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お遊戯会 東雲2話

津軽
で、逃がさないけど···どうする?

津軽さんたちの圧に負け、結局歩さんとの約束を説明することになってしまった。

サトコ
「というわけでして···」

津軽
つまり、歩くんに試されてる、ってこと?

サトコ
「簡単に言うと、そうなります」

石神
それで、その成果は?

サトコ
「う···」

(石神さん、痛いところを···)

サトコ
「現状何の成果も挙げられず···」

津軽
数日かかって成果なしとはねぇ

加賀
クズごときに暴かれるほど、ちゃちな個人情報は持ってねぇ

サトコ
「仰る通りです···」

その時、扉の開く音がした。

難波
何だ何だ?また何かやらかしたのか?

サトコ
「室長···」

(またって···)

難波室長がひょっこりと顔を出す。
そして、石神さんたちに囲まれてる私を見て冗談っぽく言った。

津軽
まぁ、未遂で終わってるんですけど

難波
未遂?

難波室長にも簡単に事の経緯を説明する。
ふむふむ、と聞いていた室長は二ッと笑みを浮かべた。

難波
じゃあ、やり返しとけ

サトコ
「へ?」

(やり返すとは···?)

戸惑う私をよそに、室長は悪戯を企む少年のように作戦会議を始めた。

サトコ
「あ、教官!」

廊下で見慣れたキノコ頭を見つけ、駆け寄っていく。
こちらを振り向く歩さんは呆れたように口を開いた。

東雲
いつになったら抜けるの、その教官呼び

サトコ
「あ、つい···じゃなくて、報告に参りました!」

東雲
報告?

サトコ
「はい!最近ハマってるヘッドスパについてですが」

東雲
ヘッドスパ?

サトコ
「美容院で施術された炭酸ヘッドスパから始まり、ついには専門店に」
「その後、クリームバスやヘッドキュアなども体験」
「ちなみに次に予約したお店はシロダーラという施術法のヘッドスパで」

東雲
それってオレの···

サトコ
「神楽坂にあるお店もオススメされてるので来店するか悩み中、あとは···」

東雲
ちょっと待て、ストップ!

片手で両頬を潰すように掴まれ、強制的に言葉は遮られる。

サトコ
「いはいれす···」

東雲
いいから質問に答えろ
···どこから仕入れたの?

痛い、という私の訴えはスルーされ、歩さんの訝し気な視線が刺さる。

(これは室長の作戦成功かも?)
(となれば、次は···)

歩さんの手が外れると、わずかにヒリつく頬を撫でる。
そして、恥ずかし気にそっと視線を逸らしながら、気持ち程度に腰をくねらせた。

サトコ
「加賀さんたちに親切にしていただいて···」

何となく呟くようにそう告げる。
そして、そっと歩さんの様子を窺うように視線を上げた。

東雲
まさか···

予想以上に、何か衝撃を受けているらしい歩さんは目を丸くしていた。
そして、考え込むように腕を組むとブツブツと何かをつぶやき始める。

東雲
兵吾さんが、そんなわけ···いや、まさか···

(おぉ!まさかこれは上手くいっているんじゃ!?)

その時、歩さんの視線が私の背後へと注がれる。
それにつられるように振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに室長が立っていた。

サトコ
「室長!」

(全然気配に気付かなかった···!)

難波
上手くやれたみたいだな
どうだ?予想外のやり返しを受けた気分は

東雲
難波さんの入れ知恵ですか···

難波
まぁ実際ちょびーっとだけ加賀たちにも手伝ってもらったけどな

東雲
······

無言のままの歩さんを前に、室長は私の頭に手を乗せる。

難波
ということで、あんまりいじめんなよ

東雲
善処はしてみます

難波
そうそう、大事な後輩なんだからな

隣で室長が笑みをこぼす息遣いが伝わってくる。
それはともかく、徐々にガシガシと激しくなる撫で方に思わず声を上げた。

サトコ
「あ、あの、室長···!」

難波
ん、何だ?

サトコ
「頭!撫ですぎですから!」

難波
おぉ、ちょうど撫でやすい位置にあるからついな

ははっ、とどこか適当に笑い飛ばす室長。

(これ、歩さんに髪の毛ぐしゃぐしゃだってからかわれるやつ···)

しかし、歩さんはどこか難しい表情をしている。

東雲
······

(あ、あれ···?)

難波
じゃ、お姫さまは大事にな

サトコ
「ヒメ!?」

締めのようにポンポン、と頭を撫でると室長は去っていく。

( “ヒメ” って “姫” だよね?)
(え、プリンセスキューティクルじゃなくて私が?)

呆然としている私の横を、すっと歩さんも通り抜けていく。

(というか、お願いは結局達成できないままだし、さっきから無言だし)

サトコ
「あの、教官!」

東雲
···だから、もう教官じゃないって
というか、そこまでいったんなら例の話も聞けたんじゃないの?
兵吾さんたちにも気に入られてるみたいだし

サトコ
「いや、さすがにそれは···」

東雲
ま、今さらだけど

それ以上の言葉は受け付けないとばかりに歩さんは歩き出す。
何となくその態度に違和感を覚えつつも、追うことはなかった。

その夜、庁内で歩さんと顔を合わせることもなく家に帰ってきた。

(やっぱりちょっと様子変だった···よね?)
(室長に言われるままにやり返しなんてしたけど、怒らせちゃったとか?)

それなら連絡した方がいいのかもしれないとスマホを手に取る。
しかし、どう切り出したものかとそこで指の動きが止まった。

(謝るっていうのも、何か違うような···)

その時、計ったようにスマホが電話の着信を告げる。

サトコ
「歩さん!?」

ほぼ反射的に通話ボタンを指で操作してしまう。

(ああ、まだ何て言うか考えてないのに···!)

サトコ
「あの、えーっと···もしもし?」

そっとスピーカーに耳を当てると、溜息混じりに歩さんの声が聞こえてくる。

東雲
······

サトコ
「あの、歩さん?」

東雲
···キミって本当、タチ悪い

サトコ
「え?」

どこか安定しない滑舌に、首を傾げる。

(もしかして酔ってる?)

<選択してください>

今どこに?

サトコ
「歩さん、今どこに?」

東雲
オレがどこにいるかとか関係ないよね?

(自分から電話かけておいてそんなぁ···)

サトコ
「大丈夫ですか?ちゃんと歩道歩いてます?」

東雲
馬鹿にしてるでしょ
てか···、······キミはもっと、自分のこと気にしなよ

サトコ
「え?」

酔ってます?

サトコ
「歩さん、酔ってます?」

東雲
···酔ってない

サトコ
「いや、それ酔ってる人の常套句ですから!」

東雲
誰のせいでこうなってると思ってるの?

サトコ
「へ?」

タチ悪いって?

サトコ
「タチ悪いって、何のことですか?」

そういうと、また大音量のため息が聞こえてくる。

東雲
そういうところ

サトコ
「そういうところ、と言われましても···」

東雲
思い当たる節くらいあるでしょ

サトコ
「思い当たる節···」

東雲
なに、わざと?

サトコ
「あ、やっぱり歩さんのプライバシー侵害のこと怒ってます!?」
「ごめんなさい!でも、他の皆さんを調べている時よりも捗ったというか···」

東雲
もう本当にバカ···情熱の注ぎ方がバカ

サトコ
「バカバカ言わないでください」

続きの言葉を待つように耳を澄ませていると、インターホンが鳴る。

サトコ
「あ、すみません。誰か来てみたいで···」

(こんな時間に?何か宅配とか頼んでたっけ?)

そんなことを思いながらインターホンのカメラを確認する。
すると、こんな時間になっても整ったままのヘアスタイルで彼は立っていた。

サトコ
「あ、歩さん···!?」

持っていたスマホを取り落しそうになりつつも、画面に映る姿を凝視する。

東雲
···早く開けて

サトコ
「え、あ、はい!どうぞ!」

部屋へとやってきた歩さんは、いつもより頬の血色がよく見えた。

(どれくらいお酒飲んだんだろう?)

東雲
ミネラルウォーターちょうだい

サトコ
「はい!」

どこか身体の動きが覚束ない歩さんはリビングへと腰を下ろす。
そんな彼の横に座りながら、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。

サトコ
「どうぞ」

東雲
常備してあるんだ、意外

サトコ
「歩さんが来たとき用に置いておいて正解でした!」

東雲
あっそ···

サトコ
「えっと···昼間のこと、ですか?」

東雲
かぐや姫はさ

サトコ
「かぐや姫?」

唐突な歩さんの言葉に思わずオウム返しをしてしまう。

東雲
いるべき場所にいて、帰るべき場所に帰るんだよね

サトコ
「そうでしたね。最後には月から迎えが来て···」
「でも、急にどうしてかぐや姫の話を?」

東雲
···本当に鈍感
キミが、オレのことかぐや姫って言ったんでしょ?

サトコ
「かぐや姫でも1人1個だったのに···」

東雲
物語通り5つでもいいんだけど?

サトコ
「4つで大丈夫です!」

数日前、歩さんにお願いを追加されたときに口をついて出てしまったことを思い出す。

サトコ
「言ったというか、まぁ例えには出しましたけど···」

東雲
じゃあ分かるでしょ?

サトコ
「分かる?」

そこまで言われて歩さんの言ったかぐや姫の話を思い出していく。

(かぐや姫はいるべき場所に、帰るべき場所に帰っていく···)
(約束もない日に、こうして歩さんから家に来てる)
(しかも酔った状態で、自分の家に帰らずに私の家に···)

自分の行きついた答えが信じられずにはっと隣の歩さんを見つめる。

サトコ
「お、おかえりなさい?」

東雲
···ただいま

サトコ
「!」

ペットボトルをまた一口飲んだ歩さんはぶっきらぼうに呟いた。

(え、嘘、どうしよう!?本当に!?)
(本当に私の傍が歩さんの帰るべき場所って認識でいいんだよね!?)

東雲
さっきから顔がウザい···

そんなこと言われても、今の私には歩さんがどうしようもなく可愛く見える。

(愛しさを通り越して、可愛い···!)
(これは熱出した歩さんを見た時以来の衝撃!)

サトコ
「歩さんがいつでも帰れる場所にしておきますから!」
「なので、心置きなく!」

その決意を伝えるように大きく両手を広げてみせる。
それをじっと見つめていた歩さんは、のそりと身体を動かした。

(え···)

予想外の動きに一瞬身体が固まった。
歩さんの顔が胸元へと埋められ、身体に預けられる体重に体温が急上昇していく。

サトコ
「教官···じゃなくて、歩さん···?」

東雲
うるさい。心臓止めて

サトコ
「無茶苦茶な!」

東雲
心置きなく、って言ったのはキミでしょ

サトコ
「それはそうですが···!」

(まさかこう来るとは思ってなかったから!)

視線を落とせばサラサラと揺れる髪の毛がそこにある。
気付けば手を伸ばしていて、両手の彼の髪を梳き始めた。

サトコ
「うわぁ···」

東雲
何その反応?

サトコ
「すごい、サラサラで···」
「私、歩さんの御髪を触ってるんだなぁ、って実感が···!」

東雲
···雑に触らないでよ

(でも止めろとは言わないんだ)

喜びが抑えきれずに飽きもせず何度も形の良い頭を撫でた。
歩さんも私の胸元でどこか落ち着いているようで。

(そういえば、もともと私が女子力の無さを痛感したのが事の発端だったような)

ふと、歩さんの髪の毛に触れながら思い出す。
彼と問答をしているうちにすっかり忘れてしまっていた。

(女子力はともかく···)
(こうして歩さんのために何か出来るのならそれだけでいいのかも)

東雲
それと、キミの鈍感さを見てると周りが可哀想になってくる
って、今日改めて思った

サトコ
「ええ···私そんなに鈍感ですか?」

東雲
まぁ一生治んなそうだよね

サトコ
「え、ちょっと!勝手に結論付けないでください!」

東雲
うるさい。耳元で叫ぶな

サトコ
「~~っ!」

胸元の確かの温もりは全く素直ではないけれど。
それでも、胸にはどうしようもなく幸せが込み上げてくるのだった。

翌日。
私が食堂に行くと、なぜか先に席についていた歩さんがスッと立ち上がった。

東雲
いけない、オレがコーヒーを淹れないと氷川さんに叱られますね

サトコ
「!?」
「え、あの東雲さん?」

東雲
わかってます。ちゃんと砂糖とミルクは1つずつですよね

(え、何これ怖!?)

職員A
「え、あれ公安課の東雲さんだよな···?」

職員B
「まさか、パシられてる?」

食堂にいる他の職員からヒソヒソ話が聞こえてくる。

東雲
お待たせしました、氷川さん。他に何かいりますか?

サトコ
「え、あの···本当に東雲さんですよね?」

東雲
何言ってるんですか、氷川さん
あなたのパシリ、東雲歩ですよ

(えぇ!?笑顔が怖い!)
(しかもちょっと黒澤さん風味入ってる!?)

職員A
「聞いたか、パシリだってよ···」

職員B
「東雲さんをパシれるなんて、かぐや姫くらいだと思ってたけどな···」

職員A
「かぐや姫?」

職員B
「姫の中でもダントツに男振り回してるだろ」

職員A
「なるほど···」

(いや、『なるほど』じゃない···!)

東雲
じゃあ、オレは先に戻ってデスク拭いておくので

サトコ
「え、いいです!というか、やめてください!お願いします!」

東雲
イヤよイヤよも、というやつですか?

サトコ
「違いますーーー!!」

歩さんは私にだけ見えるよう一瞬悪い笑みを浮かべて食堂を去って行った。

(転んでもただでは起きない、か···)

運んでもらったコーヒーを啜り、月に帰れるなら帰りたと思う昼下がり。

(あれ?気のせいかコーヒーが美味しい!)
(いつもと同じセルフのコーヒーなのに···まさか歩さんが注いでくれたから?)

サトコ
「···これが愛のパワー」

その時、廊下の向こうからクシャミの音が1つ聞こえた気がした。

Happy End

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