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お遊戯会 後藤1話

スマホに届いたメッセージは誠二さんからのものだった。

後藤
『次の捜査にアンタの協力が必要だ。銀室長には許可を取ってある』
『今から警察庁に来られるか?』

そのメッセージに『今すぐ行きます!』と返事を返す。

(さっきのコンビニでの一件は、やっぱり捜査絡みだったんだ9
(何か化粧品が絡む事件なのかな?)

様々な事件を想定しながら、警察庁に行くとーー

公安課に入り誠二さんのデスクを見ると、ふたつの高い背に囲まれて姿が見えなかった。

(あの背中は颯馬さんに津軽さん···?)

サトコ
「氷川、到着しました!」

津軽
あ、ウサちゃん。どれが下地で、どれがファンデーション?

サトコ
「え···津軽さんの左手が下地で、右手がファンデーションだと思いますけど···」

颯馬
「それを塗って、仕上げのパウダーをはたけばいいんですね

サトコ
「あの、後藤さんは···捜査を手伝って欲しいと呼ばれたんですが···」

颯馬
後藤なら、ここですよ

後藤
···急に呼び出して悪い

颯馬さんと津軽さんがさっと左右に退くと、デスクの前に座った誠二さんの姿が見えた。
そしてデスクの上にあるのはーー

( “これで貴女も童話のプリンセスシリーズ” のコスメ!)
(しかも選んだのは “シンデレラ” !?)

サトコ
「まさかセイジデレラ···」

津軽
そうそう。それで、俺と周介くんが意地悪な義姉

サトコ
「だとすると、私は···」

<選択してください>

王子様!

サトコ
「さしずめ、王子様ですね!」

津軽
いや、ウサちゃんは···馬になるハツカネズミってところでしょ

サトコ
「ウサギなのにネズミとは···」

颯馬
サトコさんにお願いしたのは、魔法使いのおばあさんですよ
後藤を華麗に変身させてください

魔法使いのおばあさん!

サトコ
「魔法使いのおばあさんですね!」

津軽
どうして?

サトコ
「義姉にいじめられているセイジデレラを救えるのは、魔法使いのおばあさんなので···」

津軽
へえ、じゃあ本気でいじめよっか

後藤
···勘弁してください

颯馬
魔法使いのおばあさんは合っていますけど、お願いしたいのは後藤を変身させることです

ガラスの靴

サトコ
「ガラスの靴···?」

津軽
ウサちゃん、誠二くんに踏まれたい趣味があるんだ

サトコ
「そういう意味ではなくて!セイジデレラを幸せにするのはガラスの靴だから···」

津軽
幸せにするのは、王子様じゃない?

サトコ
「でも、そもそもはガラスの靴のおかげですし···」

颯馬
それを言うなら、幸せのきっかけを作ったのは、魔法使いのおばあさんですよ
サトコさんには、同じように後藤を変身させてほしいんです

サトコ
「変身というと···この感じだと、後藤さんがお化粧をするように聞こえるのですが?」

津軽
うん、そう言ってるから

颯馬
これから後藤に化粧の方法を教えてやってもらえますか

サトコ
「···後藤さん、本気で?」

後藤
ああ···いろいろあってな···今回の潜入捜査で必要なんだ
といっても、そんなに大層なことをする必要はない

津軽
ケバくなり過ぎると、かえって浮きそうだしね
誠二くんが潜入するの、会員制のゲイクラブだから

サトコ
「ゲイクラブ!?」

颯馬
オネエ系とはまた違うんで、加減が難しいんですよね

サトコ
「···なぜ、後藤さんに白羽の矢が···」

(誠二さんが潜入捜査得意なのは知ってるけど···)

後藤
最初は百瀬と歩に話がいったんだが、どちらも他の任務で忙しいらしくてな

サトコ
「他の任務で···」

後藤
ああ、それから黒澤にも急な出張が入って仕方がなかったんだ

サトコ
「急な出張···」

(これはただの勘だけど···皆さん、この任務が嫌で逃げたのでは···)
(嫌な仕事を押し付けられたことになった誠二さん···まさに、シンデレラ!)

サトコ
「私だけは後藤さんの味方ですよ!」

後藤
あ、ああ···

サトコ
「私が立派はプリンセスにしてあげます」

津軽
顔がワクワク!って言ってるね

颯馬
津軽さんのコメントは時々、難波さん味を感じますね

津軽
あれ、誠二くんの代わりに、周介くんが行きたいって?

(う···この二人のやり取りは心臓に悪すぎる!)

サトコ
「とりあえず、この化粧下地とファンデーション塗ってみましょう」
「あとは軽く眉を整えるくらいで」

私は化粧下地を手に取ると、ペタリと誠二さんの頬に触れた。

後藤
···何とも言えない感触だな

サトコ
「気持ち悪いですか?」

後藤
そこまでは言わないが···顔に何か塗るなんて、滅多にないからな

津軽
誠二くん、お肌のお手入れは男でも大事だよ

サトコ
「津軽さん、してるんですか?」

津軽
見ればわかるでしょ

サトコ
「うーん···」

(いや、そりゃ見ればきれいな肌してるけど!)
(津軽さんがお肌のお手入れをしている姿は想像できないような、できないような···)

颯馬
津軽さんの言葉にいちいち反応していたら、日が暮れますよ

津軽
周介くんって、ほんと会話クラッシャー

サトコ
「ファンデーション!ファンデーションを塗りますよ!」
「ファンデーションは塗る方向があるんです」

誠二さんに鏡を見てもらい、鼻筋や頬への塗り方を教えていく。

後藤
この通りにやらないとダメなのか?

サトコ
「薄くつけているので、そんなに問題はないと思いますけど、ムラやヨレができやすくなります」
「最後に軽くパウダーをはたいて···完成です!」

(うわ、もとから格好いいけど、メイクすると···)

サトコ
「俳優より格好いい···」

颯馬
心の声、漏れてますよ

サトコ
「え、あ···っ」

津軽
うんうん、なかなか上出来じゃない

後藤
···すぐにでも顔を洗いたいんだが

サトコ
「慣れるまでは落ち着かないですよね」

後藤
アンタは毎日、これを塗ってるのか?

サトコ
「休みの日は基本的にノーメイクですよ」

後藤
ああ、そう···いや、そうなのか

共に過ごしている休日を思い出した誠二さんが、途中で言葉を濁す。

(危ない、危ない···)

サトコ
「これから、捜査に行くんですか?」

後藤
いや、今のは練習だ

颯馬
薄く化粧をするというのも、それなりのスキルのいるものなんですね

津軽
誠二くんがひとりでやると、ベッタベタになりそう

後藤
···努力はします

サトコ
「捜査当日もお手伝いしますよ。津軽さんの許可さえもらえれば」

津軽
今回は銀さんからも協力要請がきてる案件だからね。特別だよ?

後藤
そうしてもらえると助かる

サトコ
「任せてください!」

こうして私は誠二さんのメイク係になったのだった。

それから数日後の潜入捜査の日。
クラブ近くに止めたワゴンでメイクをし、誠二さんを送り出した。

(どんなところにでも潜入できるなんて、さすが公安のエース···)
(私が憧れた背中はずっと変わってないんだなぁ)

心の中で任務成功を祈りながら、歩いていると。

石神
氷川、今、手は空いているか?

サトコ
「はい。書類仕事は残ってますけど、急ぎではないです」

石神
さっき、後藤が潜入捜査しているクラブの近くまで行ったな?

サトコ
「ワゴンの中から店は確認しています」

石神
この封筒を店にいる後藤に届けてくれないか

石神さんが見せたのは三つ折りA4が入る縦の白封筒だった。

サトコ
「これは?」

石神
捜査に必要な書類だ。極秘情報のため、確実に手渡しで届けてほしい
俺の班の者が行ければいいんだが、颯馬も黒澤も別件で出ていてな···
津軽に許可はとってある。頼めるか?

サトコ
「わかりました。後藤さんに必ず届けます!」

私は石神さんから白い封筒を受け取り、先ほどのクラブへと再び向かった。

クラブの裏口へと回ると、私はさっと男装し酒屋のフリをして店内へと入った。

(うわ、店の中の音楽大きい!外からじゃわからなかったけど、ダンス系のクラブなのかな)

店のバックヤードで酒屋のエプロンから店のエプロンに付け替える。
そして用意されている酒をさりげなくトレイに乗せ、フロアに出た。

(誠二さんは···)

薄暗い店内で誠二さんの姿を探すと···

後藤
まだ、そういうプライベートなことは、ちょっと···

男性
「ふふ、いいね。そういう秘密主義なところも」

(せ、誠二さん···!)

カウンターにいる誠二さんの隣に立つのは高級そうなスーツを着た男性。
背の高さは誠二さんと同じくらいで、髪を後ろに流した男性は、なかなか端正な顔立ちをしていた。

(あの雰囲気は大企業の役付きか、IT企業の若手社長あたり?)
(並んでる姿は絵になるけど···)

男性
「どうすれば、君の秘密を暴けるの?」

後藤
さあ?

男性
「その唇に聞いてみようかな···」

ぐっと近づく二人の距離。

(いやいやいや、そこまで!近すぎでしょ!)

ささっとカウンターに近づくと、私はカクテルグラスを誠二さんの前に滑り込ませた。

サトコ
「お待たせしました」

後藤
いや、俺は···

私の顔を見て、誠二さんが一瞬だけ驚いた顔を見せた。
男性は誠二さんの向こう側にいて、誠二さんの顔もカウンターの下の様子も分からないだろう。

(石神さんから預かった封筒を誠二さんの上着のポケットへ···)

素早く忍ばせると、その動きに誠二さんも気付いてくれたようだった。

サトコ
「石さんという方からの一杯です」

後藤
ああ、そうか···ありがとう

目で確認し合い、私はカウンターから離れる。

男性
「ねえ、さっきの石さんって、誰?」

後藤
あなたの知らない人ですよ

男性
「ほんとに君は···人を夢中にさせるのが上手いね」

離れつつも聞こえてくる会話にドキドキしてしまう。

(誠二さんが口説かれてるって、新鮮···というか、衝撃···)

どうしても様子が気になって、チラッと振り返ってしまう。

後藤
······

会話はもう聞こえないけれど、ライトの下、憂いを帯びた顔になっている誠二さんはーー

(この独特の色気はいったい···)
(あの野獣の隣に、こんな誠二さんを残していくなんて···!)

私は断腸の思いでクラブを後にした。

それから数週間後ーー

(誠二さんの潜入捜査は続いてるみたい···)
(でも、石神班の案件だから、情報はなかなか入ってこないんだよね)

私にできることといえば、さりげなく毎日誠二さんの様子をチェックするだけ。

後藤
···おはようございます

サトコ
「おはようございます!」

百瀬
「おはようございます」

公安課に入ってきた誠二さんの髪型が、いつも以上にラフになっている気がした。

(あれ···かなりの寝癖が隠れているのでは?)

百瀬
「酒、抜けきっていないような顔だな」

サトコ
「疲れが取れてないですよね」

百瀬
「今回の潜入捜査で、毎晩飲まされてるって話だ」
「酒に強い方じゃない後藤には、堪えてんのかもな」

サトコ
「百瀬さん···」

百瀬
「あ?」

サトコ
「百瀬さんって、後藤さんの話だと日本語になりますよね」

百瀬
「意味がわかんねぇ」

サトコ
「私と話す時より文節が長いというか、文章になっているというか···」

百瀬
「うるせぇ」

サトコ
「そう!そうやって、私との会話は単語で打ち切るところに差を感じるんです!」

いつも通り百瀬さんに会話を打ち切られながらも、私の視線は誠二さんを追う。

(飲めないお酒を毎日飲んで、そのうえ連日の潜入捜査···)
(かなり疲れがたまってるんだろうな)

何とか誠二さんの疲れを取る手伝いをしたいーー
そう思っていると、その日の夜に届いたメッセージ。

後藤
『明日の夜は早く上がれそうだ。うちに来られないか?』

誠二さんからのお誘いに秒でOKした。

次の日の夜。

サトコ
「今日は肝臓に優しい料理にしてみました!」

後藤
ご馳走だな。これは、しじみの味噌汁か?

サトコ
「はい。それから、カキのオイル漬けにナスとエリンギの味噌炒め···」
「肝臓に優しいっていうレシピを調べて作りました」

後藤
···わざわざ、ありがとな

誠二さんが私を後ろから抱きしめる。
めずらしく甘えるように首筋に顔を埋められると、彼の深い疲れと心労が伝わってきた。

サトコ
「誠二さん、今夜はゆっくり休んでくださいね」

後藤
アンタと過ごせば、明日には復活できる

誠二さんの蓄積していた疲れは、相当のものだったようで。
夕飯を食べて、私が洗い物をしている間にソファで寝落ちしてしまっていた。

to be continued

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