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お遊戯会 黒澤2話

プリンセス衣装騒動があった翌朝のこと。

婦警A
「ねぇ···」

婦警B
「あ···」

(ん···?)

チラチラとこちらを見て囁き合う婦警たちに気付く。

(何だろう?今日は朝から似たような視線を感じるけど···)

こちらを窺う婦警たちの方に勢いよく振り返ると、パッと散っていく。

(感じ悪いな···)

何か変なところでもあるのだろうか、と自分の姿を見下ろす。
しかし、特段いつもと違うところがあるようには思えなかった。

(うーん···鳴子に聞いたら何か知ってるかな)

そんなことを考えながら、トイレを出ようと歩き出す。
その時、ちょうど入ってきた女性とぶつかってしまった。

サトコ
「あ···ごめんなさい」

婦警C
「いえ、こちらこそ」

サトコ
「え···」

言葉が詰まったのは、彼女の手の中の写真が目に入ったからだ。

(今の写真、ほぼ後ろ姿だったけど後藤さんだったような···)
(これってまさか···)

サトコ
「隠し撮り···?」

婦警C
「!」

ハッとして写真を隠す彼女に詰め寄る。

サトコ
「それ、なんですか?」

婦警C
「あの、これは···」

(自分で撮ったものなら現像してわざわざ持ち歩かないよね?)
(となると···)

サトコ
「誰にもらいました?」

婦警C
「!」

(ビンゴ···!)

サトコ
「あの、その写真、見せてもらってもいいですか?」

婦警C
「え···は、はい···」

差し出された写真には、後藤さんだけでなく他の公安の面々も映っていた。

(何これ!)
(どれもギリギリ顔が判別できない程度だけど···)
(でも、明らかに全員盗撮···!)

サトコ
「撮影を頼んだんですか?」

婦警C
「ち、違います!ネットを使って、庁内で売られているんです···」

サトコ
「売られてる?」

婦警C
「メールで購入すると、後日指定された場所に写真が置かれてて」
「本当に、誰が撮ってるか知らないんです」

(嘘を言ってるようには見えないし···)

公安に属するものは基本的に写真やデータに存在を残すわけにはいかない。

(こんな写真が出回ってるなんて···何とかしないと)
(もしかして、最近感じてた視線って、盗撮犯のだったのかも···!?)

サトコ
「とりあえず、この写真は没収させてもらいます」

婦警C
「え···あぁ···!私の後藤さんが···」

(この後藤さんは大事な証拠なので···すみません···!)

渋々という彼女と別れ、公安課へと向かった。

課内に戻ると、東雲さんと透くんがパソコンを2人で覗いていた。

黒澤
あ、サトコさん。おはようございます

サトコ
「おはようございます。というか大変です!」

黒澤
大変?

東雲
それにしても、犯人もヒマだよね

怠そうにつぶやく東雲さんのパソコンの画面には、見たばかりの写真が載っていた。

サトコ
「そのサイト···!」

(さっきの人から聞いた···!)

黒澤
あーほらこれです!本屋にいるやつ!
ほら、オレとサトコさん本物のカップルっぽくないですか?

東雲
ウザ···

溜息混じりに呟く東雲さんの隣で、透くんは楽しそうに写真を見ている。

サトコ
「え、本屋って···」

パソコンを見れば、それは石神さんから透くんを任されたときの写真だった。

(棚とか人ごみに紛れてほとんど顔も見えてないけど)
(こんなところまで撮られてたの!?)

大量の盗撮写真が並び、それぞれ写真の下には値段が書かれていた。

(さっき回収した写真もそうだったけど)
(みなさん意識的に顔映らないようにしてるのかな···)
(だとしたら、さすがすぎる···)

颯馬
昨日の派手な買い物のおかげで犯人の尻尾が掴めました
今日中にも犯人を捕らえられるでしょう

黒澤
でもやっぱりやりたかったですね
『みんなでプリンセス作戦★』

東雲
やるなら1人でやりなよ

黒澤
何言ってるんですか!あれは大勢でやるから楽しいんですよ!

(え、アレも作戦だったの?)

東雲
犯人をおびき寄せるだけなのに、そこまでする必要ないし

黒澤
どうせ目立つならもっと振り切ってもよかったじゃないですか~

(というか、皆さんもうすでに知ってたんだ···)
(しかも私が知った頃には、もう事件はほぼ解決って···!?)

津軽
今、兵吾くんから連絡あったよ。もうすぐ取り調べ始めるって

サトコ
「津軽さん···」

(ま、まさか···本当に私だけ知らなかったんじゃ···)

津軽
あれ、もしかしてサトコちゃん、気付いてなかった?

サトコ
「!」

津軽
そんなわけないか。あれだけ分かりやすく撮られてたんだから

サトコ
「あはは、ソウデスヨネー···」

きっと私の乾いた笑いにも気付いているであろう津軽さんは、パソコンを覗き込む。

津軽
これなんて、サトコちゃんよく撮れてるんじゃない?

サトコ
「え?」

津軽さんの指差す写真に目を凝らす。
そこには唯一私と透くんが手を繋いでいるところが抑えられていた。

(横からのアングルだからわかりづらいけど、これは···!)

黒澤
そうなんですよ!よく撮れてますよねー!
こんなに簡単に囮に引っかかってくれてラッキー♡って感じです
サトコさんもナイス演技じゃないですか?

津軽
本当、自然過ぎて普通のカップルみたい

黒澤
歩さん、聞きました!?

東雲
はいはい···

にっこりと笑顔のままの津軽さんに愛想笑いを返すしかなかった。
その時、不意に隣にいた透くんの表情が影を帯びる。

黒澤
でも、サトコさんを勝手に撮影なんて許せないなぁ···

(今、何かすごく黒いオーラが···)

恐らく私にしか聞こえなかったはずの呟きはゆっくりと空気に溶けていく。

東雲
購入した人の連絡先とIPアドレスのリスト、今送信しました

津軽
さすが歩くん

東雲
まぁ、ここへのアクセス方法を見つけたのは兵吾さんですけど

黒澤
加賀さん、何度聞いてもその方法教えてくれないんですよねー

いつの間にか元の明るさに戻っている透くんがうーん、と首を傾げる。

黒澤
どうしよう、オレさっきの写真買っちゃおうかなぁ

東雲
もうこのサイト閉鎖させたから買えないけど

黒澤
えぇ!?歩さん、一瞬だけ!一瞬だけ復活させてください!
百瀬さんもこの写真欲しいですよね!

百瀬
「···」

(ひどっ!)

津軽
じゃあ、そのサイトの方は歩くんに任せて、俺たちは写真の回収
モモとサトコちゃんで手分けして頑張って

サトコ・百瀬
「はい」

そうして、そこから怒涛の写真回収が始まった。

リストを確認しながら庁内を巡っていく。
気付けば大量の隠し撮り写真を回収していた。

(これでやっと半分···)
(こんな、顔がほとんどまともに写ってない隠し撮り写真でもみんな買うんだなぁ)
(まぁでも確かに、時々すごくいい感じの写真あるんだよね···)
(いや、だからってこんなことして許されるってわけじゃないんだけど)

そんなことを思いながら歩いている時だった。

???
『すみませんー···っ!』

悲鳴混じりの叫び声に思わず足を止める。

(そういえば、ここ取調室の近くだっけ···)

加賀
すみませんじゃねぇ
データは本当にこれで全部かって聞いてんだ!

???
『ひぃぃっ!』

(取り調べはやっぱり加賀さんになったんだ···ご愁傷様です)

ノリノリな加賀さんの声と呼応するように悲鳴が響いてくる。
ホラー映画のような声が響く中廊下を歩いていると、石神さんとすれ違った。

サトコ
「お疲れ様です」

石神
ああ。写真の回収状況は?

サトコ
「もう半分もありません。リストに載ってるだけなら今日中に」

石神
そうか。全くくだらない···

サトコ
「庁内にも普通に入れる人物ってことは、犯人って···」

石神
情けないことに、ここで働く警察官だ

サトコ
「警察官、ですか···」

石神
顔のいい奴の写真を撮って売れば金になると思ったらしい
とはいえ、その顔が映った写真はほぼないが

(鳴子も言ってたけど、やっぱり公安課の皆さんカッコイイもんね···)
(回収してきた相手のほとんどは女性だったし)

石神
やり方も考えも浅はかだ
引き続き回収を続けろ

サトコ
「分かりました」

結局、その日のうちのほとんどが写真回収に追われることになったのだった。

その日の夜。

黒澤
『事件解決祝いに家で一杯どうですか?』

という透くんからのメールのお誘いで家へとやってきた。

家を訪ねると、そのままリビングへと案内され適当に缶チューハイを開ける。

黒澤
ではでは、写真回収お疲れ様でしたー!

サトコ
「お疲れ様です!」

ぐっと一口煽ると、庁内を駆け回った身体にお酒が染み渡る。

サトコ
「そういえば···」

<選択してください>

いつから隠し撮りが?

サトコ
「いつから隠し撮りがあったの?」

黒澤
割と最近ですよ。取り調べで供述した日付とも一致してます

(その最近っていうのは、私が視線に気付くよりも前なのだろうか···)

僅かにそんな不安も覚えながら、再びちびりと酒を煽る。

いつから気付いてた?

サトコ
「透くんはいつから気付いていたの?」

黒澤
撮られてるなぁ、っていうのはすぐに気付いたんですけど
個人を狙ってるって感じじゃなかったんで、石神さんたちと相談したんです

サトコ
「そうだったんだ···私、そんな作戦気付かなかった」

黒澤
いやぁ、あの本屋のところでてっきり気付いているかと

(透くんを引き取れ、だけで伝わったら私エスパーなんじゃ···?)

取り調べは?

サトコ
「取り調べはどうなったの?」

黒澤
そこはもちろん加賀さんですから!
犯人も吐かされるだけ吐かされたと思いますよ

(お、恐ろしい···)

黒澤
供述通りなら、隠し撮りが始まったのも最近のことみたいです
まぁ、庁内だけで留まってよかった···と見るべきですかね
今後どう処理されるかは班長たち任せですけど

サトコ
「でも、気付いてたのならもう少し早く捕まえられたんじゃ?」

黒澤
そこはあれです
いろいろ罪状を付けたくて犯人を泳がせたんです★

(怖っ!)

黒澤
撮られてるって分かってれば、対処も出来ますから

サトコ
「確かに、どの写真もそうでしたね」

(標的は基本的に男性陣だったから私の写真はあまりなかったけど)
(放っておけば、完全にアウトだったんじゃ···)

もっと注意深く行動しなければ、と改めて決意を固める。
その時、ふと棚の上に置かれた写真立てが目に入った。

サトコ
「こんなところに写真なんて飾ってたっけ?」

黒澤
あ、それは···!

何となく手に取ると、それは私と透くんが手を繋いでる時の写真だった。

サトコ
「これ···まさか本当に買って···」

黒澤
買ってはないですよ!

サトコ
「まさか、証拠品押しゅ···」

黒澤
いやー!犯行はずさんでしたけど、写真の腕は良かったんですよね!
なのでつい言い写真だなぁ、なんて

サトコ
「いやいや、ダメだよ!」

黒澤
えーいいじゃないですか!写ってるの自分たちなんですし
1枚くらい無くなっててもバレませんから★

(そういうもの?そういうものなの!?)

改めて写真に視線を落とす。
横からのアングルで透くんの姿ははっきりとは見えないものの。
確かに仲良さげに写っている私と彼の姿があった。

(···本当に、写真の腕だけは良かったのかも···)

複雑な気持ちを抱えつつも、写真立てを元の位置に戻す。

黒澤
また手を繋ぎましょうね!

透くんはルンルンと身体を揺らしながらそう言った。

(バレたら一体どうなるんだろう···)

半ば彼の笑顔に絆されつつ、遠くはないかもしれない未来を憂えた。

黒澤
次はどこに行きましょうか。あまり人混みがないところとか?
当てもなく自然の中を歩くっていうのも
迷子のヘンゼルとグレーテルみたいですかね?

サトコ
「私は、透くんが手を握ってくれるならどこでもいいよ」

黒澤
え···

だから、絆されたついでにそんなことも言ってみる。

サトコ
「帰り道が分からなくなっても、透くんとなら大丈夫」

目をぱちくりとさせた透くんは一瞬間を置いて、頬を染めた。

黒澤
それ、最高の殺し文句···
···今からでも、いいですか?

サトコ
「え、今からって?」

透くんはすっとお風呂を指差した。

サトコ
「······」
「却下」

黒澤
えー!何でですか!どこでもいいって嘘なんですか!?

サトコ
「ムードもへったくれもないから却下」

黒澤
じゃあ、ムードを作ればいいんですね?

サトコ
「そう言われてムードなんて生まれるわけ···」

そんな私の抗議の言葉は、透くんにそっと重ねられた手によって遮られる。

黒澤
オレ、本当にサトコさんが隠し撮りされたなんて
写真を回収して、サイトも封鎖して
記憶媒体を全部壊しても足りないくらいですよ

サトコ
「透くん···」

黒澤
だから今日は、久々にオレにだけ見られててください

サトコ
「!」

ゆっくりと近付いてくる透くんの瞳。

(そんな目で見てくるのは···ずるい)

付き返せないまま、そっと瞼を閉じた。
そして、優しく触れてくる唇の感触を受け入れる。

サトコ
「ん···」

繋いだ手からお互いの熱が伝わって、自然と甘い雰囲気が漂い始める。

黒澤
我が家はお菓子の家じゃないですけど
オレとサトコさんは兄妹じゃないですし、いいですよね?

サトコ
「···!」

手にギュッと力が込められる。

黒澤
オレたちはオレたちらしく、行きたいところに行きましょう
ね?サトコさん

それをそっと握り返せば、お菓子よりも甘いキスが降り注ぐ。
兄妹ではない、恋人としての密やかな時間が静かに幕を開けたのだった。

Happy End

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