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カレKiss 石神4話

捜査の目はマルタイから離れ、喬橋と他グループリーダーの洗い出しに移った。

(久しぶりにデートなしの土曜日。だけど···暇だ)
(秀樹さんにメールしてみようかな···)

スマホを手にした途端、タイミングを見計らったように電話が入った。

(誰から···秀樹さん!?)

サトコ
「もしもし?」

石神
お疲れ。今、いいか

サトコ
「はい。私もちょうど電話しようかなと思ってたところです」

石神
そうか。偶然だな

近く捜査が終わると知ってからは精神的にも楽になり、
秀樹さんとのさりげない会話をもうすぐ会えるという期待と共に交わす。

カフェでのアルバイトは佐東の不信を招かないようにと続けていたけれど。
津軽さんから退職の指示を受け、マルタイにも別れの挨拶をした。

佐東
「そうですか。来月から北海道に···」

サトコ
「親戚の都合でしばらく帰って来られそうになくて···」
「せっかく佐東さんと仲良くなれたのに残念です」

佐東
「俺もです。もし出張でそっちに行くことがあったら、連絡してもいいですか?」

サトコ
「はい!もちろんです、待ってます」

佐東
「······寂しくなるなあ、本当に」

今後マルタイが連絡をくれたとしても、私に届くことはない。

(密入国者の身元を確かめ、喬橋であれば逮捕し、繋がっているグループも検挙する···)
(佐東にも逮捕状が出るかはまだ分からないけど、確かに今のうちに姿を消しておくのが一番いい)



その夜、ホテルを引き払う準備をしていたところに津軽さんから連絡が入った。

サトコ
「では、やはり例の密入国者は喬橋本人だったんですね」

津軽
うん。数日後には逮捕状が出る段取りになってる
ここからは俺たちの仕事じゃなくなる
身柄確保とアジト捜索は別の班が担当することになったから

サトコ
「分かりました。明日、本庁に顔を出します」

津軽
うん、そうして

誰が逮捕を担当するのか、気にならなかったとは言えばウソになるけれど。

(多分、訊いても教えてもらえないだろうし)
(私は私の任務を果たした。それだけで十分)

自分に言い聞かせながら、秀樹さんにメッセージを送る。

『捜査終わりました。明日から復帰します』

けれどいくら待っても返事は来なかった。

(···秀樹さんも忙しいのかな)

復帰した公安部に秀樹さんの姿はなく、メッセージの返事もないまま数日が過ぎ···
そんな中、喬橋逮捕の一報がテレビで流れた。

アナウンサー
『臨時ニュースをお伝えします』
『15年前、A国で起きた大使館占拠事件の犯人グループ指導者』
『喬橋清孝が逮捕されました』

東雲
石神さんの班が担当したみたい。ターゲットは全員逮捕できたって

サトコ
「そうですか···!よかったです」

(それでここ数日、連絡がつかなかったんだ)

事情が分かった安堵と相まって、ほっと胸を撫で下ろす。

加賀
何のんきに喜んでやがる、クズが

サトコ
「!」

颯馬
そう言わずに。氷川さんは十分合格点だったと思いますよ

サトコ
「ありがとうございます。そう言っていただけると···」

(それにしても秀樹さん、自分の担当になったなんて素振り全く見せなかった···さすが)

公安は一人ひとり独立した存在で、必要以上に連携したりしない。
それでも私が引き出した情報が元になり、秀樹さんが逮捕に動いたという事実が、
私たちは確かに “仲間” なのだと思わせてくれた。

(もうすぐ会えるかな)
(だけど、秀樹さんと同顔を合わせれば···)

あの夜のキスのことが再び脳裏を過る。

(でも公安でいる以上は割り切らなきゃ)
(私はすべきことをしたんだって、胸を張っていればいいんだ)

私がしっかりしていないと秀樹さんにも心配をかけてしまう。
そして『覚悟がなってない』と思われることが、何よりも怖かった。

【居酒屋】

数日後、津軽さんの呼びかけで事件解決を祝う会が開かれた。

サトコ
「お疲れ様です」

津軽
あっ、来た来たサトコちゃん。ここおいで俺の横

会場の居酒屋で待っていたのは津軽さんと百瀬さん、そして···

黒澤
サトコさん、お久しぶりです!アナタの天使、黒澤でー···☆

カンッ!

おどける黒澤さんの額に灰皿が直撃する。

黒澤
いったっ!ちょっとモモさん、何するんですか!

百瀬
「うぜぇ」

黒澤
辛辣!
オレのこと可愛がっておくと、後々いいことありますよ?

明るく笑う黒澤さんに冷静な声がかかる。

???
「お前がもたらすのは幸福というより、むしろ厄災だろう」

サトコ
「···石神さん!?どうしてここに···」

石神
お前の上官に呼び出された

個室に入ってきた秀樹さんが津軽さんを目で示す。
その隣に座る私を確かめ、端正な顔がわずかに歪んだ。

石神
···

津軽
たまたま席が空いてただけだから!
ま···これを機会にもう少し仲良くなれたらって思わなくもないけど?

サトコ
「えーと···」

石神
氷川、そこを代われ。俺が座る

サトコ
「はい···!」

津軽
いや、そんなすぐ代わる?
ま、この際秀樹くんでもいっか。誠二くんは?

石神
後藤は、溜まった疲れを滝で癒しに行った
申し訳ないが欠席するとだけ伝言を預かってきた

(後藤さんって滝が好きなんだ···?)

津軽
ふーん。ま、人間そういう時もあるよね

百瀬
「俺は別に···」

津軽
うんうん。モモはそのままでいいよ
秀樹くんは今日もサトコちゃんの話を聞かせてよ

サトコ
「!?」

石神
もう十分話しただろう

津軽
そんなことないでしょ。この間の話も意外性たっぷりで面白かったし

石神
そうか。では氷川が残した伝説の珍回答を教えてやろう

サトコ
「あ、あの、石神さん。もう少しまともになれたころの話をしていただくわけには···」

全く覚悟がない状況での再会だったけれど、いざ顔を合わせてみると普通に話すことができた。
そのことに、いやにホッとする。

津軽
じゃ、お疲れー!ハイかんぱーい

サトコ
「お疲れ様です!」

黒澤
お疲れ様でーす!!

百瀬
「···っす」

津軽
今回の捜査はサトコちゃんに助けられた。ありがとう

サトコ
「恐れ入ります」

津軽
秀樹くんも鼻が高いでしょ?教え子が大活躍して

話を振られた秀樹さんが頷いた。

石神
ああ

サトコ
「!」

石神
俺は教官として氷川をはじめとする生徒たちに
持てる知識と技術をきっちり叩き込んだ
こうして期待通りの働きを見せてくれて誇りに思う

静かな声が、私の憂いに光を投げかける。
ずっと巣くっていた雲が晴れたようで、私は秀樹さんに向き直った。

サトコ
「···まだまだ足りませんが、もし石神さんのご期待に応えられたのだとしたら」
「それは全て、教官たちのご指導のおかげです」

深く頭を下げると、津軽さんが不満げに呟いた。

津軽
そこ、2人で盛り上がらない

サトコ
「あっ、すみません!」

石神
話を振ったのはお前だろう

上官2人が睨み合う中、黒澤さんが私のグラスに自分のグラスをぶつけてきた。

黒澤
サトコさん、オレもサトコさんならできるって思ってましたよ!
ホント鼻が高いなぁ

百瀬
「······」

津軽
あれ?透くんも教鞭取ってたっけ?

百瀬
「あれはただのアホです。無視するに限ります」

黒澤
モモさん!!アホとは何ですかアホとは
オレはただ、サトコさんの先輩として鼻が高いってだけで···

津軽
ハイハイ。サトコちゃん食べてるー?

サトコ
「あっ、いただいてます。黒澤さん、唐揚げ取りましょうか?」

黒澤
お願いします!やっぱりサトコさんは優しいなぁ

石神
こっちのポテトサラダも食え。お前は食べてる時が一番平和だ

賑やかに笑い交わしていると、数日前まで潜入していたことがウソみたいだった。

(本当に日常に戻ってきたんだなぁ)

そう思わせてくれたのは、秀樹さんとの再会だったのかもしれない。

津軽
2軒目行く人いる?

百瀬
「っす」

黒澤
オレも行きまーす

石神
悪いが、明日早いので失礼する

サトコ
「すみません、私もちょっと用事が···」

津軽
そう?じゃ、また明日ね

黒澤
おやすみなさーい

サトコ
「お疲れ様でした!失礼します」

私は秀樹さんと連れ立って歩き出した。

石神
途中まで送って行こう

サトコ
「ありがとうございます」

石神
···元気そうだな

サトコ
「はい。秀樹さんも···」

教官として、上司としての声とはまた違う、低くて柔らかい声。
久しぶりに聞くそれがくすぐったくも嬉しい。

2人で歩く時間が名残惜しくてゆっくり歩いたのに、あっという間に帰路に来てしまった。

サトコ
「ここで大丈夫です。ありがとうございます」

石神
······

サトコ
「···秀樹さん?」

私の挨拶に応えず、秀樹さんはほんの少し微笑んだ。

石神
···このまま家に来ないか?

サトコ
「!」
「···いいんですか······?」

私にそう確かめさせたのは、まだどこかに残っていたあのキスの記憶だろうか。

石神
···ああ
俺も、もう少し一緒に居たい

(あのことなんて、秀樹さんが知る訳ないのに···)

その声がいつもより優しく聞こえるのは、たぶん自分の弱さのせいだろう。
込み上げるものを堪え、私は秀樹さんの隣に並んだ。

to be continued

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