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最愛の敵編 東雲Good End

ナル
「は~い、到着~」

乱暴に突き飛ばされて、私は冷たい床の上に転がった。

ナル
「もうさぁ、ほ~んと、余計なことをしてくれたよねぇ」
「ボクが送った動画、勝手に差し替えちゃうなんてさ」

(「ボクが送った動画」?じゃあ···)

サトコ
「あれはあなたが?」

ナル
「そうだよ~。キミはもう観てるかもしれないけど」

ナルは、持っていたスマホで動画を再生した。

(これ···間違いない···)
(さっき、私が消した動画だ···)

ナル
「ね、なかなかでしょ」
「すっぴん写真だけど、別人過ぎて納得してもらえないと思ってさ~」
「あの子が『みちゃと』に化けるとこ、ちゃーんと撮っておいたんだよね」
「これが配信されたら、面白いことになったのになぁ」

(「面白い」って···)

サトコ
「本気で言ってるんですか?彼女、まだ未成年ですよ?」

ナル
「え~、だから面白いんじゃん」
「『宗教団体の後継者』で『人気WeeeTuber』で『未成年』」
「そんな子が炎上するなんて、最高のエンターテイメントじゃーん」

(そんな···)

キラキラした彼の笑顔が、初めて不気味なものに見えてくる。

(どうしよう···この人、怖い···)
(ぜんぜん理解できない···)

ナル
「でさー、せっかく面白いネタがひとつ潰れたわけだからさー」
「今度は、キミがボクを楽しませてよ」

(···え?)

ナル
「さっき、キミにも観てもらったけど」
「子のスマホには、週刊誌に売った『動画』が入ってまーす」
「ちなみに、これがオリジナルのデータで、例の出版社以外には渡してませーん」

サトコ
「······」

ナル
「ってことで、このスマホ、キミにあげようと思って」

サトコ
「···本当ですか?」

ナル
「ほんと。ただし···」
「10分以内に、この『クイズ』をクリアできたらね」

ナルはスマホ内のアプリをひとつ起ち上げた。

ナル
「問題は全部で10問。1分で1問解ければ余裕かな」
「まぁ、『つっくん』なら全問クリアできると思うけど」

(「つっくん」···またその名前···?)

思い当たる人物がいないわけではない。
「つ」の名前の人なんて、私の周辺では限られている。

(どうする、もう少し詳しく探ってみる?)
(それとも、もっと違うことを聞いて···)

ナル
「にしても、びっくりだよ~」
「日本の公的機関のセキュリティなんてザルだと思ってたのに」
「資料写真1枚コピーしただけでロックが掛かるなんてさー」

(えっ···)

ナル
「できれば『動画』のほうを盗みたかったのにな~」
「そうすれば『警察庁の資料流出』って、週刊誌に売り込めたのに」

(···待って)

ナル
「写真の方は、あまりにも隠し撮りっぽすぎてさ~」
「『警察の資料に見えない』って言われちゃったんだよね~」

(待って、待って···!)
(それって、つまり···)

サトコ
「あなたが週刊誌に流したのは『動画』だけじゃないんですか?」
「まさか、あの『写真』も···」

ナル
「ん、ボクだよ~」
「ふたつともメールに添付して、ポイって」

(···そうだ、たしかに写真と動画は同じメールで届いてた)

それは、つまり···

(津軽さんは、週刊誌に何もリークしていない···)
(あくまで、週刊誌の暴露を利用しようとしていただけ?)

ピピッとアラーム音が響いた。

ナル
「あらら~、時間いっぱーい」
「ってことで、そろそろゲームをはじめよっか」

ナルは、アプリのスタートボタンに手を掛けた。

ナル
「もう一度言うけど、制限時間は10分」
「ボクは、もう帰るけど···」
「キミがゲームに勝てたら、この部屋から出られるようにしておくから」
「それじゃ、がんばって~」

ナルが室内を出るなり、ガチャンと鈍い音が響いた。
恐らくドアに鍵をかけたのだろう。

(10分って、短すぎるんですけど···っ!)

隠し持っていた小型ナイフで結束バンドを切る。
自由になった手で、まずは目の前のスマホをタップした。

(なにこれ···「次の暗号を解け」?)

サトコ
「ええと···『M』『D』『Q』···」

(意味のないアルファベットの羅列···)
(と見せかけて、ひらがなに置き換えていくヤツだよね)
(携帯電話が登場してから増えた、簡単な暗号···)

サトコ
「···よし」

その後も、出てくる問題は「次の暗号を解け」のみだ。
次第に難易度は上がっているものの、決して解けないわけじゃない。

サトコ
「5問目···」

(これは···「カエサル式」の暗号だっけ)
(公安学校の訓練生なら、ふつうに解けるはず···)

シフト3で解読できたので、すぐに次の問題へと移る。
残り2分を切ったところで、最終問題の画面が表示された。

サトコ
「え···?」

(また「カエサル式」?)
(シフトの数は違うみたいだけど···)

サトコ
「あ、2でいけそう」
「だとしたら『D』『E』『A』『D』『O』···」

(え···)

サトコ
「『Dead or Alive』···?」

直訳すれば「死ぬか生きるか」
でも、引っかかったのはその文言じゃない。

(これをパスワードにした事件、教わらなかったっけ?)
(たしか、訓練生のころ講義で···)
(このパスワードを入力すると爆発が起こったって事例が···)

残り時間は、1分を切った。
本当なら、すぐにでもこの暗号を入力して実行しなければいけないはずだ。

(でも、いいの?本当に?)
(入力したら、まずいことになるんじゃ···)

ブルルッとバイブ音がした。
そこで初めて、自分のスマホが部屋の隅に放置されていたことに気が付いた。

(え、歩さんから!?)

サトコ
「歩さん!私···」

東雲
今どこ?

サトコ
「わかりません!倉庫みたいなところに閉じ込められていて···」

東雲
ドアから離れて

サトコ
「えっ?」

東雲
爆弾が仕掛けられてる。離れて防護姿勢とって

(ええっ!?)

東雲
30秒切ってる!早く!

サトコ
「は、はいっ」

(どういうこと!?)
(ゲームに勝ったら、ここから出られるんじゃなかったの!?)

混乱しつつも、ドアから一番遠い場所に離れる。
ふたつのスマホを握り締めたまま、防護姿勢をとってーー

サトコ
「···っ」

爆音が響き、全身を壁に叩きつけられた!

サトコ
「痛っ···」
「熱······っ」

あまりの痛みと熱に、意識が遠くなりかける。
それでも、なんとか動けそうなのは、たぶん爆発元から離れていたおかげだ。

(まずい···逃げないと···)
(ドア···ちょうど離れて···)

???
「サトコ!」

(え···)

東雲
怪我は!?
どこか痛めたりは!?

サトコ
「大···丈夫······」

(ていうか···)

サトコ
「なんで···歩さん···ここに······」

東雲
いいから!喋るな!

(でも······)
(あ、そうだ···)

サトコ
「スマホ···これ···犯人の······」

東雲
だから喋るなって!

ぐらん、と身体が揺れた。
気が付けば、私は歩さんの背中にもたれかかっていた。

(あ、おんぶ···)
(今回は、俵抱っこじゃないんだな)

そのあと、たぶん病院に運ばれたんだと思う。
なぜ「たぶん」かというと···

サトコ
「う···ん······」

(え···ここって···)

東雲
目、覚めた?

(歩···さん···?)

サトコ
「あの···私···」

東雲
運良いね
軽い火傷と打撲だけだろうって
念のため、今日は入院してもらうそうだけど

(入院···ってことは···)

サトコ
「ここ···病院···?」

歩さんは頷くと、見覚えのあるスマホを取り出した。

東雲
これ、犯人の?

サトコ
「はい···」

東雲
開いたままだったクイズアプリ、ざっと確認してみたけど···
最後の答えを入力すると、たぶん、ふたつのコマンドが作動する

(ふたつの···?)

東雲
ひとつは不明
で、もうひとつは、おそらく···
『これ』が、自動で動画サイトにアップされる

歩さんが「これ」と指摘したのは、ナルが出版社に売った動画だった。

(じゃあ···)

サトコ
「正解···?」
「最後···入力しなくて···」

東雲
この動画を、アップしたくなかったのならね
ま、今のはあくまで推測だから
ちゃんと解析しないと、詳しいことは分からないけど

(そっか···よかった···)
(最後の答え···入力しなくて···)

でも、それは公安学校で学んだおかげだ。
あの2年間があったからこそだ。

サトコ
「よかった、私···訓練生で···」

東雲
······

サトコ
「よかったです···本当に···」

東雲
···そう

歩さんの手が、私のおでこを撫でた。

東雲
寝なよ、もう
時間、遅いし

サトコ
「···はい」

東雲
おやすみ

そっと、まぶたを覆われた。
おでこに、柔らかなものが触れた。

サトコ
「おやすみ···なさい···」

(ありがとう、歩さん···)
(私を···助けてくれて···)

翌日ーー
無事に退院した私は、出勤するなり津軽さんから呼び出しを受けた。
そこで、まあ、いろいろあったわけだけど···
私としては、伝えたいことを伝えられたので良かったと思っている。

ただ、それで「めでたしめでたし」かというと、そんなことはないわけで···

サトコ
「では、失礼します」

(···すごいな、似顔絵捜査官って)
(ナルの特徴を伝えただけで、そっくりな似顔絵を描けるなんて···)

サトコ
「···うん?」

近くの取調室のドアが開き、制服姿の女の子と父親らしき人が出てきた。

(あれって、みさとちゃん?)
(もしかして、久間の件で···)

と、彼女と目が合った。

サトコ
「あ、ええと、久しぶり···」

茶谷みさと
「···っ」

次の瞬間、みさとちゃんは。物凄い形相で私に詰め寄ってきた。

茶谷みさと
「嘘つき!」

サトコ
「!」

茶谷みさと
「あんたのせいだから!」
「あんたが来たせいで、うちはめちゃくちゃになったんだから!」

父親
「やめなさい、みさと!刑事さんはお前を助けて···」

茶谷みさと
「うるさい!」
「最低、最低、最低···っ!」

頬に、鋭い痛みが走った。
みさとちゃんに引っかかれたせいだ。

父親
「申し訳ありません!娘はまだ混乱していて···」
「あとでよく言い聞かせますので」

お父さんに抱えられるようにして、みさとちゃんは去っていく。
私は、その背中をぼんやりと見送った。

(···当然か。みさとちゃんが怒るのも)

捜査のため、職業を偽って自宅に潜入した。
おかげで、久間を逮捕し、長女や思想団体を引っ張ることができた。
その一方で、「神有道」の現状は散々らしい。

???
「バカなガキだな」

(え···)

百瀬
「本当なら、もっと大騒動になっていた」
「この程度じゃ済まなかった」

(百瀬さん···)

サトコ
「仕方ないですよ。久間を捕まえたのは私ですし」
「それより、どうしてここに?」

百瀬
「下の会議室で、津軽さんが待っている」

サトコ
「え、警視庁のですか?」

百瀬
「あのガキの事情聴取でこっちに来てたからな」
「そのついでだ」

(あ、そういうこと···)

百瀬さんが歩き出したので、私もあとをついていった。

(事情聴取でもあんな感じだったのかな)
(学校は、どうしているんだろう)
(顔写真が出たせいで、同級生にもきっとバレて···)

百瀬
「あのガキの写真を盗まれたのは、ミスじゃない」

サトコ
「えっ」

百瀬
「津軽さんが、わざと盗ませた」
「あの写真を何に使うのか、狙いを探るために」
「津軽さんに隙があったわけじゃない」

サトコ
「···そうですか」

(でも、どうしてそんなこと···)

津軽
どうしてって?
そんなの、久間の背後にいる人物を探る為でしょ

(背後?)

サトコ
「それって、例の思想団体じゃないんですか?」

津軽
それも考えたんだけど、連中、あまり頭が良くないからさ
『薬の副作用を狙って~』とか考え付きそうにないんだよね

サトコ
「だから、背後に誰かいるってことですか?」

津軽
そう。で、いろいろ探ってたらさ
実にタイミングよく、捜査資料への不正アクセスが発覚したから
1枚コピーさせて、行方を追っていたわけ

(その時の写真が、週刊誌に流出した···)
(つまり、久間の背後にいたのは···)

???
「···全員揃ったか」

(え···)


「状況を整理したい」
「氷川、『ナル』という男について説明しろ」

サトコ
「は、はい!」

(まさか、銀室長まで顔を出すなんて···)

緊張しつつも、私は自分の身に起きたことを説明した。
ナルと初めて会ったのは、配属初日だったこと。
2度目が着ぐるみを着ていた時、3度目が茶谷家だったこと。

サトコ
「それって、ずっと偶然だと思っていたんです」
「でも、今になって思い返してみると···」
「最初から目をつけられていたのかもしれません」


「どういうことだ?」

サトコ
「2度目に会った時、私は着ぐるみ姿だったんです」
「なのに、茶谷家で会った時、彼は···」

ナル
『知ってた?おねーさん』
『人と人との出会いって、二度までは偶然だけど···』
『三度目は「運命」なんだって』

津軽
···つまり、着ぐるみの中身が君だと知っていたってわけか

サトコ
「はい、おそらくは」


「目を付けられる理由は?」

サトコ
「わかりません。本当に彼のことは知りませんし」
「むしろ、私は津軽さんの知り合いだと思っていたんですけど」

津軽
俺の?
ああ、例の『つっくん』発言?

サトコ
「はい」

津軽
あいにく、俺にも心当たりはないんだよね
犯人の似顔絵は、もう描いてもらったんだっけ?

サトコ
「はい。かなり本人に似ているかと」

津軽
DBにあがってるかな
···ああ、あった。これか

津軽さんは、DBにあがったばかりの似顔絵をジッと見た。

津軽
···やっぱり知らないなぁ
こんなイケメン、一度見たら忘れないと思うけど

百瀬
「津軽さんほどじゃないです」

津軽
ありがとう、モモ


「···押収したスマホからは特定できなかったのか?」
「契約者の確認は済んでいるんだろう?」

津軽
それが、金に困っていた学生が売り払ったものらしくて
東雲に送られたメールの差出人も不明のままですし

(え、東雲?)

サトコ
「なんですか?東雲さんへのメールって···」

津軽
あれ、聞いてない?
歩くんが君を助けに行ったのは、彼宛てにメールが届いたからだよ

(え···)

津軽
歩くんのもとに、地図アプリへのリンクが貼ったメールが届いて
指定された場所に行ったら、君が閉じ込められていたってわけ


「なぜ、東雲にそのメールが届いたのかが気になるな」

津軽
そうですね
氷川との関係は『元教官』というだけのはずですからね

サトコ
「······」

歩さんとその話をしたのは、週末ーーお泊りした翌朝のことだった。

サトコ
「どうして歩さんにメールが届いたんでしょう」
「歩さんと私、違う班に所属しているのに」

東雲
······知らない
キミ、まだ訓練生だと思われてたんじゃない?

(ええっ!?)

サトコ
「ひどいです!」
「これでも、一応ヒヨコは卒業···」
「歩さん!」

東雲
ハイハイ、聞いてる

(もう···)

キッチンから、甘い香りが漂ってくる。
どうやら、ココアのお替りをするつもりらしい。

サトコ
「私、ほんとは津軽さんの知り合いだと思ってたんです」

東雲
誰が?

サトコ
「例の、私を拉致した犯人です」
「だって彼、『つっくん』って人と知り合いみたいだったから···」

ガチャン、と派手な音が響いた。

(え、歩さん?)

サトコ
「大丈夫ですか?なにか割ったんじゃ···」

東雲
大丈夫。それより···
『つっくん』って言ったの?そいつ

サトコ
「そうですけど···それがどうかしましたか?」

東雲
······べつに

それ以上、歩さんは何も言わなかった。
ただ、手元のココアを執拗なくらいかき混ぜていた。

この時の光景が、私の頭のなかからいつまでも消えてくれなかった。

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