カテゴリー

カレが妬くと大変なことになりまs(略:石神1話

【食堂】

ある日の公安課の昼休み。
警察庁が入るビルの地下にはいくつかの店が入り、さながらフードコートのようになっている。

(今日は何を食べようかな。手ごろなお値段で、いろいろ選べるのは有り難い)

麺類もいいし、ガッツリと丼ものを食べるのもいい。
ちょっとオシャレなカフェ飯っぽいものも悪くないと考えた結果。

(今日はカツ丼に決定!)

ホカホカのカツ丼を前に手を合わせると、隣の席のイスが引かれた。

後藤
ここ、いいか?

サトコ
「はい、もちろんです!」

後藤さんのトレイにはカツカレーが乗っていた。

サトコ
「今日はカツって気分ですよね」

後藤
何かと体力勝負の仕事だからな。···どうだ?上手くやってるか?

銀室津軽班配属になった私を気遣うように声をかけてくれる。

サトコ
「はい、何とか。訓練生時代に鍛えられたのが、今になって活きている気がします」

後藤
そうなのか?

サトコ
「教官方のインパクトのおかげで、津軽さんと百瀬さんにも怯みません!」

後藤
なるほどな、確かに···アンタらしい答えだ

めずらしく後藤さんが屈託ない笑顔を見せてくれる。

(後藤さんって笑うと、ほんと印象変わるなぁ)

後藤さんらしい優しい気遣いに、ほっこりした気持ちになっていると。
カツ···と硬い音が近くで響いた。

石神
氷川、ここだったか

サトコ
「石神さん!」

後藤
お疲れ様です

秀樹さんは私の向かいの席に腰を下ろす。

サトコ
「石神さんも、これからお昼ですか?」

石神
いや、昼はもう食べてきた

秀樹さんの手にはホットコーヒーがあった。

後藤
じゃあ、俺は先に失礼します

石神
ああ

サトコ
「お疲れ様です!」

カツカレーを食べ終わった後藤さんが席を立つと、私も残りのカツ丼を急いで食べた。

石神
···何かあったのか?

サトコ
「え?」

石神
後藤がめずらしく笑ってたからな

サトコ
「ああ···いえ、大したことじゃないんです」

他愛のない近況報告だったので、わざわざ話すまでもないと首を振る。

石神
···そうか

すると、秀樹さんは無言で一度眼鏡を押し上げた。

(あれ?ちゃんと話した方が良かった?)
(でも、世間話的なものを報告するっていうのも···)

石神
来週の金曜の夜、空いてるか?

サトコ
「はい、大丈夫ですけど···」

(これはもしやデートのお誘い!?)

ぱっと顔を輝かせると、秀樹さんの眉間にシワが寄った。

石神
すぐ顔に出る癖、何度直せと言えばわかる

サトコ
「う···いえ、これは食後の顔面体操で···」

石神
······

サトコ
「···精進します」

石神
まあ、その話はいい。来週の金曜、警察関係者が出席する船上パーティーが開かれる
俺と一緒に出席して欲しい

サトコ
「石神さんと一緒に警察関係のパーティーに···」

(それって、パーティーの同伴者ってことだよね)
(しかも、仕事関係の場に連れて行ってくれるのは···)

サトコ
「あ、あの···もしかして、それはものすごく重要な···」

石神
深い意味はない

サトコ
「え···」

石神
今回、警視以上の階級は同伴者が必須ということになった
だから、やむを得ず···正式、という意味合いではない

サトコ
「つまり、間に合わせ的な···?」

石神
そういうことだ

(···それはそうだよね)
(恋愛禁止の銀室にいて、そんな爆弾みたいなこと秀樹さんがするわけないし)
(いや、一瞬期待しただけだから大丈夫···心の傷は浅い!)

今度こそ、顔に出さないように表情筋に力を入れる。

石神
問題ないか?

サトコ
「お任せください!」

大きく胸を叩くと、秀樹さんは頷いて立ち上がった。

石神
詳しいことは追って連絡する

サトコ
「分かりました」

石神
それから···あの件は、『今』は、という意味だ

サトコ
「あの件?」

(どの件?)

石神
同伴者の件だ

サトコ
「え···」

それだけ言って、秀樹さんは早々に立ち去っていく。

(同伴者の件が、今だけ?それって···)

サトコ
「まさか、間に合わせ的な意味が···」

(将来的には『正式』な同伴者に格上げされるってこと!?)

サトコ
「···っ!」

歓喜の声を上げそうになり、慌てて両手で口を押える。

(顔には出さない···頑張れ、私の表情筋!)

どんなに顔に力を入れても、緩む頬は止められなくて。
私はしばし、食堂のテーブルに顔を突っ伏したのだった。

その週の日曜日。
私は秀樹さんと一緒に、普段なら足を踏み入れない店へとやって来ていた。

石神
ここなら適当なものが見つかるだろう

サトコ
「そうですね。これだけドレスが並んでれば···」

(もとい、これだけお値段が張るのなら!)

私が普段着ている服より、どう見てもゼロがひとつかふたつ多い。

(石神警視って言う立場を考えれば、同伴syが貧相な格好で行くわけにもいかない)
(今こそ底力を発揮するときだ、私の銀行口座!)

サトコ
「こういうデザインがいいとか、こんな色がいいとかあるんですか?」

石神
目立たず、無難なのが一番だ。形はシンプルで色も落ち着いたものがいい

秀樹さんはサッと視線を巡らせると、シルエットの綺麗なロングドレスを手に取った。

石神
お前の伸長だと、少し足りないようだな。底上げするか

(あ、あれ?意外と秀樹さんがテキパキと?)

女のドレスなんて選び慣れていないーー
そんな反応を予測していただけに、さっさと決められて面食らう。

石神
靴はこれでいい

高いヒールのパンプスもほとんど迷いなく手に取っている。

サトコ
「秀樹さんが女性の服を選ぶのが得意だなんて知りませんでした···」

石神
何を言っている。パーティーとは名ばかりの仕事だ
仕事に必要なものだと思えば、おのずと方向性は見えてくる

(秀樹さんにとっては、ドレス選びも仕事の一環って感覚なのかな)

だとすれば、この決断の早さも納得できる。
任務中の秀樹さんの決断力は、いつだって抜きん出ているのだから。

サトコ
「じゃあ、試着してきますね」

石神
ああ

店に入ってから、20分くらいしか経っていない。
ロングドレスもハイヒールを履けばそこそこサマになっているようで、この一式を購入することに決まった。

(お財布には痛いけど、これも必要経費···)

覚悟を決めて会計をしようと財布を出すと···

石神
何をしている

サトコ
「お会計を···」

石神
仕事に必要なものだと言っただろう。お前が出す必要はない

サトコ
「でも···」

(領収書をきれるものでもないよね?)

石神
班は違えど、お前は俺の部下でもある。余計なことを考えるな

(秀樹さん···)

サッと背を向けて会計を済ませてくれる彼から感じられるのは、言葉にしない優しさ。

(ここは甘えさせてもらおう)

秀樹さんに初めて買ってもらったドレスが、紙袋に包まれて私のもとへと運ばれてきた。

サトコ
「ありがとうございました。絶対に汚したり破いたりしないようにします!」

石神
破く···か。普通なら考えられないが、お前ならありそうだな

サトコ
「だから、前もって気を付けるんです」

駅の近くまで戻り、私は小さく頭を下げた。

サトコ
「じゃあ、私はこれで···」

石神
このあと用事があるのか?

サトコ
「何もないですけど···今日の目的は果たされたので···」

石神
これを買う為だけに、今日会っていると?

心外だという顔をする秀樹さんに、私は目を輝かせる。

石神
まだ早い。飯に行ってから、映画でも観よう

サトコ
「いいんですか?」

石神
お前がいいならな

サトコ
「いいに決まってます!」

ドレス選びも仕事の内的な話だったので、てっきり今日はこれで解散だと思ってしまった。

サトコ
「何食べましょうか?···あ、また顔に出て!」

緩んだ頬を隠そうとすると、その手を取られる。

石神
仕事中でなければ、気にするな
プライベートでいる時は、いろんな顔を見せてくれ

その口元に微笑が浮かぶと、私の頬は完全に緩み切ってしまう。

石神
···ただ、しまりのない顔は程ほどにしろ

サトコ
「いろんな顔見たいって言ってたのに···」

石神
外にいる時は周囲の目がある

秀樹さんがドレス入りの紙袋を持ってくれて、並んで歩きだす。
ごく普通の恋人らしいこの時間が、何より嬉しくて幸せだった。

サトコ
「映画、面白かったですね」

石神
刑事ものを見たがるとは思わなかった

食事をして、近くのシネコンで観たのは、人気刑事ドラマの劇場版だった。

サトコ
「長野にいたころ、よく観てたんです」
「刑事になったら、本当にこんな風なのかなって思いながら」

石神
実際は地味だろう。特に俺たちの仕事は

サトコ
「でも、その分映画は楽しめました」
「今日気付いたんですけど、主演の俳優、後藤さんに似てますよね」

石神
後藤に?

サトコ
「はい。後藤さん、婦警さんたちに人気があるわけです」

(髪型を同じにしたら、もっと似るかも)
(黒澤さんあたりに相談したら、そっくりな感じにしてくれたり?)

ちょっとした悪戯心が芽生えていると、手に温もりを感じた。

石神
······

秀樹さんがしっかりと手を握ってくれる。
そして立ち止まり、もう駅前まで来ていることに気が付いた。

(もう帰る時間···お昼は仕事だと思ってたから、別れるのが辛くなかったけど)
(今は···)

恋人としての温もりを離したくない。

サトコ
「···あの、今夜は一緒に···」

聞き取れるのかも怪しいほど、くぐもった小さな声になってしまった。
それでも握られた手の力で、秀樹さんに伝わったことがわかる。

石神
明日も仕事だろう。今日はゆっくり休め

サトコ
「···はい。その方がいいですよね」

寂しさを誤魔化すように笑うと、秀樹さんの真摯な瞳に見つめられた。

石神
今度、休みが被ったら···その時、泊っていけ

離れがたい気持ちを分かってもらってる···それだけで寂しさは薄れていく。

サトコ
「楽しみにしてます」

石神
俺もだ

軽く額にキスを貰って、この日はそれぞれ帰路についた。



そして迎えたパーティー当日。

木下莉子
「ヘアセットできたわよ。なかなか化けたじゃない」

サトコ
「本当ですか?」

木下莉子
「ええ。いつも塩対応な連中を見返してやりなさい」

サトコ
「はは···」

(莉子さんの言葉は嬉しいけど、ドレスくらいじゃ鼻で笑われて終わりそう···)

木下莉子
「そのドレス、素敵よね。今日のために買ったの?」

サトコ
「石神さんが揃えてくれたんです。このパーティーは仕事の一環だからって···」

木下莉子
「へぇ···じゃあ、それ、選んだの秀っち?」

サトコ
「はい。選んだというか、バシッと決めたって感じでした」
「きっと仕事だから、どんな格好をすればいいか、すぐにイメージできたんでしょうね」

木下莉子
「あのサイボーグ秀っちがねぇ。仕事だから···ねぇ」

私のドレスを見ながら、莉子さんが艶やかな口角を上げた。

サトコ
「何か気になります?」

木下莉子
「いいえ。秀っちも、そう多くはないのよ。こういうパーティーに同伴者を連れてくるのは」
「それなのに、よく即決できたなって思っただけ」

莉子さんが軽く首を振ると、部屋がノックされた。

木下莉子
「どうぞー」

石神
氷川、支度はできたか?

サトコ
「はい。大丈夫です!」

秀樹さんが部屋に入ってくる気配に、莉子さんが私の耳元に顔を寄せてきた。

木下莉子
「そのドレスで、秀っちのこと思いっきり誘惑しちゃいなさい」

サトコ
「ゆ、誘惑って···」

石神
行くぞ

ドキッとしてる間に、秀樹さんが近くまで来ていた。

石神
······

サトコ
「······」

秀樹さんが私の爪先から頭まで視線を流す。

(もしかしたら『綺麗だ』なんて···)

お褒めの言葉を頂けるかも···なんて、期待したのも一瞬のこと。

石神
···そろそろ警視総監の挨拶が始まる時間だ。急ごう

サトコ
「は、はい!」

くるりと踵を返す秀樹さんからは、なんのコメントもなく。

(まあ、こんなものだよね)

足早で歩く秀樹さんの背中を慣れないヒールで追いかけた。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする