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最愛の敵編 カレ目線 東雲1話

4月1日ーー
うちの彼女が、警察庁公安課に配属された。

サトコ
「本日、銀室に配属になりました、氷川サトコです!よろしくお願いいたします」

(あーあ···)
(なに、あの大声···初っ端から···)

まあ、わからなくもない。
「刑事」になるのは、あの子の夢だったのだ。

(スーツはピカピカだし)
(あの靴だって···)

見覚えがあった。
付き合って最初のクリスマスに、オレがプレゼントしたものだ。

(靴にふさわしくなるまでお預け···だっけ)

それを、今日こうして履いてきたのだ。
嫌でもあの子の意気込みが伝わってくるというものーー

東雲

目が合った。
そのとたん、彼女の目にさっきまでとは違うキラキラが浮かんだ。

(バカ!)
(ここ、どこだと思って···)

すぐさま口パクで言葉を紡いだ。
できるだけ表情を変えないように努めながら。

ーー「見・る・な・バ・カ!」

サトコ
「!?」

(へぇ、読めたじゃん。ちゃんと)
(読唇術、苦手だったくせに)

まあ、今回読み取れたのは偶然だろう。
あるいはーー

(オレ限定、とか?)

津軽
それじゃ、うちの班の皆にも紹介しようか
ついてきて。新人ちゃん

サトコ
「はい」

(あ···)

新しい上司に促されて、彼女はくるりと背中を向けた。

難波
がんばれよ~、ひよっこ

サトコ
「はい、頑張ります!」

津軽
敬礼はいいから。こっちね

再度促されて、今度こそ彼女は行ってしまった。

(···いいけど。もう補佐官じゃないんだし)
(こっちとしては、負担も減って気がラクに···)

黒澤
いやぁ、残念でしたね。同じ班になってくれなくて

東雲
···は?

黒澤
オレも歩さんも、一番下っ端じゃないですか
これでようやく『下僕卒業!』って思ったんだけどなぁ

(あぁ、そういう意味···)

東雲
別に。どうでもいいし
そもそも下僕じゃないから。オレは

黒澤
でも、期待はしてたでしょ
サトコさんが、もし加賀班に配属されたらって···

東雲
うるさい

黒澤
あっ···
そ、そこ触るのは···っ
あっ···ああ······っ······

こうして、オレの補佐官ーー
いや、「元補佐官」は、公安課デビューを果たした。
率直な今の気持ち?
それはーー

(あの「ウラグチ」さんがねぇ)

だって、あの子、ノンキャリだし。
入校前は交番勤務だったし。

(まあ、表向きは首席入学で、卒業生代表も務めてるわけだけど)

それでも、警察庁に配属なんてそうそうあることじゃない。
もしや「ノンキャリもここまで育つ」的なアピール要員なのだろうか。

東雲
······

(···まさかね)

それなら石神班に配属されたはずだ。
公安学校関係者が3人も揃っているのだから。

(広告塔を育てるには、それがベストだったはず)
(でも、実際に配属されたのは···)

公安学校関係者がひとりもいない津軽班。
あそこは人員不足というわけでもなかったはずなのに。

(どういう意図で配属されたんだろう)
(あの人は、あの子をこれからどんなふうに···)

ふいに、隣の椅子を引く音がした。

後藤
ここ、いいか?

東雲
はい、どうぞ

わざわざ隣に座るなんて珍しい、と思ったら、食堂内の席がほぼ埋まっていた。

東雲
···混んでますね

後藤
年度初めだからな。今日は内勤の者が多いんだろう

東雲
後藤さんもですか?

脇に挟んでいたファイルに目を向けた。

後藤
ああ、これは···仕事とはあまり関係のない資料なんだ
ただ、氷川がわざわざ届けに来てくれたからな
早めに、目を通しておこうと思って

東雲
氷川さんが?

(仕事とは関係のない資料を?勤務中にわざわざ?)

後藤
津軽さんに頼まれたそうだ
おそらく、各部署への顔見せも兼ねて、お遣いに出されたんだろう

(お遣い···顔見せ···)

そんな気の利いた事、あの人がやるだろうか。
あの一癖も二癖もありそうな人が。

後藤
加賀班にも行ったんじゃないのか?

東雲
さあ。オレは午前中は会議室に閉じこもっていましたので

後藤
ああ、先週から追いかけている案件か
まだ解決していないのか?

東雲
ええ。下手すれば休日返上になるかも

溜息までついてみせながら、頭の中では別のことを考える。

(大丈夫なの?あの子)

新しい上司は、あの子をどうするつもりなんだろうか。

そんなオレの懸念は、どうやら「当たらずとも遠からず」だったらしい。

(···またやってる)

昨日は喫煙所の清掃。
その前は資料室。

(で、今日は4日ぶりに給湯室の掃除···ね)

もちろん、探せば掃除する箇所はあるだろう。
でも、それは本来の業務を差し置いてまですることではない。

(なのに···)

サトコ
『今こうして掃除しているのも、理由があってのことっていうか』
『津軽警視なりに、何か狙いがあるのかもしれないですし』

東雲
狙いって、なんの?

サトコ
『それは、その···』
『まだ、よくわかりませんけど』

あのときは「他班の人間が口出しすることじゃないから」と引き下がった。
「まだ初日だから」と思ったのも理由のひとつだ。
でも···

黒澤
うわぁ、サトコさんってばすっかり清掃要員ですねー

東雲
···っ
立つな!後ろに

黒澤
えーいいじゃないですか。どこかの殺し屋じゃあるまいし
それより気の毒ですよね。サトコさん
あれじゃ、『新人』っていうより『リストラ候補者』って感じじゃないですか

東雲
······

黒澤
案外、あの噂は本当だったりして

東雲
噂?

黒澤
あれ、聞いていません?銀室長の噂
公安学校をよく思っていないっていう···

(···は?)

黒澤
その銀さんの、一番の部下ですからねー、津軽さんは
そりゃ、サトコさんへの当たりもきびしくなりますよねー

(···なるほどね)

(採用は長野県警、しかもノンキャリ)
(なのに、警察庁へ配属された公安学校卒業生)

反対派からすれば、さぞかし目障りだろう。

(声、かけてみようか)

さすがに、彼女自身も自分の処遇を「おかしい」と思い始めているはずだ。

(まあ、ご飯にでも誘って?)
(近況を聞くふりをして、悩みを打ち明ける流れに持ち込めば···)

ブルッ

スマホが、LIDEのメッセージを知らせた。

東雲
あ···

ーー「おつかれさまです。本日19時よろしくお願いします」

(そうだ、先約···)

誰とって?
決まってる。オレの新しいーー

宮山隼人
「おつかれさまです。資料、まとめておきましたので」

東雲
···ありがとう
先日頼んでおいたレポートは···

宮山隼人
「こちらです」

東雲
このファイルは?

宮山隼人
「参考にした事例です。確認の際、必要かと思いまして」

東雲
······ふーん

(怖···)
(引くんだけど。優秀過ぎて)

宮山隼人
「他に必要なものはありますか?」

東雲
今のところはないかな
さすが首席なだけあるね、キミ

宮山隼人
「ありがとうございます。教育係が優秀な方でしたので」

(···ふーん)

宮山隼人
「それにオレ、警察庁公安課への配属を狙っていますから」

東雲
······ああ
後藤さんがいるからね

宮山隼人
「ええ。それに氷川先輩もいらっしゃいますし」

(ふーん···)

東雲
意味なさそうだけどね。キミが氷川さんの隣にいても
学べることなんてないじゃん。別に

宮山隼人
「そんなことないです」
「氷川先輩とは切磋琢磨して、共に成長できると思ってます」
「なにせ同じ訓練生ですから」

東雲
卒業すれば、もう訓練生じゃないけどね

宮山隼人
「でも『元訓練生』としての絆がありますし」
「東雲教官には、ピンとこないでしょうけど」

(こいつ···)

東雲
『共に成長できる』なんて幻想じゃないかな
宮山は優秀だから、卒業するころには氷川さんを超えていそうだし
一緒にいても物足りなくなると思うけど

(そもそも仕事させてもらえてないし、今のあの子)

清掃員の後ろ姿が、脳裏を過る。
けれども、そんな彼女の現状を、こいつは知る由もない。

宮山
「心配いりませんよ。この1年で氷川先輩はオレの先を行きますから」
「あの人、どんな状況にあっても努力を怠らない人ですし」

東雲
······

宮山隼人
「東雲教官は、そんなふうに思わないんですか?」

(···別に)

そんなの、オレが一番よく知っている。
彼女が努力家であること。
この2年間、どんな逆境も乗り越えて来たこと。

でも、それは努力が報われる環境にいた場合だ。

(これまでとは違う)
(味方がいない。今のあの子には)

津軽さんがどう思っていようと、公安学校の指導は間違っていない。
現に、鳴子ちゃんや千葉は問題なく活躍していると聞いている。

(あの子が、うちか···せめて石神班に配属されていたら···)

加賀
···おい

いきなり、スーツの襟首を掴まれた。

加賀
時間じゃねぇのか

東雲
···っ、すみません

(そうだ、張り込みの交代に行かないと)

荷物を手に、席を立つ。
ドアノブに手を掛けたところで振り向いてみたものの、ここから津軽班はよく見えなかった。

to be continued

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