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カレが妬くと大変なことになりまs(略:難波カレ目線

そのポスターを見つけたのは、いつもの最寄り駅のホームだった。

(花火大会ねぇ···)

若い女A
「あ、これ!行く約束してるんだ~、彼氏と」

若い女B
「ええ~、いいなー。私も花火大会とか行きたかったよ」

(なるほど···今も昔も花火デートは大人気ってわけか···)

隣で見ていた若い女性の2人連れがきゃぴきゃぴ言ってるのを聞いて、ふと思いついた。

(サトコのこと、誘ってみるかな···)

喜ぶサトコの姿を思い浮かべて、思わず口元が緩む。
視線に振り返ると、きゃぴきゃぴ女子二人組が不審な目を向けていた。

(やべぇ、やべぇ、これじゃただの怪しいおっさんだ···)



【室長室】

その日の昼休み。
通勤途中で手に入れた情報誌を見ながら花火デートに思いを馳せた。
誌面では、浴衣のカップルが楽しそうに夜空を見上げている。

(サトコの浴衣姿、かわいいだろうな···)
(こうなったら、花火デートを口実に浴衣でもプレゼントするか)

思い立つが早いか、銀座の馴染みの店のママに電話を掛ける。

難波
あ~もしもし、ママ?ちょっと聞きたいことがあるんだけど

ママ
『なぁに?仁ちゃん』

難波
浴衣を買うのにいい店、知らないかな?

ママ
『もちろん知ってるわよ。松・竹・梅···どれがいい?』

ママが値段のことを言っているのはすぐに分かった。
俺は迷わず即答する。

難波
そりゃ、松だろ

ママ
『あら、仁ちゃん本気ね?』

難波
当たり前でしょ。俺はコイツと決めたらとことん本気なの

ママ
『はいはい。それじゃ、メールでお店の情報送っておくから』

難波
よろしく~。恩に着るよ、ママ

ピロン♪

電話を切るなり、お店の情報はすぐに送られてきた。

(よし、これであとは、サトコを誘えば準備完了だな)



【教官室】

難波
おつかれさん

久しぶりに教官室に顔を出すと、心なしかみんなぐったりとなっている。

難波
おい、どうした、どうした

後藤
なにしろ暑くて···

東雲
激務に加えてこの暑さはもはや殺人兵器ですよ

加賀
それを口に出すな。余計に気分が下がる

颯馬
ですが、不満を口に出すことでストレスが減るという統計も

黒澤
それじゃ、オレも遠慮なく不満を···!

突然、ソファからむっくりと黒澤が起き上がった。

難波
なんだ黒澤、お前もいたのか

黒澤
ひどいですね~。居ましたよ、さっきから

(なんだか、どいつもこいつも疲れてんな···)

難波
暑気払いでもするか?

黒澤
いいですね!何しますか?どこ行きますか?

後藤
厳密に言うと、お前は関係ないけどな

黒澤
そう冷たいこと言わずに···少なくとも今この瞬間はグッタリ連合の仲間じゃないですか!

ぎゃあぎゃあ言っている黒澤の傍らで、ふと考え込んだ。

(そういえばあの花火大会、結構この近くでやるんだよな···)
(あんまり近場だとサトコが周りを気にするし···こうなったらいっそのこと···)

難波
花火大会···なんてどうだ?

後藤
いいですね

黒澤
乗りました!行きます!

東雲
オレはいいです

颯馬
私もちょっと野暮用が···

(まあ、そうなるわな)

それぞれの反応ありつつ、希望者のみで花火鑑賞会が決行されることに決まった。

数日後。
俺はサトコと一緒にママに教えてもらった呉服店に来ていた。

サトコ
「わぁ、いいですね!このアサガオ柄」

難波
そっちの花火の柄のも似合いそうだけどな

サトコ
「本当だ···これもいいですね。たくさんあって迷っちゃうな···」

サトコは嬉しそうに、次々と鏡の前で浴衣を合わせている。

(こんなに喜んでくれるとは思わなかったな···)
(『松』を選んで大正解だな。こんなに可愛かったら、どんな浴衣でも買ってやっちまいそうだ)
(この、小悪魔め···)

内心で鼻の下を伸ばしつつ、サトコの姿を見守った。
お店の女性店主も、そんな俺たちの姿を微笑まし気に見つめている。

店主
「お連れ様、何を着てもお似合いになるから困ってしまいますね」

難波
ですよね···本当に可愛いでしょ、この子

思わず自慢めいた言葉を口にしてしまう。
可愛いサトコは、俺の自慢なんだからしょうがない。

(でも、恋人自慢は半分くらいかもな···)
(どこか父親気分もあるような···)

サトコは俺にとって、誰よりも愛すべき存在であり、守ってやるべき存在。
そのあたりが、今まで俺を通り過ぎていった女たちと圧倒的に違うところかもしれない。

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【駅前】

花火大会当日。
人ごみの中に、背伸びをしてキョロキョロと俺の姿を探しているサトコを見つけた。

サトコ
「あ、室ちょ···」

勢い良く上げかけたサトコの手が中途半端に止まる。
それと同時に、満面だった笑みが強張った。

難波
おお、サトコ。待たせたな

サトコ
「ああ、いえ···」

黒澤
わお!サトコさんも浴衣ですね。ソー、キュートです

サトコ
「ど、どうも···ありがとうございます」

チラリとサトコが恨めし気な目を投げる。

(そっか···俺、もしかしてコイツらのことサトコに言い忘れてたな)

難波
たまにはいいだろ、こういうのも
普段はみんな気ぃ張ってるからな

サトコの頭に乗っかっている可愛らしいお団子をポンポンしながら、
どこか言い訳気味に言ってみた。

(悪い、悪い···この埋め合わせは、必ずするから)



サトコ
「あ、タコ焼きおいしそう!」

黒澤
焼きそばもありますよ!

会場に着くと、
サトコは気持ちを切り替えたのか全力で花火を楽しむ気になってくれたようだった。
黒澤と一緒に、右へ左へとはしゃいで走り回る。

石神
まるで子供だな···

俺の気持ちを読んだかのように石神が呟いた。

難波
まったくねぇ···

教官たちに次々と指示を出されて大変そうながら、サトコは満更でもなく楽しそうだ。

(なんだかんだと、可愛がられてるんだよな、みんなに)

こんな時、サトコを独占できないのがなんとももどかしい。

(こういう時こそ、大人の余裕だろ。拗ねるな、俺···)

自分に言い聞かせつつ、徐々に暮色を深めて行く空を見上げた。

(こうして空なんか見上げるの、久しぶりかもな···)

ここしばらく、仕事に追われてどうにも忙しい毎日を送っていた。
そんな殺伐とした俺の気持ちを癒してくれるのは···

(じゃがバター?)

突然襲ってきた濃厚でうまそうな匂いに、俺の感慨は一瞬で打ち切られる。
いつの間にか、俺の隣に戻ってきていたサトコ。
その手には、じゃがバターの皿が大事そうに掲げられている。

サトコ
「買ってきましたよ。室長の好きなやつ」

難波
おお、さすが、わかってるな

こんな時でもちゃんと俺のことを考えてくれていたのが嬉しくて、
サトコの髪をわしゃわしゃ撫でる。

サトコ
「髪型、乱れちゃいます」

ちょっと頬を膨らませたサトコの表情が、また格別にかわいい。

花火が始まると、サトコのテンションも最高潮になった。

ドドーン!

黒澤
鍵屋~!

サトコ
「団子屋~!」

黒澤
ちょっとサトコさん、なんですか、それは

サトコ
「今食べたいものです!」

(なんか、楽しそうだな···それに妙に、気が合ってるよな。こいつら···)
(俺、微妙に置いてけぼりを食ってるような気が···)

大人の余裕はどこへやら、モヤモヤしながらチラチラと二人の様子を盗み見る。
すると、衝撃の光景が俺の目に飛び込んできた。

黒澤
あ、サトコさん···

サトコ
「?」

キョトンとなったサトコの唇に、黒澤がそっと触れる。

難波
!?

(な、何してくれてんだよ、黒澤···!)

黒澤
ついてましたよ
ソース···ですかね。タコ焼きの

(なんだ、ソースか···それにしても···)

状況が分かっても、一度沸き上がったモヤモヤは簡単には消えない。

(なんだか、お似合いだったな。花火と黒澤とサトコ···)
(そりゃ、そうか···)

普通に考えれば、俺とサトコよりも、
黒澤とサトコの方が年齢的にもしっくりきてしまうのは当然だ。
そんなことを思ったら、柄にもなく胸の奥の方が苦しくなった。

(バカだな、俺···こんなこと、今さら考えたってしょうがないっていうのによ)
(こういう思いをあいつにも散々させてたんだよな)

チラリとサトコが俺を振り返ったのが分かった。
俺は揺れる胸の内を悟られまいと、殊更に明るい声を上げる。

ドドーン!

難波
おおお~!

(無理に楽しんでるふりをするのも楽じゃねぇな···)
(こんな風にいつまでもこの年の差に悩むくらいなら、いっそ···)

ふと後ろ向きな思いがこみ上げて、俺は必死にそれをかき消した。

加賀
どけ

黒澤
え、なんなんですか。ここは先にオレが···だいたい、さっきまで全然やる気なかったくせに!

加賀
うるせぇ。やるとなったら真剣勝負だ

石神
そういうことだ

俺ががけしかけたせいで、みんな我も我もと射的場に向かった。

(みんな、なんだかんだ若いねぇ···)

満更でもなく盛り上がる一同の姿を遠目に見つつ、タバコに火を点ける。

難波
ふぅ~

タバコは不思議だ。
時に心を落ち着かせ、思考をくっきりとさせてくれる。
何度か煙を吐き出すうちに、さっきまでの自分が無性に滑稽に思えてきた。

(自分でこういう状況にしておきながら、俺が沈んでてもしょうがねぇよな)

そんなことを考えていたら、勝負を終えたみんながポチポチと戻ってきた。
そろそろ解散を···と言おうとしたにも関わらず、黒澤が容赦なくサトコを引っ張る。

黒澤
あれだ!サトコさん、行きましょう。リベンジですよ!

サトコ
「え、今度は何ですか!?」

難波
なんだ、なんだ、今度は

後藤
ヨーヨーすくいですかね?

走っていく二人の姿を目で追っていると、突然、加賀が歩き出した。

加賀
負けられねぇな

石神
お前、まさか···

後藤
波乱の予感ですね。これは俺たちも行っておいた方が···

石神
そうだな

加賀の後を追うように、石神と後藤もヨーヨーの露店に向かっていく。

難波
どうやら、子どもは黒澤とサトコだけじゃないようだな···

苦笑しながら、タバコをもみ消す。

(さてと···こうなったら俺もちょっくら楽しむか···)

視線の先に、金魚すくいの露店を見つけた。

難波
金魚すくいか···

(懐かしいな。昔は『金魚すくいの仁ちゃん』ってもてはやされたもんだ···)

吸い寄せられるように露店に近づいた。

難波
オヤジ、一回頼んだ

プラスチックの丸い枠に紙を貼ったポイを手渡され、俺は大きく深呼吸した。

難波
よし···

我ながら、腕はちっとも鈍っていなかった。
あっという間に5匹の金魚が手元のお椀に収まった。

店主
「お兄さん、大したもんだ」

難波
久々にやったけど、楽しいもんだね

捕まえた金魚は、黒一匹、金二匹、赤二匹。
ポイはまだ破れていなかったが、十分に満足だった。

店主
「全部持って帰るかい?」

難波
どうするかな···

しみじみとお椀の中を見つめていたら、赤い二匹が妙に仲睦まじく泳いでいることに気付いた。

(なんだか、俺とサトコみてぇだな···)

難波
ふっ···

思わず笑みがこぼれて、黒と金の金魚を水槽に戻した。

難波
この二匹だけもらっていくよ

ビニール袋に入れられた二匹の金魚をじっと見つめる。

(かわいいな~)

気付くと、ビニール越しにヨーヨーすくいの露店が見えていた。

子どもA
「わぁっ!」

ボチャン!

サトコ
「だ、大丈夫!?」

子どもA
「うぇ~ん」

サトコの目の前にいた子どもがプールの中に倒れ込み、サトコがずぶ濡れになっている!

難波
おい···!

店主
「はい?」

俺の尖った声に、金魚すくいの店主がビクッとなった。

難波
いやいや、悪い。こっちの話

(ったく、何やってんだよ、あいつら···)

ようやく2人きりになって、サトコの濡れた身体を柔らかなバスタオルで包み込む。

難波
こんなに濡れちまって···

サトコ
「実は、目の前にいた子どもが···」

難波
見てたよ、ちゃんと
サトコのことは、どこにいてもちゃんと見てる

サトコは軽く振り向きながら、タオルの下から濡れた瞳を向けてきた。
その瞳を見た瞬間、今まで堪えていたものが一気に溢れ出す。

(こいつは本当に···小悪魔だよ···)

堪らず後ろから覗き込むように重ねた唇。
サトコは、吐息のような声を漏らした。
それがまた可愛くて、俺の心をかき乱す。

難波
やっぱり、あいつらを誘うんじゃなかったな

サトコ
「え?」

難波
今日のサトコは、いつにも増して可愛すぎる···

そんなことは、最初から分かっていたはずなのに。
あえてみんなと一緒に出掛けるなんて、俺も相当にマゾだ。
そして一瞬とはいえ、俺以外の隣に立つこいつを考えるなんて···相当なバカだ。
手放せるはずなど、あるわけがないのに。
そんなことを思いながら、俺はその夜、心行くまでサトコを独り占めした。



難波
おはようさん

翌日。
教官室を覗くと、以前にも増してみんな疲れ切っている。

難波
なんだ、なんだ、どうした?
疲れを吹き飛ばすための花火大会じゃなかったのか?

黒澤
それがあのあと···加賀さんに飲み対決を挑まれまして···

何故か今日もいる黒澤が殊更にぐったりした表情で訴えた。

難波
飲み対決···そりゃ、過酷だな

後藤
というわけで、今日はちょっと···

難波
俺は構わねぇが、事件は待っちゃくれねぇぞ

みんなに気合を入れてやりながら、俺はサトコとの熱い夜をしみじみと思い出していた。

(悪いけど、俺は元気はつらつだ)

サトコを独占できた喜びは、思った以上に大きいようだった。

Happy End

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