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最愛の敵編 東雲購入特典

うちの彼女は「残念系女子」らしい。
例えば···

サトコ
「歩さーん、お待たせしました!」
「ブラックタイガーじゃない『エビフライ』の、大人タルタ···」
「ふ···ふ······」
「ぶぇっくしゅ······っ!」

東雲

サトコ
「やだな···胡椒入れすぎちゃったかな」

東雲
······

サトコ
「あ、『エビフライ』の『大人タルタルソース添え』です」
「どうぞ!」

(いや、「どうぞ」って言われても···)

サトコ
「···あ、大丈夫ですよ」
「くしゃみするとき、ちゃんと顔を背けましたから」

東雲
知ってる
そっちじゃなくて

(「ぶぇっくしゅ!」って···女の子が···)

兵吾さんでさえ、しないんだけど。そんなくしゃみ。

(···ま、いいか)

東雲
で、何が『大人』なの

サトコ
「そこなんです!」
「今日のタルタルソースは、ピリッと辛口、黒胡椒たっぷりで···」

まあ、今さらな気もする。
うちの彼女に「女性らしさ」を求めるのは。

たとえば、10日ほど前のこと。

(ん?あれは···)

津軽
いやぁ、さすがモモ
タキシード、よく似合ってるね!

百瀬
『津軽さんの方が似合います』

津軽
うん、それはわかってるんだけどね
俺は、今回は裏方だから

(···ああ、潜入捜査の準備か)
(タキシードってことは、パーティ系?)
(ま、オレには関係ないけど···)

津軽
で、ウサちゃんは?

百瀬
『今、着替えてます』

(え、あの子も?)

津軽
そっか~、楽しみだねぇ
ウサちゃんは、どんな感じかな~

百瀬
『どうでもいいです』

津軽
え~、気にならない?
今回のフォーマルドレス、モモが用意したんだよね?

百瀬
『メロカリで2000円でした』

(安っ···)
(···じゃなくて!)
(着るわけ?あの子が?)
(百瀬さんが選んだドレスを?)

津軽
いやぁ、でもさ
モモの好みがわかるのは、楽しみだなぁ

百瀬
『···?』

津軽
女の子用のドレスを選ぶときってさ
多かれ少なかれ、自分の好みが出ちゃうじゃない
「こういうのを着せて、楽しみたい」的な

(·········は?)
(何言ってんの、あの人)

百瀬
『すみません、まったく思いません』

津軽
えーほんとに?

百瀬
『思いません』

津軽
なーんだ、つまんない
でも、案外、無意識のうちに嗜好が···

サトコ
『あの···すみません···』
『ドレス、いちおう着てみたんですけど···』

津軽・百瀬
『!』

(ちょ···っ)

津軽
それ···っ、君······っ
アハハハハッ

サトコ
『そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!』

津軽
でも、君···っ、どう見ても···っ
それ、お母さんのシュミーズ···

サトコ
『ひどいです!せめて「ベビードール」って言ってください!』

百瀬
『············写真と違う』

津軽
そりゃそうだよ。モデルが違うんだもの

(やば···ひどすぎ···)
(ていうか合ってないし。ドレスのサイズが)

東雲
ぷっ···

(まあ、当然か)
(百瀬さんが、あの子のサイズを知ってるはずが···)

黒澤
いやぁ、残念ですよね
歩さんなら、もっといいドレスを選べるのに

(······は?)

東雲
関係ないんだけど。オレは

黒澤
とか言っちゃって、強い絆があるじゃないですか~
元教官と補佐官っていう

東雲
······

黒澤
でも、百瀬さんだけの問題でもないのかなぁ
サトコさん自身も、いろいろ「惜しい」感じですしね~

(···惜しい?)

黒澤
サトコさんって、素敵な要素をいっぱい持ってる人ですけど
いまいち、それを活かしきれてないっていうか
そういうのを自分で台無しにしているっていうか

東雲
······

黒澤
ぶっちゃけ「残念系女子」ですよねー、サトコさんって

(残念系女子···)

わからなくはない。
たしかに、この子の「残念さ」は、なかなかのものだ。

(なのに付き合ってるとか)
(しかも、かれこれ2年以上って···)

サトコ
「···どうです」

東雲
えっ?

サトコ
「おいしいですか?」
「オ・ト・ナのタルタルソース」

東雲
······ああ
悪くないんじゃない。べつに···

サトコ
「きたーー!」
「『悪くない』いただきましたーー!」

(······は?)

東雲
怖···

サトコ
「なんとでも言ってください」
「今の言葉、ちゃーんとこの耳で聞きましたから!」

東雲
······

サトコ
「やっぱり『胃袋』は基本ですよね」
「『まずはカレの胃袋を掴め!』···」

東雲
なにそれ

サトコ
「今月の『UN・UN』の特集です」
「『大人のタルタル』も、その特集の中にあったんです」

東雲
···あっそう

(ていうか、ふつうバラさないと思うんだけど)
(そういう戦略的なことって)

これだ。
こういうところが、彼女は「残念」なのだ。

(バカ正直というか、なんというか···)
(ほんと、これで公安刑事って···)

もっとも、さすがに仕事上でそんなミスはしないだろう。

(まあ、いいか。プライベートなら)
(······オレの前だけなら)

サトコ
「あ、そういえば···」
「歩さんに見てほしいものがあったんです」

東雲
···え、なに?
新選組のDVDなら、もうお腹いっぱいなんだけど···

サトコ
「そっちは来週です!新作が届く予定ですから」
「今日は、その···ドレスのことなんです」

(···うん?)

そんなわけで、夕食後。
片づけを済ませ、ふたり分のココアを用意しているとーー

サトコ
「歩さーん、心の準備はいいですか?」

(···なにそれ)

東雲
いらないから。『心の準備』とか

サトコ
「ちょっ···」
「そんなこと言ってると後悔しますからね!?」

東雲
しないし

(どうせ、例のシュミーズを着て···)

サトコ
「お待たせしましたー!」

(······え?)

サトコ
「どうです、このフォーマルドレス」
「似合ってると思いませんか?」

似合っている。
たしかに悪くない。

(ていうか、ほぼイメージ通りなんだけど···)

実は、先日のシュミーズドレスを見たあと、自分なりに考えてみたのだ。
どんなドレスなら彼女に似合うだろうか、と。

(やば···)
(ほんと、やばい···)

色、デザイン、布の素材···
どれも彼女にぴったりだ。

(あとは「色気」のようなものがあれば、完璧···)

サトコ
「でも、これ···いざっていうとき、走りにくそうですよね」
「津軽さんは『問題ない』って言ってましたけど」

(···うん?)

東雲
津軽さん?

サトコ
「あ、そうなんです。これ、潜入捜査用の衣装で」
「津軽さんが用意してくれたんです」

(······はぁっ!?)

サトコ
「着てみたらすっごく素敵だったから、歩さんにも見てもらいたくて」
「ほんと、いいですよね、このドレス···」

東雲
べつに
いかにも『2000円で買った』って感じ。メロカリで

サトコ
「ええっ!?」

東雲
ああ、もっと安いのかもね
せいぜい1000円ちょっとくらい···

サトコ
「ないです、あり得ないです!」
「これ、絶対にいいドレスですってば」

東雲
でも、着こなせていない

サトコ
「···っ、そんなこと···っ」

東雲
ある
決定的に足りていないものがあるから。キミの場合

断言すると、彼女は怯んだように後退った。

サトコ
「じゃ···じゃあ、参考までに···」
「なんですか、その『足りてないもの』って···」

東雲
色気

サトコ
「!」

東雲
そもそも、その手のドレスってさぁ
セクシーな子が着てこそ
だよねぇ

サトコ
「······」

東雲
···ああ、ムカムカする!

危うく褒めるところだった。
さっきのドレスのこと。

(ていうか何?)
(なんで、サイズがぴったりなわけ?)

東雲
ほんと、タチ悪すぎ···

津軽
女の子用のドレスを選ぶときってさ
多かれ少なかれ、自分の好みが出ちゃうじゃない
「こういうのを着せて、楽しみたい」的な

(···やば)
(思い出すんじゃなかった)

もともと、あの人のことは警戒していた。
オレたちの関係性に、気付いている節があったから。
でも、最近は「別の意味」で警戒が必要な気がしている。

(まあ、考え過ぎだろうけど)
(あの人、そんな物好きじゃないし···)

(物好きなんて、オレひとりで十分···)

東雲
!?

寝室に足を踏み入れて、ギョッとした。
どういうわけか、彼女がベッドの上で正座をしていた。
しかも、バスタオル一枚を身体に巻いた状態で。

サトコ
「···なんですか、その格好は」

東雲
べつに···
忘れただけ。パジャマ持っていくの

サトコ
「······」

東雲
キミこそ、何?
その格好で、正座って···

サトコ
「決めたんです、私」
「今日は本気出すって」

(···は?)

サトコ
「『セクシー』です!」
「今日は『セクシー路線』で攻めるって決めたんです!」

東雲
······

サトコ
「先に断っておきますけど」
「今日の私は、本っっっ当に、いつもと違いますから」
「覚悟しておいてください!」

東雲
······

バカだ。

(ほんっと、バカ···!)

きっかけは、たぶんさっきのドレスの話からだ。

(でも、本気じゃないし。あんなの)
(ただの八つ当たりだし)

そもそも必要ないのだ。
彼女に、色気なんて。

(そんなものなくても、キミは···)

サトコ
「早く来てください」
「こっちは、スタンバイOKですので」

(スタンバイって···)

東雲
···何?
じゃあ、オレも巻けばいいわけ?バスタオルを···

サトコ
「いえ、歩さんはここに寝てください」
「あとは私がやりますんで」

東雲
······へぇ

やば···少し楽しくなってきた。

東雲
わかった。じゃあ···

言われた通り、ベッドに転がった。
ぼすん、と身体がシーツの海に沈んだ。

東雲
それで?
次は?

彼女の手が、シャツのボタンに伸びてきた。

(ふーん···下から外すんだ?)
(オレは、いつも上からだけど···)

サトコ
「···っ」

(ぷっ···失敗してる···)

人のボタンを外すのは、意外と大変だ。
焦っていると、なおさらうまくいかない。

東雲
まだ?

サトコ
「もうちょっと···待っててください···っ」

(そう言われても···)

サトコ
「あ···っ」

東雲
···何?

サトコ
「な、なんでも···」
「ていうか、大人しくしていてください!」

東雲
······

サトコ
「ちゃんと···っ、全部外して···っ」

東雲
本当に?

サトコ
「!」

東雲
早いんだけど。自分で脱いだ方が
ほら···

サトコ
「···っ、い、いつの間に···」

東雲
······

サトコ
「で、でででも···っ」
「できますから、私も!」
「時間を掛ければ、ちゃんと最後まで···」

東雲
あっそう
だったら···
やってよ、早く···
『セクシー路線』とやらで···
興奮させてよ···オレのこと···

軽く煽るだけのつもりが、つい声がかすれてしまった。

(ああ、バカ···)
(まだこれだけなのに···)

うつったのだ、たぶん彼女の熱が。
くすぐるような疼きと共に。

彼女が、顔を近づけてくる。
ちろ、と腹部をやわらかな舌が舐めあげた。

東雲
それ···で···?

サトコ
「······」

東雲
次···は······?

ああ、まずい。
本当に、まだ序盤中の序盤のはずなのに。
手を離すと、少し湿っぽい髪の毛をかき混ぜる。
たしかに、今日の彼女となら「いつもとは違う夜」を過ごせそうだったーー

(って、思ってたはずなんだけど···)

サトコ
「くぅ······かぁ······」

(···爆睡しすぎ)

まあ、寝てしまうのはいつものことだけど。
口を半開きにして、爆睡して···
これのどこが「セクシー路線」なのか。

(しかも、最後の方はオレ任せになってたし)

それでも、途中までは彼女も頑張っていたーーような気がしないでもない。

(まあ、オレも······だったし)
(悪くは···なかったけど···)

クセのない髪の毛を、ゆっくりと指で梳く。
夢中で撫でたときと比べて、今はだいぶ手触りが良くなっていた。

サトコ
「う···ん······」

(やば、起こしたかも···)

サトコ
「歩···さ······」
「ぐふふ······」

(ぐふふ、って···)

······これだ。
こういうところが、本当に「残念系女子」なのだ。

(でも、まあ···嫌いじゃないし)

なにより、一番残念なのは、こんな彼女を愛おしく思っているオレなのだろう。
自覚はある。
でも、後悔はしていない。

東雲
···おやすみ

(ひとまず、また明日)

Happy End

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