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お遊戯会 颯馬1話

颯馬
お休みのところすみません、今ちょっとよろしいですか?

電話は颯馬さんからだった。
さっきコンビニで見かけた颯馬さんは、緊急の用で警察庁へ行ったらしい。

サトコ
「荷物···ですか?」

颯馬
ええ。公安課へ貴女宛てにご実家から届いています

サトコ
「実家から!?」

(なんでわざわざ職場に送ったりしたんだろう。いつもは家に届くのに!)

サトコ
「すみません、すぐに引き取りに行きます」

颯馬
良ければ帰りに貴女の家に届けましょうか

サトコ
「いえ、大丈夫です。今からそちらに向かいます!」

(緊急で呼び出されてるくらいだし、忙しい颯馬さんにそんなことお願いできないよ)

電話を切ると、私は急いで警察庁へ向かった。

颯馬
これなんですが

サトコ
「すみません、ありがとうございます」

公安課に駆けつけると、颯馬さんが段ボール箱を差し出した。
差出人の欄には間違いなく両親の名前が書かれ、箱の側面にはりんごの絵が。

(もしや···!)
(···って、あれ?)

箱を開けようとした瞬間、テープが弱くすでに開封されていることに気付く。
少し気になったものの、開けてみると真っ赤なりんごがぎっしりと詰まっていた。

サトコ
「やっぱり···」

颯馬
いい匂いですね

サトコ
「この季節にはいつも送ってくれるんですが、何もこんなにたくさん···」

颯馬
手紙も入ってますよ

りんごの上に置かれた手紙をその場で開いてみる。

『娘をよろしくお願いします』

そこには母の字でそう書かれていた。

サトコ
「お母さん···」

(それで職場に直接送ってくれたんだ···)

颯馬
素敵なご両親ですね

サトコ
「はい···ありがとうございます」

(それにしてもこの量はちょっと···)

とりあえず1個ずつみんなの机に置いていくも、まだ残ってしまう。

サトコ
「颯馬さんもおひとつどうぞ」

颯馬
ありがとうございます。いただきます

サトコ
「あとは···持ち帰りますね」

颯馬
持てますか?

サトコ
「大丈夫です!普段から鍛えてますから」

私は力こぶを見せて微笑んだ。

颯馬
頼もしい言葉を聞けて何よりです

サトコ
「颯馬さんは急なお仕事なんですよね。気にせずどうぞ」

颯馬
では、そうさせてもらいます

サトコ
「はい。頑張ってください」

颯馬
貴女も力仕事頑張って

穏やかに微笑んで、颯馬さんは仕事へ向かった。

サトコ
「さてと、頑張って持って帰りますか!」

両親の愛が詰まった段ボール箱を、私はしっかりと抱きかかえた。

サトコ
「ふぅ···重かった」

帰宅後、改めて段ボール箱を開けた。

サトコ
「う~ん、まだ結構残ってるけど、どうしよう?」

(1人じゃとても食べきれない量だし、みんなにも配ってきたし···)

サトコ
「でも颯馬さんにはもう少しお裾分けしよう」

あの場で颯馬さんにだけたくさんあげるわけにもいかず、みんなと同じ1個だけ渡してきた。

(プライベートとしてあげるなら問題ないよね)

ふと見ると、窓の外には夕焼けが見えている。

(そろそろ仕事も片付いてる頃かな?)

そう思って連絡してみるとー

颯馬
お気持ちは嬉しいのですが、暫く会うのは難しい状況になってしまいまして

サトコ
「そうなんですか···」

颯馬
今日もこのまま帰宅はできそうにありません

サトコ
「さっき緊急で呼ばれた件ですか?」

颯馬
ええ。詳しいことは話せませんが

(···りんごのお裾分けなんて言ってる場合じゃなさそう)

サトコ
「分かりました、お忙しいのにすみませんでした」

颯馬
いえ。貴女のお気持ちだけ頂きます

仕事の邪魔にならないよう、早々に電話を切った。

(暫く会えそうにないってことは、出張か、潜入捜査かな?)

サトコ
「残念だけど、仕方ない」

問題はこの大量のりんごをどうするかだ。
まずはひとつ自分で食べながら考える。

サトコ
「うん、美味しい」

(けど、あんまり日持ちしないし、長期保存するにはやっぱりジャムにするしかないかな?)
(う~ん、とりあえず明日鳴子に少し持っていこう)

翌日、昼休みに鳴子にりんごを渡した。

鳴子
「わぁ、ありがとう!りんご大好きだから嬉しい」

サトコ
「喜んでもらえてよかったー」
「でもまだまだ家にたくさんあって、どうしようか困ってるの」

鳴子
「1人じゃそんなに食べきれないもんね」

サトコ
「そうなんだよねぇ。ジャムでも作ろうかとは思ってるんだけど」

鳴子
「それならアップルパイでも作っちゃえば?」

サトコ
「アップルパイか···」

鳴子
「お菓子にしてみんなに差し入れちゃえば、あっという間に捌けるんじゃない?」

サトコ
「それいいかも!」

鳴子にアドバイスをもらい、早速実践することにした。

数日後ーー

後藤
これは···

石神
イケるな

黒澤
最高ですよ、サトコさん!

非番明けにジャムやアップルパイを持参すると、意外なほど好評だった。
そこへちょうど難波さんも現れた。

難波
甘酸っぱい匂いに誘われてきてみたら、ウマそうだな

黒澤
サトコさん手作りのアップルパイですよ!

サトコ
「よかったら難波室長もどうぞ!」

難波
もしかして、実家から届いたりんごで作ったのか?

サトコ
「そうなんです。あれっ、どうして···?」

難波
「 “公安課に直接届いた荷物” だからな

(あ、そっか···室長ともなれば報告が入ってるよね)
(開けた痕跡があったのは、先に中身を確認してたからなんだな)

津軽
じゃ、俺も一切れいただこっかな

サトコ
「どうぞ」

津軽
···

(あれ?口に合わなかったかな···?)

サトコ
「やっぱりりんごは青森産じゃなきゃとか···」

津軽
いや、別にこだわりがあるわけじゃないんだけど

そう言いながら、津軽さんは机の引き出しから何かの小瓶を取り出した。

(何かのスパイス···?シナモン足りなかったかな?)

津軽
うん、美味しいね~

(って、それ···山椒!?)

津軽さんはアップルパイに山椒をふりかけながら美味しそうに食べている。

(そうだった···津軽さんは極度の味音痴だったんだ···!)

加賀
テメェに菓子作りなんていう趣味があったとはな

東雲
毒入ってないよね?

サトコ
「···ないです」

反応は人それぞれだけど、アップルパイはあっという間に残り一切れとなった。

(颯馬さんがいないのは残念だけど、みんなに喜んでもらえて良かったな)

黒澤
最後の一切れ食べる人、挙手どうぞ!

百瀬
「······」

黒澤
いないようなので、オレいただきます!

百瀬さんが一瞬欲しそうな目をしたものの、黒澤さんが気付かずにとってしまう。

黒澤
う~ん、ほんと美味し···んぐっ

サトコ
「黒澤さん?」

颯馬
随分と美味しそうなものをお召し上がりですね

突然喉を詰まらせた黒澤さんの視線を追うと、黒い微笑みを湛えた颯馬さんが立っていた。

(颯馬さん!?)

百瀬
「急に悪寒が···」

津軽
早くも木枯らし1号?

(そんな生易しいものじゃない···)

颯馬さんから放たれる冷気は、まるでブリザードのように和やかだった空気を凍らせていく。

颯馬
皆さん揃ってティーパーティーですか?

黒澤
こ、これはサトコさんからの差し入れで···

颯馬
この甘い香り、どこかのカフェにでも迷い込んだのかと思いました

サトコ
「すみません···仕事の場にこのようなものを持ち込んでしまって···」

颯馬
いえ、時には班を超えた交流も大事ですしね

(うぅ、目が笑ってない···)

颯馬
美味しそうな香りに誘われて、仕事も予定より早く片付きました

津軽
周介くん、そんなに食べたかったの?

(つ、津軽さん!この状況でそんな挑発的なツッコミをするなんて···!)

颯馬
皆さん、とても満足そうな顔をしてらっしゃるので

津軽
うん、確かにとっても美味しかったよ

(山椒かけてましたけどね···)

颯馬
是非私も味わってみたかったですね

津軽
ほっぺが落ちるかと思ったくらいでさ~

颯馬
それはそれは。頬が落ちた津軽警視の顔も拝見してみたかったですね

(なんか···またしてもこの2人の間に見えない火花が散ってる?)
(と、とにかく颯馬さんも帰ってきたことだし、今度改めて颯馬さんにも作ってあげよう!)

そう思ったもののーー

(結局あれからまだ一度も2人きりで会えてないんだよね···)

アップルパイ騒動のあの日から、まるで仕組まれたかのようにすれ違いが続いていた。
プライベートではもちろん、庁内で顔を合わせることすら殆どない。

(電話はすぐ留守電になっちゃうし、LIDEの返信もないし···)
(でも確か今日あたり出張から戻るはず···!)

黒澤さんたちの雑談から得た情報に期待していると、ドアが開いた。

颯馬
ただいま戻りました

サトコ
「!」

思わず喜びが顔に出てしまいそうになり、慌てて気持ちを抑える。

(ここは仕事の場、冷静に···)

サトコ
「お疲れさー」

自席に戻る颯馬さんに声を掛けようとしたその時、

津軽
ウサちゃん、ちょっと警視庁までお遣い頼まれてくれる?

サトコ
「え、あ、はい···」

颯馬
···

津軽さんから資料を渡される私の横を、颯馬さんは何も言わずに通り過ぎてしまう。

(···挨拶も交わせなかった)

津軽
じゃ、よろしくね

サトコ
「···はい」

津軽
えっ、なんで怖い顔してるの!?

サトコ
「···いってきます」

(まさか、津軽さんがわざと邪魔してる···なんてことは、ないよね!)

ついそんな悪読みをしたくなるくらい、すれ違いばかりが続いた。

(わ、もうこんな時間?)

捜査状況を纏めたりしているうちに、外はもうすっかり暗くなっている。
課内も人がまばらで、颯馬さんの席も空いている。

(もう帰ったのかな?それとも今日も戻らないのかな?)

昼間挨拶できなかったことが悔やまれる。

(すれ違いばかりで寂しいけど···こういう時もあるよね!)
(さあ、あと少し頑張ろう!)

気持ちを切り替え、再び仕事に集中した。

サトコ
「終わったー!···あっ」

思わず伸びをした瞬間、積んでいたファイルが崩れそうになり慌てて抑えた。
そこに、見慣れない小箱が目に留まる。

(何だろう···?)

ファイルの束を整え、白とシルバーのシンプルなストライプ柄の小箱を手に取る。
特に包装はされていないものの、箱のデザインそのものが可愛い。
そっと開けてみると、素敵なヘアアクセサリーが入っていた。

(きっと···颯馬さんだ)
(出張のお土産かな?)

スマホを取り出し、LIDEを入れてみる。
そのまま少し待ってみるも、既読になる気配はない。

(やっぱり忙しいか···)
(···そっか、だったら私も!)

再び感じた寂しさを打ち消すように、私は笑顔で帰り支度を始めた。

翌日も颯馬さんとはすれ違うこともなく1日が過ぎて行った。

(私も颯馬さんに負けないくらい忙しかったしなぁ···)
(そうだ、津軽さんに頼まれていた基礎調査の資料もまとめなきゃ!)

出先から戻ってすぐ書類作成に取り掛かる。

百瀬
「これ、津軽さんからだ」
「昨日のと一緒にまとめとけ」

サトコ
「はい」

(えっと、昨日まとめた分は···)

百瀬さんから書類を受け取り、机の上に置いていた資料を手に取る。

サトコ
「ん?」

(こんなところに付箋貼ったっけ?)

見覚えのない付箋が目に留まり、パラパラと書類を捲って見てみる。

サトコ
「っ!」

百瀬
「なんだ」

サトコ
「いえ別に」

付箋には、颯馬さんの字で『ありがとう』と書かれていた。

(気付いてくれたんだ!)

昨日の仕事帰り、小さなチョコレートを買った。
その小箱を、私は今朝早くそっと颯馬さんの机の上に隠しおいていた。

(ヘアアクセサリーのお返しだって分かってくれたかな?)

思わずスマホに手を伸ばすも、その手を止める。

(きっとまだ忙しいだろうし、こうしてメッセージをくれたんだし···)
(画面上じゃなくても、気持ちを伝えあうことはできるよね)

スマホに伸ばしかけた手を、パソコンのキーボードに移した。
不思議と仕事への意欲がより強くなる。

(颯馬さんも頑張ってるんだし、私も···!)

サトコ
「百瀬さん、この対象施設の視察経路なんですが···」

百瀬
「···」

百瀬さんは無言で補足資料を差し出す。

サトコ
「ありがとうございます!」

資料を受け取り、仕事は面白いように片付いて行く。

(この分だと今日は早めに帰れそう)
(また颯馬さんへの差し入れ何か探して帰ろうかな?)
(でもとりあえず今日は『メッセージ見ました』って私も付箋に書いて残そう!)

順調に仕事は片付き、帰り支度をしながらさりげなく周りを見渡す。
課内には今、黒澤さんと東雲さんの他、数名しかいない。

黒澤
そうだ、今日牛乳買って帰らなきゃ

東雲
今さら伸びないんじゃない?

黒澤
別に身長のためじゃないですけどね···

(ユルい雑談中のようだし···今だ)

さっき書いたメッセージの付箋を手に席を立つ。

(このまま帰るフリをしながら···)
(ドアと反対側の颯馬さんの席に向かうのは勇気がいるけど···)

あくまで自然体を装いながら颯馬さんの席へ近づく。
ドキドキと鼓動を速めつつ、そっと颯馬さんの机にある書類に付箋を挟み込む。

(···潜入捜査より緊張するかも)
(でも、付箋添付無事完了!)

心の中でグッと拳を握った瞬間、すぐ後ろで声がした。

???
「お疲れ様」

サトコ
「っ!」

津軽
ウサちゃん

振り返ると、そこにはニコニコと微笑む津軽さんが···。

(も、もしかして···見られた!?)

to be continued

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