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カレKiss 石神5話

【石神マンション】

石神
適当に寛いでくれ。今コーヒーを淹れてくる

サトコ
「あ、お構いなく···!」

リビングに1人残されて、いつになく落ち着かない気分になる。

(私···あのことを秀樹さんに黙っているのは、正しくないと思ってるのかな)
(確かにあれは仕事だったし、必要なことだった)
(でも···それを黙ったままでいるのは、やっぱり違う気がする)

それに···今日、私は多分秀樹さんとキスをする。

(その前にマルタイとのキスのことは打ち明けておきたい)
(隠したまま秀樹さんとキスするなんて、私には無理だ)
(···でも、それだと守秘義務を破ることになるし)

ひとり思考の海に沈む。
キッチンからかぐわしい香りが漂い始め、秀樹さんがマグを手に戻ってきた。

石神
どうぞ

サトコ
「いただきます」
「美味しいです···!それにすごくいい香りで···」

石神
よかった。···こうして家に来るのも久しぶりだな

サトコ
「···はい···」

私にとっても、潜入の間ずっと恋しかった大好きな恋人の部屋だった。

石神
長丁場の後だ。今夜はゆっくりしていくといい

サトコ
「ありがとうございます」

石神
···改めて言わせてもらう
津軽は軽口は叩くが、仕事には妥協しない男だ
あれが認めるとは、よほど働きが気に入ったんだろう

笑顔を浮かべようとしても気持ちは浮き立たず、居心地の悪さだけが増していく。

(秀樹さんが喜んでくれて、私もすごく嬉しい)
(だけど···)

石神
···どうした?

サトコ
「······あ···」

石神

サトコ
「その······」

何度もためらい、ついに振り切った。

サトコ
「秀樹さん、私······」
「他の人と、キス、しました」

石神
······」

秀樹さんが軽く眉を上げる。

サトコ
「仕事でしたが······キス、しました」

石神
······

サトコ
「ごめんなさい······」

(···言っちゃった···)

しかし、秀樹さんは見る間に険しくなっていった。

石神
お前は公安学校で何を習ってきた
仕事内容を班外の人間に話すことは許可されていない。忘れたか?

サトコ
「!」
「す、すみません。秀樹さんには伝えておきたくて······」

石神
そうか。だが俺は、それを聞きたいとは思っていなかった

サトコ
「!」

石神
個人の弱さのために国家を危機に晒すことは許されない。どんな事情があろうとも、だ
確かに俺は元教官で上司で、恋人だ
だがこれは仮の姿で、実際は敵だったら?
もしくは誰かがこの部屋に盗聴器を仕掛けていたらどうする?
公安の氷川サトコはハニートラップが苦手だと
動揺すると、敵対組織に知られたら?

サトコ
「······っ」

石神
公安の隙になりたいのか
そうして自分の油断から、国家の秘密が漏れるかもとは思わないのか

私の油断と甘えを言葉でひとつずつ潰しながら、秀樹さんはどこまでも冷静だった。

石神
公安が身内に対しても情報を伏せるのは何のためだ?答えてみろ

サトコ
「···まだ自分でも気づいていない危険の可能性を、前もって回避するため、です」

石神
覚えていたのは何よりだが、実践が伴わなければ意味がない
大したことはないと決めてかかった情報に、ある日いきなり足元をすくわれる
忘れるな、お前が飛び込んだのはそういう世界だ
そのためにいついかなる時も周りに気を配り警戒する。それが公安刑事だ
氷川サトコは2年かけて叩き込まれたことを
たった1度のハニートラップで忘れてしまったのか?
俺が教えたことを、そんなにも簡単に忘れる人間だったのか?

サトコ
「······!」

(そうだ···今の私の発言は、教官たちの教育を無駄にすることになるんだ)

大きな後悔が襲ってきたけれど、もう遅い。

サトコ
「···申し訳ありません!本当に···仰る通りです」
「私、甘えてました···恥ずかしいです···」

公安として一番大事なことを忘れるところだった。
個人としての感情を職業上の業務よりも優先させてしまった。
私の発言は秀樹さんをどれほど失望させただろう。

(私の働きが認められたこと、あんなに喜んでくれたのに)
(最低だ。私···)

石神
······
···分かったなら、いい。今回に限り忘れる
二度とはないと思え。···だが

張り詰めた声が緩んだ。

石神
今回のことは、よくやった

サトコ
「!」

髪にそっと触れ、優しく撫でてくれる。
私と目を合わせながらゆっくりと続けた。

石神
サトコが選んだ行動が今回の結果に繋がった

サトコ
「で、でも私···秀樹さんに任務の機密を話してしまって」
「それに···マルタイとのキスをいつまでも気にして、忘れられなくて···」

石神
だが、それでも任務を遂行した
今告白した行動は、そのまま公安刑事としての覚悟の表れだろう
潜入の間、1日の中で何度も判断を迫られたはずだ
これだけの長丁場で緊張感を保ち、正しい判断を下し続け、ほぼ1人で乗り切った
だから···よくやった。サトコの働きを誇りに思う

サトコ
「······っ」

不意打ちを受けて鼻の奥がツンと痛み、慌てて後ろを向く。

石神
···?どうした

サトコ
「見ないでください···今見られたら溢れます···目から···っ」

涙の衝動をなだめていると、手元にティッシュの箱が置かれた。

石神
我慢しなくていい。使え

サトコ
「···ありがとうございます。でも私、もっと強くならなきゃなんで」
「だから今は···泣きたくないんです。立派な刑事になりたいから···」

石神
···分かった

思っていたより私は弱いこと。
甘えを他の気持ちにすり替えて表に出してしまったこと。
そんな自分を受け止める間、秀樹さんはずっとそばにいてくれた。

サトコ
「······はあ······」

自分と向き合う時間を終え、秀樹さんに頭を下げる。

サトコ
「すみません。もう大丈夫です」

石神
サトコの百面相は背中からでも分かるな。なかなか面白かった

サトコ
「ず、ずっと観察してたんですか?趣味が悪いです···」

石神
そうだな

そう笑う顔が優しい。
ふと表情を改め、秀樹さんは私の口元に手を伸ばした。

サトコ
「······っ」

指先が唇を愛しげになぞっていく。

石神
···触れてもいいか?

サトコ
「···お願いします」

石神
『お願いします』···?

サトコ
「えーと···何でしょうね···?」

多分、その答えは2人とも分かっていた。

(あの潜入の後、初めて秀樹さんとするキスだからだ)

まだ残るためらいをなだめるように、秀樹さんはゆっくりと顔を近づけた。
重なるだけのキスに安堵のため息がこぼれていく。

石神
今のは、潜入中に味わった、辛い思いの分

サトコ
「···?」

意味を掴みきれないまま、もう一度口づけられた。

石神
今のは、努力した分···
そしてこれは···
俺が公安刑事に、徹しきれなかった分···

サトコ
「え···」

(『徹しきれなかった』って···どういう意味?)

もしかしたら、私のハニートラップの告白に、秀樹さんも揺らいだのかもしれない。

(ダメだな···心配も負担もかけたくないって思ったはずなのに)
(こうして気持ちを聞かせてもらうだけで、嬉しくなるなんて)

再びキスをしながら、秀樹さんは私を抱きしめた。
最後の緊張が消えて素直に身体を預ける。
優しい力加減で感じる温もりは、私がずっと欲しかったもので···

石神
サトコと、こうしたかった

サトコ
「···っ」

石神
···ずっと···

サトコ
「秀樹さ···っ」

互いの感情を解き放ってキスを深めていく。
2人の吐息と衝動が限界を迎える前に、秀樹さんは私をベッドに誘った。



ゆっくりとシーツに横たえられながら、かすかな衣擦れをくすぐったく聞く。

石神
サトコ···

サトコ
「秀樹さ、ん···っ」

唇が重なる音と離れる音、その合間に零れる甘い声が今日は妙に恥ずかしい。

サトコ
「あ···っ」

服の間から忍び入る手に背中がしなり、声がより甘さを帯びる。

サトコ
「···っ」

耐えきれず秀樹さんの首筋に顔を埋めて声を堪えた。

石神
どうした?

サトコ
「いえ···」

くすっと笑う気配の後。

石神
···照れているのか?今さらだろう

サトコ
「あっ···!」

肌の弱い場所を、爪がカリッとひっかく。

石神
その声も姿も、初めてじゃない
だから···

サトコ
「ん···っ」

秀樹さんの言葉はかえって逆効果で、ますます恥ずかしくなる。
···だけどその容赦のない触れ方は、心に残っていたかすかな澱を払い、
私は荒い息を弾ませながら、秀樹さんに素直に寄り添うことができたのだった。

Happy End

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