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カレが妬くと大変なことになりまs(略:黒澤1話

【学校廊下】

サトコ
「あ···」

ふとそのポスターが目に入り、足を止める。

(花火大会かぁ。いいなぁ、楽しそう!開催も近いんだ)

それは花火大会告知のポスターだった。
しかし、それは参加して楽しむなんて趣旨のものではないとすぐに気づく。

(警備強化のお知らせ、ってまぁそうだよね···)

これだけ人が集まるイベント、監視の目を強化するのも当然だった。
当日はそれなりの人数による警察官が現場に繰り出されるらしい。

(でも、行きたいなぁ。花火大会···)

鳴子
「その花火大会なら、教官たちも出張るかもって話だよ?」

サトコ
「え、そうなの?」

講義室に行くと、先にいた鳴子からそんなことを聞いた。

鳴子
「それぞれの抱えてる案件にもよるだろうけど、大きなお祭りだしね」

(透くんも、かな···?)

鳴子
「私たちも突然任務とか入らなければ休みだろうし」
「せっかくなら夏の思い出残したいよね」

サトコ
「そうだね。今年の夏は、講義と実習と任務でほぼ終わりそうだし」

(そういえば、浴衣最後に着たのいつだっけ?)

その時、扉が開き教官が入ってきたことで私たちの会話は中断された。
抗議が始まるのを聞きながらも、頭の隅では花火大会の文字が過る。

(浴衣を着て、透くんと花火大会デート···)
(なんてできたら理想だよね)

ふとそんな様子を思い浮かべ、にやけそうになる頬を引き締めたのだった。



【カフェテラス】

(でも私、浴衣持ってないんだった···!!)

実家にあったはず、と連絡してみるとすぐに返事が返ってくる。
しかし、年下の従妹にあげてしまったと言われてしまった。

(となると、やっぱり買うしかないか···)

ただ、それ以前に発生している問題があった。
スマホを確認しても、特にメッセージ通知は届いていない。

(透くん、やっぱり忙しいのかな?)

透くんに花火大会の日の予定を尋ねているものの、返信がなかった。

(デートが決まったわけでもないのに、先に浴衣を探すなんて気が早すぎ?)
(でも、ギリギリに行けるってなって用意できてないのも嫌だし)

うーん、と唸りながらネットで浴衣販売サイトをチェックする。
透くんからの返信がない、というわだかまりはあるものの、
色とりどりの華やかな柄の浴衣たちを見ていると、自然と気も逸れていった。

(この柄可愛いかも、こっちの柄は少し変わってるけど色合いとかが綺麗)

???
「へぇ、浴衣かぁ」

サトコ
「え?」

突然後ろから聞こえてきた声に慌てて振り返る。

サトコ
「室長···!」

難波
よっ、真剣な顔して何見てんのかと思ったら随分可愛いもの見てるな

サトコ
「い、いつから見てたんですか!」

難波
少し前だな。俺は3つ前くらいのやつが可愛いと思うぞ

(全然気配に気付かなかった···!)

難波
いいじゃないか。夏の風物詩って感じで
新しいものでも買うのか?

サトコ
「今、手持ちの浴衣がなくて、せっかくだと思いまして」

難波
なるほどな。そういうことなら俺にもあてがある

サトコ
「あて?」

難波
知り合いにいるんだよ、浴衣持て余してるやつが
結構いいものも揃えてると思うし、聞いてやるよ

サトコ
「いいんですか!ありがとうございます!」

(確かにまだデートに行くとは決まってないけど、あって困るものじゃないし)
(でも、室長にそんなこと頼んでいいんだろうか···)

難波
じゃあ、また連絡するな

そんな私の不安をよそに、室長はへらっと笑う。

サトコ
「はい、よろしくお願いします!」

黒澤
どうしたんですか~?2人で楽しそうに

(透くん···!)

ニコニコと笑顔を浮かべたまま、私と室長の間にやってきた。

黒澤
そんなに楽しい話ならオレも混ぜてくださいよ~

(浴衣のことはまだ内緒にしておきたいし···)

サトコ
「そんな大した話じゃないですよ」

黒澤
大した話じゃないなら教えてくれてもいいんじゃないですか~?

<選択してください>

誤魔化す

サトコ
「今日のA定食が美味しい、って話です」

黒澤
ああ、確かに美味しそうですね
でも、本当にそれだけですか?何か隠してますよね?

(私の嘘なんて透くんにはやっぱりお見通しだろうけど)
(でも、ここで心を折るわけにはいかない···!)

秘密です

サトコ
「秘密です」

黒澤
えー!オレにも共有させてくださいよー!
不肖、この黒澤透!2人のお役にきっと立つと思いますよ!

サトコ
「いえ、本当にそんな大した話じゃないので···!」

(むしろ、手伝ってもらったら驚きなんてないだろうし···!)

室長を見る

(私がここで透くんを誤魔化しきれるとは思えない···)

ちらっと室長を見ると、ふっと肩を竦めて見せるだけだった。

黒澤
ちょっとー!なんですか、今の意味深なアイコンタクト!

サトコ
「そ、そんなんじゃないですから!」

サトコ
「黒澤さんの気にするような秘密なんてないです」

キッパリと言い切ると、透くんは駄々をこねるように首を振った。

黒澤
もう、そんな風に隠されると余計気になっちゃうじゃないですかー!

難波
若いっていいな

それまで黙って私たちの成り行きを見つめていた室長が笑った。

難波
じゃ、午後の講義も頑張れよ、氷川

サトコ
「ありがとうございます」

黒澤
お疲れ様です!

室長が去っていくのを見送ると、透くんはふと声を潜める。

黒澤
そういえば、この日ですが···

その言い方に、それが返信を保留されていた花火大会の日だとわかる。

黒澤
仕事ではないんですけど、予定が入ってるんです···

サトコ
「そう、なんですか···」

(確かに、聞いたのも結構直前だったし、しょうがないよね···)

もともとダメもとで聞いたようなものだったから、と自分に言い聞かせる。

(ここで残念がっても透くんを困らせるだけなんだし)

サトコ
「それなら、しょうがないですね」

黒澤
すみません。花火大会、ぜひ行ければ良かったんですけど

サトコ
「え」

黒澤
あれ、違いました?てっきりそうなのかと

(ピンポイントにその日だけ聞いたら、気付かれるよね)

サトコ
「一緒に行けたらな、と思ったんです」
「でも、お祭りは来年もありますkら、気にしないでください」

その時、ふと時計が目に入り慌てて立ち上がる。

サトコ
「次、実習訓練でした···!準備もあるので、失礼します!」

黒澤
はい。頑張ってくださいね!

透くんに見送られながら、私は食堂を後にする。

(でも浴衣は手に入りそうだし···)
(せっかくなら、鳴子を誘ってみようかな?)

自分の気持ちを切り替えるように、鳴子の顔を思い浮かべる。
それはそれで充分楽しそうだと思いながら、歩みを進めた。



【学校廊下】

数日後。
講義も終わり、調べ物でもして戻ろうかと資料室に向かっていた時だった。

難波
氷川、今からちょっといいか?

サトコ
「室長!どうしたんですか?時間は大丈夫ですけど」

難波
じゃあ、5分後に着替えて駐車場に集合な

サトコ
「えっと、どこへ?」

詳しく告げないまま、どこかへと歩き出す室長に思わず声をかける。
すると、室長は不思議そうにこちらを振り返った。

難波
ほら、浴衣探してたろ?

サトコ
「あ···!」

難波
知り合いもぜひに、ってことでな。今から受け取りに行くから準備しろよ

サトコ
「ありがとうございます!すぐに準備してきますね」

難波
全く、誰と行くんだか

サトコ
「え、いや、それは···」

当初行くつもりだった透くんには、予定があると言われてしまった。
だからと言って、まだ鳴子のことも誘えていない。

(このままじゃ私、1人花火大会···?)

さすがにそれはない、と思わず心の中で首を振る。

難波
まぁ、その辺は詳しく聞くつもりはないけどな
いいねぇ、青春だねぇ

サトコ
「す、すぐに支度してきます!」

何となく居心地が悪く、私は慌てて支度しに戻って行った。

【車内】

室長に紹介してもらったお知り合いの家にはたくさんの浴衣が並んでいた。

(好きなだけどうぞ、なんて言われたけど1枚あれば充分だよね)

包装された浴衣を胸の前で抱き締め、隙間から見える浴衣の柄に笑みがこぼれる。

(可愛い柄の浴衣も見つかってよかった。透くんの好きそうなイメージだし)

そんな私の様子を見ていたのか、運転席で室長が笑いながら呟く。

難波
随分楽しそうだったな

サトコ
「すみません、ついつい話し込んでしまって···」

学校を出てから、もう随分と時間が経ち辺りは真っ暗だった。
そんな中を、室長の車に揺られながら進んでいく。

(改めて思うと、不思議な状況かも)

難波
それにしても、あの人の話好きも相変わらずだったな
こんな遅い時間まで付き合わせることになっちまって

サトコ
「そんなことないです。いろんなお話が聞けて楽しかったので」

難波
そう言ってもらえるとあの人も嬉しいだろうさ

室長と他愛ない話をしているうちに学校が見えてくる。

難波
この辺で大丈夫か?

サトコ
「はい。今日は本当にありがとうございました」

難波
褒めてもらえるといいな、その浴衣

サトコ
「···はい」

(見せる機会自体ないかもしれないんですけどね···)

そんな気持ちのせいか、曖昧に返事を返してしまう。

難波
なんてな。おじさんの戯言は気にせず、今日は早く寝ろよ

小さく会釈し、室長の車が走り出すのを見送った。

(でも本当にお世話になっちゃったな。何かお礼とかした方がいいよね)

大事に浴衣を持ち直しながら、宿舎への道を歩く。
その先で、見覚えのある人影に足を止めた。

サトコ
「透くん?」

声をかけると、静かにこちらを見つめたままの彼。
不思議に思いながら歩み寄ると、いつもの笑みを浮かべながら呟いた。

黒澤
えーっと···メッセージ見ました?

サトコ
「メッセージ?」

(そういえば、学校を出るところから一度も確認してなかった···!)

慌てて携帯を確認すると、透くんからのメッセージが届いている。
今日の夜はどうか、と確認している内容にハッとしながら目の前の彼を見た。

(もしかしてずっと、ここで待ってた···?)

サトコ
「ご、ごめんなさい!」
「私、全然気付かなくて···」

黒澤
こんな時間まで、あの人と何してたんですか?

サトコ
「何してたって···」

(浴衣のことを正直に言ったほうが···)

そこまで考え、口を開きかけた時、ぴたっと動きが止まる。

(でも、予定があるって言われた透くんにそれを言うのは)
(いろいろと気を遣わせてしまうんじゃ···)

透くんも行けたら良かったのに、と言ってくれていた。
そんな彼に、もしかしてと準備していたことを伝えるのは気後れしてしまう。

サトコ
「ちょっと、任務の手伝いに行ってたんです」

(透くんならそんな予定がないことも分かってそうだし)
(正直、言い訳としてはすごく苦しいけど···)

黒澤
···そうですか

素直に引き下がる透くんに思わず首を傾げてしまいそうになる。

(あれ?)
(いつもなら、何としても聞き出してこようとするのに···)

なぜか彼の態度に、身体の中を冷たい風が通り抜けていくようだった。

黒澤
あ、これ···良かったら

サトコ
「これ?」

透くんに差し出されたコンビニのビニール袋を受け取る。
受け取った袋の中には、コンビニスイーツが何個も入っていた。

(しかも、どれも私が好きなやつ···)

黒澤
お祭り、せっかく誘ってもらったのにすみません
これくらいで埋め合わせになるなんて思ってませんけど

サトコ
「まさか、そのことを気にしてわざわざ···?」

(私、あの時やっぱり寂しそうに見えてたんだ···)
(透くんを困らせたくなくて、それなりに気にしないふりをしてたのに!)

取り繕うことも出来なかった自分が情けない。
頭を抱えそうになっていると、透くんはにこっと明るい笑みを浮かべた。

黒澤
ちょうど学校にも用事があったので、ついでですよ

(だけど、このレパートリーは私のことを考えてくれて選んだんだよね···?)

そんな思いが、チクッと胸に刺さった。

黒澤
でも、こんな遅い時間にそんなに食べられなかったですね
透ったらおっちょこちょい

サトコ
「あの、透く···」

黒澤
明日も早いし、今日は帰ります
おやすみなさい

何かを言う間もなく、透くんは背を向けて歩いて行ってしまう。

(透くんに気を遣わせたくないって思ってたのに、どうして···)
(ただ、浴衣を着て一緒に祭りに行けたらってそれだけだったのに)

伸ばそうとした手は空を切る。
去って行く彼の後ろ姿をなぜか引き留めることはできなかった。

to be continued

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