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カレKiss 石神1話

【公安課ルーム】

それは突然のことだった。

サトコ
「おはようございます」

津軽
あ。おはよう

出勤した私に、津軽さんが可愛らしい紙袋を差し出してくる。

津軽
俺のちょっとした気持ち。受け取って

サトコ
「えっ、私にですか?···ありがとうございます」

(津軽さんから···?何だろう)

デスクに着いて包みを開ける。
中にはたっぷりの刺繍が施された派手な布が丸まっていた。

(コレ···下着!?)
(ななな何で津軽さんが私に)
(証拠品?それとも持っておけ?返しに行け?どういう意味が···!?)

慌てて紙袋に戻していると、背後から視線を感じる。

百瀬
「······」

サトコ
「わっ、私のじゃないですよ···!?」

津軽
サトコちゃんのだよ

サトコ
「え゛っ」

津軽
使ってね

百瀬
「···」

(み、見えない圧が···)
(やっぱり意図が読めない···公安の仕事絡みとか?)
(いずれにしてもオフィスには置いておけないし、始業前にロッカーにしまってこよう)

私は紙袋を抱えて立ち上がった。



【廊下】

(こんなド派手な下着を持ち歩いているって、何だか···)

お堅い警察庁の中だと思うと後ろめたくて、コソコソとロッカールームに向かう。
あと数メートルでロッカールームというところで···

石神
氷川、早いな

サトコ
「!!い、石神教官···」

石神
もう “教官” じゃないだろう

サトコ
「あ、すみません。まだ癖が抜けなくて···」

そそくさと背後に隠した紙袋に、秀樹さんの鋭い視線が突き刺さる。

石神
何だ、それは

サトコ
「い、いえっ!何でもありませんっ!」

石神
氷川···今、自分がどれほど挙動不審か分かってるか?

サトコ
「!」

石神
隠し事があると素人でもわかる。一体何があった

(見抜かれてる···)
(とはいえ、『実は···』と見せるワケにも···)

どう誤魔化そうかと考えていると、ある意味この場で最も聞きたくない声がした。

津軽
あ、いたいたサトコちゃん

サトコ
「···津軽さん!」

津軽
さっき落としたよ

サトコ
「!?」

津軽さんの手には、紙袋にしまったはずの下着が。

サトコ
「すみません···!」

津軽
いえいえ

慌てて受け取って紙袋に突っ込む。

津軽
あれ?秀樹くんもいたんだ、おはよう

石神
······

サトコ
「···っ」

石神
···それは何だ

サトコ
「えーと···」

石神
津軽。氷川の様子がおかしいが、心当たりはあるか

津軽
あー、この紙袋?俺があげたの、下着

石神
···何?

秀樹さんが私をジッと見つめるものだから、つい目が泳ぐ。

石神
······

津軽
本当は一緒に選ぶのもアリかと思ったけど
さすがにセクハラになっちゃうからね。今のままのカンケイだと

津軽さんは私ににっこり微笑みかけた。

(上司から下着を貰うだけで十分セクハラです···)

曖昧に笑う私から津軽さんへと、秀樹さんが視線を移す。

石神
セクハラも大概にしろ、津軽

津軽
きっびし

石神
当然だ。少し考えればわかるだろう

(秀樹さん、もっと言ってください!)

津軽
いいだろ、これくらい。何も減るもんじゃナシ

石神
氷川にしてみればお前は上司だ。面と向かって嫌だとは言いにくいだろう

秀樹さんが私に一瞬目を向ける。

(···ん?)

そのまま背後のロッカールームへと目配せされた。

(ああ、今のうちに行けってことか···)

私は気配を消して2人から離れた。

津軽
なんで秀樹くんが抗議すんのさ。いくら元・補佐官だからって過保護すぎでしょ

石神
班が違うとはいえ、今でも氷川の上司であることに変わりはない
部下の労働環境に問題がないか目を配るのも仕事のうちだ

津軽
相変わらずお堅いねぇ。もう少しゆる~く、ほら肩の力抜いて···

石神
お前は相変わらず適当な人生観だな

津軽
調子がいいって言ってよ

石神
どういう意味でだ

津軽さんは離れる私に気付く様子もなく、秀樹さんと言い合っている。

(秀樹さん···ありがとうございます!)

ロッカールームのノブを慎重に回した時だった。

津軽
そうそう、サトコちゃん

サトコ
「!?は、はいっ!」

津軽
ソレ、ロッカーにしまったら早く戻ってね。サトコちゃんに頼みたい仕事があるから

にっこり笑う津軽さんを、秀樹さんは冷ややかに見つめていた。

【会議室】

取り急ぎ紙袋をロッカーに突っ込み、戻った公安課での捜査会議。

サトコ
「ハニートラップ···ですか?」

津軽
必要に応じてだけど。モモ、資料

百瀬
「はい」

津軽さんから言い渡されたのは、とあるマルタイの監視作業。

津軽
十数年前。日本人が海外でA国の大使館を占拠した事件を知ってる?

サトコ
「あ···はい」
「確か地下トンネルから特殊部隊を投入して」
「犯人組織をほぼ全員逮捕したケースでしたね」
「人質も確か、全員生きて戻ったんでしたっけ」

津軽
そう。そこまでは良かったんだけど···
たった一人、現場から逃げおおせた事件の首謀者がいる

津軽さんは1枚の写真を私の前に滑らせた。

津軽
それが、この喬橋清孝(たかはしきよたか)
逃亡期間を経て数日前、日本に密入国したという情報が入った

サトコ
「!」

津軽
ただ、本当に喬橋本人か確証が持てなくてね
そこで喬橋の親友、佐東に監視を付けたんだけど···
しばらく担当が外れざるを得なくなった

サトコ
「どんな事情か、伺ってもいいですか?」

津軽
あぁ、ただの車のもらい事故。命に別状はないけど、しばらくは入院かな

サトコ
「その代理で私に···ということですね」

津軽
喬橋のグループと繋がってた組織は不穏な動きもあるし
佐東を通じて喬橋の行動を探る。その手掛かりを得るのが君の任務

(簡単な任務ではないけど、教官たちに教わった通りに動けば···)

津軽
よろしく

サトコ
「···はい!」

私はしっかり頷いた。

【自室】

早速翌日から、潜入捜査に入ることになった。

(しばらくはホテル暮らしになるからそっちの準備もして···)

バッグの中身を何気なく確かめると、帰り際に突っ込んだ紙袋が目に留まった。

(そうだった···この問題も残ってたんだった)
(······まさか、これをハニートラップで使えってこと?)

ぶらんと吊り下げた派手な色の下着は、そうだと言わんばかりに主張する。

サトコ
「···」

(···後で考えよう、うん)
(で、講義ノートは···と)

公安学校時代のノートを取り出し、潜入捜査の心得を探す。

(授業の時のメモ···あった)

潜入捜査の講義は主に後藤教官と颯馬教官の担当だったけれど。
時折、代理で秀樹さんが教壇に立つこともあった。

サトコ
「目立たず、相手を否定せず」
「全面的に応援することで得られる “信頼” を創り上げる···か」

ノートを前に教官の言葉を一言一句聞き漏らすまいと集中した時間が蘇る。

石神
対象者の日常に入り込み、近づき、信用を得る。言葉では簡単だが、実行は難しい
一瞬の油断が積み上げた準備を台無しにする···その覚悟を常に持つことだ

落ち着いた声がすぐ近くで響くようだった。

(今は違う班になっちゃったけど···)

捜査対象者は犯罪者である可能性を常に秘めているとはいえ、
これまでの私は、相手を傷つけたくない気持ちが先行してしまうこともあった。

(でも、今は)
(私を育ててくれた秀樹さん··· “石神教官” の名に恥じない働きがしたい)

もしハニートラップが必要な時がきても、動じずに任務を果たそう。
ノートの文字を辿りながら、そう自分に誓う。

♪~

(秀樹さんからLIDEだ···)

ちょうど秀樹さんのことを考えていた時だから、何となくドキッとする。

『津軽からもらったものは捨てておけ。後のことは考えなくていい』

(···それだけのことをわざわざ?)

上司としての責任感と恋人としてのひそかな独占欲が、短い文章に込められている。
そう考えるのは私の欲目かもしれないけど···。

『わかりました。ご心配かけてすみません』

『謝ることじゃない。明日からの潜入しっかりやれ』

『はい、頑張ってきます!秀樹さん、おやすみなさい』

『おやすみ』

短いやり取りなのにホッとして、紙袋を前に考え込む。

(確かに···このまま持っているのはちょっとね)
(恋人以外の男の人からもらった下着は···さすがに着ける気になれないし)

勿体ないとは思うし、捨てるのは何となく気が引けるけれど。
私はその下着を処分した。

【カフェ】

翌日から、私はとあるカフェで働き始めた。
マルタイである佐東は、その向かいの会社にエンジニアとして勤めている。

サトコ
「いらっしゃいませ」
「ホットのカフェラテ、トールサイズでよろしいですか?」

(目立たないように、控えめに···)

そつなくカフェの仕事をこなしながら、さりげなく周りの様子に気を配る。

(午前8時40分。そろそろかな···)

数分後、窓ガラスの向こうにマルタイの姿が見えた。

(···来た)

サトコ
「いらっしゃいませ」

佐東
「アメリカン、ショートサイズで」

サトコ
「かしこまりました」

(引き継いだ情報の通りだ)
(毎朝、毎晩、仕事の行き帰りにアメリカンのショートサイズを買いに来る)
(問題は、ここから)

情報の断片を拾い集め、つなぎ合わせ、今のマルタイの生活を浮かび上がらせる。

(ここから、私が彼の行動の規則性を探るんだ···)

to be continued

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