カテゴリー

カレが妬くと大変なことになりまs(略:後藤カレ目線

警察関係者の船上パーティーが開かれるから全員出席との旨の伝達がされたのは、少し前のこと。
銀室預かりの身である以上、ここは大人しく参加するしかない。

(サトコも参加するんだろうか)

サトコは公安課の新人だ。
新人がこういった場に招集されることは、あまりない。

(だが、津軽さんのことを考えると···)

あの人なら、面白半分でサトコを連れて行くことも充分考えられる。
移動中の昼休み、コンビニで買ったパンを駐車場で食べながらサトコのことを考えていると···

(メッセージ···サトコからか)

こういうタイミングが合うことに小さな喜びを感じる。
そして、サトコからの連絡はというとーー

サトコ
『今夜、警察関係の船上パーティーに石神さんと出席することになりました』

(石神さんと···?)

津軽さんならまだしも、なぜ石神さんが出てくるのかと考えること数秒。

(ああ···そういえば、警視以上の階級は同伴者が必須だと言っていたな)
(それで石神さんがサトコに白羽の矢を立てたってことか)

公安刑事という立場上、適当に見繕うわけにもいかないだろう。

(そういう意味では、サトコは適任だ)

納得しながら、『そうか。じゃあ、あとでな』--とメッセージを送る。
この時は深く考えていなかった。
サトコの隣に自分以外の男が立つということが、どういうことなのかーー

完全に仕事の一環として訪れたパーティー会場。
雰囲気は何度か捜査で潜入したことのある政治家のパーティーに似ていて、
気が休まるものではない。

(あれは一柳···桂木班も来てるのか)

パーティーに溶け込んでいるようで、あの視線の配り方は警護中なのが分かる。

(警察関係とはいえ、政治家や官僚も多く来ているようだからな)

出席者の顔をそれとなく把握していると。
一点に視線が吸い寄せられた。

(サトコ···)

場を考えれば当たり前だが、彼女はドレス姿だった。
シンプルなデザインのそれは普段よりもサトコを大人びて見せていた。

後藤
···綺麗だ

誰にも聞こえない声で小さく呟いた時、サトコの足元がグラッと揺れる。
その瞬間、反射的に飛び出していた。

サトコ
「あ···!」

後藤
大丈夫か?

サトコ
「え···」

伸ばした腕に、何とかサトコの身体が収まる。
支えるために差し出した腕なのに、彼女を抱きしめたがって困る。

サトコ
「せ···後藤さん!?」

後藤
転ばなくて良かったな

目を丸くしながら見上げる顔に微笑むと、サトコは俺の左右やら後ろを覗き込み始めた。

後藤
どうした?探し物か?

サトコ
「いえ、その···」

石神
同伴者が必須とされるのは、警視以上の階級のみだ

サトコ
「そ、そうなんですか?」

(俺の同伴者を探していたのか)

サトコ
「じゃあ、後藤さんはひとりで?」

後藤
ああ、必要ないなら、わざわざ連れることもない
···ーー

『もし、俺にも同伴者が必要なら、アンタ以外考えられない』···口の中の呟きは小さく消える。

サトコ
「え?」

後藤
いや、何でもない

石神
後藤は参加するだけで上出来だ

態勢を直したサトコが離れていく。
同伴者だから当たり前だが、彼女が立つのは石神さんの傍らだ。

後藤
······

(これはサトコにとっても仕事だ)
(石神さんに連れられることで、今後のコネクションに活かせることもあるだろう)
(石神さんに他意はない。それはわかっているが···)

自分の傍ではなく、他の男の隣にいるサトコの姿は···想像以上に俺の胸を鷲掴んでいた。

知った顔に何だかんだと声を掛けられ、愛想笑いにもならない顔で答えて回ること数十分。

(サトコは···)

どこにいるのだろうかと探してみると。

サトコ
「あ、ありがとうございます。どのお料理も本当に美味しくて···」

警察官僚A
「はは、いっぱい食べなさい」

警察官僚B
「まだまだ育つんじゃないかね?」

後藤

料理が並ぶテーブルの近く。
横柄そうな官僚ふたりの手がサトコの尻や肩やらに伸びている。

(どう見てもセクハラだ!)
(石神さんは何をしてる!)

近くに石神さんの姿はなく、走る。
いや、石神さんがいたとしても走っていたと思うが、それはどうでもいい。

(落ち着け。蹴り飛ばすのだけは堪えろ)

なけなしの理性を総動員しながら、サトコの後ろに立った。

後藤
氷川、いいか?

サトコ
「後藤さん!?」

やや気まずげな顔でこちらを見る男二人に、多少目つきが鋭くなったのは許容してもらいたい。

後藤
すみません、仕事の話で。失礼します

警察官僚A
「あ、ああ」

サトコの手を掴んで歩きそうになり、すんでのところでそれを堪えた。
代わりに背中に手を添え、会場の隅に移動するとやっと落ち着いてくる。

後藤
···そんな恰好をしているからだ

サトコ
「え!」

後藤
あ、いや···悪い、間違いだ。セクハラしてくる連中が一番悪い

(俺は何を言ってるんだ)

冷静になろうとしても、まだ思考は乱れているらしい。

後藤
ただ···

目の前のサトコをジッと見つめる。
いつもは男と変わらない任務をこなしているだけに、こういう格好が際立つのも確かだった。

(このデザインも色もサトコに合ってるからというのも、あるんだろう)

後藤
似合ってる。···そんなドレスも持ってるんだな

サトコ
「はは。自前じゃないですよ。レンタルなんです」
「今夜のために、黒澤さんが手配してくれて。石神さんの好みだなんて言うんですけど」

後藤
石神さんの好み?

サトコが石神さんの好みの格好をしている···ジリッと胸の底が焦げ付くような感覚。

サトコ
「いつもの黒澤さんの冗談ですよ。今日の私はお飾りですから」

後藤
······

サトコ
「結構、地味な飾りですけど」

後藤
そんなことはない
······

(確かに似合ってるが、俺だったら、もう少し柔らかい色を選ぶ)
(サトコの笑顔により合うような)

そんな対抗意識を燃やしたところで、サトコを連れているのは石神さんだという事実。
初めから分かっていたことなのに、それは時間と共に俺の心を重く蝕んでいく。
石神さんがサトコの隣に戻ってくれば、それは加速していくばかりで···

石神
手間を掛けたな

後藤
いえ。氷川は···

俺が守るのは当たり前だーーという言葉は、さすがに班長の前では飲み込んだ。

石神
氷川、これからダンスタイムが始まる

サトコ
「そんなのあるんですか!?」

石神
そのための同伴者だ。行くぞ

自然にサトコの腰に回された石神さんの手。

後藤
······

見ていると我慢できずに身体が動いてしまいそうで、目を伏せる。
妬く必要なんてないとわかってるのに、
それでも抑えきれない自分に情けなく呆れるしかなかった。

パーティーでの苦い思い出を上書きするというわけではないが。
彼女の優しさに甘えたデートをすることになった日。

後藤
···ここ全部、女物の服が売っているのか

今日、一番やりたかったことは、サトコのために服を選ぶことだった。

(自分の服を買う時は、選ぶというほどのことはしない)
(その俺に女物の服が選べるのかという不安はあるが···)

石神さん好みのドレスを着たサトコが綺麗だったように。
俺が選んだ服で綺麗になるサトコを見たかった。

(自分で言いだしたんだ。しっかりしろ)

言い聞かせながら、とりあえず目についた店に入ってみる。

(このマネキンが着てる服、似合いそうだな。こっちも···)

見ればどれも似合う気がしてきてしまう。

後藤
アンタには動きやすい服がいいと思うんだ

サトコ
「なるほど···」

後藤
いや、だが···

(あの青い服···)

見ると落ち着く気分になるのは、見慣れた色合いだからかもしれない。

サトコ
「このワンピースの青···誠二さんがいつも着てる青に似てますね」

後藤
俺は無意識に、この色を選ぶ習性があるのかもな···
代り映えがなくて悪い。そっちのシンプルな服に···

(自分のならともかく、サトコの服なんだ)
(色が馴染むからなんて理由で選んで、どうする)

デザインとか、もっと真剣に考えるべきところがあるだろうと考えていると···。

サトコ
「でも、自然にこの色を選ぶってことは、これが誠二さんの好きな色ってことかも」
「誠二さんの好きな色が着られるなら、私も嬉しいです」

後藤
アンタは、どうしてそう···

(可愛いことばっかり言ってくれるんだ)

ここが店の中でなかったら、抱き締めていたことだろう。
青いワンピースに似合う靴も揃え、フィッティングルームで着替えてもらう。

サトコ
「···どうですか?」

少し照れた顔で着替えたサトコが姿を見せる。
かすかに染まった頬がワンピースの青と対照的で、より彼女を可憐にしていた。

後藤
よく似合ってる。これにして良かった

この身の服を着せて、手をつないで歩きだすと。
先日胸の底に焦げ付いた塊が、やっと消えていく気がする。

(本当に···どうしようもないな。俺は)

こんな身勝手な独占欲で彼女を振り回してしまったことを申し訳なく思いながらも。

サトコ
「ありがとうございます。誠二さん」

心から嬉しそうに笑ってくれるサトコに、想いはまた深まっていくのだった。

服を選んだあとはサトコがしたかったというダンスを踊った。

(ピアノ演奏のレストランでダンスなんてガラじゃないと思ったが···)

隣を歩くサトコは嬉しそうな顔をしていて、頑張ってみて良かったと思う。

サトコ
「今日は最高の1日でした···また明日から、頑張れそうです!」

後藤
俺もだ

デートが終わりに近づく、この独特のもどかしい時間。
銀室は恋愛禁止、一線を引こうと言ったのは、そう前のことではないはずなのに。

(この手を離したくない)

日が暮れれば、つないだ手の温かさを強く意識する。
もうすぐ駅に着く。
送っていくなら、自宅とは違う方向の電車に乗らなければならない。

後藤
まだ···あの約束は有効か?

サトコ
「あの約束って···?」

後藤
今日は俺の言うことを聞いてくれるって話だ。明日のことでもいいか?

サトコ
「構いませんけど···」

何を言われるのか、全く見当がつかないという顔のサトコに、
早く言わなければ言えなくなると口を開く。

後藤
明日、俺の部屋から仕事に行ってくれ

サトコ
「え···」

一瞬、言われた意味が分からないようにサトコが瞬きをする。

(···泊って行けと言えば良かったか)

中途半端な言い方をしたと、もう一度言い直そうとすると。
サトコの手を握る力が強くなった。

サトコ
「···はい」

寄り添う距離が近くなるのを感じると、抱きしめたい気持ちが抑え難くなって。
電車で帰る予定が、近くのタクシーを止めていた。



そしてーー

サトコ
「今日は誠二さんを独り占めです」

後藤
俺はいつだって、アンタだけのものだ

やっと腕の中に閉じ込めたサトコ。
唇を重ねれば甘えたような声が漏れて、幾度も繰り返してしまう。

サトコ
「誠二さんって、本当に優しいですよね」

後藤
何だ?急に

キスを受け止めながら、潤んだ瞳でサトコが囁く。

後藤
優しいなんて···俺はアンタにワガママを押し付けてばかりだろう

サトコ
「そんなことないです。今日だって、結局私の望みばっかり叶えてくれたじゃないですか」
「だから···」

彼女の濡れた唇が震える。
塞いでしまいたい衝動を堪えながら、次の言葉を待っていると。

サトコ
「私じゃなくて、誠二さんが望むこと···あったら、言ってください」

後藤
アンタ···

組み敷かれた状態でそう言うことが、何を意味するか分かっているのだろうか。
いや、わかっていても、わかっていなくてもーー

後藤
···取り消せないぞ?その言葉

サトコ
「大丈夫です···っ」

唇から首筋、そして鎖骨へと口づけは移っていく。
不意を打つ言葉は、いとも簡単に理性を押し流していく。

(俺が望むことなんて···)

サトコに求められたいーーどこまでも奔放に、貪欲に。
さすがにそれは言葉にはできなくて、
代わりに一晩という時間をかけて彼女に叶えてもらったのだった。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする