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最愛の敵編 カレ目線 東雲3話

翌朝ーー
満員電車に揺られながら、オレはスマホの電源を入れた。

(メール・電話···特になし···)
(あとはLIDE···)

未読マーク・5件。
そのうち1件は、確実にうちの彼女だ。

(ああ、くそっ)

舌打ちしたいのを堪えて、オレはアイコンをタップした。

東雲
············は?

(同じマンション?)
(あの子と、津軽さんが?)

よかった、ホテルに呼び出されたわけじゃないーー
なんて安堵すると思ったら大間違いだ。

(なにそれ。わざと?)
(まさか、あの子を狙って···)

東雲
···ないか。それは

あれだけ蔑ろにしておいて「狙う」もなにもあったものじゃない。

(やっぱり昨日はどうかしていた)

八つ当たりをして、LIDEのやりとりを途中でぶった切った。
肝心のフォローは何もしていないままだ。

(ちゃんと伝えないと。今日こそは)
(そのためにも、まずは一言···)

東雲
···ん?

メッセージはまだ続いていた。
無駄な改行のあと、一番下に記されたその一文。

ーー「早く歩さんに追いつくので待っていてください!」

東雲
······

(追いつく···ね)

(いいことじゃん)
(自力で前向きになれたんだから)

自分で考えて、自分で上司に直談判した。
これぞ、成長した証ではないか。

(当然だ。もう訓練生じゃない)
(オレのフォローなんて、必要ない···)

捜査員1
「百瀬、今日新人は?」

(···うん?)

声が聞こえてきたのは、給湯室からだ。

百瀬
「夕方までS公園です」

捜査員1
「え、またお遣い?」

捜査員2
「それはないだろ。夕方までお遣いって」

捜査員1
「じゃあ、なんで?」

百瀬
「知りません。興味ないです」

(···知らない?誰も?)
(つまり、彼女ひとりで任務にあたっているってこと?)

それ自体は、ありえないことではない。
刑事部とは違い、うちは単独で任務にあたることもあるからだ。

(でも新人に?いきなり?)

そもそも、津軽さんがそこまで彼女を買っていたとは思えない。

(まさか···)

「S公園」にいくつかの単語を加えて検索をかけてみた。
すると、ヒットしたのは···

東雲
交通安全イベント···

(これって交通総務課の?)
(まさか···でも···)

念のため、イベントの開催時間を確認する。

(ダメだ、業務時間内···)
(でも、昼休みなら、ギリギリ確かめに行くことも···)

軽やかな着信音が、オレの思考を遮った。
発信者は宮山だ。

ーー「今日は19時でしたよね。お願いしたいことがあるのですが」

そうだ、今日は公安学校に行く日だ。
加えて、内勤業務が滞っている。
ここのところ、イレギュラーな仕事が多かったせいだ。

(抜け出している暇なんてない)
(それこそ、昼休み返上で仕事を終わらせないと)

結局、たまりにたまった業務が片付いたのは18時を過ぎてからだった。
おかげで、公安学校に到着したのは予定より遅い時間で···

宮山隼人
「ここのところお忙しいみたいですね」

東雲
別に
いつもどおりだから。これくらい

宮山隼人
「そのわりに寝不足気味のようですけど」

東雲
そう思うなら持ち込むなよ、面倒ごとを

宮山隼人
「面倒かどうかはわかりませんけど」

「これを」と宮山は茶封筒を取り出した。

東雲
···何?

宮山隼人
「業務改善提案レポートです。上にあげて欲しいのですが」

こうしたことはまれにある。
上層部へのアピールとして、そこそこ有効な手段だ。

東雲
···見ても?

宮山隼人
「もちろんです」

内容にザッと目を通す。
初見の印象としては「悪くない」といったところだ。

(優秀だな。癪だけど)

ちなみに、うちの彼女は一度もこうしたものを提出しなかった。
仮に「出せ」と言われても、これだけのレベルのものは書けないだろう。

(評価するだろうな。難波室長なら)
(でも、銀室長は···)

東雲
···わかった。レポートは上にあげておく

宮山隼人
「ありがとうございます」

東雲
ただ、返事は期待しないで
上が変わったことで、方針が変わる可能性があるから

宮山隼人
「わかりました」

と、背後でかすかな物音がした。
恐らく同じ音を聞いたのだろう宮山が、視線を上げてハッと息を呑んだ。

東雲
···誰?

声を潜めて、訊ねてみる。
宮山は、一瞬だけ視線を窓ガラスに移した。

宮山隼人
「···じゃあ、俺はこれで」

もう一度、ちらりと窓ガラスを見て、宮山は去って行った。

(···何、今の)
(なんでさっきからチラチラと···)

東雲
······

(···なるほど)

窓ガラスに、どこぞの卒業生が映っていた。
これが追跡訓練なら一発アウトなくらい雑な隠れ方だ。

東雲
···誰。そこにいるの

細い肩が、あからさまに跳ねた。

東雲
出てこい。早く

そのまま待つ。
でも、出てこない。

(抱きついてくるくせに。いつもなら)

正直ムカついた。
いっそ、強引に手を伸ばそうとすら思った。
それを踏みとどまったのは、今朝のメッセージが頭を過ったからだ。

ーー「早く歩さんに追いつくので待っていてください!」

それができないということは、彼女なりに思うところがあるのだろう。

(どうすればいい?)
(どうすれば、あの子を通常運転に戻せる?)

努力が足りないとは思わない。
指示された業務を愚直にこなし、上司に直談判までしているのだ。

(今ここに居るのもそうだ)

自分なりに何かやりたいことがあるのだろう。

(でも、オレには知られたくない)

オレの手を借りるつもりはないのだ。

(バカ。ほんとバカ)

一声かけてくれれば、オレにだってやりようがあるのに。

転機が訪れたのは、翌々日のことだ。

東雲
え、津軽班の手伝い?
それって、オレたちに捜査に加われと···

加賀
知らねぇ。詳しいことは会議待ちだ

(···チャンスだ)

もしかしたら、何かできるかもしれない。

(あの子と、同じ現場に立てるなら···)

津軽
···というのが、こちらが掴んでいる『神有道』の状況
ここまでで何か質問はある?

石神
少しいいか?後継者のことだが···

ふたりの会話に耳を傾けながら、オレは改めて会議室を見回した。

(···いない)

津軽班の案件なのに、あの子は会議にすら出席していない。

(なにやってんの?また雑用?)
(でも、他班に協力要請を出すほど、人手が足りないんじゃ···)

サトコ
「失礼します···」

東雲

思いがけなく現れた彼女は、室内を見回して目を丸くした。

津軽
ありがとう、ウサちゃん。みんなに配って

(ウサちゃん!?)

いや、今大事なのはそこじゃなくて···

サトコ
「···はい。失礼します」

彼女は、ペットボトルのお茶を配り始めた。
どうやら、このためだけに呼ばれたようだ。

(···何それ)

そうじゃない。
この子は、こんなことをするために2年間努力をしてきたわけじゃない。

(断れよ、キミも!)

いや、わかっている。
階級社会の警察組織において、そんなこと、できるはずがない。

(けど、こんな···)
(こんな理不尽なこと、どうして···)

サトコ
「失礼します」

ペットボトルを置いた彼女の目が、ちらりと資料に向けられた。

東雲
······

そのまま、そっと彼女の様子を窺った。

サトコ
「···失礼します」
「失礼、します···」

(···見てる。資料を)

お茶を配りながら、常に資料を盗み見ようとしている。

石神
···つまり、次女に危害を加えるかもしれないと?

津軽
来月、正式に『後継者』が決まるからね
ぶっちゃけ、長女は不利な立場なわけだし

一瞬、彼女の動きが止まった。
どうやら資料の盗み見だけでなく、会議の内容にも耳を傾けていたようだ。

東雲
どうして長女が不利なんでしたっけ?

試しに質問してみると、彼女はわずかに目を見開いた。

津軽
えー、それまた説明するの?

東雲
すみません、聞き逃していたみたいで

颯馬
彼女は、養女なんですよ
現『神有道』が、長い間、子どもに恵まれなかったため···
後継者として、15年前に茶谷家に引き取られたんです

彼女の視線が、忙しなく揺れた。
たぶん、情報を頭に叩き込もうとしているのだ。

(···あきらめていない)

こうも露骨につまはじきにされているのに、まだ食らいつこうとしている。
その様はまるで···

(スッポン···)
(そうだ、スッポンじゃん···この子のあだ名って···)

だから、意見した。
このまま、この子の熱意を潰されたくなかったから。
幸い、兵吾さんたちも口添えしてくれた。

その結果ーー

サトコ
「教官!」

逸るような足音が近づいてきた。

サトコ
「すみません、あの···」
「あの···私···っ」

東雲
追いつくんだよね、オレに

彼女が、ハッと息を飲んだのが伝わってきた。

東雲
口先だけじゃないよね、アレは

やっと訪れた機会だ。

(この子ならモノにできる。絶対に)

そう思っていたのだ。
少なくとも、このときのオレは。
それなのにーー

あの子の潜入捜査が始まって、数日が過ぎた。

(···ダメだ、落ち着かない)

あの子の実力は、オレが一番よくわかっている。
加えて、今回の任務はそれほど難しいものではない。

(なのに、なんで···)
(ああ、くそ···っ)

ひとまずスマホを手に取ると、検索バーをタップした。

(なんだっけ、病院の名前···)

東雲
せいりん···せいわ···

(···なんか違うな)

(せい···せい······)

東雲
そうだ、誠···

???
「歩さーーん!」

東雲
ぐ···っ

いきなり背後から抱きつかれた。
こんなことをするのは、うちの彼女ともうひとりくらいしか心当たりがない。

黒澤
聞いてくださいよー、歩さん!昨日の合コンですけど
無理やり連れて行った後藤さんが、警護課の一柳警部補と喧嘩して···

東雲
うるさい。邪魔

黒澤
そんなぁ、つれなくしないでくださいよー

透は上目遣いでオレを見ると、さらにコテンと首を傾げた。

黒澤
なーんか、イライラしてますね?

東雲
別に

黒澤
あーもしかして···
気になってるんでしょ?『例の件』

(······は?)

黒澤
ですよねー、わかります、わかります

(違っ···)

黒澤
やっぱり気になりますよねー
津軽さんの机の上にあった謎のドリンク!

(···············は?)

黒澤
たしか『ゴーヤさとうきびMAX海ブドウ味』でしたっけ
もはやカオスすぎて味が想像できないですよねー

(知らないし)
(興味ないし!そんなの···)

黒澤
なので、現在絶賛追っかけ中なんですよ。津軽さんのこと

東雲
キモ。怖っ

黒澤
だって見逃したくないじゃないですかー。ドリンクを飲むところ
気になることは、やっぱりこの目で確かめないと!

東雲
······

黒澤
じゃないと、落ち着かないんですよねー

(···確かに)

一理あるかもしれない。
きっとオレが落ち着かないのは、潜入捜査の現場を目にしていないからだ。

(だったら一目···)
(いや、でも、これは他班の案件なわけで···)

悶々としながら、スティックシュガーの封を切る。
と、スマホがブルッと短く震えた。

(LIDE···母さんから···)

ーー「ばあやが入院しました」

東雲
は?

ーー「ギックリ腰です。入院先は誠盟大学附属病院です」

東雲
······

(そうだ、あの子の潜入先って···)

(たしか、そんな名前···)

東雲
···やば

(なに、この無駄に豪華な感じ)
(大学病院だよね、いちおう)

(ああ、でもここって芸能人御用達だっけ)
(他にも、政治家とか著名人とか、あとは···)

???
「おかしい···こんなはずじゃなかったのに···」

(···うん?)

おかっぱメガネ
「おかしい···絶対おかしい···」
「どうかしてる···こんなの絶対···」
「うわっ」

避けるつもりが、同じ方向に動いてしまった。

東雲
すみません

おかっぱメガネ
「いえ、こちらこそ···」
「審議···!」

(······は?)

おかっぱメガネ
「これは、なんたる審議案件······」

(審議?なにが?)

おかっぱメガネ
「は···っ!」
「す、すみません、その···っ」
「失礼いたしました!」

東雲
···なに、今の

(医者?)

たぶん、そうなのだろう。
一応白衣を着ていたし。

(いや、案外素人のコスプレかも···ぜんぜん医者っぽくなかったし···)
(まあ、それを言ったらうちの彼女も公安っぽくない···)

東雲
······

ふと、足が止まった。
もし、あの子とばったり会ったらどうするべきか。

(···って、愚問じゃん)

無視するのみ。
それ以外の選択肢はない。

(そもそも関係ないし。あの子のことは)

今日ここを訪れた目的は「ばあやの見舞い」だ。

(だから、あの子に会えなくても···)

ばあや
「どうされたのですじゃ」

東雲
え···?

ばあや
「今日の坊ちゃまは、どうも元気が足りぬようですが」

東雲
それは···
ばあやが、突然入院したから驚いて···

ばあや
「それは嘘ですな」

東雲

ばあや
「このばあやの目は誤魔化せませぬ」
「さあ、白状なされ」

(そう言われても···)

本当のことなど、口にできるはずがない。
というより···

東雲
分からないから。自分でも
ただ、なんとなく落ち着かない感じがして

ばあや
「······」

東雲
逆に聞きたいんだけど
ばあやの目に、今のオレはどう映ってる?

ばあや
「そうですなぁ···何と言いますか···」
「今の坊ちゃまは、寂しそうに見えますのじゃ」

(寂しい?)

東雲
そんなことないよ
そりゃ···ばあやが家にいないのは寂しいけど

ばあや
「ほほ、そうですか」

ばあやは笑った。
軽くいなすような笑い方だった。

ばあや
「まあ、このとおりばあやは当分駆けつけられませぬから」
「ばあやの、気のせいならば良いですがのう」

東雲
······

(···そんなはずはない)

あり得ない。
寂しいとか、そんなこと。

(たかが、あの子が目の届くところにいないだけで···)

もちろん「心配」はしていた。
だって、あの子は元教え子だ。

(元補佐官で···ほんと、手がかかって···)

(だから、いろいろ気になっているだけ···)

東雲

ギョッとした。
「心臓が口から飛び出そう」って、たぶんこんな状況を言うのだろう。

東雲
お···つかれさまです

加賀
······

東雲
どうしました?何か緊急の用事でも···

加賀
いつまでクズに構うつもりだ

(え···)

加賀
テメェはいつまで子守するつもりだ?

to be continued

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