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エピソード0 東雲3話

時間帯のせいか、カフェテリアはずいぶん空いていた。
どこに座るか迷っているうちに、ナルは勝手に近くの椅子を引いていた。

東雲
なにしてんの

ナル
「いいじゃん。空いてるんだし」
「ほら、つっくんも座りなよ」

なに、このマイペース。
ほんとムカつく。

ナル
「それで?なんの話をする?」

東雲
···べつに

ナル
「うっそー。だって、興味あるでしょ、ボクのこと」

(逆だろ)

こいつが、オレに興味があるんだ。
だからノッてやった。
オレに近づいてきた目的を探るために。

(まぁ、心当たりもなくはないけど)

ナル
「···あれ、認めてくれないの?ボクに興味があるって」

東雲
······

ナル
「素直じゃないねぇ、つっくんは」
「もしかしてツンデ···」

東雲
どこ?大学

主導権を握られたくなくて、わざと言葉をさえぎった。

東雲
うちじゃないだろ

ナル
「さぁ、どうだろー」

東雲
······

ナル
「ていうか、ほんとに興味ある?そんなこと」

ない。
ぶっちゃけどうでもいい。

ナル
「まぁ、でもそういう効率悪そうなとこ、公務員向きかもねぇ」

東雲
ならないから。官僚になんて

どうせ、さっきの蘇芳とのやりとりを見ていたのだろう。
バッサリ切り捨てたつもりが、ナルは「そう?」と意味ありげに唇を吊り上げた。

ナル
「向いてる省庁もあるかもよぉ?例えば、防衛省とかぁ」
「警察庁とかぁ?」

東雲
······

ナル
「ゾクゾクするよねぇ。国家の秘密を抱えるのってぇ」

東雲
だったらなれば?キミが

ナル
「んーボクは無理かなぁ」
「秘密は『知る』より『暴く』ほうが楽しいもの」

東雲
······

ナル
「でも、じゃあ、キャリアを目指さないってことはー」
「恩あるパパとママの会社を継ぐんだ?つっくんは」

(······きた)

やっぱり両親の会社のことも把握していた。
当然だろう。オレの旧姓を探れるくらいだし。

東雲
断っておくけど
無駄だから。両親の会社のことは何も聞いていない

ナル
「ふーん···身内でも知らないんだぁ」

東雲
部外者だし

ナル
「それは、まだ学生だから?」
「それとも血が繋がっていない···」

東雲
学生だから

きっぱり言い切った。

東雲
洩らさないよ、オレが実の子どもだったとしても
そういう人だから。うちの両親は

ナル
「ふーん」
「さーすが!官公庁御用達」
「でも、ボクがキミに近づいたのはそれが目的じゃない」

声音が、少し変わった。

ナル
「キミに興味があるんだ」

東雲
······は?

ナル
「『裏広場』での、キミの手口をずーっと見てきたんだけど」
「ほんと、美しいよね」
「いつも最短ばかり目指して無駄ながない」

東雲
······

ナル
「まるで彗星みたい」
「まっすぐ宇宙を走り抜けてるみたいでさ」

(···なんだ、それ)

東雲
キモ

ナル
「あれ、テレてる?」

東雲
テレてない
キモいから。そういうポエム

ナル
「えーひどいなー。ボク、詩人になるのが夢なんだけどー」

(詩人って···)

ナル
「それでー?」
「ほんとのキミは、何になりたいのー?」

色素の薄そうな目に、含むような色が滲んだ。

ナル
「ボクが知りたいのは、それ」
「彗星のようなキミは、本当は何になりたいの?」

東雲
······

(何って···)

(そんなの···)

ぼんやり浮かんだ答えを、慌てて振り払う。
今、気にするべきなのはそんなことじゃない。

(集中!手を止めるな!)

今日の「裏広場」のゲームも佳境に入りつつあった。

(イケる···あと少し···)
(これさえクリアすれば、10位以内は確実···)

ちら、とランキングを確認する。

東雲
やば

10位どころじゃない。このままだと1位確定だ。
仕方なく、オレはわざとスピードを落とした。

(来い、誰か)
(早く追い抜け)

ピンポーン!とスマホが鳴った。
LIDEのメッセージだ。

ーー『あれあれ、つっくん手抜き?』

うるさい、そっちは何位だ。

ーー『悪目立ちしちゃうもんね。余裕で1位取っちゃうと』

返信はしなかった。
代わりに大きく伸びをして、ランキングの変動を見守ろうとした。

東雲
···あ

どうして目に留まったのだろう。
机の一番上の、浅い引き出し。
子どもの頃から、オレの宝物が入っている場所。

東雲
······

久しぶりに開けると、「それ」は蛍光灯のあかりを弾いて鈍く光った。

(くだらなすぎ)

ただの、ステンドグラスのかけらにすぎない「それ」
けれども、オレにとっては大事な宝物だ。

(さちと、ふたりで出掛けた工房だったから···)
(「大事にしようね」ってさちが言ったから···)

彼女との思い出は、このガラスのかけらと同じだ。
いつまで経っても色鮮やかで、どうしても捨てることができない。

「本当は何になりたいのか」--

その問いに、バカ正直に答えられたのは、せいぜい小学生のうちまでだ。
中学生にもなると、嫌でも自分の状況に気付いてしまう。

(両親の期待を裏切らないように)
(両親の望む跡取りになれるように)

それは、東雲家に引き取られ、大学まで行かせてもらったオレの義務だ。

(そもそもオレの夢じゃないし。「警察官」なんて)

だったら、さっさと切り捨てるべきだ。
頭では、そうわかっているのにーー

(···ヤバ、ほんとロクでもない)

順位が、ようやく8位まで下がった。
最後の作業を済ませると、オレはいったん机の前から離れた。

ドアを開けると、ニュースキャスターの声が聞こえてきた。

(あ、いたんだ)

東雲
おかえり。早いね

東雲父
「······」

東雲
···父さん?

心臓が、嫌な感じに跳ね上がる。
遠い昔···お母さんとの記憶。

(まさか···!)

焦燥に駆り立てられるように、ソファに近づく。
果たして、聞こえてきたのは···

東雲父
「すぅ···すぅ···」

(···なに、ほんと)
(心臓に悪すぎ)

東雲
父さん、起きなよ

東雲父
「······」

東雲
父さん、風邪ひくよ?

東雲父
「ん······ああ、歩か」

よく見ると、まだ部屋着に着替えていない。
おそらく、帰宅してすぐにウトウトしてしまったのだろう。

東雲
···なに、仕事忙しいの?

東雲父
「そうでもないさ」

じゃあ、なんでこんなところで寝ているのーー
なんてことは聞かない。
聞いたって、本当のことは教えてもらえないから。

(オレが、正式に入社するって決まるまでは)

そのための準備はしてきたつもりだ。
大学では人脈を広げつつあるし、IT系の勉強も大学で続けている。

(「裏広場」でのお遊びは···さすがにそろそろ止めないとだけど)

東雲
お茶でも飲む?

東雲父
「ああ、頼む」

今度こそキッチンに向かおうとしたら、「歩」と呼び止められた。

東雲父
「お前は最近どうなんだ?」

東雲
べつに。普通だよ

そう、まさに「普通」。
普通に大学に通って、普通に同級生のくだらない話に相槌うって···
普通にIT関係の勉強をして、普通に初恋をこじらせている。

(なんの変化もない···)

ーー「ね、一度ちゃんと話してみない?」

ナル
『ボクたち、絶対気が合うよ』

東雲
···っ

軽く頭を振って、あいつの存在を追い払った。

(冗談じゃない)

あんな得体の知れないやつに振り回されるなんて、まっぴらごめんだ。

東雲父
「どうした、歩?」

東雲
なんでもない。お茶、淹れてくる

ドアノブに手をかけると、もう一度「歩」と呼び止められた。

東雲父
「うちの会社のことはかんがえなくていい」
「お前は、お前の好きにしていいんだ」

(···なにそれ)

東雲父
「好きに生きていいんだ、お前は」

(やめて)
(むしろ決めてよ、そっちで。「うちの会社を継げ」って)

そうすれば、今すぐ踏ん切りをつけられるのに。

それから数週間が過ぎた。
オレの毎日は、これまでと同様、特に変わったこともなく···

と言いたいところだったけど。

ナル
「すごかったじゃーん。昨日のつっくん」
「余裕で10位以内にランクインしちゃって」

東雲
別に。たかが9位じゃん
上にはあと8人はいるわけだし

ナル
「やだなぁ、ちゃんと聞いてよ。ボクは今『余裕で』って言ったんだよ?」
「本気出してないのに9位取っちゃうのが凄いって言いたいの!」

東雲
···あっそう

こんなふうに心情を指摘されることが、オレはあまり好きじゃない。
それでもこいつは懲りないから、最近では放っておくことにしていた。
だって、いちいち反応しているのもバカらしいし。

(あながち間違ってもいないし)

ナル
「それよりさぁ、昨日の2番目の関門、どうやってクリアしたの?」

東雲
···教えない

ナル
「いいじゃん、教えてよー」
「ボク、あそこでロスってさぁ」

東雲
···余裕じゃん、あんなの

ナル
「うそうそ、どのあたりが?」

東雲
ヒント、一昨日の最終プログラム

ナル
「···あ、待って。なんかわかりそう」
「ええとぉ、つまりさぁ」

手帳にメモし始めたので、説明しながら訂正してやる。
飲み込みが早いのか、ナルは何度もうなずきながら頬をほころばせた。

(···何やってんだろ、オレ)

ーー「得体の知らないヤツに振り回されるなんてまっぴらごめんだ」

たしかに、そう思っていたはずだった。
なのに、今じゃ大学の友人たちより頻繁にコイツと顔を合わせている。

(ヤバいのに)
(あんなトコで知り合ったヤツなんて、絶対に)

そもそも「裏広場」自体に長居するつもりはなかった。
最初は、ちょっと覗くだけのつもりだったのだ。
それが「一度だけ腕試しするか」となり「もっと技術を磨こう」に変わった。
その結果、今ではほぼ毎日ゲームに参加している。

(でも、そろそろやめないと)
(自分の技術レベルも、だいたいわかったし···)

ナル
「甘っ」

ナルが、いきなり舌を出した。

ナル
「やばいよぉ、つっくん。毎日こんなの飲んでるとかぁ」

東雲
ちょっ、それ···!

ナルの手にあるのは、オレの「幻のピーチネクター」だ。

東雲
返せ!

ナル
「いいよ、ハイ」

東雲
そうじゃない!買って返せ!

ナル
「なんで?まだあるじゃん」

東雲
飲めるか!人が口をつけたのなんて

ナル
「えーいいじゃん、間接ちゅー」

東雲
キモ!ほんとキモ!

ナル
「じゃあさ、買ってきてあげるからさぁ」
「ひとつだけ、条件きいて」

東雲
······は?

なに言ってんの、こいつ。

(なんで被害者のオレが、こいつの言う事を···)

ナル
「本気、見てみたいなぁ」

東雲
···は?

ナル
「つっくんの『本気』」
「つっくん、本当はもっと『デキる人』でしょ。だからぁ···」

???
「いた、東雲!」

何か言いかけていたナルの言葉を、朗らかな声が打ち消した。

蘇芳つばき
「はい、これ!今度の試験対策プリント」

東雲
···え、蘇芳、シケ対だっけ?

蘇芳つばき
「いろいろあってさ、急きょ引き受けることになったの」
「それと···」

蘇芳がさらに続けようとしたところで、ナルが音を立てて席を立った。

ナル
「ボク、帰るね。また後で連絡する」

東雲
···わかった

蘇芳つばき
「···もしかして、邪魔した?」

東雲
別に。大した話してなかったし

蘇芳つばき
「そう?···そんなふうには見えなかったけど」

(···は?)

東雲
どういう意味?

蘇芳つばき
「ああ、うん···なんか···」
「東雲、結構楽しそうに見えたから」

(楽しそう?オレが?)

蘇芳つばき
「あの人、どこのクラスの人?」

東雲
さあ

蘇芳つばき
「知らないの?」

東雲
知らない
ていうか、たぶんうちの学生じゃない

蘇芳つばき
「そうなの?」

それにしてはよく見かけるけど···と蘇芳が呟く。
その言葉に責めるような響きを感じたのは、気のせいだろうか。

東雲
いいじゃん。カフェテリアは部外者も入れるんだし

蘇芳つばき
「そうだけど···」

東雲
なに、紹介して欲しいとか?

蘇芳つばき
「···っ、違うから!」

東雲
またまた~

蘇芳つばき
「本当に違う!」
「···興味ないから、そういうの」

(だろうね。蘇芳、恋愛話とか苦手そうだし)

ピンポーンと短い音が響いた。
LIDEの着信音···ナルからだ。

ーー『さっきの子、彼女?』

(違うし)

そう返すと、すぐにまた着信音が鳴った。

ーー『かわいそ』

(は?なにが?)

けれども、そう返す前に次のメッセージが届いた。

ーー『今晩、22時に連絡するね』

(電話?メールじゃなくて?)

蘇芳つばき
「···東雲?どうかした?」

東雲
別に
それより何か言いかけてなかった?

蘇芳つばき
「ああ、うん、今度の···」

蘇芳の話に耳を傾けながらも、頭の片隅にあったのはナルからの伝言だ。

(さっき、話しかけていたことだ、たぶん)

「本気を出してよ」と言っていた。
あれは、何に対してなのだろう?

そんなわけで22時。
時報でも確認していたのかと思うほどきっかりに、スマホが着信を伝えてきた。

東雲
···はい

ナル
『ボクボク!』
『···あ、詐欺じゃないよ?』

東雲
ウザイ。それより用件

ナル
『んーあのさー、今日話しそびれたことなんだけどー』
『ボクと、一度ガチで勝負しなーい?』

東雲
勝負?

ナル
『そう。いつも「裏広場」でやってるゲームみたいなヤツ』
『どっちが先にターゲットに辿り着けるか勝負するの』

なんだ、そんなこと。

東雲
ターゲットは?

ナル
『警察庁』

(···え?)

ナル
『ファイルはこっちで指定する』
『ま、官公庁のセキュリティって案外ザルだから』
『キミは張り合いないかもしれないけど』

すぐには返事が出来なかった。
いろいろな可能性が頭をめぐっていたせいだ。

ナル
『ねぇ、聞いてるー?つっくーん』

東雲
聞いてる

ナル
『そう。じゃあ、オッケーだよねぇ』
『本気、見せてくれるよねぇ?』

(本気···)

見せたくないわけじゃない。けど···

(警察庁って···)

結局、ナルとの勝負は断った。
そのくせ、通話が切れたあと、なんともいえない苦い気持ちに襲われた。

(自信ならある)

事前の準備が必要だろうけど、達成できないことはない。
ナルにも、たぶん余裕で勝てるだろう。

(でも、万が一捕まりでもしたら?)
(当然、警察関係の仕事には···)

そこまで考えて、自分自身にウンザリした。

(···あきらめ悪すぎ)

もう自分の立場もわからないガキじゃないのに。

(警察関係の仕事に就けなくたって関係ない)
(あんなの、本当はオレの夢じゃない···)

入口の自動ドアが開いた。
待ち人は、オレと目が合ったとたん大きく手を振ってみせた。

九重さち
「ごめーん、歩くん!待たせちゃっ···」
「······」

バタバタと駆け寄ってきたさちは、何か言いたげに首を傾げた。

東雲
···なに?

九重さち
「うーん···もしかして···」
「歩くん、寝不足?」

東雲

思わず黙り込むと、さちは「やっぱり」と得意げに笑った。

九重さち
「歩くん、寝不足だと目の端っこが赤くなるよね」
「かわいい。ウサちゃんみたい」

(可愛くないし)
(そんなの言われても、嬉しくない)

でも、ちょっと浮かれてる。
さちが、オレを気にしてくれたことに。

(ほんと、ズルすぎ)
(肝心なことには気付かないくせに)

店員が来たので、オレはコーヒーを、さちはロイヤルミルクティーを頼んだ。

九重さち
「歩くん、コーヒー飲めるようになったんだね」

東雲
なに言ってんの、今さら

九重さち
「だって、小さい頃は甘いものばかりだったでしょ」
「ミルクセーキとかピーチネクターとか」

東雲
もう飲まないから。そんなの

嘘だ。ピーチネクターは、今でもめちゃくちゃ飲む。

(でも、そんなの、さちは知らなくていい)
(ていうか、知られたくない)

九重さち
「そっかぁ。大人になったんだね、歩くん」

東雲
だから、今さらだって

いい加減、わかってよ。
で、ちゃんとそんなふうに見て。オレのこと。

東雲
それより何?用事って

何食わぬ顔で促しつつ、コーヒーに口をつけた。
内心「苦っ」と思ったのは、ここだけの話だ。

九重さち
「ああ、ええとね」
「はい、これ」

(あ、やばい···)

九重さち
「お土産。温泉旅行の」

クリティカルヒットを食らった。
主に、心に。
すっかり油断していた。

東雲
······ありがとう。これって···

九重さち
「前に言ったでしょ。先生とお泊り旅行するって」

アア、ソウデシタネ。
おかげで、こっちは魔法使いにならずに済みました。

九重さち
「一泊しかできなかったけど、すごく楽しかった」

東雲
······

九重さち
「ほんと、素敵なところでね。先生とずーっと一緒にいられてね」
「帰りたくなかったなぁ」

東雲
······

帰宅するなり、土産物の袋を投げつけた。
こんなの、ばあやに見られたら間違いなく説教ものだ。

(···知るか)

クソだ。クソオブクソ。
マジでクソすぎる。

(こっちが昔の夢を引きずってモタモタしてるときに···)

その「夢」のきっかけを作った相手は、別の男とキャッキャしていたわけだ。

(ていうか、どうせ忘れてるだろうし)
(あんな昔の約束なんて)

ーー『さち姉の代わりに、ボクが正義の味方になるよ!』

あんなの、いつまでも覚えているのはオレだけなのだ。

(もういい、忘れよう)
(昔の話も、さちのことも全部)

スマホを手に取ると、LIDEの通話ボタンをタップした。
コール5回で「はーい」と陽気な声が聞こえてきた。

ナル
『なになにー?どうかしたー?』

東雲
やる

ナル
『んー?』

東雲
やるから。キミとの勝負

それで嘲笑ってやる。
子どもの頃のさちが憧れた「正義の味方」なんて「こんなもんだ」って。
たとえ、それがただひとりよがりだったとしても。

to be continued

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