カテゴリー

お遊戯会 後藤2話

誠二さんのゲイクラブへの潜入捜査は長期化しそうな雰囲気だった。

(相変わらず、飲んで帰る日が多いみたいだし大丈夫かな)

私にできることと言えば、しじみのお味噌汁入りのランチジャーを差し入れすることくらい。
今回は皆さんも事情を知っているので、差し入れを怪しまれることもなかった。

(早く解決してくれるといいな)

空席の誠二さんのデスクを見ていると···

黒澤
石神さん、後藤さんから連絡です!潜入先で動きがありました!

サトコ
「!」

石神
行くぞ

颯馬
はい

石神班の皆さんがバタバタと出て行く。

(ついに動きが···誠二さん、頑張ってください!)

気になるけれど、他班のことばかり考えていては公安刑事失格だ。
目の前の書類仕事に集中していると···

津軽
ウサちゃん、モモ、俺たちも出るよ

百瀬
「了解」

サトコ
「出るって···」

津軽
石神班の潜入先にマトリの家宅捜索が入るって情報が入った
手柄、横取りされるわけにはいかないからね

協力要請が来たらしく、慌ただしく私も出る準備をする。

(マトリが介入してくるってことは、薬関係の事件?)
(薬関係の事件の潜入捜査は、かなり危険な部類に入る···)

いつ一服盛られるか分からないからだ。

(誠二さん···)

誠二さんなら大丈夫ーーそう思いながらも、小さな不安の種を抱えて現場へと向かった。

現場は誠二さんが通っていたクラブがある雑居ビル街。
マトリの動きに感づき逃げた関係者たちを確保するのが、私たちの役目になった。

津軽
クスリやってるヤツは顔見ればわかるから
1匹たりとも逃がさないで

百瀬
「はい」

サトコ
「さっそく捜索に向かいます!」

百瀬さんと二手に分かれ、薄暗い路地を探していく。

(積まれたゴミの陰、人の出入りが少なそうなビルの中···)
(この辺りは隠れる場所が、たくさんあるな)

可能性があるところは確実に潰していかなければならない。
スピードと正確さが求められる任務に、息を切らせながら走っているとーー

???
「···っ」

前方の路地から、よろっと躍り出る人影があった。

サトコ
「!」

警戒したのも一瞬のこと。

後藤
······

サトコ
「せ···後藤さん!?」

よろけながらも懸命に走ろうとしてるのは、誠二さんだった。

サトコ
「どうしたんですか!?」

後藤
サトコ···!?

私は慌てて誠二さんの身体を支えに走る。

(···っ、重い!誠二さん、身体に力が入らないみたい!?)

間近でその顔を見ると、視線もよく定まっていないように見える。

サトコ
「まさかクスリを···!」

後藤
おそらく、ただの睡眠薬だ。俺のことはいい。男を追ってくれ

誠二さんは私にスマホを渡すと、ズルっと片膝をついた。
受け取った携帯電話はGPSが起動している。

後藤
アンタが封筒を届けに来てくれた時にいた男···睡眠薬を持ったもの、そいつだ
頼む。あの男は事件を解決するうえで、欠かせない男だ

サトコ
「だけど···」

(こんなフラフラの誠二さんを置いて行くなんて···)

<選択してください>

応援を呼びます!

サトコ
「応援を呼びます!こんな後藤さんを残していくわけには···!」

後藤
そんな暇はない!
追ってくれ!この数週間の俺の捜査を無駄にしないためにも!

サトコ
「う···」

(確かに···これまでの誠二さんの捜査を無駄にはできない!)

サトコ
「じゃあ、後藤さんがすぐに応援を呼んでください!」

後藤
···ああ

頷く誠二さんの声を背中で聞きながら、私は駆けだした。

追いかけます!

躊躇いが胸を過ぎると同時に迷っている暇はないと知っている。

(この迷いが命取りになる···ここは誠二さんの指示に従うべき!)

サトコ
「追いかけます!」

後藤
ああ!

強く頷くと、それでいいと言うように誠二さんが苦しそうな顔をしながらも笑みを作る。
その笑顔に背中を押してもらい、私は飛び出した。

誠二さんを放っていけません!

サトコ
「後藤さんを放っていけません!」

後藤
刑事として、正しい判断をしろ!

サトコ
「!」

力を振り絞ったような誠二さんの声に、びくっとする。

後藤
俺は···ここで間違った判断をするような刑事にアンタを育てていない

サトコ
「後藤さん···」

(刑事として···事件に重要な人物を逃すわけにはいかない!)

サトコ
「···っ、わかりました!追います!」

後藤
それでいい

安堵したような誠二さんの声を後ろに聞きながら、私は走り出した。

(GPSの位置は···こっち!足はそんなに速い男じゃない)
(これなら追いつける!)

幸い狭い路地裏。
小回りならこちらの方がきくと全力で走っていると···
ガッと何かに引っかかって、靴が遠くに脱げた。

サトコ
「···っ」

(取りに戻っている暇はない!)

片足だけ靴を履いていても走りづらいので、残った方も脱ぎ捨てていく。
すると前方に男の背中が見えた。

サトコ
「止まりなさい!警察です!」

男性
「なっ!?」

男が足を止めた瞬間を狙い、近くのポリバケツを踏み台にして飛びかかった。

男性
「うぐっ···」

見事男の目の前に着地した私は、肩から地面に身体を押さえつけ拘束する。

男性
「お、俺が何をやったって言うんだ!」

サトコ
「男性にクスリを盛った傷害罪で逮捕します!」

男性
「う···」

観念した男の身体から力が抜けると、大通りのほうにパトカーの赤色灯が見えた。

男を駆け付けた警察官に引き渡し、一息つく。

サトコ
「ふぅ···」

(誠二さんは···!)

大丈夫だろうかと、走ってきた道を振り返ると。
向こうから駆けてくる誠二さんの姿が見えた。

サトコ
「後藤さん!?」

後藤
サトコ!無事か

サトコ
「私は大丈夫です!それより、走って大丈夫なんですか!?」

後藤
ああ、アンタの背が遠くなっていくのを見て···
万が一のことを考えたら、一気に意識が覚醒した
幸い、そんなに強いクスリじゃなかったみたいだ

そう話す誠二さんの目には力があり、フラつきも見られなかった。

(この短時間で復活するなんて、スゴイ···)

後藤
···無理させたみたいだな

誠二さんの手が私の髪に触れる。
砂っぽい路地裏で走り回ったために、全身が汚れているのが自分でもわかる。

サトコ
「あまり触らない方が···汚いです」

後藤
アンタは汚れていても綺麗だ

まるで無事を確認するかのように、その手が頬を滑る。
互いの瞳に映り込む姿に意識を奪われ、一瞬、周囲の音が遠ざかった。

後藤
その足···

ケガがないか見ていた誠二さんが裸足の足に気が付いた。

サトコ
「途中で靴が脱げちゃったので、両方脱ぎ捨てて走っちゃいました」

後藤
···赤くなって擦り傷ができてるじゃないか

眉をひそめた誠二さんが私の足元に跪いた。
ストッキングは破れ、汚くなった足に彼の手が触れる。

サトコ
「ダメです!ほんとに汚れてるので···!」

後藤
···痛いだろう

サトコ
「え、あ···どうでしょう?何かアドレナリン出てるみたいで、そうでもないんです」
「後藤さんがクスリを何とかできたのと同じ力かもしれないですね」

後藤
······

誠二さんが立ち上がりながら、私を両腕で抱き上げた。

サトコ
「ご、後藤さん!?」

後藤
こんな足で歩かせるわけにはいかない

サトコ
「でも、他の警官もいますし···」

後藤
この足を見れば、皆、納得する。しっかりつかまってろ

サトコ
「···後藤さんは大丈夫なんですか?さっきまで、あんなにフラフラだったのに」

腕の中から見上げると、ふっと笑われる。
誠二さんらしい優しげな微笑に鼓動が跳ねた。

後藤
さっき、わかったんだ
アンタのためなら、底力でも何でも出るって

サトコ
「!」

(誠二さん、ここでそういうこと言うなんて···!)

実は根っからの王子様体質なのかもしれないと···大人しくその胸に顔を埋めたのだった。

警察庁に戻ると、誠二さんは私を空いている会議室に連れて行った。
そして持ってきたのは救急箱と大きめの洗面器。

後藤
しみるかもしれないが、ゆっくり洗面器のお湯に足を浸けてくれ

サトコ
「はい···っ!」

後藤
痛むか?

サトコ
「最初だけ···もう平気です」

後藤
触って痛かったら言ってくれ

壊れものに触れるような手で、誠二さんが両足の汚れを拭っていってくれる。

サトコ
「すみません···後藤さんにこんなことしてもらうなんて···」

後藤
礼を言うのは、俺のほうだ
アンタが来てくれたから、事件解決に必要な重要人物を逃さずに済んだ
ありがとな

足を綺麗にすると、今度は温めたタオルで膝下をそっと拭いてくれる。
足を持ち上げられると、膝頭に誠二さんの唇が押し当てられた。

サトコ
「せ、誠二さん!?」

後藤
本音を言えば、いつもアンタを守りたいと思っている。だが刑事としては、そういくわけもない
アンタの活躍は嬉しくて、誇らしくて···それでも、男としては心配になる
だから、俺は···

こうして無事を確認したくなるーーと、触れる指先に力が込められた。
上げられた顔が近付くと、その誠実な瞳の奥に種火のようなものが揺らめく。

(このままだと···)

唇が触れてしまう。
そうしたらきっと···求める気持ちを抑えられない。

サトコ
「警察庁の中ですよ、後藤さん」

触れる直前にそう言葉で留めると、誠二さんが動きを止める。
彼の中でも葛藤があったのだろうか、固まること数秒。

後藤
···そうだったな

苦笑いした誠二さんは、少し気まずそうに態勢を戻した。

後藤
アンタはこんなケガを負ってるのに、不謹慎だった。すまない

サトコ
「いえ、謝らないでください!私だって、本当は···」

キスしたかったーーという言葉は、さすがに言えなくて喉の奥に消える。
けれど、それを見逃してくれる誠二さんではなかった。

後藤
本当は···?

サトコ
「···続きは帰ってからでもいいですか?」

後藤
待ってる

キスの代わりにコツンと額を合わせて微笑み合う。

後藤
明日、新しい靴を買いに行こう

サトコ
「はい。あ、でも今日の帰りは···」

後藤
それは心配しなくていい

どう心配しなくていいのか···それがわかったのは、手当てが全部終わったあとだった。

会議室から公安課に戻ると、私の足元に注目が集まる。

津軽
いつの間に、そんなに足大きくなったの?

百瀬
「馬鹿の大足だな」

サトコ
「後藤さんの予備のスニーカーを借りたんです」
「さっきの現場で靴をどっかに飛ばしちゃって」

津軽
なら、今から買いに行ってくれば?それくらいの時間はあげるよ

サトコ
「今日はコレで大丈夫です。明日休みなので、新しい靴買ってきますから」

津軽
誰と?

サトコ
「···え?」

反射的に、後藤さん···と答えてしまわなかった自分を褒めてあげたい。

津軽
靴、一足しか持ってないなんてことないでしょ?
なのに、わざわざ新しい靴を買いに行くってことは、誰かと行くのかなって

津軽さんの手が口元に運ばれ、その笑みが深くなる。

(これは間違いなくカマをかけにきてる···)

サトコ
「ひとりですよ。平日の休みですし」

津軽
そう···にしても、だよ

津軽さんが視線を石神班の方に流した。

津軽
君たち、俺のサトコちゃんを使いすぎ

津軽さんの手が私の頭の上に置かれ、それこそウサギでも撫でるようにポンポンされる。
すると、びくっと誠二さんの髪が揺れた。

後藤
···アンタのじゃない

サトコ
「!?」

(誠二さん!?)

津軽
誠二くん、何か言った?

後藤
何か聞こえたなら、言ったのかもしれませんね

津軽
へええ~、そういう···ふーん···

なぜか津軽さんの目が愉しそうに輝いて見えた。

石神
まったく···後藤

颯馬
後藤は長期の潜入捜査で心身共に疲弊しているんです
今回は大目に見てください

津軽
いや、俺は歓迎だよ?誠二くんが野良犬に戻るの

サトコ
「野良犬って···」

百瀬
「俺も歓迎する」

サトコ
「なぜ!?」

颯馬
野良犬仲間ってことですかね

サトコ
「いや、そんな···後藤さんは優しい教官だったんです!野良犬とか野犬だなんて···!」

石神
とにかく、今回は氷川の手があって助かった

津軽
貸しだからね

石神
わかっている

とりあえず落ち着いた場にホッとすると、誠二さんと目が合った。

後藤
······

(少しも悪びれた感じがしない···津軽さん相手に、これはなかなか···)

その度胸に感心しながらも、思い出す。
誠二さんが忠実なのは石神さん相手だけだったと。

(でも、野犬でも忠犬でもセイジデレラでも王子様でも···)
(どんな誠二さんでも、私は大好きです)

このぶかぶかのスニーカーさえ愛おしくて嬉しいくらいに。
私にはガラスの靴なんていらないーー大好きな人のスニーカーで、どこまでも走っていけるから。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする