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お遊戯会 東雲1話

(電話って、まさかこのタイミングは···)

物陰から再び教官、もとい歩さんに視線を投げれば耳に携帯を当てている。
自分のスマホの画面も確認すれば、表示された名前はやはり目の前の···ー

サトコ
「プリンセス···!」

東雲
は?

(いや、私は何を言ってるの!?)
(確かにプリンセスなキューティクルに目を奪われてはいたけども···!)

こちらを振り返った歩さんは怪訝そうに眉をひそめる。
逃げるのも忘れ、歩くたびに輝きの変わるその天使の輪を見つめていた。

東雲
···まさかとは思うけど、尾けてたわけじゃないよね?

サトコ
「偶然です!偶然!」

東雲
······

サトコ
「ほ、本当です!」
「それに、私の尾行なんて歩さんなら気付くじゃないですか!」

東雲
······

訝し気な視線のまま歩さんはじっと私の様子を窺う。

東雲
···それもそうか
でも、キミならやりかねないっていうか

(どんだけ!)

つい胸の内でバラエティ番組ばりに叫んでしまった。

サトコ
「私のことストーカーか何かと勘違いしてません···?」

東雲
え、違うの?

サトコ
「違いますよ!」

半ば食い気味に断言しつつ、ふと自分の手に握ったままのスマホに気付く。

サトコ
「そういえば、さっきの電話って何だったんですか?」

東雲
ちょうどいいや。こんなところにいるってことはどうせヒマでしょ?

サトコ
「は、はぁ···」

(これは、もしや···?)

東雲
ランチ、どう?

歩さんが選んだお店は外装もさることながら、内装もこじゃれていた。

(お客さんも女の子ばっかり···さすがプリンセス)

店員
「お待たせしました。こちら、ボリュームハンバーグステーキセットです」

サトコ
「はい!」

一瞬、置き間違えそうになった店員さんはぎこちなく私の前に皿を置く。

店員
「こちらがヘルシー野菜のさっぱり美肌スープです」

東雲
はい

店員
「ご、ごゆっくりどうぞ~」

戸惑いながらお皿を並べていった店員さんはぎこちない笑顔で去っていく。

(何だか前にもこんなことあったような?)

ハンバーグにかけられたソースの香りが湯気と一緒に立ち上ってくる。
それを前にすれば、店員さんの反応も気にならなくなってしまった。

サトコ
「いただきます!」

東雲
いただいてます

いつの間にか歩さんは、お上品にスプーンを使ってスープを飲んでいた。
ハンバーグを一切れ口に運びながら、目の前の彼の器に視線を落とす。

サトコ
「きょ、じゃなかった···歩さん、本当にそれで足りるんですか?」

東雲
今ダイエット中だから、これで充分

サトコ
「ダイエット中って···」

改めて上から下まで視線を動かすものの、特に以前と変わった様子はない。

(相変わらず顎のラインはシュッとしてるし)
(服でちゃんとは見えないけど、そんなに体の方も変化があるようには···)

東雲
この前の潜入捜査で太った分戻さないと

サトコ
「······」
「歩さん、太ったの意味分かってます?」

東雲
は?

サトコ
「いえ、何でもありません···」

(歩さんの女子力の高さに私が勝てるわけないか···)

少しくらい見習ったほうが、など考えつつも、
ジューシーなハンバーグはやっぱり美味しいのだった。

東雲
奢らないからね

サトコ
「分かってます!」

翌日。
庁内の食堂に行くと、歩さんが1人お弁当箱を広げていた。

(遠目でも分かるOLさんのような大きさの弁当だな···)

女性が持っても小さいそれは、歩さんの手の中にあることで余計に小さく見える。
先程から口に運ぶものも野菜ばかりだった。

黒澤
あれ、歩さん。今日はお弁当なんですね?

東雲
しばらくはこのランチボックスの予定

黒澤
うわ、野菜と果物しか入ってないじゃないですか!

歩さんのお弁当を覗き込んだ黒澤さんの声が聞こえてくる。

(何となくそんな気はしてたけど、やっぱり···)

黒澤
しかもめっちゃ映えそうですね~撮っていいですか?

東雲
いや、もう食べかけなんだけど

黒澤
歩さんの食べかけってところにまたぐっとくるんですよ!

東雲
······

黒澤
はい!歩さんの冷ややかな視線頂きました!
それにしてもいいですねぇ、手作り弁当なんて彼女ですか~?

東雲
ううん。そんな気が利く子じゃないから

(!!)
(そんなズバッと言わなくても···!)

食券を買いながら聞き耳を立てれば、聞こえてきた会話にツッコんでしまう。

(前から薄々は感じていたけど···)
(彼氏よりも女子力が低い彼女ってどうなんだろう···?)

昨日のランチやヘッドスパ帰りの歩さんを思い出し、眩暈がしそうだった。

(しかも、直接指摘されちゃうって···)

今までも女子力の低さを指摘されたことはあった。

サトコ
「でもそれ以上に···」

( “気が利かない” なんて認識は撤回してもらわなければ···!)

お弁当は作れなくても、せめて何か歩さんのためにできないかと考える。

(プレゼント···はさすがにいきなりすぎるし)
(マッサージ?いや、それは場所を選ぶよね···)

上の空のまま注文を終え、気付けば席についていた。

(うん。こういう時はやっぱり···)
ちらっと歩さんに熱い視線を送る。

東雲
っくしゅ!

黒澤
風邪ですか?

東雲
急に悪寒が···

自分の中で次の行動も決まり、目の前のご飯を勢いよく口に運んだ。

サトコ
「ということで、何かしてほしいことはありますか?」

歩さんの自宅にお邪魔し、第一声にずっと考えていた質問をぶつけた。

東雲
本人に直接聞くって時点でマイナス

サトコ
「私の長所は剣道と同じく真っ向勝負ですので!」

東雲
暑苦し···
というか、聞くにしても聞き方があるんじゃないの?

<選択してください>

最近欲しい物ありますか?

サトコ
「じゃあ···最近欲しい物とかありますか?」
「気になってる物とか」

東雲
質問変えても直接的なのは変わってないんだけど

サトコ
「ないんですか?そういうもの」

教えてくださいませ、歩さま

サトコ
「教えてくださいませ、歩さま!」

東雲
······
ふざけてるの?

サトコ
「私は至極真面目です。腰を低くしたら教えてもらえるのではと」

東雲
あーもう分かった

言い返せない

サトコ
「ぐっ···それはそうなんですけど」

東雲
相手に探りを入れるくらいできなくて公安が務まると思ってるの?
足りないのは女子力だけにしてくれない?

サトコ
「う···」
「じゃあ、特に私へのお願いもないってことで···」

東雲
そうは言ってないけど

サトコ
「え?」

東雲
じゃあ···
1つ目。後藤さんのファーストキスの話を聞きだすこと
2つ目。石神さんの甘酸っぱい初恋の話を聞きだすこと
3つ目。兵吾さんの初体験の話を···

(え、何だかデジャヴ?いや、あれは私の妄想だったはずじゃ···)

東雲
渋い顔してるけど、出来ないならさっさと認めれば?

サトコ
「あ、いや···」

確かに難易度は相当高い。
皆さんがそんなプライベートのことを教えてくれるとは思えない。

(しかも、加賀さんに関しては聞く内容が内容すぎる···!)

東雲
ほら、できないでしょ?

サトコ
「······」

確かに達成できる可能性はとてつもなく低い。
でも···ー。

(もしかして、これは公安刑事となった私へのお試しなのでは···?)

さっきのように直接聞くのではなく、公安刑事として探りを入れる。

(それが歩さんから課せられた試練···!)

サトコ
「分かりました、教官!」

東雲
だから教官じゃ···

サトコ
「調べてみせます!楽しみにしててください!」

東雲
···あ、そう
じゃあ、ついでに津軽さんの初デートの話もよろしく

サトコ
「かぐや姫でも1人1個だったのに···」

東雲
物語通り5つでもいいんだけど?

サトコ
「4つで大丈夫です!」

この時の私はすっかり忘れていた。
そもそもの目的が彼への女子力アップであったということを。

翌日から早速、公安課の皆さんの経歴を調べ始めた。

(資料室なら何かあるかもと思ってきたけど···)

資料室に置かれたPCを操作する。
庁内の職員の名簿を見つけ、さらに奥へ奥へとフォルダを開いていくものの。

サトコ
「極秘扱い···」

(そりゃそうだよね。家族にすら素性は明かさないんだし···)

試しに後藤さんの経歴を探るものの、必ず途中でエラーメッセージが出てしまう。

(私じゃこれ以上は閲覧できないかぁ···)

階級が上がるにつれてセキュリティも強固なものになっているらしい。
これ以上無理に見ようとすれば、おそらく警戒欄に引っかかるはずだ。

(石神さん、加賀さん、津軽さんなんて鉄壁過ぎて歯が立たない···)

学校の経歴などが分かればそれを伝いに情報を集められるかと思ったものの、
中々前途多難らしい。

(かぐや姫に出てくる大臣たちはどうしてたっけ···?)
(偽物を持って行ったり、旅の途中で死んじゃったり?)

サトコ
「さすがに嘘はバレるよね···」

しかし、すっかり難航してしまい気まぐれに自分のことを調べてみる。

サトコ
「おぉ、こんなに簡単に···」

(公安とはいえ、まだ新人だとこんなに容易く閲覧できるんだ···)

???
「あれ、サトコさんも調べものですか?」

サトコ
「!」

咄嗟に画面を落とし、声の方を振り返る。
すると黒澤さんがニコニコと笑顔で近づいてきていた。

サトコ
「えぇ、まぁ。黒澤さんも調べものですか?」

黒澤
石神さんに資料持ってくるように頼まれまして

サトコ
「そうなんですね」

(そうだ。黒澤さんなら皆さんのそういう情報う知ってるんじゃ!)

サトコ
「そういえば黒澤さんってよく合コンに行きますけど」
「後藤さんや石神さんと行ったことはあるんですか?」

黒澤
後藤さんと石神さん?

私の質問に黒澤さんは首を傾げる。

黒澤
突然どうしたんですか?
あ!もしかして誰かに合コンのセッティング頼まれたとか?

(違う、けど···とりあえず今は話を合わせて)

サトコ
「実はそうなんです。まぁ、難しいですよね?」

黒澤
後藤さんも石神さんも硬派ですからねぇ

サトコ
「じゃあ、ちょっとだけ情報とか!恋愛トークとかしたことないんですか?」
「付き合ってた子のタイプとか」

黒澤
···随分ぐいぐい来ますね。サトコさん

(まずい、不審がられてる···!)

サトコ
「···そうですか?」

内心の焦りを出さないようにできる限り自然に笑みを浮かべてみる。
黒澤さんはそんな私の真意を探るようにじっと瞳を見つめてきた。

黒澤
あ、分かりました!

サトコ
「え···!」

(まさか探ってることがバレた!?)

黒澤
合コンとか言って、実はサトコさんが気になってるんじゃないですか?

サトコ
「へ···?」

黒澤
でも、歩さんのことはいいんですか?
まさか、そっちはただの遊びだったとか!?

サトコ
「え、ちょっ···!」

黒澤
サトコさんがそんな人だったなんて···透ショック
というわけで力になれないです!さようならー!

サトコ
「あ、待ってください!黒澤さーん!」

(誤解も解けないまま行ってしまった···)

結局、黒澤さんからも何も聞けず、資料室を後にした。

それから数日後···

津軽
サトコちゃん。ちょっとお話しようか

サトコ
「?はい」

(何だろう?新しい捜査の話とか?)

特にこれと言ったものが思い当たらないまま、津軽さんの呼び出しに応じる。
彼の前に立つと、ニッコリと口元は弧を描いていた。

(あ、あれっ···何だか雰囲気が···)

妙に冷たいものを感じ、自然と背筋が伸びる。

サトコ
「あ、あの何かご用でしょうか?」

津軽
最近、率先してみんなのプライバシー侵害してるんだって?

サトコ
「え···」

津軽
何、花婿探しでもしてるの?

(バレてるー!?)
(ネットワークとかのアクセス履歴は消したはず···!)

しかし、自分の技術程度だとそんなものは消しきれなかったのかもしれない。
なるべく感情を出さないよう津軽さんを見ると、笑顔の向こうに般若が見えた。

サトコ
「プライバシー侵害なんて、そんな···」

(実際、ほとんど何も分かってないのに!)

加賀
しらばっくれるとはいい度胸だな。クズ

石神
納得できるように説明してもらおうか

サトコ
「ひっ···」

自分の喉から空気の抜ける情けない音がした。
気付けば高身長3人組に囲まれ、威圧感も相成り身体が余計に縮こまる。

(これは完全に八方塞がりというやつでは···)

津軽
で、逃がさないけど···どうする?

to be continued

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