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カレKiss 石神2話

【バー】

マルタイを探るため、カフェに潜入して数日後。
あらかじめ指定された時間に仮住まいのホテルのエレベーターに乗る。
最上階のバーに、待ち合わせの相手は既に来ていた。

津軽
お疲れ様

サトコ
「お待たせしてすみません」

津軽
全然。あっちの様子は?

サトコ
「丸山さんから引き継いだ通りです」
「毎日朝と退勤後、アメリカンコーヒーを買いにやってきます」

津軽
···そう、わかった。次回の進展を期待してる

サトコ
「はい。ところで···こうやって津軽さんと会っても大丈夫なんですか?」

津軽
俺たちが一緒にいる理由ならあるから

サトコ
「···?」

津軽さんは何でもないように笑い、私の顔を覗き込んだ。

津軽
今の俺とサトコちゃんは、ただの男と女

サトコ
「······はぁ、そうですね」

津軽
あれっ?もう少し反応するかと思ったのに

サトコ
「津軽さんのその手には乗りたくありません」

津軽
つまんないの

サトコ
「つ、つまらなくていいですから」

???
「···あのな」

と、私の頭上から、落ち着き払った声が降ってきた。

サトコ
「!?い、石神教···さん」

いつの間にか、冷ややかに私たちを見つめる秀樹さんが背後に立っていた。

津軽
秀樹くん、お疲れ。早いね、あと5分遅くても良かったのに

石神
···邪魔をしたようだが、この時間を指定したのはお前だ

(さっきの視線···な、何か誤解されてたらどうしよう···!?)
(違うんです!私、秀樹さん一筋です!!)

目で訴えかけるも、秀樹さんは津軽さんと対峙したまま視線を向けてくれない。

津軽
まあまあ、座ってよ。せっかく来たんだからさ

石神
···仕方ないな

津軽さんの向こうに座った秀樹さんがちょっとだけ遠い人に見えた。

(あとでちゃんと事情を説明しなきゃ···)
( “時間を指定された” ってことは、津軽さんが秀樹さんを呼び出したんだ。でも、何で?)

サトコ
「あの···なぜ石神さんがここに?」

津軽
勿論、サトコちゃんのことを聴かせてもらおうと思って

サトコ
「え」

心臓がどきっと跳ねた。

(もしかして、付き合っているというのがバレ···)

津軽
二人は長い付き合いでしょ
公安学校時代のことは、教官だった秀樹くんに訊くのが一番早いし

(···ああ、そういう意味か)

石神
氷川の潜入で相談があるのかと来てみれば、目的はソレか

津軽
俺とサトコちゃんのためにひと肌脱いでよ

石神
お前のために脱ぐ肌はない

津軽
俺だけ?
ま、いいや。サトコちゃんはどんな生徒だったの?

石神
······

不機嫌そうに眉根を寄せていた秀樹さんが、ふっと表情を和らげた。

(どんな酷い話を持ち出されるかと思ったけど···)
(もしかしたら素敵な思い出を語ってくれたり···?)

ひそかに期待する私へ、微かな視線を向け···

石神
とんでもない生徒だったな

サトコ
「!?」

津軽
へぇ?まあ、秀樹くんから見たら大抵の生徒はひどいだろうけど

サトコ
「そ、そうそうそう···」

石神
それにしても、ひどいなんてものじゃない

サトコ
「石神さんおつまみ来てますか?何か頼みましょうか?」

津軽
いいからいいから、ちょっと黙って

サトコ
「うぅっ」

言動を遮るように、津軽さんが私の頭を押して遠ざける。

石神
公安が何たるかも知らない。そもそも自分が入った学校が何のための物かも知らない
最初の抜き打ちテストの点数など惨憺たるものだった

サトコ
「お、おつまみを···」

津軽
シッ、今いいところだから

期待からの落胆、いや絶望が私を襲う。

(全部本当のことだけど、何も一番ひどかった頃の話を持ち出さなくても···)

津軽
今の話ホント?

サトコ
「···」
「···本当です······」

津軽
それでよく卒業できたね~

私の頬をぐにっと掴んで引っ張るその笑顔は、オモチャを見つけたように楽しそうだ。
けれど、秀樹さんがそれを制すように津軽さんの襟を軽く引っ張った。

石神
ただ、自分に足りないものを自覚してからの伸びは目を見張るものがあった
時々、見てる方が危うく思うくらいにな
···己の身を守りつつ成果を出せる一人前の刑事になるには、まだまだかかるだろう

(秀樹さん···)

厳しい言葉の中に籠るのは、歩んできた時間の重みと温かさ。
この人に認められたい、この人に成長する姿を見せたい。

サトコ
「私···もっともっと精進します!」

石神
···ああ

淡白な返事とは裏腹に、
秀樹さんの視線には温もりの色が宿っているーーような気がした。

津軽
二人ともおつまみ頼む?

石神
お前は話に飽きるな

そうして、尊敬する上司2人と過ごす夜は賑やかに更けていった。

それからさらに1週間後。
待ち合わせた津軽さんに進捗を報告する。

サトコ
「相変わらずカフェに通ってきています」
「でも買ってすぐに帰るので、それ以上はなかなか···」

津軽
潜入してそろそろ10日だったよね

サトコ
「はい。なので、少しずつ距離を詰めていこうかと」

津軽
確かにそろそろかな
そのためにすることは?

サトコ
「···ハニートラップ、ですか?」

津軽
秀樹くんの秘蔵っ子だけあるね

津軽さんと段取りを打合せしながら、すうっと意識が集中していく。

(必ず、マルタイを釣り上げて見せる···!)

【カフェ】

翌日から、カフェには津軽さんや百瀬さんが交代で張り込むようになった。
2人の存在を視野の隅で確かめながら、マルタイにさりげなくアプローチしていく。

サトコ
「いらっしゃいませ」

佐東
「アメリカン···」

サトコ
「ショートサイズ、ですね?」

佐東
「······あ、はい」

サトコ
「お待たせしました。いつもありがとうございます」

(しっかり目を見て、笑顔)

他のお客より、ほんの少し長く視線を合わせる。
佐東は何度か瞬きをしてから、困惑したように笑った。

そんなやり取りを繰り返すうち、少し会話を交わすようになった翌週のこと。

サトコ
「おはようございます。いいお天気ですね」
「昨夜は凄い雨でしたけど、お客様は帰り大丈夫でした?」

佐東
「はい、何とか。ええと、レナさんは?」

偽名が書かれたネームプレートを見ながら、マルタイが初めて私の名前を呼んだ。

(よし···!)

サトコ
「少し降られちゃいましたけど、こうして元気に出勤できました!」

佐東
「ハハ、良かったです」

サトコ
「今日もお仕事頑張ってくださいね」

佐東
「···ありがとう。レナさんも頑張ってね」

シャイな笑顔を残し、佐東はカフェを出て行った。

(次に来たら向こうの名前を訊く···いや、言わせるように仕向けて···)
(その後も徐々に距離を詰めて、店の外でも会って···)

こちらから誘うことも出来るけど、
最初だけはマルタイから誘うように誘導させた方が油断させやすい。

(私も誘いやすい雰囲気を出していこう)

そこで店内のBGMが変わり、ジャズの定番ナンバーが流れ始めた。

(マルタイも何度かBGMのジャズに反応してたって、百瀬さんからの情報にあったっけ)
(少し興味があるように見せれば食いついてくるかも···?)



さらに10日ほど過ぎた夕方。
カフェにやってきた佐東は、私を見つけて笑顔を浮かべた。

サトコ
「いらっしゃいませ。お仕事お疲れ様です」

佐東
「どうも。レナさんもお疲れ様」

サトコ
「いつものアメリカンでよろしいですか?」

そんなやり取りを交わす途中、店内BGMが変わった。

サトコ
「···あ。『テイク・ファイブ』···」

佐東
「!レナさん、ジャズが好きなんですか?」

サトコ
「はい。と言ってもポピュラーな曲しか分からないんですけど」

佐東
「奇遇だな。俺もジャズ好きなんですよ」

サトコ
「そうなんですか?もしよかったら、今度おすすめの曲とか教えてください」

佐東
「······あー······」

(···少し急ぎ過ぎた?)

内心焦ったけれど。

佐東
「じゃあ···この後、一緒にお酒でもどうですか?」

(よし!)

【居酒屋】

バイトが終わる時間を告げて待ち合わせ、津軽さんに指示された居酒屋に入った。
私の後ろに背中合わせで百瀬さんが座っている。

佐東
「こういう店、久しぶりです」

サトコ
「会社の人たちと飲みに行ったりしないんですか?」

佐東
「1人でコーヒー飲みながらジャズ聴いてる方が好きなんですよ」

サトコ
「佐東さん、本当にジャズとコーヒーがお好きなんですね」

おすすめの曲を教えてもらいながら、当たり障りのない世間話で盛り上がる。
しばらくして、マルタイがトイレに立った。

佐東
「あー···すみません、ちょっと失礼」

(鞄を置いて行った···酔いのせい?それとも油断してる···?)

いずれにしても、これはチャンス。
素早く鍵を抜き取り、背後の百瀬さんにそっと渡した。

百瀬
「2時間」

サトコ
「了解です」

そこにマルタイが戻ってきた。

サトコ
「おかえりなさい」

佐東
「あー、酔った。トイレまでまっすぐ歩けなかったよ」

サトコ
「大丈夫ですか?でも、まだそんなに飲んでませんよね」

佐東
「普段あまり飲まないからね。そのせいかな」
「でもやっぱり仕事してると、今日は呑みたいなって時もありますよ。たとえば···」

職場の愚痴に耳を傾けつつ、さりげなく壁の時計に目をやる。

(あと1時間20分···この分だと無理なくもたせられるかな)

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【マンション】

指示通りに2時間引き止めてから、一緒に居酒屋を後にする。
あの後も盃を重ねた佐東はかなり酔っていた。

佐東
「すみません、送ってもらっちゃって···」

サトコ
「いえいえ···大丈夫ですか?あ、段差···!」

佐東
「···っとと」

サトコ
「気を付けてくださいね」

肩を貸そうとした時、物陰に隠れる津軽さんの姿を見つけた。
こちらにさりげなく合図をよこしてくる。

(もしかしてまだ···?)

そこでスマホにメッセージが入った。

『想定より手間取ってる。あと10分引き留めて』

to be continued

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