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カレが妬くと大変なことになりまs(略:難波2話



ハプニングにハラハラしながらの花火鑑賞も終わり、
私たちは会場の外にある露店エリアに移動した。

パンッパンッ

乾いた音に振り返ると、一組の親子が射的で懸命に商品を狙っている。

加賀
射的か···

黒澤
なんですか、なんですか?まさか、デカの血が騒いじゃいましたか?

加賀
うるせぇ。こんなんで騒ぐわけねぇだろ

後藤
俺はちょっと騒ぎました

サトコ
「え、後藤教官!?」

言うが早いか、後藤教官は射的の店に乗り込んだ。

後藤
おじさん、1回

射的店主
「はいよ」

ただの射的なのに、後藤教官の表情は真剣だ。
その姿に、室長は感心したように大きく頷いた。

難波
チャカを持ったら本物だろうが偽物だろうが関係ねぇ···あいつはデカの鑑だな
お前ら

室長は私たちを真剣な表情でぐるっと見回した。

難波
お前らも行ってこい

石神・加賀
「え······」

黒澤
ラジャ!

サトコ
「く、黒澤さん!?」

(これはやっぱり、続くべき?)

すっ飛んで行ってしまった黒澤さんを、私も追いかける。

黒澤
おじさん、オレも1回!

サトコ
「私もお願いします」

黒澤
負けませんよ、サトコさん

サトコ
「私だって、頑張ります」

(こうなったら、日々の射撃練習の成果をいかんなく発揮して···)

二人でせっせとコルクで出来た弾を込めていたら、石神教官と加賀教官もやってきた。

石神
オヤジさん、俺も頼む

加賀
こっちもだ

射的店主
「何だか今日は大盛況だね」

店のおじさんは分かりやすくホクホク顔だ。

加賀
どけ

黒澤
え、なんなんですか。ここは先にオレが···だいたい、さっきまで全然やる気なかったくせに!

加賀
うるせぇ。やるとなったら真剣勝負だ

石神
そういうことだ

加賀教官と石神教官は妙に真剣な顔で商品を狙いこむ。

パンッ!パンッ!

石神
よし

加賀
クソ···

加賀教官は悔しそうに石神教官を振り返った。
石神教官はどことなく得意げだ。

(なんだかこの二人···)

パンッ!

加賀
どうだ···

石神
······

今度は得意げな表情の加賀教官を石神教官が悔しそうに見た。

(張り合ってるよね、完全に··)

黒澤
いいですねぇ、バチバチだ。火花が見えるようです

嬉しそうに言った黒澤さんを、石神教官が軽く睨んだ。

石神
静かにしろ。気が散る

黒澤
あ···すみません

サトコ
「私たちはちょっと離れてましょう。ここは近づくと危険です」

黒澤
そうみたいですね···

大の大人が真剣になって射的で言い合っている姿はかなり滑稽で目を引く。
露店の周りには、軽く人だかりができた。

(すごい注目度···そういえば、室長は?)

ふと姿が見えないことに気付き、辺りを見回した。
すると少し離れた木の影に、のんびりとタバコの煙をくゆらせている室長の姿があった。

難波
······

(けしかけるだけけしかけておいて、全然興味なさそうだな~)
(そういうとこ、さすが室長。そして浴衣でタバコを吸う姿が妙に渋いのも、さすが···)

加賀
クッソ···!

一際大きな声が聞こえて、露店に視線を戻す。
どうやら石神教官と加賀教官の闘いは、引き分けに終わったようだった。

黒澤
な~んだ、あれだけ大きなことを言っておいて、景品はキャラメルとミニカーですか?

加賀
黙れ。何も取れなかったお前に言われたくねぇ

黒澤
何も取れなかったんじゃなくて、加賀さんが何もやらせてくれなかったんでしょうがっ!

石神
そういえば、後藤は···?

(そういえば···忘れてた!)

ふと見ると、いつの間にか後藤教官は大きな袋を抱えて室長の隣に立っていた。

サトコ
「あ、あそこに···後藤教官!」

駆け寄ってよく見ると、その手に抱えられているのはお菓子セット。

サトコ
「どうしたんですか、それ」

後藤
金の的を倒したらもらった。いるか?

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

(もしかして、後藤教官が一番成績良かった?)

加賀
なんだ、後藤···お前、いつの間に金の的なんか

後藤
お二人が周囲の注意を引いてくれている間に、ありがたく

石神
漁夫の利···か

難波
いいな、後藤。それぞ策士ってもんだ

室長は満足げに後藤教官の肩を叩いた。

黒澤
くっそう···こうなったら!

黒澤さんは鋭い視線を右へ左へと飛ばす。

黒澤
あれだ!サトコさん、行きましょう。リベンジですよ!

サトコ
「え、今度は何ですか!?」

黒澤さんに連れて行かれたのは、ヨーヨーすくい。

サトコ
「ヨーヨーなら負けませんよ!」

黒澤
オレだって!おじさん、2人

加賀
3人

サトコ
「か、加賀教官もヨーヨーですか?」

加賀
あ゛?俺がヨーヨーしちゃ悪ぃか

サトコ
「い、いえ、そういうわけでは···」

加賀
射的の借りはヨーヨーで返す

黒澤
どうですかねぇ、再びほぞを噛むことになるだけかもしれませんよ?

加賀
···ほう

黒澤さんに挑発されて、加賀教官の視線が尖る。

サトコ
「と、とりあえず、楽しみましょう!こんなの、遊びなんですから」

なんとかその場を収めて、ヨーヨーを始めたはいいけれど···

黒澤
ほ~ら、加賀さん、残念でした!

加賀
······

一番最初にこよりが切れたのは加賀教官だった。

加賀
もう1回

加賀教官が上げかけた手を、傍らで見ていた後藤教官が下げさせる。

後藤
子どもが待ってますから

加賀
···しょうがねぇな

渋々立ち上がった加賀教官は、やることが済んだらさっさとタバコを吸いに行ってしまう。
後藤教官と石神教官は、並んでじっと私たちの勝負の行方を見守っていた。

(あれ?また室長の姿が···)

思わず立ち上がり、姿を探す私の袖を黒澤さんが引っ張る。

黒澤
サトコさん、ここからは真剣勝負の一騎打ちですからね
気を抜くと泣きを見ますよ~

サトコ
「黒澤さんこそ···!」

(よし!ここで頑張って、後藤教官みたいに室長に褒めてもらおう)

息を殺して、じっとヨーヨーと向き合った。

黒澤
あっ!

サトコ
「え?」

黒澤
ふふふ···何でもありません

サトコ
「な、何でもないって···」

石神
動揺を誘う作戦か?大人げないぞ、黒澤

黒澤
なんの、なんの。勝負の前に大人も子供も関係ありませんよ。あるのは、結果のみ!
おりゃっ!

黒澤さんが勢いよくヨーヨーを吊り上げようとした。
その時······

子どもA
「わぁっ!」

ボチャン!

私の目の前にいた子どもが、思い切りヨーヨーの浮かぶビニールプールに倒れ込んだ。

サトコ
「だ、大丈夫!?」

子どもA
「うぇ~ん」

泣き出した子どもをプールから引き揚げ、驚いて近寄ってきた親に引き渡す。

黒澤
オレの美技に見惚れさせちゃったようですね···

(いやいやいや)
(むしろあの子が欲しかったヨーヨーを黒澤さんが吊り上げようとしちゃったからでは···?)

喉元まで込み上げた言葉をグッと飲み込んで、笑顔を作る。

サトコ
「ですかね~」

黒澤
そしてサトコさん、水も滴るなんとやらみたいなことに···

サトコ
「あ···」

言われてみると、確かに浴衣も髪もびしょ濡れだった。

(さすがにこのままじゃまずいかな···)

サトコ
「私、ちょっとトイレに行ってきます」

ハンカチで濡れた身体を拭きながら、少し離れたところにあるらしきトイレの方へと歩き出した。
照明は徐々に減り、辺りはだんだん暗くなっていく······

街灯の途切れたその瞬間、誰かに腕を掴まれた。

サトコ
「キャッ!」

(だ、誰?変質者!?)

思わず投げを掛けようと上体を屈めた。

???
「おいおい、勘弁してくれよ」

サトコ
「室長···」

よくよく目を凝らすと、私の腕を掴んでいるのは室長だった。

サトコ
「ビックリさせないでくださいよ···」

難波
ビックリさせられたのはこっちだよ
こんなんじゃ、命がいくらあっても足りなさそうだ

室長はニヤリと笑いながら、私の手を引き歩き出す。

サトコ
「あの、私ちょっとトイレで身づくろいを···」

難波
そんなん、いらねぇよ

サトコ
「でも···」

難波
そろそろ、二人の時間だろ

サトコ
「!」

室長は会場の脇を通りかかったタクシーに無造作に手を上げ、乗り込んだ。

ドドーン!

サトコ
「わあ、花火、まだ···?」

部屋に入った瞬間、ホテルの窓いっぱいに拡がった花火に思わず釘付けになる。

難波
実は今日、2カ所で花火大会してるんだ
俺的には、あっちが前座でこっちが本番

サトコ
「室長···」

(そういうことだったんだ···)

室長の思いがけない演出に、胸がきゅんとなる。
その瞬間ーー

バサッ

濡れた髪と浴衣が、大きくて柔らかくて暖かいバスタオルで包まれる。
バスタオルごと後ろから私をギュッと抱き締めた室長は、耳元でそっと囁いた。

難波
髪、解いてもいいか?

頷くよりも早く、室長の手がかんざしを引き抜いた。
濡れた髪がハラリと解けて、肩口で弾むようなカールを描く。

難波
こんなに濡れちまって···

室長はタオルで髪の毛を拭いてくれながら、苦笑気味に呟いた。

サトコ
「実は、目の前にいた子どもが···」

難波
見てたよ、ちゃんと
サトコのことは、どこにいてもちゃんと見てる

吐息のような言葉が頬に掛かって、そのまま室長は後ろから覗き込むようにキスを落とした。
そのキスにじんわりとした愛を感じて、幸せがこみあげる。

難波
やっぱり、あいつらを誘うんじゃなかったな

サトコ
「え?」

難波
今日のサトコは、いつにも増してかわいすぎる···

ちょっと笑って言いながら、室長は再びキスを落とす。
どこか嬉しそうに。

サトコ
「なんで急に、みなさんを?」

難波
意外と会場が近場だったからな···
そういう時、2人きりだとサトコが気を遣うだろう。だから

サトコ
「じゃあ、私のために···」

(そっか···室長は室長で、私に気を遣ってくれてたんだ···)

サトコ
「ごめんなさい。私、何も知らなくて···急に皆さんを連れてくるなんてひどいって」

難波
当然だよ。俺もひと言、言っとくべきだった
そのお詫びと言っちゃなんだが···ほら

室長が差し出した透明な袋には、鮮やかな赤い魚が二匹。

サトコ
「き、金魚!?」

タクシーに乗るときからずっと、片手を後ろに回しているのが気になっていた。
でもまさか、その手に金魚の袋が握られていたなんて······

難波
お前らがヨーヨーと格闘している傍らで釣り上げといた

サトコ
「かわいい···」

赤くて小さな金魚は、お互いがお互いを追い回すようにしきりと泳ぎ回っている。

サトコ
「なんか、仲いいですね、この二匹」

難波
だろ?釣った後でよくよく見ていたら、なんだか俺とサトコみたいだなって

サトコ
「そうかもですね。じゃあ、後ろから追いかけまわしてるこの子が私かな~」

難波
いや、逆だろ
どちらかっつーと、そっちが俺だな

サトコ
「そんなこと···」

傍らの室長を振り返ると、思いがけず真剣な瞳に出会ってそのままじっと見つめ合う。

難波
ポーカーフェイスは公安刑事の十八番だが
仕事以外でもそれすんのは結構大変なんだぞ
なにしろ俺は、そんなにできた人間じゃねぇからな

そう言うと、室長はそっと私の唇を指でなぞった。

サトコ
「!」

(もしかして室長、黒澤さんに唇を拭われてたの見てた!?)

難波
他の男がお前に触れるのを黙って見てるのは、結構苦行だ
相手が、お前と年の近いヤツだとなおさら···妬く

(やっぱり分かってたんだ···)

サトコ
「あの、あれは···」

難波
わかってる

室長は私の言葉をキスで塞ぎながら、ゆっくりと帯を解いた。
そして襟元に手を差し込み、露になった肩に触れる。

難波
乱れた浴衣も、悪くねぇな

急に心許なくなった姿のまま、ベッドに押し倒された。
室長の肩越しに、相変わらず花火は美しくきらめいている。
いつの間にか室長の浴衣もずいぶんと着乱れて、はだけた胸元からは逞しい胸が覗いていた。
しっとりと汗に濡れたその胸が、室長の息遣いに合わせて上下する。
そこには、悩ましいほどの色気があった。

難波
どうした?赤い顔して?

サトコ
「いえ、別に···でも浴衣姿だってだけで、いつもと全然雰囲気違うなって···」

難波
確かに。しかも、いつもより全然脱がせやすい

室長は悪戯っぽい笑みを浮かべると、腰元に幾重にも巻かれた紐を器用に解いていく。
一本紐が外れるごとに、胸の鼓動が高まって······
花火の音と色と。私の胸と、室長の熱と息遣いと···
互いが互いを煽り立てるように、否応なく気持ちは高ぶっていく。

サトコ
「なんだか、現実じゃないみたい···」

難波
真夏の夜の夢ってやつか?
夢なら、覚めなきゃいいだけだ

サトコ
「そうですよね。室長、大好き···」

大好きな人とこの瞬間を一瞬も逃すまいとするように、私はギュッと室長の身体を抱きしめた。

難波
今さら言うまでもないが···俺もだ

もう一度重なる唇。
そっと閉じた瞼の裏に映るのは、色とりどりの花火の残像ーー
とっておきの夏が、終わろうとしていた。

Happy End

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