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最愛の敵編 カレ目線 東雲6話

そのメールは、残業中のオレのもとに届いた。

(···え、なに)

重なるように響いた、ふたつの着信音。
ひとつは職場のメールソフト。
もうひとつは私用で使っているスマホからだ。

(誰、こんな時間に)

当然、手を伸ばしたのは目の前のPC。

(呪うから、厄介事だったら)
(予定外の残業、やっと終わりそうなのに···)

東雲
···は?

思わず、声が出た。
メールタイトルが明らかにふざけていたからだ。

ーー「件名:ポーピくんって警視庁にしかいないんだね」

差出人のメアドは、警察関係のものではない。
というか、わかりやすい捨てアドだ。

(誰?透···?)
(にしてはずいぶん口調が違うけど···)

再び、着信音が鳴った。
目の前のPC、私用のスマホ。

(まさか···!)

今度は、私用のスマホに手を伸ばす。
こちらに届いたメールも、業務用PCと全く同じ件名のもの。
しかも2通目のタイトルは···

ーー「件名:助けて、歩さーん」

東雲

メールは、私用のスマホで開いた。
警察庁のPCで開いて、ウィルスにでも感染したら目も当てられない。

(URL···?)

恐る恐るクリックしてみた。
飛んだのは、簡素な作りのWebサイト。
けれども、そこに表示されていたのは···

東雲
···っ

思わず、息を飲んだ。
サイトにずらりと表示されていたのは、あの子の写真だ。
電車に乗っているところ。
自宅の周辺。
病院で清掃員の格好をしたもの。
スーツ姿のもの。
そして···

(ウサギ···着ぐるみの···)

さらに画面をスワイプした。
真っ先に目に入ったのは数字だ。
カウントダウンするように1秒ごとに減っている。
その上には、悪趣味な赤い文字。

ーー「ウサちゃん消滅まで、あと···?」

東雲
···っ

(まさか津軽さんが?)

あの子は、今晩上司に逆らう行為をしようとしていたはずだ。
それがバレて、何かが起きたのではないか。

(消滅···つまり警察官としての身分をはく奪?)

さらに画面をスクロールした。
けれども、他に情報らしきものは出てこない。

東雲
くそっ

では、元のメールは?
何かヒントになるようなものが···

東雲
···もしかして、これ?

さっきのWebサイトとは別のURL。
クリックすると、今度は地図アプリが開いた。

(ピンが止めてある···M区S地区···)
(ここに来いってこと?)

カウントダウンの数字は、すでに1時間を切っている。
迷っている暇はなかった。

(連絡···兵吾さんだけには···)
(あとはタクシー···いや、この時間なら地下鉄の方が早いはず···)

目的地に向かう途中、何度も彼女と連絡を取ろうとした。
けれども、電話は一度も繋がらず、LIDEも未読のまま。
そのことに不安を覚えていたにも関わらず···
状況は、それをはるかに上回るほど悪かった。

(ここだ。地図の指定場所···)

東雲

とある建物の入り口に、ご丁寧にも爆発物が仕掛けられていた。
それも、オレにどうこうできるレベルではないものがだ。

東雲
くそっ

(物理的な意味かよ!「消滅」って)

真っ先に爆発物処理班に連絡をした。
けれども、この時間帯だ。
間に合わない可能性の方が高いだろう。

(サイトのカウントダウン···2分切ってる···)

津軽さんへの疑いも消えた。
オレとはかんがえの合わない人だけど、容易く命を奪うような人ではない。

(となると誰?)
(例の宗教団体の関係者?)

東雲
違···っ

それは今考えることじゃない。
オレが最優先でやるべきなのは···

(連絡···あの子に知らせないと···!)

もう何度目かになるかわからない彼女の番号をタップした。
ここに来るまでに何度かけても繋がらなかった。
でも、今こそ···

(出ろ、頼む···)
(おねがいだから···っ)

プツ、と呼び出し音が途切れた。

サトコ
『歩さん!私···』

東雲
今どこ?

サトコ
『わかりません!倉庫みたいなところに閉じ込められていて···』

やっぱりここだ。
このなかに彼女がいるのだ!

東雲
ドアから離れて

サトコ
『えっ?』

東雲
爆発物が仕掛けられてる。離れて防護姿勢とって

(ああ、くそっ)

東雲
30秒切ってる!早く!

サトコ
『は、はいっ』

(頼む!間に合え···っ)

Webサイトのカウントダウンが0になる。
同時に、轟音が響き渡った。

東雲
く···っ

すさまじい振動と熱風に、一瞬息ができなくなった。
熱い。
どうしようもなく熱い。

(···っ、あの子は···っ)

ようやく目を開けると、入り口が壊れていることに気が付いた。

東雲
サトコ!

ためらってなどいられなかった。
無我夢中で、オレは建物の中に飛び込んだ。

ギリギリのところで扉から離れたおかげだろう。
幸いにも、彼女は命に関わるような大ケガをせずに済んだ。
なお、彼女を浚った犯人は、どうやら彼女とは顔見知りだったようで···

東雲
茶谷家に出入り、ですか

津軽
そう。ウサちゃんは『ナル』って呼んでいたって

東雲
ナル···

嫌な名前だ。
オレにとっては黒歴史と直結している。

津軽
心当たりは?

東雲
······特には

津軽
本当に?

東雲
ええ
···写真とかないんですか?

津軽
それがないんだよねぇ、動画も写真も
だから今、ウサちゃんを似顔絵捜査官の元に行かせてるんだけど

東雲
それは···かなり期待できますね

津軽
ああ···あの子、画像に関する記憶がいいんだっけ

東雲
ええ、かなりずば抜けています
物事を画像や映像で覚えるタイプなので

津軽
へぇ、そう···

津軽さんは、薄く笑うとペットボトルに口をつけた。
「カボスサイダー・焼肉味」--理解できない味覚センスだ。

津軽
にしても、本当に心当たりはないの?
こちらとしては、犯人らしき人物から歩くんにメールが届いたの、すっごく謎なんだけど

東雲
それはオレも同じです

警察庁のメアドと、プライベートのスマホのメアドーーー
そのどちらも知っている人物は、ごく限られている。
けれども、当然のことながらそのなかに該当者はいなかった。

津軽
メアドからは?探れないの?

東雲
探れましたけど、辿り着いたのは無関係の人間ばかりです
メアドの利用者は14歳の男子でしたし
Webサイトは、17歳の女子高生になりすまして登録していました

津軽
当人たちに心当たりは?

東雲
まったくないそうです
まあ、ふたりとも悪質な無料Wi-fiを利用していたので
そこから情報を抜き取られたんじゃないかと

津軽
なるほど、いわゆる野良Wi-fiの餌食になったってわけね

コンコン、と控えめなノック音がした。

津軽
どうぞ

百瀬
「これが届きました」

津軽
ああ、例の似顔絵ね

(それって、あの子が証言した···)

津軽
へぇ、なーんか意外。『ゆるふわ男子』って感じ
歩くんも見てみる?

東雲
······ぜひ

正直なところ、少し緊張していた。
8年前の黒歴史が、どうしても頭を過ったせいだ。
けれども···

東雲
······

(こんな顔···だったか?)

見覚えがあるような気がしないわけではない。
けれども、脳が無理に結びつけようとしている可能性もある。

東雲
こいつが『ナル』···ですか?

津軽
そうだよ。見覚えは?

東雲
······なんとも······

違う、と思いたい。
でも、それもまたオレの願望なのだろうか。

(話しておくべき?兵吾さんだけには)
(でも···)
(でも······)

津軽
······

結局、迷いは長く続かなかった。
例の男が、オレの知る「ナル」と同一人物だということがはっきりしたからだ。

ーー「だって彼、『つっくん』って人と知り合いみたいだったから」

彼女の発言を聞いた翌日、オレは兵吾さんに諸々を報告した。
このあと、津軽さんの耳に入れるかどうかは兵吾さんが決めるだろう。

(けど、なんで?)
(なんで今頃アイツが?)

この8年間、行方をくらましたままだった。
ネット上ですら、接触してくることはなかった。

(狙いは何?警察庁のデータ?)
(それとも···)

インターフォンが鳴り、オレは考えることを止めた。
どうやら彼女が到着したようだ。

サトコ
「すみません、来るの遅くなっちゃって」

東雲
別に。···残業?

サトコ
「そうなんです!帰り際に、津軽さんに調べ物を頼まれて」

(···え、なにその嬉しそうな顔)

サトコ
「津軽さんってば『ウサちゃんなら1時間で終わるよね』って」
「だから、フル回転で頑張って」

東雲
······

サトコ
「そしたら1時間もかからなくて」
「『ウサちゃんは頼りになるね』って褒められちゃいました!」

(···それ、利用されてるだけだから)
(いいように使われてるだけだから)

でも、口出しはしない。
それはオレのやるべきことじゃない。
本人が疑問に思った時、直接交渉すればいいのだ。

(気付かない可能性もあるけど、まあ···)
(それはそのときってことで)

サトコ
「そういえば、今日すごいことがあったんです!」

東雲
すごいこと?

サトコ
「例の『ナル』の本名がわかったんです!」

東雲
······へぇ

努めて淡々と「情報元は?」と訊ねてみる。

サトコ
「それが意外な人からなんです!誰だと思いますか?」
「1・加賀さん! 2・石神さん、3・ええと···後藤さん!」

(は?なにそのクイズ形式)

東雲
面倒くさ···

サトコ
「そんなこと言わないで。さ、答えてください!」

東雲
······

サトコ
「あ、もう一度言いますね!」
「1・加賀さん!」
「2・石神さん、3・ええと···ええと······颯馬さん!」

(変わってるし、3番)

サトコ
「さ、答えてください!さあ!」

東雲
······
·········石神さん、とか?

サトコ
「惜しい!」
「なんと、1番・加賀さんです!」

(···だろうね)

知ってた。想定内。

(ていうか、バレバレだし)

たとえ知らなかったとしても、これなら正解できただろう。

サトコ
「どういうことかというとですね」」
「津軽さんいわく、加賀さんは以前捜査一課にいて」
「そのころ、ナルを追いかけていたらしいんです!」

(ああ···まあ、そうだろうね)

だから、あんな目にあったわけだし。
8年前のあの日に。

サトコ
「ビックリですよね!すごい偶然ですよね!」
「ちなみにナルの本名ですけど」
「『閖上(ゆりあげ)生(ナル)だそうです!」

東雲
······

サトコ
「あ、『ユリアゲ』ってどういう字かわかりますか?」
「『ユリ』は門がまえに水、『アゲ』は上野駅の『上』で···」

この様子だと、オレが関わっていたことを彼女は聞いていないのだろう。

(当然か、捜査資料には残されていないはずだし)

ただ、バレている気もしていた。
この子ではなく、津軽さんあたりに。

(どうなるんだろう、これから)

あまり考えたくはない。
アイツとのことを考えると、ピーチネクターすら苦く感じるのだ。

(でも、また···)
(アイツが接触してくるのなら···)

サトコ
「···歩さん?どうかしました?」

隣にいた彼女が、何か言いたげに顔を覗き込んできた。
その目が不安そうに揺れて見えるのは、オレの気のせいだろうか。

東雲
···別に、少し疲れただけ

サトコ
「······」

東雲
くだらないクイズを出してくるから。誰かさんが

ーー「ひどい、意地悪!」

いつもの彼女なら、こう返してきただろう。
けれども、今日は何も言ってこない。
何か言いたげな眼差しを、さらに大きく揺らしただけだ。

東雲
···バカ

(わかりやすすぎ)

公安の捜査員なのに、こんなに顔に出やすくてどうするのか。

(ああ、でも···)

悪くない、恋人としてなら。
心を開いてもらっている、ということなのだろうから。

(···うん、悪くない)

東雲
貸して

サトコ
「え?」

身体を倒して、ソファに横たわった。
彼女の太ももを枕にして。

サトコ
「!」

東雲
······

サトコ
「あ、あああ歩さん!?」

東雲
······

サトコ
「どうしたんですか?そんなに疲れているんですか?」
「だったら、ベッドに行ったほうが···」

東雲
いい。ここで

少し向きを変えて、彼女の腰に手を回す。
そのまま顔を埋めると、あまり硬くない腹筋がヒクッと動いた。

サトコ
「···っ」

(ああ、落ち着く)

視界が遮られたせいか。
それとも、伝わってくる体温がちょうどいいから?

サトコ
「え、ええと···」

彼女が、何かブツブツ言っている。
「甘えたさん?」とか「酔ってる?寝惚けてる?」とか。

(酔っても寝惚けてもいないし)
(甘えてる···は、まあ···否定しなくもないけど···)

つ、と髪の毛を梳かれた。
ぎこちない手つきだけど、やっぱり悪くはない。

(やめよう、あれこれ考えるのは)
(少なくとも、今だけは)

目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出した。
束の間かもしれない休息に、ただの恋人として身を委ねるために。

Happy End

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