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エピソード0 東雲5話

あの刑事が現れるかどうかは、一か八かの賭けだった。
慎重、あるいは鈍い刑事なら、オレの申し出は無視するはず。

(でも、アイツなら、あるいは···)

加賀
···クソが

舌打ちと短い呟きが、賭けの結果を教えてくれた。

(思った通りだ。やっぱり)

痕跡を消したはずなのに、行方を突き止めてきた執念深さ。
加えて、オレを捕まえたのは、普段オレが行き来しない繁華街ーー

(あれは偶然なんかじゃない)

たぶん、ずっと見張られていた。
その上で、一番口を割りそうなタイミングでオレを捕まえたのだ。

(あれだけのことができる人なら···)

東雲
来ると思ってた

加賀
······

東雲
加賀兵吾・25歳、警視庁刑事部捜査一課所属

加賀
なんで知ってる
また犯罪行為か。クソガキが

東雲
違うって
聞いただけだし。いろんなヤツらから

加賀
······

東雲
不正アクセスはしてない
まあ、やろうと思えばたぶん余裕···

ガッ···と鈍い音がした。
すぐそばの壁を、加賀兵吾が殴ったせいだ。

加賀
さっさと用件を言え
ガキに付き合ってるほど暇じゃねぇ

東雲
あっそう。じゃあ

カバンから、茶封筒を取り出して突き付けた。

加賀
······

加賀は、受け取らなかった。
代わりに、うろんげな目でオレを見た。

東雲
···なに、いらないの?
『ナル』についての資料だけど

それでも受け取ろうとしない。
冷めた目でオレを見たあと、吐き捨てるように言い放った。

加賀
来い

連れて来られたのは、ビル群の間にひっそりとある喫茶店だ。
あまりにも印象の薄いたたずまいのせいか、店内にはほとんど人がいない。

加賀
いつもの。こいつにも

店主に勝手に告げて、加賀はオレを一番隅の席に連れて行った。
当然、周囲には誰もいなかった。
なるほど、内緒話をするにはもってこいの場所のようだ。

加賀
見せろ

再び取り出した茶封筒を、今度こそ加賀は受け取った。

加賀
···なんだ、これは

東雲
『ナル』の本名
苗字は閖上(ゆりあげ)
名前はナマモノの『生』で『ナル』

閖上生ーーそれがアイツの本名だ。

加賀
···これだけか?

東雲
それだけ
でも、本名がわかれば後は楽勝じゃん。警察なんだし

加賀
······

東雲
ていうか、オレを追ったの、なんで?
アンタ、サイバー課でもなんでもないじゃん

加賀
······

東雲
それともアイツ、捜査一課が追うような事件に関わってるとか···

加賀
テメェには関係ねぇ。クソガキが

威嚇するように睨まれたところで、店主が「いつもの」を運んできた。

(···は?あんみつ?)

こういうときって、ふつうコーヒーじゃないの?
ひそかにツッコむオレの目の前で、加賀は当然のように白玉団子をすくった。

加賀
どういうつもりだ

東雲
どういうって···

加賀
これで帳消しになるとでも思ってんのか

東雲
まさか

素っ気なく返したつもりだけど、内心はカチンときていた。

東雲
だったらもっとうまくやってる
それくらい、頭使えるし

加賀
······

東雲
単に負けっぱなしなのが気に食わなかっただけ

オレをハメたアイツに。
オレの正体を突き止めたこの男に。
暴かれ、いいように使われて終わるのは真っ平ごめんってだけだ。

加賀
···ガキが

東雲
それしか言えないの、アンタ

ガッ···とテーブルが揺れた。
加賀が、木製の脚を蹴飛ばしたせいだ。

東雲
足クセ悪···っ

(こんなやつが『正義の味方』だってよ、さち)
(やっぱり、ヒーローっていうよりただのヤクザ···)

???
「いたいた!」

朗らかな声が、背後で響いた。
視線を上げた加賀が、僅かに表情を和らげたような気がした。

優し気な男
「悪い、ちょっといいか?」

加賀
···何があった?

優し気な男
「それが、例の件だけど···」

男が、チラリとこちらを見る。
もしかしたら、この男も刑事なのだろうか。

(なるほど、オレがいたら話ができないってワケ)

東雲
じゃあ、オレ帰るんで

優し気な男
「えっ、あの···」

加賀
もう二度とそのツラ見せんじゃねぇ

東雲
もちろん、そのつもりです

優し気な男
「あの···なんかごめんね?」

優し気な刑事に軽く頭を下げると、すぐさまオレは席を立った。
よほど慌てていたのか、去り際、彼の声が少しだけ聞こえてきた。

優し気な男
「あのさ、例の爆破予告の件だけど···」

(···爆破予告?)

爆破予告ーーそう聞いた時、頭を過ったものがあった。

(アイツとの「ゲーム」で不正アクセスした捜査資料···)
(たしか、爆発物取締罰則違反と火薬類取締法違反の···)

資料には小型爆弾の製造方法と、いくつかの資料写真がアップされていた。

(データ、落としてたよね)
(2枚だけだったけど)

東雲
あった、これだ

1枚目は、いくつかの△印と、大きな×印が記されたカレンダー。
もう1枚は、×印が2ヶ所記された都内のマップ。

(なんだろう)

なんで、この写真のことを思い出したんだろう。

(理由なんてない)
(でも、なんか···ざわざわする···)

翌日ーー

蘇芳つばき
「···あ、犯人見つかったんだ」

東雲
なんの?

蘇芳つばき
「これ、都内の爆破予告の」

蘇芳が見せてくれたのは、ネットのニュースサイトだ。

東雲
『都職員逮捕。複数回に渡り爆破予告』···

蘇芳つばき
「ストレス発散のためだって。公務員ってやっぱり大変なのかな」

(···もしかしてこれ?)

昨日、加賀の同僚が話そうとしていたこと。
いや、それだけじゃない。

(この爆破予告した日付って、たしか···)

帰宅するなり、もう一度写真データを確認した。

(···やっぱり)

犯人がSNSに爆破予告を書き込んだ日付と、カレンダーの△印が同じ日付だ。

(となると···)
(爆破予告日と爆破予定場所が、あの×印···とか?)

けれども、警察庁の捜査資料にそうしたことは記されていなかったはずだ。

(なんで?気付いてないとか?)
(ああ、でもキャリアはふつう現場には出ないんだっけ)

彼らの多くが目指すのは、警察組織のトップだ。
捜査員として長く現場に関わろうとするのは、ある意味、奇特な···
「キャリアとしての出世」を諦めた連中くらいだと聞いたことがある。

(まあ、捜査に当たる連中が把握していれば問題ないわけだし)
(まさか、資料を共有していないなんてこと···)

東雲
······

(いや、まさか)
(だって大アリじゃん。この捜査資料)

迷わなかったと言えば嘘になる。
けれども、すでに一度やらかしているのだ。

(もう一度だけ)
(これで最後にするから···)

警視庁DBへのアクセスを果たしたのは、数時間後のことだった。

(···見つけた、今回の爆破予告の捜査資料)

捜査員の一人として、加賀の名前も記されているから間違いない。
でも···

東雲
え、ない?

例の警察庁が保管している捜査資料のことは一切触れられていない。
当然、カレンダーや地図の写真データもアップされていなかった。

(となると···)
(全スルーなわけ?例の「×印」のこと)

ちなみに「×印」が付いていた日付は、明後日だ。

(そりゃ、犯人はもう捕まってるけど···)
(警戒するじゃん、普通。念のためって言うか)

遡って、他の記述も確認してみた。
けれども、警察庁の捜査資料を参照した形跡はどこにもなかった。

(周知の事実だから、わざわざ記載されてないとか?)
(でも、この捜査過程···やっぱり共有されていないような···)

考えすぎかもしれない···
でも、なんだろう···この気持ちの悪さは。

翌々日ーー
カレンダーに×印がつけられていた日。
オレは、マップに×印がつけられていたうちのひとつ
ーーB駅を訪れていた。

(···ふつうだ)

どこをどう見ても警戒態勢らしきものは敷かれていない。

(警戒する必要はないってこと?)
(でも、こんな人通りの多いところで、万が一のことが起きたら···)

と、ニュースサイトに「新着」の文字が出た。

東雲
···は?

(警視庁、本日記者会見···都職員の爆破予告事件について···?)

東雲
バカなの?

オレがおエライさんなら、少なくとも今日は記者会見を開かない。
今日一日は、地図で×印のあった2ヶ所···B駅と廃墟ビルを警戒する。
そうして何事もなかったのを確認してから、記者会見を開くだろう。

(むしろ自信があるってこと?絶対に何も起きないっていう···)

あるいはーー

東雲
やっぱり資料が共有されていない···?

(···どうする?アイツに知らせる?)

そんな義理はない。
アイツはオレを「犯罪者」呼ばわりしたのだ。

(そもそもバレるし。また不正アクセスしたこと)
(それにオレは部外者で···)

ーー「だったらボクがなる!」

東雲
···っ

(ああ、なんで···)

ーー「さち姉のかわりに、ボクが正義の味方になるよ!」

なんで今、その言葉が蘇るのか。

東雲
···くそっ

(バレなきゃいい)
(捨てアド取って、オレだってバレないように通報すれば···)
(連絡先は、警視庁···)

東雲
ダメだ。それだけじゃ

ただのイタズラだと無視されるかもしれない。

(そうしないためには···マスコミ?)
(テレビ局と大手新聞社···そのあたりが動けば···)

もちろん、警察がマスコミに隠している可能性もある。
あるいは「爆破事件は起こらない」という確証があるのかもしれない。

(でも、それならそれで警察側が手を打つはず)

反対に、警察側が通報者に対して何らかのアクションを起こしたとしたら。

(共有されていない、ってことだ)
(あの重要な捜査資料が)

数時間後ーー

記者1
「なんだ?緊急エリアメールか?」

記者2
「いや···違う!見ろ、都内の地下鉄で小型爆弾が発見されたらしい!」

加賀
···!

担当者
『極秘情報です!都内の地下鉄B駅周辺で、小型の···』

加賀
···爆弾が見つかったんだろ

担当者
『えっ?なんで知ってるんですか?』

加賀
極秘でもなんでもねぇ。記者の連中、全員知ってやがる

(···来た)

警察官と思わしき連中が、次々と現れて駅の入り口を封鎖した。

警察官1
「離れて!近づかないで!」

警察官2
「急いで!早く駅から出て!」

(動いた···今さら···)
(オレの通報で)

では、本当に彼らは「警戒していなかった」のだ。

(どうして?)
(あり得ない···あんな重要そうな資料を共有していないとか)

バカなのか。それとも···

(ないよね?「わざと知らされなかった」なんてこと···)

東雲
!?

ふいに、周囲の空気が大きく揺れた。

男性
「なんだ、今の音!?」

女性
「見て、あそこ!煙が···っ」

たしかに、ビルの谷間からどす黒い煙が立ち上っている。

(結構遠い···)

それなのに、このあたりの窓ガラスが揺れるだなんてただ事じゃない。

(ガス爆発?それとも···)

東雲

(あの方向···まさか···!)

「まさか」は正しかった。
オレが見に行かなかった「もう一つの現場」で、爆発が起きたのだ。

ーー「廃墟ビルで爆発事故。警察官3名死亡」
ーー「発生前に謎の通報?」
ーー「なぜ防げなかった?遺族から疑問の声」

(亡くなった···警察官が3人も···)

通報しなければよかった?
だって、あそこに行かせたのは「オレ」だ。

(オレが通報して···だから現場に向かった人間がいて···)
(オレ···オレのせい···?)

蘇芳つばき
「···東雲?」

遠慮がちな声に、顔を上げた。

東雲
···何?

蘇芳つばき
「あの···この人が東雲に用事があるって···」

にこやかな男
「こんにちは···君が東雲歩くん?」

東雲
そうですが···

(誰、こいつ)

見覚えのない男。
にこやかなわりに、うっすらと圧を感じるのは気のせいだろうか。

蘇芳つばき
「···帰ってもらう?」

蘇芳が、こそっと耳打ちしてきた。

蘇芳つばき
「東雲、なんだか顔色悪いし」
「具合が悪いからって、帰ってもらっても···」

東雲
いい、大丈夫

蘇芳の申し出を断って、もう一度男を見上げた。

東雲
何か用ですか?

にこやかな男
「君にちょっと話があってね」
「···ああ、お嬢さんはもういいよ。案内してくれてありがとう」

蘇芳つばき
「·········いえ」

蘇芳は、何か言いたげな顔をしつつも去って行った。
あるいは、男の笑顔がそうさせたのかもしれなかった。

(やっぱり変な圧がある···この人···)
(有無を言わさず人を操ってる、みたいな)

東雲
···用件は何でしょう

にこやかな男
「ああ、そうだった。コレなんだが」

男がポケットから取り出したのは、見覚えのないカードだ。

(会員証?どこかのショップか何かの···)

にこやかな男
「これは君のだな?」

東雲
違います

にこやかな男
「だが、裏に名前が書いてある。ほら···」

確かに、そこには手書きで「東雲歩」とあった。
ただ、筆跡は明らかにオレのものではない。

東雲
ただの同姓同名です。筆跡も違いますし

にこやかな男
「そうか。ちなみにこれはB駅のそばで見つけたんだが」
「3日前に」

どくん、と心臓が跳ねた。
3日前ーー例の爆破事件があった日だ。

にこやかな男
「防犯カメラには、君の姿も映っていたからなぁ」
「君のもので間違いないと思ったんだが」

(防犯カメラ···B駅···3日前···)

東雲
どちらさまですか

にこやかな男
「名乗るほどの者でもないさ」

東雲
警察関係者ですか

カマをかけてみた。
男は、表情ひとつ変えなかった。

にこやかな男
そうだな···
ひとまず、そういうことにしておこうか

to be continued

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