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最愛の敵編 東雲4話

その日の夜ーー
私は、久しぶりに公安学校を訪れていた。

理由は···

サトコ
「宗教団体『神有道』···あった、これだ!」
「へぇ、『しんゆうどう』って読むんだ」

(教祖は···女の人だ)
(トップは『神有姫(みゆき)」と呼ばれ、代々女性が受け継いでいる」···へぇ···)

他の資料にも、目を通してみる。
ひとつの施設でこれだけの書籍が揃うのは、公安学校ならではだ。

(ここの資料室、ほんと便利だよね)
(警察庁の資料室は、あくまで「業務上の資料の保管庫」だし)
(やっぱり公安学校ってすごい···)

ーー『忘れちゃってよ。公安学校時代のことは』

サトコ
「······」

(あれ、どういう意味だったんだろう)

(ここでの2年間があったから、私は公安刑事になれたのに)

学んだことが、ただの座学や理論だけなら、それもわかる。
けれども、私たちはかなり実践有りの訓練を受けてきたはずだ。

(事件にも、何度も関わらせてもらった)
(それなのに、どうして「忘れろ」だなんて···)

???
「···わかった。レポートは上にあげておく」

(こ、この声は···!)

東雲
ただ、返事は期待しないで
上が変わったことで、方針が変わる可能性があるから

宮山隼人
「わかりました」

(やっぱり!歩さんに宮山くんまで···!)

とっさに物陰に隠れて、息を潜める。
出来れば、今は歩さんと顔を合わせたくはない。

(だって、あんな···)
(「早く歩さんに追いつきます」なんてメッセージを送ったのに···)
(今のままだと、合わせる顔が···)

宮山隼人
「じゃあ、俺はこれで」

宮山くんの声に、ハッと我に返る。
どうやら、ふたりの会話は終わったようだ。

(よかった。これで歩さんも教官室に戻るはず···)

東雲
···誰。そこにいるの

(えっ···)

東雲
出てこい。早く

(無理!)
(絶対、出て行きたくないんですけど!)

迷った末に、私は···

<選択してください>

無言を貫く

(ここは無言を通すしかない!)

東雲
······

(お願い···早くいなくなって···)
(神様、仏様、キノコ様···!)

東雲
···気のせいか

(···やった!)

ブサ猫のマネをする

(よし、ここはモノマネを···)

サトコ
「ニャアア···」

東雲
···ブサ猫?

サトコ
「ブミャッ」

(そうです、歩さん!)

サトコ
「ブミャ···ブミャアアアッ」

(今の私は、いつも中庭にいるブサ猫です!)

東雲
······え、発情期?
怖···

(ちょっ···)
(しまった、やりすぎたかな)
(でも、歩さん、いなくなったみたいだし···)

加賀のマネをする

(よし、ここは加賀さんのモノマネを···)

サトコ
「『歩、俺だ』···」

東雲
······え、誰?

サトコ
「『俺だ、俺!ほら···』···」
「『このクズが!』···」

東雲
······ああ、兵吾さん

(やった、通じた!)

東雲
で、何をやってるんですか。そんなところで···

(まずい!ええと···)

サトコ
「『ゲホゲホゲホッ···、く、来るんじゃねぇっ』···」
「『か、風邪がうつるだろうが』···」

東雲
······へぇ、優しいですね。今日は

サトコ
「『そ、それは···その······ちょっと弱気なんだよ、クソが』···」

東雲
······へぇ、弱気
兵吾さんが『弱気』···

(まずい!今度こそ、本当に···)

???
「東雲教官、ちょっとー」

東雲
ああ、はい

(た、助かったーー!)

足音が遠ざかったのを確認して、私はそっと顔を出した。

(逃げてごめんなさい、歩さん)

くだらない意地なのかもしれない。
でも、このままじゃ、元補佐官として顔を合わせられない。

(どうすればいい?)
(どうすれば、公安の仕事をさせてもらえる?)

(今、かろうじてわかってるのは···)
(津軽さんたちが「宗教団体絡みの案件」を追っているってこと)

だから、件の宗教団体について、自分なりに調べてみた。
それくらいのことしか、今はできないからだ。

(でも、こういうのも無駄なことなのかも)
(結局、捜査に加えてもらえないなら···)

サトコ
「···っ」

(ダメだ、弱気になるな)
(津軽さんには、ちゃんと「仕事したい」って伝えたんだから!)

サトコ
「信じよう···信じなくちゃ」
「絶対チャンスは巡って来るって」

(そのためにも、準備だけはしておこう)
(最低限の知識を頭に入れて···それくらいしか、今の私には···)

???
「いやぁ、すごいですねー。最近の『WeeeTuber』って」

(···うん?)

黒澤
見てくださいよ、このネット記事!
『WeeeTuberオススメのコスメ、5分で完売』だそうですよ?

津軽
透くん、声大きすぎ
そんなんじゃ、秀樹くんに怒られるよ?

(黒澤さんと津軽さん···めずらしい組み合わせだな)

黒澤
それにしても、何歳なんでしょうね、この人

津軽
さあ、ハタチ前後じゃない?

黒澤
そうですか?オレは10代後半かなって思いますけど
ほんと、年齢不詳ですよねー、『みちゃと』って

(みちゃと···WeeeTuber···)

(年齢不詳、みちゃと···)

サトコ
「···あっ!」

その日の夜ーー

千葉
「おつかれ」

サトコ
「おつかれさま。ごめんね、いきなり呼び出したりして」

千葉
「いいって。ところで佐々木は?」

サトコ
「今日は呼んでない。ふたりきりで話がしたくて」

千葉
「え···っ」

サトコ
「千葉さんに聞きたいことがあるの」
「WeeeTuberの『みちゃと』のことで」

千葉
「···ああ」

千葉さんの表情が、にわかに引き締まった。

千葉
「そっか、今はそっちが追ってるんだもんな。『みちゃと』のこと」

(···やっぱり!)

これではっきりした。
昨日、偶然見たクリアファイルの中のーー

サトコ
『···あれ?』

(この写真の人、どこかで見たような···)

(あれ···やっぱり「みちゃと」だったんだ)

しかも、あの写真は、宗教団体「神有道」の資料に同封されていた。

(つまり、みちゃと宗教団体「神有道」と関係があるってことだ)
(それで、津軽班は彼女に目をつけて···)

千葉
「···あれ、でもみちゃと関連の資料なら、普通に見られるよな?」
「うちの資料、そっちに流したはずだし」
「捜査資料として配られていないのか?」

(うっ···)

サトコ
「それが、その···なんていうか···」

千葉
「···?」

サトコ
「ごめん、千葉さん!実は···」

私は、千葉さんに事情を説明した。
自分が、捜査に加えてもらえないこと。
偶然「神有道」の資料と「みちゃと」の写真を見かけたこと。

サトコ
「だから、どうしても知っておきたくて!」
「捜査に加えてもらった時、ちゃんと対応できるように」

千葉
「······」

サトコ
「千葉さんから聞いたってことは、バラさないから」
「絶対にヒミツにしておくから」

千葉
「······」

サトコ
「お願い!このとおり!」

千葉さんは、困惑したように視線を揺らしている。
それでも、頭を下げずにはいられない。

(ここで退いたらダメだ)

彼は、絶対に「みちゃと」の情報を持っている。
今までの口ぶりからも、それは明らかだ。

(だからこそ、ここで粘るしか···)

千葉
「···そこまで言うなら」

千葉さんは、ふっとため息をついた。

千葉
「これは、俺の独り言ってことにしてほしいんだけど」

(する!します!)

千葉
「うちの部署が、もともと監視していたのは『神有道』じゃない」
「最近、そこと接触している『思想団体』なんだ」

(思想団体?)

千葉
「うちがずっとマークしていた団体でさ」
「そこが、去年から『神有道』の後継者候補と接触しはじめて···」
「その流れで『神有道』もマークし始めた」

(つまり、危険なのは「神有道」っていうより···)
(そこと接触している「思想団体」のほうってことか)

千葉
「で、『みちゃと』だけど···」
「彼女は『神有道』の熱心な信者でさ」
「今は隠しているけど」
「いずれ『神有道』の広告塔になるんじゃないかって言われてる」

(広告塔···「みちゃと」が···)

千葉
「彼女は、特に10代への影響力が凄いんだ」
「その辺の芸能人を軽く上回るって言われてる」

(じゃあ、もしも彼女が、本気で宗教勧誘を始めたら?)
(そして、その宗教団体の背後に、危険な「思想団体」がいたとしたら?)

翌日ーー
喫煙室の掃除を終えた私は、スマホで「みちゃと」の動画を閲覧してみた。
ちなみに、津軽班の捜査員は、私以外みんな会議中だ。

(最新動画の閲覧数460万回越え···)
(すごいな。2日前にアップしたものなのに)

もちろん、閲覧者の全員が勧誘されるとは思わない。
けれども、興味を持つ人間は少なからずいるはずだ。

(しかも支持者が10代ってことは···)
(うーん···うーん···)

百瀬
「···おい」

(やばっ)

サトコ
「お、おつかれさまです!喫煙室の掃除ならもう···」

百瀬
「津軽さんから伝言だ」
「『喉が渇いたから、ペットボトルの飲み物をよろしく』···」

(はぁ···お茶でいいのかな)

サトコ
「わかりました。津軽さんの分だけでいいですか?」

百瀬
「いや、15本」

(15本!?)

サトコ
「失礼します···」

(···あれ?)

(津軽班だけじゃない?)

津軽
ありがとう、ウサちゃん。みんなに配って

サトコ
「···はい、失礼します」

(そっか、それで15本···)
(でも、どうして他の班の人たちがいるんだろう)


「津軽、説明を続けろ」

津軽
はい。···今回の案件については、先ほど説明したとおりです

石神
宗教団体『神有道』···
その次期トップ候補と、思想団体が接触したのだったな

津軽
正確には、長女とだけね

(長女?)

ペットボトルを配りながら、それとなく机上の資料に目を向ける。

(次期トップ候補···へぇ、ふたりいるんだ)

ひとりは、現「神有道」の長女「茶谷希世子」。
もうひとりは、次女の「茶谷みさと」だ。

(長女は25歳···現在のトップである母親の秘書···)
(次女は13歳···まだ中学生···)

津軽
こちらとしては、思想団体側はもちろんのこと···
長女・希世子の行確も、常に怠らないようにしてしたわけですが
つい先日、次女が病気で入院したとの情報が入りまして···

加賀
それがどうした
次女は、今回のことに関係ないだろうが

冷ややかに吐き捨てる加賀さんに、津軽さんは親し気な笑みを浮かべた。

津軽
次女はさぁ、これまでガードが堅くてね
通学以外の外出は最低限、しかも必ず車での送迎付き
学校にも自宅にも警備員がいて、おいそれとは近づけなかったわけ

石神
だが、入院すればそのガードが緩くなる···

津軽
その通り
で、例の思想団体が接触してくる可能性が出て来たってわけ

加賀
するなら、させればいい
監視するヤツが増えるだけだ

津軽
ちょっとぉ、それを引き受けるの、うちの班なんだからさぁ

津軽さんは、おどけたように肩を竦めた。

津軽
それに『接触』だけで済めばいいけどさ
事件になるかもしれないじゃない?

石神
···つまり、次女に危害を加えるかもしれないと?

津軽
来月、正式に『後継者』が決まるからね
ぶっちゃけ、長女は不利な立場なわけだし

(え、どういうこと?)

再び資料をチラ見したものの、それらしい記述はどこにもない。

東雲
······どうして長女が不利なんでしたっけ?

津軽
えー、それまた説明するの?

東雲
すみません、聞き逃していたみたいで

颯馬
長女は、養女なんですよ
現『神有姫』が長い間、子供に恵まれなかったため···
後継者として、15年前に茶谷家に引き取られたんです

(へぇ···)

颯馬
ところが、13年前に待望の女児が生まれた
そのため、後継者は『次女が有力』と言われているんです

津軽
···解説ありがとう、周介くん

颯馬
いえ、津軽さんの手を煩わせるほどのことでもありませんので

(そっか、そういうこと···)
(それじゃ、たしかに長女は不利だよね)

津軽
というわけで、ここからが本題なんだけど
うちとしては、次女周辺にも監視をつけたいわけね
でも、今のところ、うちからはモモ···
百瀬くらいしか、次女の監視には回せない

(えっ···)

津軽
今日、2班を呼んだのは協力を仰ぎたいからなんだ
できれば、透くんか歩くんあたりにお願いしたいんだけど

(···やりたい)
(そういうことなら、私にやらせてほしい!)

ようやく訪れたチャンスだ。
これを逃すわけにはいかない。

(でも、ただ訴えるだけじゃダメだ)

今の私は、お茶を配りに来ただけ。
捜査会議にすら加えてもらえてないのだ。

(具体的に、自分に何ができるのかを示さないと)
(もし、私がこの捜査に加わるとしたら···私の利点は···)

サトコ
「痛っ···痛たたっ」

私は、わざと津軽さんの傍でしゃがんだ。

津軽
えっ、ウサちゃん?

サトコ
「すみません、お腹が···なんだかめちゃくちゃ痛くて···っ」
「こ、これは、今すぐ入院しないと···っ」

津軽
······

サトコ
「じょ、女性だと、女子トイレにもついていけますし···っ」
「ウロウロしていても警戒されにくいっていうかっ」

(だから、どうか私にその任務を···!)

東雲
···無理じゃない?その程度の演技力で『入院患者のフリ』って···

(うっ···)
(まさかの、歩さんからの横やり···)

東雲
ま、『清掃員』ならありかもしれないけど

(えっ)

石神
···そうだな
津軽、氷川に任せたらどうだ?
彼女なら、潜入捜査も何度か経験している

(石神教官···)

津軽
でも、それって公安学校時代の話だよね?
訓練生の『実習』と一緒にされても···

加賀
関係ねぇ
こいつが放り込まれたのは『現場』だ
茶番なんかじゃねぇ

(加賀教官···)

東雲
···逆に質問なのですが
どうして彼女は、配属以来、雑用ばかりさせられてたんですか?

津軽
······

東雲
そのなかでも特に『清掃員』が多かったのは
てっきり、こういう状況を想定してのことだと思っていましたけど

(え、そうなの?)

思わず、津軽さんを見上げる。
けれども、私の位置からはイマイチ津軽さんの顔が見えない。

東雲
そういう意味でも、オレは彼女ならできると思います
この数週間で『清掃員』らしさに磨きがかかったようですし
彼女の実力をはかる上でも、悪くは···

津軽
東雲

それは、静かな声だった。

津軽
彼女の上司は、誰だ?

東雲

津軽
答えろ、東雲
彼女の、今の上司は誰だ?

東雲
······
すみません、出過ぎた真似をしました

室内が、シンと静まり返る。
耳に痛いくらいの静寂の中、逸るような私の鼓動だけがやけにうるさい。


「氷川に任せてみろ」

室内の空気が、驚いたように揺れた。


「東雲の言葉も一理ある」
「実力をはかる上ではちょうどいい」

津軽
···わかりました

(じゃあ···!)


「会議は以上だ。潜入の手配は早めに済ませろ」
「それと各班長はここに残れ」

皆が、ホッとしたように席を立つ。
私は、銀室長に頭を下げると、すぐに廊下を飛び出した。

サトコ
「教官!」

思わず口にしてしまった、古い呼び名。
それでも歩さんは足を止めてくれた。

サトコ
「すみません、あの···」

東雲
······

サトコ
「あの···私···っ」

東雲
追いつくんだよね、オレに

サトコ
「!」

(それって、この間のLIDEの···)

東雲
「口先だけじゃないよね、アレは」

<選択してください>

本気です

サトコ
「本気です」
「本気で、全力疾走して、追いつくつもりです」

東雲
······

サトコ
「だから、待っていてください」

東雲
···気が向いたらね

素っ気ない返答のあと、歩さんはポツリと付け加えた。

いちおう、まぁ···

サトコ
「いちおう、まぁ···」

東雲
···『いちおう』ね

(あ、マズい)

サトコ
「い、いえ、その···!」
「追いつきます!追いつく所存です!」

東雲
······

サトコ
「本当です!何とか頑張って、私···」

東雲
いいけど。どっちでも

小さな溜息が聞こえた。

え、ええと···

サトコ
「え、ええと、その···」

東雲
······

サトコ
「実は、自信がなくなりつつあるというか···」

東雲
自信、ね···

歩さんは、小さく溜息をついた。

東雲
無駄にしないでよ。オレの2年間を

(え···)
(あ···!)
(2年間···教官の···)
(いろいろ教わった、あの2年間···)

ーー『忘れちゃってよ。公安学校時代のことは』

サトコ
「···っ」

(津軽さんの発言については、あとで考えよう)

今、私が一番考えなければいけないのは「任務」のことだ。

(絶対、成果をあげよう)
(それで、一人前の捜査官として認めてもらうんだ···!)

to be continued

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