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エピソード0 東雲2話

「つっくん」宛てのDMは、その後6通送られてきた。
もちろん、親切なオレは、すでに「送り先間違いでは?」と返信していた。
けれども、それに対するリアクションは特になく···

ついに7通目のDMにて。

(···なにこれ)

ーー「会いたい」

東雲
キモ

(確定じゃん、これで)
(女と間違われてるって)

実は、このテの勘違いは今に始まったことじゃない。
たぶん、HNに「ピーチ」と入れているせいだ。

(そのわりに、なぜか「くん」付けだけど)

まぁ、いないわけじゃないし。女子を「くん」呼ばわりするヤツは。
いずれにしろ、どう対応するかはすでに決めていた。

(無視じゃん、当然)
(どうせロクなヤツじゃないんだし)

(こっちは興味なんて全然ない···)

蘇芳つばき
「もしかして寝不足?」

東雲
···は?

蘇芳つばき
「目、赤いよ。それに目の下にクマまで···」

東雲
べつに
関係ないじゃん、蘇芳には

蘇芳つばき
「···そうだけど」

ヤツにはすでに返信した。
「会わない」ってはっきり書いてやった。

(だって無理だし)

どう考えてもあり得ない。
危ういコミュニティで知り合った相手と、リアルで会うとか。

(高すぎるし、リスクが)
(そりゃ「つっくん」って呼び名の理由くらいは聞いてやってもいいけど···)

蘇芳つばき
「あ!そういえば、明日なんだけど···」

東雲
行かない

言い終わる前に遮ると、蘇芳はムッとしたように眉をひそめた。

蘇芳つばき
「ねぇ、まだ話の途中」

東雲
想像つくし。蘇芳の言いたいこと

蘇芳つばき
「···っ、じゃあ、当ててみなよ」

東雲
飲み会の誘い。クラスの

蘇芳つばき
「···正解」

ぼそりと吐き出された一言に、少し笑ってしまった。

(そんな悔しそうな顔しなくても)
(わかるじゃん。それくらいのこと)

ほんと、つまらない。
ほんと、退屈。

(想像つくし。明日の飲み会がどうなるのかだって)

どうせ、お決まりの話題を延々と繰り返すだけ。

(どこの女子大の女が可愛いとか、誰とヤッたとか)
(結局、頭の中は女のことばかり···)

東雲
···っ

(違う···オレはあいつらみたいに浮ついてなんかいない!)
(オレは、あいつらと同じなんかじゃない···)

蘇芳つばき
「···東雲?なんか顔怖くない?」

東雲
べつに
とにかく行かないから。オレは

蘇芳つばき
「ちょっと!東雲···っ」

(億劫だ。何もかもが)

それでも、これまでは「付き合いだ」と割り切っていた。
大学時代の交友関係は、社会に出てから利用できると聞いていたから。
けれども、最近はそんな気すら起こらない。

(まだマシだし。裏サイト巡りをしているほうが)
(あいつらを相手にする時間なんて、無駄すぎ···)

蘇芳つばき
「待ってよ、東雲!どこ行くのさ」

なぜか蘇芳がついてきた。

蘇芳つばき
「ねぇ、東雲ってば···」

東雲
······

蘇芳つばき
「東雲、どこに···」

(ああ、しつこい!)

東雲
生協!

蘇芳つばき
「!」
「だったら私も行くよ。ちょうど欲しいものが···」

蘇芳つばき
「うわっ」

いきなり、見知らぬ男がオレたちの前に立ちはだかった。

見知らぬ男
「こんにちは」

(···誰、こいつ)

東雲
蘇芳、知り合い?

蘇芳つばき
「ううん、ぜんぜん···」

見知らぬ男
「彼女じゃないよぉ。キミに用があるんだぁ」
「佃野歩くーん」

東雲

心臓が、大きく跳ねた。

(こいつ、今なんて···)

蘇芳つばき
「つくの···?」

見知らぬ男
「ああ、ごめんごめん。キミは今『東雲歩』くんだったねぇ」
「でも、ボク的にはやっぱり『佃野歩』くんかなぁ」
「ねぇ、『つっくん』?」

東雲
···っ

今度こそ、言葉を失った。
同時に、身体が彼と向き合うことを拒絶した。
まるで目の前の男を「危険人物」とみなしたかのように。

東雲
帰る

蘇芳つばき
「えっ、生協は···」
「ちょっと!東雲···っ」

(なにこれ)
(あいつが、DMの男?)

だって、あいつはオレを「つっくん」って呼んだ。
しかもーー

(知っていた···オレの旧姓のこと···)

佃野歩。
それが今の両親に引き取られる前のオレの名前だ。

東雲父
『いいかい?今日から君の名前は「東雲歩」だよ』

東雲
しにょのめ?

東雲父
『しののめ、だよ···子どもにはちょっと言いにくいかな?』

東雲
······

東雲母
『どうしたんですか、歩さん?』

東雲
「つくの」じゃないの?

東雲母
『······』

東雲
僕、つくの、だよ
「つくのあゆむ」だよ?

東雲父
『それはね、昨日までの名前なんだ』
『今日から君は「東雲歩」になったんだよ』

東雲
······

東雲母
『···無理しなくてもいいのですよ、歩さん』

東雲父
『そうだな』
『少しずつ···少しずつ、新しい名前に慣れてくれればいいから』

両親は優しかった。だからこそ、思った。
「少しずつ」ではなく「早く」慣れなければいけないと。

(早く「東雲」と言えるようにならなければ)

そうして、記憶の片隅に追いやった「佃野」という名前。
それなのに、どうしてアイツが知っている?

(昔なじみ···?)

違う。あんなヤツは記憶にない。
そもそも、オレは「つっくん」などと呼ばれたことがない。
「佃野歩」だった頃も、周囲はオレを「歩」「歩くん」と呼んでいた。

(じゃあ、誰だ?)
(どうしてオレを「つっくん」って呼ぶ?)

考えても、答えは出なかった。
わかるのは、せいぜいあいつが危険なヤツだということくらい。

(そうだ、関わらない方がいい)

(あいつには、絶対に···)

見知らぬ男
「つっくん、見っけー」

東雲

見知らぬ男
「なんの本を読んでるのー、つっくん!」

東雲
!?

見知らぬ男
「ねえ、つっくーん!」

東雲
······

見知らぬ男
「遊ぼうよぉ、つっくーん」

(···なに、こいつ)
(なんで、こんなにオレに付きまとうわけ?)

挙句の果てにーー

(うん?メール···)

東雲
!?

ーー「つっくん、明日ヒマ?」

東雲
な···っ

メアドがバレた。
それも、誰にも教えたことのないプロバイダーメールのアドレスだ。

ーー「ね、一度ちゃんと話してみない?ボクたち、絶対気が合うよ」

(合わない)
(合うはずないし)

ーー「だって退屈でしょ。つっくんのまわり、ガキばっかりだもん」
ーー「会話のレベル、合わないよね」

東雲
······

(退屈···か)

事実だ。でも、それがどうした?

(そんなもんじゃん、どうせ)

オレの周囲にいるヤツらは、決してバカというわけではない。
むしろ、勉強なんてできて当たり前。
高校までのテストは、穴埋めゲームみたいに思っていたような連中ばかりだ。
それでも、聞こえてくる日常会話といえばーー

男子学生1
「なぁ、どうだった?昨日の飲み会」

男子学生2
「ダメ。女子のレベル低すぎ」

結局は、他大学の連中と大して変わらない。
頭の中は、くだらないことばかり。
かといって、ごく一部の突き抜けた「天才」にはなれやしない。
なにより「研究バカ」になるのは嫌だ。

(そもそも空気読めないし。あいつら)
(絶対、社会に出たら苦労するタイプだし)

そう考えると、やっぱりあのガキな連中と上手くやっていきべきなのだ。

(わかってる。わかってるけど···)

(ムシャクシャする。なんか妙に···)

蘇芳つばき
「あれ、やっぱり東雲も興味あるの?」

東雲
は?

蘇芳つばき
「それ。その掲示板の···」

蘇芳が示したのは、1枚の張り紙だ。
「国家公務員総合職試験対策・ワークショップのお知らせ」--

(たとえば、警察官僚を目指すようなヤツらのための···)

蘇芳つばき
「前も見てたよね?」
「私が持ってたワークショップのプリント」

東雲
······

蘇芳つばき
「あ、興味があるなら、1枚···」

東雲
見てない
気のせいだから

はっきりそう告げて、その場を離れる。
けれども、心臓が嫌な感じにバクバク騒いでいた。

(昔の話だ。警察官になりたいだなんて)

(遠い昔の···)

九重さち
『うっ···うっ、ひっく···』

東雲
どうしたの、さち姉

九重さち
『今日ね、学校でね、大きくなったら刑事になりたいって言ったの』
『刑事になって、正義の味方になりたいって』
『そしたら「さちはバカだから無理だ」って言われたの』

東雲
だったらボクがなる!
さち姉のかわりに、ボクが正義の味方になるよ!

子どもならではの、他愛のない約束。
当の彼女だって、こんな話はもう忘れているだろう。

(どうせオレだけだし、覚えているのは)
(それに、オレは両親の会社を継がないと···)

???
「つっくーん」

背後から響いた朗らかな声に、オレは考えることを止めた。

見知らぬ男
「ふふっ、来ちゃった」

東雲
······

見知らぬ男
「だーって、つっくん、ぜんぜん返事くれないじゃーん?」

メールの文面が脳裏を過る。

ーー『明日ヒマ?』

東雲
ヒマじゃない。悪いけど

見知らぬ男
「うっそー。つっくん、今日はもう講義ないじゃん」

東雲
······

見知らぬ男
「あ、何で知ってるのか、知りたい?」
「それはねぇ」

東雲
いい。興味ない

だって、今さらだ。
こいつは、オレの旧姓やメアドを知っているようなヤツなんだから。

(余裕じゃん。受講している講義を調べることなんて)

東雲
名前

見知らぬ男
「うん?」

東雲
だから名前。キミの

見知らぬ男
「うわぁ···!」

ヤツは、パアッと目を輝かせた。

見知らぬ男
「嬉しい。やーっと名前を聞いてくれたぁ」

うるさい、バカ。

見知らぬ男
「『ナル』って呼んで」

東雲
は?

見知らぬ男
「ボクのこと。みーんな、そう呼んでるんだよねぇ」

東雲
···あっそう

(ナル···名前···?)
(ナルミ···ナルト···それともナルサワとか···)

わざわざ確認しなかったのは、自分で探ってやろうと思ったから。
それくらい不快だったのだ。勝手にいろいろ知られていることが。

ナル
「で、初デートはどこにする?」

東雲
デートじゃない

ナル
「じゃあ、逢引き?」

東雲
逢引きでもない
ついてきて

短く言い捨てて、先に歩き出す。
振り返る必要はなかった。絶対についてくるってわかっていたから。

to be continued

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