誰かに尾けられているかもしれないーー
そう考えたとたん、背筋がぞくりと粟立った。
(落ち着こう、ここは冷静に)
(まだ尾行されているって決まったわけじゃないんだから)
(こういうときは、まず···)
歩く速度を上げてみる。
思っていた通り、足音は同じ速度でついてきた。
(じゃあ、今度は···)
追い抜かれてもおかしくないように、わざとゆっくり歩いてみた。
けれども、どんなに待っても、後ろの足音が追い抜くことはなかった。
(間違いない、尾行されてる)
(どうしよう、家まであと少しなのに)
相手が痴漢なのか、それ以外なのかはわからない。
ただ、自宅を知られうのは避けたかった。
(よし、こうなったら···)
(少し早歩きして、次の十字路を曲がるフリをして···)
身体を屈めて、耳を澄ませる。
案の定、少し駆け足気味の足音が、焦ったように追いかけてきた。
(···きた、今だ)
サトコ
「えいっ!」
右腕を捕まえて、素早く足技をかけようとする。
ところが···
???
「うわっ」
(しまった、避けられた!)
(って···)
サトコ
「痛たたたたっ」
(腕っ···ちぎれる!!)
???
「ごめんごめん」
「いきなり襲い掛かってくるから、つい本気出しちゃった」
(え···)
(えええっ!?)
津軽
「でもよかったよ、新人ちゃんで」
「元カノちゃんのうちの誰かだったらどうしようかと思っちゃった」
サトコ
「す、すみません。私も津軽警視とは思わなくて」
「でも、どうしてここに?」
津軽
「どうしてって···俺の家、この近くだから」
サトコ
「えっ、私もですけど···」
(ええっ)
サトコ
「津軽警視もこのマンションですか?」
津軽
「そうだよ」
サトコ
「ちなみにお部屋は···」
津軽
「もちろん最上階」
(ってことは、一番お高いフロアなんじゃ···)
津軽
「それじゃ、おやすみ」
サトコ
「お、おやすみなさい」
「はぁぁ···」
(まだまだだなぁ、私)
(「尾行されてる」って勘違いしちゃうなんて)
サトコ
「それにしても···」
(まさか、今回のことが査定に響くとか···)
(そんなことはないよね?)
けれども、私の考えは甘かったようで···
津軽班に配属されて10日ーー
サトコ
「ぐっ···」
「うっ······」
(この電気ポットの水アカ···っ、手強すぎ···っ)
黒澤
「おつかれさまでーす!」
「あれ···もしかして電気ポット、使えませんか?」
サトコ
「はいっ···今···っ」
「洗浄中···っ、です···っ」
黒澤
「そうですか。じゃあ、コーヒーにしようかな」
黒澤さんは、ガスコンロの隣にあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。
黒澤
「そういえば、聞きました?」
「所轄が、某テロリストの海外逃亡をギリギリで阻止したって話」
「あの件、千葉さん、大活躍だったらしいですよ」
(え···)
黒澤
「彼が空港で気付いて、上司が取り押さえたんだとか」
「いやー、さすが公安学校卒!優秀ですよねー」
サトコ
「···そうですね」
(千葉さんも現場デビューしたんだ)
(しかも、結果まで出して···)
黒澤
「サトコさん?どうかしましたか?」
サトコ
「い、いえ···」
(そうだよね、現場に出てもおかしくはないよね!配属されて10日だもん)
(ふつうは、それくらい当然···)
サトコ
「······」
思わず、自分の手を見てしまう。
今、私が握っているのは、食器洗い用のスポンジだ。
(いつになったら現場に出られるんだろう)
(このまま、ずーっと雑用ばかりなんてことは···)
黒澤
「あ、おつかれさまでーす」
(百瀬警部補!)
彼は、同じ津軽班の先輩だ。
(たぶん、班内では私と一番年齢が近いよね)
(そのわりに、ぜんぜん話したことがないけど···)
黒澤
「百瀬さんもコーヒー淹れに来たんですか?」
百瀬
「違う。氷川を呼びに来た」
サトコ
「えっ、私ですか?」
百瀬
「津軽さんが呼んでる。すぐに来い」
サトコ
「は、はい!」
(もしかして、ようやく私も現場に···)
【公安課ルーム】
津軽
「ああ、来た来た!」
「ええと···なんだっけ、名前」
サトコ
「氷川サトコです」
津軽
「そうそう、サトコちゃん!」
「売店で『タケノコの沼』買ってきて」
(···えっ?)
津軽
「『タケノコの沼』、よろしくね」
「間違っても『キノコの村』は買ってこないで」
「俺、タケノコ派だから」
サトコ
「···わかりました」
(なんだ、またお遣い···)
(ううん、これも大事な仕事なんだ)
(頼まれたからには、しっかり終わらせないと···)
捜査員
「津軽さん、サイバー対策課から連絡がきました」
津軽
「ああ、例の不正アクセスの?」
(···うん?)
捜査員
「やっぱり出入りの業者でしょうか」
津軽
「その線が濃厚だよね。外からは難しいだろうし」
捜査員
「でも、限られていますよね。うちに出入りできる業者なんて」
(不正アクセス···出入りの業者···)
(しかも、出入りしてるのは「うち」···つまり「警察庁」···)
津軽
「あれ、新人ちゃん、まだいたの?」
「頼んだの、早く買ってきてよ~」
サトコ
「すみません!今すぐ買ってきます!」
(さっきの会話を要約すると···)
(「警察庁のサーバーが不正アクセスを受けた」ってところ?)
しかも「外からは難しい」とも言っていた。
(となると、不正アクセスを受けたのは「インターネットサーバー」じゃない)
(内部で使っている「イントラネット」用のサーバーなわけで···)
(だから「警察庁に出入りしている業者を疑っている」ってこと?)
それなら、私にもできることがある。
(「出入り業者のリスト」···絶対必要だよね)
(それを、誰よりも早く提出できれば···!)
津軽
「あー来た来た」
「新人ちゃんってば、どこに寄り道してたの」
「俺、待ちくたびれちゃったよ」
サトコ
「すみません。『タケノコの沼』ですよね、どうぞ」
津軽
「そうそう、これこれ」
「やっぱりさ、タケノコの方が食べた気がするんだよね」
「キノコよりもさ」
ご機嫌な様子の津軽警視に、私は「あの!」とクリアファイルを差し出した。
津軽
「うん?なに、これ」
サトコ
「警察庁に出入りしてる業者のリストです」
「先ほどの、不正アクセスの件のお役に立てればと」
津軽
「···ああ、なるほど」
津軽警視の顔つきが、少し変わった。
津軽
「もしかして、総務とかに寄ってくれた?」
サトコ
「はい」
津軽
「エラいねぇ、感心、感心」
「でもさ」
「あの件、加賀班が解決しちゃったんだよねぇ」
(···え?)
津軽
「やっぱりさ、歩くんは優秀だよねぇ」
「あっという間に、犯人を特定しちゃうんだから」
(歩さんが···)
津軽
「ってことで、これは必要ナシ。ごめんね」
サトコ
「···いえ」
(そっか、もう解決しちゃったんだ)
津軽
「でね、今後は俺の指示以外のことはしなくていいよ」
「今回みたいに、無駄になっちゃう可能性が高いし」
(え···)
津軽
「新人ちゃんは、俺の言う事だけ聞いていればいいから」
「ね?」
優しい口調で、津軽警視は同意を促してくる。
けれども、そこから重圧のようなものを感じるのは何故だろう。
津軽
「···新人ちゃん、返事は?」
サトコ
「わ···」
「わかりました、津軽警視」
津軽
「ああ、その『津軽警視』っていうのも、そろそろやめてね」
「俺たち、だいたい『さん』付けだから」
「公安学校は階級を重んじるのかもしれないけどさ」
サトコ
「いえ、そういうわけでは···」
津軽
「じゃあ、問題ないよね。ハイ、呼んでみて」
サトコ
「······津軽、さん」
津軽
「ん、よくできました」
「それじゃ、このあとは喫煙所の掃除をよろしくね」
「あそこ、ほんと、ヤニがすごくてさぁ」
サトコ
「···わかりました」
(なんだろう、上手く言えないけど···)
(なんか···なんていうか···)
(なんで私、津軽班に配属されたんだろう)
配属式の日は、希望で胸がいっぱいだった。
ーー『今日から、ひとりの公安刑事としてスタートラインに立てる』
ーー『ここから始まるんだ!』
でも、現実は雑用ばかり。
現場には、未だ一度も出させてもらえず、今日もこうして定時上がりだ。
(なにがいけないんだろう)
(私の、何が足りないんだろう)
ブルルッ、とスマホが短く震えた。
(LIDE···歩さんからだ···)
サトコ
「『チケット取れたから』···」
(チケット?)
サトコ
「『なんのですか』···送信」
ブルッ
(めずらしいな。もう返信が···)
ーー「恐竜プラネタリウム!忘れたの?」
サトコ
「あ···っ!」
日曜日ーー
(マズいマズいマズい)
(よりによって「恐竜プラネタリウム」のこと、忘れていたなんて)
東雲
「おつかれ」
(きたー!)
東雲
「······」
(怒ってる···絶対怒ってるよ、歩さん···)
東雲
「···なに、その顔」
「ひどすぎ」
(うっ、顔のダメだしまで···)
東雲
「来て」
(えっ)
サトコ
「あの、プラネタリウムは反対方向じゃ···」
東雲
「ランチ。先に食べるから」
(ああ、なるほど···)
サトコ
「うわぁ」
(女の人ばっかり···)
店員
「いらっしゃいませ。コースはどうされますか?」
東雲
「『美肌コース』2名で」
(美肌!?)
店員
「かしこまりました」
「サラダバーとスープバーは中央にございますので」
東雲
「ありがとうございます」
「···行くよ」
(えっ、ちょ···っ)
サトコ
「『美肌』って、歩さん、ツルツルじゃないですか!」
「これ以上、どうして美肌に···」
東雲
「オレじゃない」
「キミ」
(私?)
東雲
「気付いてないの、肌荒れ」
「それと髪も、パサパサなんだけど」
(うっ、なんて手厳しい···)
東雲
「メインは鶏料理だけど、サラダ用のチキンも取りなよ」
「キミ、たぶんタンパク質が足りてないんだから」
サトコ
「は、はぁ···」
(そういえば、最近ちゃんと食事してなかったな)
(正直、あまり食欲がなかったというか···)
東雲
「で、原因は?」
サトコ
「え···」
東雲
「あるんじゃないの、悩み事とか」
サトコ
「······」
東雲
「聞くけど。今なら」
「プラネタリウムに行ったら、聞けそうにないし」
歩さんの口調は、あくまで素っ気ない。
けれども、そこから伝わってくるのは間違いなく「優しさ」だ。
サトコ
「あ、その···」
(言ってもいいのかな)
東雲
「······」
(いいよね。歩さんは恋人だし、元教官だし)
(私が、尊敬している「先輩」でもあるわけだし)
サトコ
「実は、その···」
東雲
「······」
サトコ
「仕事のことで···」
ーー「各班の馴れ合いは不要だ」
(あ···!)
銀
『仲間意識を捨て、常に相手を蹴落とす心積もりで上を目指せ』
(ダメだ、言えない)
(歩さんはもう教官じゃない。「他の班の人」なんだ)
東雲
「···なに、仕事の悩みって」
サトコ
「あ、その···」
(どうしよう、誤魔化さないと···)
サトコ
「ええと、やっぱり『仕事』ではなかったっていうか···」
東雲
「じゃあ、何?」
サトコ
「ですから、その···ええと···」
<選択してください>
サトコ
「最近、腰痛がひどくて」
「掃除をするとき、しゃがみ込んでばかりいたから」
東雲
「···へぇ、そう」
「いかにも『清掃員』らしい悩みだね」
(うっ、なんて手厳しい···)
サトコ
「忘れられない人がいて···」
東雲
「は?誰?」
サトコ
「配属初日に、警察庁の前で会った人です!」
「すっごいイケメンで、キラキラしていて」
「もしかしたら芸能人だったかも···なんて···」
東雲
「······」
(あれ、なんか雰囲気が···)
東雲
「いい度胸だね、他の男の話をするとか」
「今って、なんの時間?」
(こ、これは···)
サトコ
「やきもちですか!?」
「やきもちですよね!?」
東雲
「うるさい!」
(きたー!歩さんのやきもち、いただきましたー!)
東雲
「···キモ。喜びすぎ」
サトコ
「最近いつ行っても、食堂のエビフライ定食が売り切れで···」
東雲
「ああ、あれ、銀室長が良く食べてるよね」
(···え)
東雲
「争ってみれば?銀室長と」
「うまくいけば食べられるかもよ」
サトコ
「それはその···なんていうか···」
「あはははは···」
東雲
「ていうか···」
歩さんは、何か言いたげに顔をしかめた。
けれども、その後出てきたのは、小さな溜息で···
東雲
「ま、いいか」
サトコ
「······」
東雲
「タンパク質とりなよ、とりあえず」
「チキン以外にも、豆腐とか枝豆でとれるから」
サトコ
「···わかりました」
(よかった、なんとか誤魔化せた···)
(というより「誤魔化されてくれた」って感じだよね、たぶん)
きっと、歩さんにはバレている。
私が不甲斐ないってこと。
(でも、相談したらダメだ)
(歩さんは、もう教官じゃないんだから)
美肌ランチを食べ終えた私たちは、今日のメインイベントの会場へと向かった。
会場は、幅広い年齢層の人たちで混雑しているうえに···
歩さんは、ずっとソワソワしっぱなしで···
東雲
「やば···三畳紀メインじゃん」
「コエロフィシス···ヘレラサウルス···」
サトコ
「ダメです、歩さん!ちゃんと前を向いて···」
東雲
「えっ、フレングエリサウルス?」
「そっか、三畳紀後期···しかも肉食系最古の恐竜···」
サトコ
「歩さん!『歩きパンフレット』は禁止···」
東雲
「やば···ほんとヤバい···」
「これ、最高過ぎ!」
(···ダメだ、すっかり自分の世界に入っちゃってる)
係員
「お待たせいたしました」
「15時からのチケットをお持ちの方はこちらへどうぞ」
サトコ
「あっ、歩さん、呼ばれましたよ。行きましょう!」
(それにしても「恐竜プラネタリウム」ってどういうことだろう)
(恐竜が星座になるとか?)
疑問に思いながらも、指定された席に着く。
5分ほどでブザーが鳴り、室内の照明が落とされた。
アナウンス
『今から2億5100万年ほど前···』
『生物の大量絶滅を経た地球上に、新たな命が誕生しました』
(2億5100万年前···昔過ぎてぜんぜん想像できないな)
アナウンス
『次々と生まれる、新しい生物たち···』
『中でも、少しずつ勢力を伸ばしていったのが恐竜です』
『まずは、当時の夜空をご覧ください』
(へぇ···これが、恐竜がいた時代の夜空···)
アナウンス
『この時代に、人類はもちろん存在していません』
『そのため「星座」も存在しません』
『ですが、もしこの時代に人類が存在していたら』
『一部の恐竜も「星座」として描かれたのではないでしょうか』
『たとえば、この5つの星をつないで···』
東雲
「アリゾナサウルス」
(えっ、そうなの?)
アナウンス
『「アリゾナサウルス」というのはいかがでしょうか?』
(当たった!歩さん、すごい!)
(でも、そっか···「星座」って人間が勝手に作り上げたものなんだよね)
(もし、私なら···あの星と、そっちの星をつないで···)
サトコ
「うーんっ!」
「恐竜プラネタリウム、面白かったですね!」
東雲
「当然じゃん。恐竜なんだから」
「まぁ、『アリゾナサウルス』とか『コエロフィシス』は想定内だけど」
「ショニサウルスは、ちょっと意外だったよね」
サトコ
「は、はぁ···」
(ショニなんとか···ってどの恐竜だっけ)
(ぜんぜん思い出せないんですけど)
東雲
「ていうか、キミ」
「やけにニヤけてたよね、途中から」
サトコ
「えっ」
東雲
「なにを考えていたの」
サトコ
「あ、その···」
(しまった、気付かれてたなんて)
サトコ
「ええと、実は『星座』を考えていたというか···」
東雲
「···は?」
サトコ
「今回の『恐竜プラネタリウム』もそうですけど」
「星座って、人が勝手に作り出したものじゃないですか」
「だから、私だったらどういう星座を作るかなぁって」
東雲
「······」
サトコ
「例えば、東にあった星を5つ繋げて『恋人座』とか」
「南の星を繋げて『公安座』とか」
東雲
「······」
サトコ
「あと!やっぱり歩さんの星座も欲しいなぁって」
「なので、西の星を繋げて『歩さん座』···」
「って、まだ話の途中なんですけど!」
東雲
「無理。くだらなさすぎ」
(ひどっ!)
サトコ
「いいじゃないですか、最後まで聞いてくれても!」
東雲
「······」
サトコ
「ちょっと、歩さん···っ」
と、歩さんがグッズ売り場で足を止めた。
サトコ
「何を見てるんですか?」
東雲
「これ」
(へぇ、家庭用のプラネタリウム···)
(さっき、上映したものの簡易版かぁ)
サトコ
「買うんですか?」
東雲
「······やめとく」
「この間、買ったばかりだし」
(買った?)
サトコ
「何をですか?」
東雲
「!」
「なんでもない。こっちの話」
「それより、買わないの?キミは」
サトコ
「そうですね。なにかいいものがあれば···」
「あ···!」
目に留まったのは、隣のスマホグッズコーナーだ。
(このスマホリング、可愛いな)
(ちょうど新しいの、欲しかったんだよね)
東雲
「···なに、ティラノじゃん」
「買うの?」
サトコ
「今、迷い中です」
(やっぱりティラノサウルスかな)
(でも、こっちのブラキオサウルスも可愛いし)
サトコ
「あっ」
(こっちの、2個入だ!)
ティラノサウルスとブラキオサウルスのスマホリングがセットになった商品。
パッケージには「ペアリング」と書いてある。
(いいな、ペアか)
(これなら歩さんとお揃いに···)
サトコ
「······」
(···やめよう。いろいろ勘繰られたら嫌だもん)
東雲
「···買わないの?」
サトコ
「いえ、買います!」
私は、ティラノサウルスのリングをひとつ手に取った。
サトコ
「先に会計してきますね」
東雲
「···わかった」
(我慢、我慢)
(歩さんのこと、バレたら異動させられるんだから)
東雲
「······」
「······」
会場を出ると、日が傾き始めていた。
どうやら思っていた以上に、長居してしまったようだ。
東雲
「どうする、このあと」
「何か食べたいものは?」
サトコ
「そうですね。ガッツリ、お肉とか···」
東雲
「······」
サトコ
「だ、だって、お昼はサラダと果物がメインでしたし!」
「歩さんだって『タンパク質を取れ』って···」
東雲
「···ま、いいけど」
「じゃあ『しゃぶしゃぶ』あたりで···」
ブルル、と歩さんのポケットからバイブ音が聞こえた。
東雲
「···ごめん、兵吾さんからだ」
「はい···今、上野にいますけど···」
(たぶん、仕事の電話だよね)
(何か進展でもあったのかな)
東雲
「ごめん。急用ができた」
サトコ
「わかりました。···日比谷線で行きますか?」
東雲
「うん」
(ってことは、警察庁に行くのかな)
(すごいな···休日なのに呼び出されるなんて)
(それだけ頼りにされてるってことだよね)
サトコ
「いいな」
胸の内で呟いたつもりが、声に出てしまっていたらしい。
東雲
「···え?」
サトコ
「あっ、その···」
「なんていうか、うらやましいというか···」
東雲
「なにが?」
(なにって···)
<選択してください>
サトコ
「加賀さんに、信頼されているから···」
「うらやましいなぁ、なんて」
東雲
「べつに、信頼って程じゃない」
「オレじゃないとできない仕事があるから、呼び出されただけ」
サトコ
「···そうですか」
(そういうのを「信頼されてる」って言うと思うけどなぁ)
サトコ
「休日手当てがつくから···今からお仕事をしたら」
東雲
「···べつに」
「サービス残業扱いかもよ。案外」
サトコ
「そ、それは困りますね!ブラック企業になっちゃう」
東雲
「······」
サトコ
「あ、でも企業じゃないですよね、官公庁ですよね」
「ブラック官公庁···なんて···」
「アハハハハハ···」
東雲
「······」
(って、ぜんぜん笑ってくれないんですけど)
サトコ
「なんとなく···?」
東雲
「···なにそれ」
「なんとなく、うらやましって思ったワケ?」
サトコ
「はい、まぁ···」
東雲
「······」
サトコ
「本当です!本当に、ただなんとなくそう思っただけで···」
東雲
「わかった。もういい」
歩さんは、ため息交じりに私の言葉を遮った。
そして···
東雲
「···あのさ」
「キミは、アレだね」
「ずいぶん『優等生』になったよね」
(え···)
to be continued