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エピソード0 東雲6話

(認めた···警察関係者だって)

背筋がぞくりと粟立った。

(どこだ?どこまでバレてる?)

東雲
···確かに、その場にはいました

にこやかな男
「理由は?」

東雲
別に···ただの偶然です
通りかかったら騒ぎになっていたから、何だろうって···

にこやかな男
「それは嘘だな」
「君は同じ日の午前中にもウロウロしていたはずだ」

(···ダメだ、顔に出すな)

にこやかな男
「通報した理由は?」

東雲
······

にこやかな男
「なぜ、事件が起きるとわかった?」

東雲
······

にこやかな男
「あの通報を受けた結果、人が死んだわけだが」
「それも3人も」

東雲
···っ

無理だった。
これ以上、平気な顔し続けていられるほど、オレは図太くなかった。

東雲
······すみません

にこやかな男
「······」

東雲
ごめんなさい···

もはや顔を上げられない。
同じ言葉が、ぐるぐるぐるぐる頭を回っていた。

(オレのせいだ)

オレが通報したせいだ。

(オレが通報しなければ···)
(知らん顔していれば、こんなことには···)

にこやかな男
「···何か誤解しているようだが」
「君のせい、とは言っていない」

(けど···)

にこやかな男
「悪いのは犯人だ」
「爆発物を仕掛けた者、それに目をつぶった者」

(けど···っ)

にこやかな男
「納得いかないか?」
「だが、君が通報しなければ、もっと大勢の被害者が出ていたかもしれない」

東雲
···っ

にこやかな男
「捜査資料への不正アクセスは明らかな犯罪だが」
「一度目はともかく、二度目は君なりに思うところがあったんだろう?」

東雲
······

にこやかな男
「それでも、なお悔やむと言うのなら」
「これからは正しい道を選べ」

(正しい···?)

にこやかな男
「T大の学生と言う事は、君は頭がいいはずだ」
「だったら、その頭脳を誤った方向に使うな」
「君が、正しいと信じるもののために使え」

東雲
······

にこやかな男
「誰に、何を言われても『正しい』と言い切れる···」
「そういう道を選ぶんだな」

(道···なにそれ···)

東雲
······わかりません

にこやかな男
「うん?」

東雲
『正しい』って何ですか?
何を『正しい』と思えばいいんですか?

にこやかな男
「それは···」
「俺にもわからんなぁ。俺は君じゃないから」

東雲
······

にこやかな男
「だが、まあ···」
「願わくは、それが君の娯楽のためではなく」
「君以外の誰かを助けるものであることを祈っている」
「···とでも言っておこうか」

初めて、周囲の空気が緩んだ気がした。
恐る恐る顔を上げると、男はゆっくりと立ち上がるところだった。

東雲
正義の味方···

にこやかな男
「うん?」

東雲
アンタが言った。今
誰かを助ける···って
それって正義の味方、とか?

にこやかな男
「ああ、なるほど」
「正義の味方···正義の味方なぁ」

男はぶつぶつ繰り返しながら、オレの名前が書いてある会員証を手に取った。

にこやかな男
「まあ、いいんじゃないの。それも」
「具体的にはヒーローショーのヒーローしか思い浮かばないが」

東雲
警察は違うんですか?

にこやかな男
「ん?」

東雲
正義の味方って···信じる人もいると思いますけど···

にこやかな男
「ははっ、そうだなぁ」

応える代わりに、男は会員証をビリビリと破いた。

東雲
えっ···それ···

確かに、オレのものではない。
けれども、どこかにいるオレ以外の「東雲歩」のものではないのか?」

にこやかな男
「そんな顔をするな。もう必要のないものだ」

東雲
は···?

(必要ないって、けど···)

東雲
···!

(まさか、オレを引っ掛けるため···?)

そのために、わざわざ偽物の会員カードを用意したというのか?

にこやかな男
「まあ、こんな感じだ。俺のいるところは」

東雲
······

にこやかな男
「『正義の味方』とは程遠い気がするが」
「己の正義を信じている者は多いと思うぞ」
「少なくとも、俺の周辺にはな」

(正義···自分の···)

そんなもの、きちんと考えたことがなかった。
さちの憧れを叶えるための「何か」に過ぎなかった。

(ていうかヤバすぎ。警察組織)
(ぜんぜん「正義の味方」じゃないっぽいし)

今日あった男が、さりげなく口にしたこと。

『悪いのは犯人だ』
『爆発物を仕掛けた者、それに目をつぶった者』

(目をつぶったヤツがいるんだ···それもたぶん警察組織の中に)

そう考えれば、納得がいく。
警察庁に保存されていた捜査資料が、担当部署と共有されていなかったことに。

(正義なんてない)
(少なくとも、警察組織の中には)

なのにーー

『己の正義を信じている者は多いと思うぞ』
『少なくとも、俺の周辺にはな』

ああ、ソワソワする。
初めて「裏広場」のゲームに参加した時と同じ。
どうしてこんなにも高揚しているのだろう。

(バカ。落ち着け)
(言ってたじゃん。「正義の味方」とは程遠いって)

大人ぶってるオレが、したり顔で指摘してくる。
なのに、ガキのオレは耳を傾けようとしない。

東雲
わからない。やってみないと

(いや、無理だって)
(そもそもオレの犯罪行為、バレてるし)

東雲
でも、逮捕されてない

(されてなくても残っているって。記録に)
(あのヤクザみたいな男が、見逃すはずがない)

なのに、どうしてオレはスマホを取り出したのだろう。
どうして、さちの番号を呼び出しているのだろう。

九重さち
『···はーい。どうしたの?』

東雲
あのさ、さち···
あの···

九重さち
『うん?どうかした、歩くん』

東雲
あの、オレ······
オレ···本当に、刑事になれると思う?

いきなりの電話。いきなりの質問。
なのに、返ってきたのは···

九重さち
『もちろん!』

東雲
······

九重さち
『歩くんなら大丈夫』
『絶対、立派な刑事さんになれるよ!』

もちろん、この一言ですべてが決まったわけじゃない。
その後もかなり迷ったし、いろいろなことが起きたりもした。

それでも···

蘇芳つばき
「あ···」

東雲
···久しぶり

蘇芳つばき
「······うん」
「受けるんだ?総合職対策のワークショップ」

東雲
······まあ

心を決めたのは、試験申し込みギリギリになってから。

両親に頭を下げたのも、同じころだ。

東雲
ごめん
でも、一度だけチャンスが欲しい

東雲父・母
『······』

東雲
たぶんダメだと思う···
けど、ダメ元で試験を受けてみたい
オレ、ガキだから、挑戦してからじゃないと諦めが···

東雲父
『やめなさい。受ける前からそんなことを言うのは』

東雲
え···

東雲父
『ダメ元なんて言わずに「絶対受かる」と思って受けなさい』
『お前が行きたいように生きるのが、私たちの望みなんだから』

東雲母
『そうですよ、歩さん』
『受けるからには合格するつもりで頑張りなさい』

東雲
······うん

蘇芳つばき
「···実家、継がないんだ?」

東雲
まあ···受かったらだけど

蘇芳つばき
「そっか···」
「いいんじゃない?今の東雲、なんかスッキリした顔してるし」
「一時期、ほんとヤバかったから」

東雲
······

蘇芳つばき
「じゃ、また」

東雲
···ああ

その後、蘇芳が試験に受かったことを人伝てに聞いた。

そしてオレはーー

同期1
「いやぁ、ヤバすぎだろ、東雲」
「あの射撃の成績!教官たちも頭抱えてたじゃん」

東雲
うるさい

同期2
「採用試験はトップだったのになぁ」

同期3
「まあ、でもオレたちが現場に出るのは、最初のうちだけだしな」

同期4
「そうそう。ノンキャリじゃあるまいし、射撃ができなくても···」
「って、どこ行くんだよ、東雲」

東雲
射撃場

同期1
「そんなムキになるなって」

東雲
うるさい

バタン!

同期1
「···あいつ、まさか現場希望なのかな」

同期2
「マジで?出世あきらめてんの?」

同期3
「いや。なんか噂だけど、あいつ、この間難波さんと話してたって···」

同期4
「えっ、難波さんって、あの···?」

東雲
······くそっ

(ほんと好きじゃないだけど。射撃って)

でも、そうも言ってられない。
現場に出るなら、どうしたって必要になるスキルだ。

(ていうか何?)
(あの人、公安部所属って)

3年近く前、オレを訪ねてきた人の正体を、オレはもちろん探ろうとした。
それこそ、加賀兵吾を探ろうとした時のようなやり方で。
なのに、なんの情報も得られなかった。
おかげで、何度警察関係のDBにアクセスしようと思ったことか。

(まあ、納得できるけど。今なら)
(でも、公安か)

あの人のもとで働くことには興味がある。
ただ、それが「公安部」となると話は別だ。

(制約が多いって聞くし)
(たぶん隠し事も増える···東雲の両親にすら言えないことが···)

その覚悟はあるのか。
少なからず抱えるであろう後ろめたさに耐えられるのか。

(それに···)

たしかに「正義の味方」とは程遠い存在だ。

(いや、そこにこだわってるわけじゃないけど)
(別に、そんなつもりは···)

???
「雑念だらけだな」

(え···)

加賀
だったらやめろ。時間の無駄だ

(加賀兵吾···?)

なんでこんなところに、とか。
相変わらずヤクザみたい、だとか。
いろいろ溢れそうになったものを、なんとか飲み込んだ。
だって、もし会えたら訊いてみたいことがあったから。

東雲
報告しなかったんですか?オレが不正アクセスしたこと
おかげで犯罪者が紛れ込みましたけど。警察組織に

加賀
···よく喋るガキだ

次の瞬間、首にかけていたイヤーマフを引っ張られた。

東雲
ちょっ···何···っ

加賀
よこせ

東雲
···は?

加賀
テメェの頭脳を俺によこせ
それで貸し借りゼロだ

(まさか、そのために報告しなかった···?)

いや、それはない。
当時のオレはただの大学生で、恩を売る価値もなかったはず···

東雲
『よこせ』って、具体的には?

加賀
俺のトコに来い

東雲
捜査一課にですか?

加賀
違う
警察庁公安課だ

(うわ···)

なにこれ。なんの偶然?
ざわりと肌を粟立たせたオレの耳に、もうひとりの公安関係者の声が蘇った。

ーー「T大の学生ということは、君は頭がいいはずだ」
ーー「だったら、その頭脳を誤った方向に使うな」
ーー「君が、正しいと信じるもののために使え」

東雲
···すみません、考えさせてください

なにせ、難波さんの所属を知ってから、ずっと悩んできたことなのだ。

(返答できるはずがない。今すぐには)
(もっと時間を貰わないと···)

加賀
ダメだ、今ここで決めろ
現場で迷ってるヒマはねぇ

東雲
···っ

加賀
どうせテメェは俺のものになる
さっさと頷け
頷いてから、いろいろ考えろ

(そんな無茶苦茶な···!)

なのに拒めない。
気圧されてーーとかではなく「応じろ」と促す自分がいる。

(···ガキか)

大人になりきれない、賢くない自分。
そいつが、オレの背中を押そうとしているのだ。

東雲
···わかりました

ああ、返事をしてしまった。

東雲
オレの頭脳、アンタに貸します。加···
兵吾さん

「正しい」と言い切れる道を、オレは歩めるだろうか。
もう二度と、間違った道を進まずに行けるだろうか。

九重さち
「そっかぁ。じゃあ、ええと···」
「今の学校が終わったら、歩くんは刑事さんになるんだね」

東雲
そんなすぐじゃないよ。配属先も決まってないし

(少なくとも、今はまだ)
(ただの口約束をしただけ)

それでも、今のうちに覚悟を決めなくてはいけない。
多くの秘密を抱えること。
両親や大切な人に、嘘をつくかもしれないこと。

(何より···)

九重さち
「大丈夫!歩くんならすごい刑事さんになれるよ」
「そしたらヒーロー誕生だね!」

(無理だよ。それは)

たぶん「公安」はそういう部署じゃない。
初対面での難波さんのやり口を思えば、それは明らかだ。

(でも、言わない)

さちがそう信じてくれるなら、それでいい。

(この笑顔だけは、オレのものだから)

これから、どんなにたくさんの嘘をつくことになったとしても。

(さちの、この笑顔さえあれば···)

???
「歩さーーーん!」

(ぐっ···)

みぞおちに、すさまじい衝撃が走った。

(ちょ···なんでタックル···)

いや、わかってるけど。
単に抱きついただけだろうけど!

(加減···っ)
(あり得ない···このバカ力···っ)

サトコ
「歩さん、会いたかったです!めちゃくちゃ会いたかったです!」
「2週間なんて、長すぎです!」

(違うから。15日だから)

ていうか。

(なんでこうなった?)

たまに不思議になる。
なんでオレ、この子と付き合ってるんだ?

(違うし。好みのタイプじゃないし)
(こんな、バカでスッポンでカッパでバカで、しつこくてバカな子なんて)
(絶対オレのタイプじゃ···)

サトコ
「んーーー」

東雲
···何。唸ったりして

サトコ
「唸ってません。歩さんを充電してるんです」
「もう足りなさ過ぎて、スッカスカだったので」

東雲
······あっそう

(キモ。恥ずかしすぎ)

なのに、腰に抱きついたままの彼女を引き剥がせない。

(···いいけど)
(そんなに足りてないなら)

あいかわらずグリグリと頭を押し付けてくる、うちの彼女。
そのせいで、やけに目に付く真っ白なうなじ。

東雲
······

唇を寄せて吸い上げると、淡い痕が残りそうなーー

東雲
···っ

(いや、残さないし!)

やらないし!そんな独占欲が強いガキみたいなこと。

(まあ、でも···)
(お互い様だし···足りてないのは···)
(つまり充電···)
(ほんと···それだけ···)

サトコ
「よし!」

彼女は、勢いよく身体を起こした。

サトコ
「充電完了です!ありがとうございます!」

東雲
······あ、そう

(ちょ···いきなりすぎ!)

とっさに避けていなかったら、今ごろ大惨事だ。

サトコ
「···歩さん?どうしましたか?」

東雲
別に
それより座れば?コーヒー淹れてくる

サトコ
「だったら私が···」

東雲
いいって

サトコ
「歩さん···!」

あれから5年。
最近は、さちについて考えることはほとんどない。

(ていうか、いっぱいいっぱいだし)
(毎日、誰かさんのことで)

ただ「あいつ」を思い出すことは、たまにある。

(ナルーー閖上生)

オレが警察組織に入ったキッカケを作ったのは、間違いなくさちだ。
では「公安刑事」になるキッカケを作ったのは···?

(オレを、兵吾さんや室長とつないだのは、結局···)

サトコ
「お砂糖どうぞ」

東雲

サトコ
「あと、ミルクですよね」
「ええと、たしかこっちの棚に···」

東雲
···なんでいるの

座ってろって言ったのに。

サトコ
「だって、ただ待っていてもつまらないっていうか」
「やっぱり歩さんのそばにいたいっていうか···」

東雲
······

サトコ
「そうだ!一緒にカフェオレ作りませんか?」
「お鍋で牛乳を温めて、コトコトするタイプの」

東雲
······

サトコ
「歩さん、好きでしたよね?」
「ね、ね?」

(···ウザ)
(ほんと、ウザ)

でも、悪くない。
この子と一緒に、苦くない飲み物を作るのも。

東雲
···好きにすれば

サトコ
「じゃあ、決定ですね!」
「よーし、まずはお鍋と牛乳と···」

5年前には思いもよらなかった光景が、今ではオレの日常になりつつある。
明らかに予定外だったそれはーー新たなオレの宝物だった。

Happy End

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