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エピソード0 東雲4話

ナルとの勝負の日。
オレは、少し早めに自室に閉じこもった。

(開始は23時。タイムリミットはおそらく1時間)
(ターゲットは···)

ナル
『ハーイ、これがターゲットのファイルね』

東雲
···これ、あがってるの、内部ネットワークだよね
だとすると事前の準備が必要なんだけど

ナル
『普通はね』
『でも、大丈夫なんだなーこれが』

東雲
どういうこと?

ナル
『明後日の23時から、一時的に外と繋がるの』
『たぶん1時間くらいかな』
『場合によっては30分とか90分になるかもだけど』

東雲
それって外部から保守点検するとか?

ナル
『んーそこはヒミツってことで。ボクもいろいろあるからさぁ』

東雲
······

ナル
『で、勝ち負けの決め方だけど』
『ターゲットファイルの内容を報告ってことでどう?』

東雲
つまり、ファイルの中身まで確認しろって?

ナル
『そう。ざっくりでいいからさぁ』

(ファイルの中身、ね)

つまり、その確認時間も含めて作業しないといけないわけだ。

(内部のネットワークが外と繋がるのは、最短だと30分)
(となると、とにかく早めにターゲットにアクセスしないと)

もっとも、必要な情報は事前に教えてもらっていた。
てっきりそこから探るのかと思っていたから拍子抜けもいいところだ。

(ま、時間がないわけだし。今回は)

着信音と共に、スマホ画面にメッセージが浮かんだ。
もちろん、送信者は今回の勝負相手からだ。

ーー『開始5分前』

(わかってるって)

ーー『本気でよろしく』

東雲
本気···ね

そんなの久しぶりだ。

(だって、ずっと手を抜いてきたし)

あまり注目されないように。
オレが誰なのか、興味を持たれないように。
その甲斐あって、オレのことを探ってきたのはナルくらいなわけだけど。

(そういえば、アイツの本名、まだ調べてなかったっけ)

この勝負が終わったら、探ってやる。
本名から何からすべて洗いざらいに。

ーー『開始3分前』

机の前に座った。
準備はもうできている。

ーー『開始1分前』

スマホで「117」にアクセスした。
チラッと浮かんだ幼なじみの笑顔は、ためらいながらも結局振り払った。

(知るか、さちのことなんか)

ポーンと緩やかな音が響いた。
さあ、勝負だ。

事前情報のおかげで、最初の入口には余裕でたどり着いた。

(ザルすぎ、マジで)
(ありえないんだけど)

官公庁のセキュリティもこの程度かと思いながら、どんどん奥に入って行く。
あまりにも順調すぎて、鼻歌でも歌いたいくらいだ。

(···きた。次の関門)

でも、難関って程じゃない。
せいぜい、ちょっと手間がかる程度。

東雲
はい、クリア

その後も、2つ3つと次々にクリアして、あっさりターゲットに辿り着いた。

(やば、余裕すぎ)

あとはファイルの中身を確認するだけ。
最終関門をクリアして、オレはファイルの中身に目を通した。

(···なにこれ。『小型爆弾』?)

どうやら「爆発物製造者」を捕まえた際の捜査資料らしい。
そんな極秘資料を一介の大学生にアクセスされるとか、この国の将来が心配だ。

(あ、画像ファイル発見)

これもおそらく捜査資料なのだろう。

(落としとくか。記念に)
(どうせ、もう二度とアクセスしない···)

東雲

一瞬、手が止まった。

(まさか···)

疑惑は、すぐに確信に変わった。

(やば、見つかった!)

相手は警察関係者か、それともセキュリティ会社のやつか。
いや、そんなの今はどうだっていい。

(逃げないと)
(これ、マジでヤバいやつ···!)

今すぐネットワークを切りたい。
けど、その前に痕跡を消さないと。

(くそ、指が···)
(震えるな、動け!くそ···くそ···っ)

ようやくなんとか逃げ切って、ネットワークを切断した。

(あり得ない···マジで···)

でも、痕跡はしっかり消した。
これなら身元がバレることもないはずだ。

東雲

(そうだ、ナル···!)

アイツは大丈夫だったのか。
気になって、すぐさまスマホに手を伸ばした。

東雲
え···

LIDEにメッセージが届いていた。

ーー『おっつー。ちゃんと逃げ切れた?』
ーー『今までありがとー』

東雲
···は?

そして最後に「ナルさんは退出しました」の文字。

(···なにこれ)
(どういうこと?)

あれからネット上を徘徊してヤツの行方を追った。
けれども、どんなに捜しても手がかりすら見つからなかった。

東雲
くそっ

(もっと早く探ればよかった)
(まだ直接やり取りしているうちに、アイツの素性を探っていれば)

ちなみに、オレがやらかした顛末は、裏の情報サイトで共有されていてーー

ーー「警察庁の不正アクセス、まじヤバいやつ」
ーー「実行者2名。主犯とオトリ」
ーー「オトリ:サイバーチームに追跡。主犯:重要データ破壊」
ーー「サイバーチームwいちおう仕事してたww」
ーー「破壊したデータ気になる」
ーー「まじヤバいやつ。公安動くかも」
ーー「どうせすぐ捕まる」
ーー「まだ捕まってない。けどオトリはヤバい」
ーー「オトリ哀れ」
ーー「オトリ、もう消されてる」

(···消されてないし)

それにバレるはずがない。
リスクを冒して、離脱に時間をかけたのだから。

(いや、そんなことより···)

いつからだ?
いつから、オレを騙すつもりでいた?

(許さない、絶対)
(見つけ出して、必ず警察に突き出して···)

???
「···東雲?」

控えめな声に、我に返った。
振り向くと、蘇芳が少し距離を置くように立っていた。

東雲
···何?

蘇芳つばき
「ああ、ええと···今度の定期試験が終わったらさ」
「クラスの、いつものメンバーで飲もうって話が出てるんだけど」

(ああ、アイツらとか)

社会に出たときのために、ひとまずお付き合いしている連中。
くだらない、つまらない会話しかしないガキっぽいやつら。

蘇芳つばき
「ええと···東雲は行かないよね?」

東雲
行く

蘇芳つばき
「えっ、でも忙しいんじゃ···」

東雲
別に

脳裏に、数日前に目にした一行が浮かんだ。

ーー『ナルさんは退出しました』

東雲
気分転換したい。たまには

蘇芳つばき
「···そっか」
「じゃあ、出席ってことで返事しておくね」

東雲
そうして

どうせ、もう忙しくなることはない。
「裏広場」への出入りも、このまま止めるつもりでいた。

(戻るだけだ。前の自分に)

いつものメンツの、薄っぺらい会話を聞いて、適当に相槌を打って。
退屈な時間を、やり過ごすだけだ。

定期試験最終日ーー
酒、酒、タバコ、酒。
大声での会話と笑い声に、他の客たちが迷惑そうにこちらを睨んでいる。
けれども、みんな気付いていない。
あるいは、あえてスルーしているのだろうか。

男子学生1
「それじゃ、3度目の······かんぱーい」

全員
「「かんぱーい」」

また笑い声。酒、酒、酒。
取り分けられた唐揚げとサラダ。
ついでにタバコ。めちゃくちゃ臭いヤツ。

(あり得ない)
(匂いつくんだけど。髪に)

男子学生1
「東雲ー、もしかしてオンナできたー?」

東雲
えっ、なんで?

男子学生1
「だって、最近付き合い悪かったじゃん」

男子学生2
「どんな子?胸でかい?」

東雲
なに言ってんの。できてないって

男子学生1
「じゃ、相性は?肉体交渉的なやつ···」

蘇芳つばき
「ちょっと、声大きいよ」
「周りに迷惑だから」

男子学生1
「は?知らねーって」

男子学生2
「放っておけよ。どーせ俺たちより頭悪いんだから」

男子学生1
「そーそー」

(···ダサ)

少し頭の働く奴なら、そんなこと思っていても口にしない。
うちの大学が、周囲からどんなやっかみを買うのか知っているからだ。

(ガキすぎ)
(そんなことも気付かないとか)

やっぱり楽しくない。
こんなところ、来るんじゃなかった。

(どうせなら、もっと···)
(話していて、退屈しないヤツと···)

東雲
···っ

ギョッとした。
今、自分は誰のことを考えていた?

蘇芳つばき
「東雲、酔った?」

東雲
······

蘇芳つばき
「なんか顔色が···」

東雲
···帰る

蘇芳つばき
「えっ」

東雲
これ、渡しておく
足りなかったら立て替えておいて

蘇芳に千円札を5枚握らせると、オレは逃げるように席を立った。

(なに今の)
(なんで、アイツのこと···)

冗談じゃない。
ずっと迷惑していた。

(なのにアイツがしつこかったから、オレは仕方なく···)

???
「おい」

いきなり、誰かが目の前に立ちふさがった。

強面の男
「T大2年・東雲歩」
「テメェのことだな」

(···誰、こいつ)

東雲
失礼ですが、どちらさま···

強面の男
「来い」

東雲
はい?」

強面の男
「いいから来い」

東雲
ちょっ···

(何···!?)

東雲
なんですか、アンタ!
なんで、こんな···
ぐ···っ

いきなり、胸倉を掴まれた。

強面の男
「何が目的だ?なぜ壊した?」

東雲
は?『壊す』って···

強面の男
「とぼけんじゃねぇ」
「テメェの仲間がデータを壊したんだろうが!」

(まさか···)

数日前のゲームが、頭を過る。
いや、そんなはずはない。
痕跡はきれいに消してきたのだ。

東雲
おっしゃることの意味が分かりません
そもそも、アンタ何者···

強面の男
「とぼけんじゃねぇって言ってんだろが!」

更に胸倉を締め上げられた。

強面の男
「警察なめんなよ、このガキが」

(···警察?こいつが?)

嘘だ。
どう見てもヤクザだ。

(いや、知らないか。ヤクザなら)
(先日のゲームのことなんて)

東雲
警察手帳を見せろよ

強面の男
「······」

東雲
あるよね?警察官なら

強面の男
「······」

東雲
ていうか、そもそも許されないんじゃないの?
本当に警察官だとしたら、民間人相手にこんな···
ぐ···っ

顔に、鈍い衝撃。
どろり、と何かが唇を伝った。

(···なに今の)
(殴った?警察官が?)

東雲
あり得な···ゲホッ···
殴るとか···警察官が···

強面の男
「······」

東雲
オレ、民間人······

強面の男
「誰が民間人だ。この犯罪者が」

東雲
···!

(犯罪者···オレが?)

東雲
···っ

強面の男
「言え。目的はなんだ?」
「仲間はどこだ?」

東雲
······

強面の男
「早く吐け。クソガキが」

東雲
···『ナル』

強面の男
「は?」

東雲
名前。それしか知らない
本名かどうかもわからない

強面の男
「·········チッ」

乱暴に突き放された。
顔に加えて、二度も打ち付けた背中とお尻が、ただただ痛くてやりきれない。

強面の男
「ぬるいことしやがって」

東雲
······

強面の男
「さっさと家に帰って、ママに甘えてろ」
「このクソガキが」

(······ああ、そうか)

吐き捨てるようなひと言が、やけに耳に残った。

(ガキだったんだ。オレって)

車内はそこそこ混んでいた。
それなのに、みんな逃げるようにオレから距離を置いていた。

(うざ···)

ドアにもたれて、目を閉じた。
とたんに、いろいろな顔が浮かんできた。

オレを嵌めた男。

東雲の両親、ばあや。

亡くなった母。

オレをオトリにした男。

ヤクザみたいな警察官。

ガキ臭い大学の連中。蘇芳。

オレに興味を持った男。

(さち···)

昔、刑事になりたいと言っていた、さち。

(···もう無理だ、警察官は)

一度でもやらかした人間は、採用されない。

(わかっていた。そのリスクも)
(その上で、ゲームに乗った)

むしろスッキリした。
これで、心置きなく両親の会社を選べる。

(そのために引き取られたんだ。この家に)
(だったら、もう···)

東雲母
「···歩さん?」

ドキッとした。

東雲母
「どうしたのですか?その顔は」

東雲
なんでもないよ。その···
体育の時間に、ちょっとボールを受けそびれて

東雲母
「······」

東雲
あ、手当ても自分でできるから心配しないで
じゃあ

笑うたびに、顔が引きつれた。
でも、それ以上に心が痛かった。

(···見られた)

母さんに、心配をかけてしまった。

(なんでこんなことになった?)
(なんで?なんで?)

オレだ。
オレがやらかした。

(でも、踏ん切りもついた)
(これで、父さんと母さんの望みを叶えることが···)

···本当に?
今のこれは、本当に正解なのか?

(ダメだ、考えるな)
(大丈夫···大丈夫だ。まだいろいろと···)

ふいに、着信メロディーが鳴り響いた。
ひと昔前に流行ったラブソング。
これを設定している相手はひとりしかいない。

(さち···)

スマホに伸ばしかけた手を、握り込んだ。

(無理だ。こんな気持ちで、さちと話すなんて···)

着信メロディーがようやく切れる。
そのことにホッとしたのも束の間、再び同じメロディーが鳴り響いた。

(しつこい。なんで···)

甘く切ない、恋のメロディー。

(だから、なんで···)
(なんで今日に限ってこんな···)

東雲
くそ···っ

舌打ちすると、オレはスマホに手を伸ばした。

東雲
なに、さっきから···

九重さち
『歩くん、テレビ!夕日テレビ!』

東雲
は?

九重さち
『特集してるの!新米刑事さんの!』
『ええと、ドキュメンタリー?すごいの、いろいろと』
『だから見て!早く!』

「見て」?なんで?

東雲
さち、何言って···

九重さち
『だってなるんでしょ。刑事さんに!』
『私の代わりに、なってくれるんだよね!?』

頭が、真っ白になった。

(···覚えてたんだ、さち)

でも、だとしても。

(なんで今?)

もっと早く言ってくれたら。
「覚えてる」って教えてくれていたら。

(絶対、あんなことしなかったのに···)

東雲
···無理だよ

九重さち
『え?』

東雲
無理。刑事とか
なれないから。もう

九重さち
『どうして?』

東雲
どうしてって···

バカなことをしたから。
オレは「犯罪者」だから。

(そうだ。とんでもないことをした)

一時の感情に流されて、判断を間違えた。
さちだけじゃない。
東雲の両親にもばあやにも、亡くなった母にももう顔向けできない。

九重さち
『そんなことないよ。なれるよ』

何も知らないさちは、無邪気にそう言い放つ。

九重さち
『大丈夫、歩くんなら絶対なれる』

東雲
だから、無理だって···

九重さち
『無理じゃないよ』

東雲
無理だよ!さちは知らないだろうけど···

九重さち
『ううん、知ってるよ』
『歩くんが、負けず嫌いだって』

(······は?)

九重さち
『歩くん、負けるの嫌いだから、できるまでやるもん』
『逆上がりも、お祭りの射的も、縄跳びのはやぶさも』
『できないの悔しいって、できるまでやってたもん』

東雲
······

九重さち
『だから大丈夫。歩くんならなれるよ、立派な刑事さんに』
『誰よりも負けず嫌いだから』

(···ああ、そうだ)

警察官になれるかどうかはともかくとして。

(嫌だ、このままじゃ)
(いいように使われて、負けたままでいるのは)

東雲
わかった、さち
···ありがとう

九重さち
『どういたしまして。テレビ、すぐ観てね』

(ごめん、それは無理)

通話を切るなり、PCのロック画面を解除した。

(必ず探し出す)
(あいつが何者なのか、オレの意地にかけて)

1週間後ーー
オレは、警察庁に来ていた。

東雲
すみません、刑事部の加賀兵吾さんにお会いしたいのですが

受付
「失礼ですが、お約束は···」

東雲
ありません。なので···
東雲歩が来たと伝えてもらえますか?

本人だと示すために、学生証を提示する。
受付の女性は、ためらいながらも受話器に手を伸ばした。

to be continued

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