聞こえてくる。
勢いのある、それでいて軽やかな音。

(サトコか)

サトコ
「津軽さん、銀室長がお呼びです!」

津軽
ん、了解

溌刺とした声が響くだけで、息の詰まる課内に風が吹くようだった。
自然と表情が緩んだ隙を見逃さないというように、津軽が顔を近づけてくる。

津軽
今の君に言うのは、西の魔女並みに割るものかもしれないけど

石神
······

津軽
俺たちは公安刑事だよ、石神

石神
······

あの時ーー

津軽
俺たちは公安刑事だから、石神

会議室に津軽を呼びに行った時と同じ耳打ちを繰り返してくる。

(こいつは俺に “呪い” をかけたいのかもな。公安刑事としての)

その意図も目的もわからないが、この男ならそうしても何ら不思議はない。
“普通” の人間と一線を画し、人としての欠陥を武器にして捜査を続ける公安刑事もいる。
以前の俺も、その分野の人間だった。

(だが···)

サトコ
「あ、石神さん、お疲れさまです!」

石神
ああ

今は気付いている。
気付かせてくれた、目の前の “最愛の人” が。
光さえ見失わなければ、人は前に進み続けられるのだとーー

Happy End

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