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お遊戯会 石神1話

吉祥寺にいた私に、連絡をしてきたのは秀樹さんだった。

(まさか、さっきの本屋に戻ることになるとは···)

サトコ
「石神さん!氷川、到着しました」

石神
休みのところ、呼び出して悪かったな

サトコ
「いえ、近くにいましたから」

ついさっきまで、ここにいたことは隠して微笑む。

サトコ
「ご友人のお嬢さんにプレゼントする絵本探しを手伝うんですよね?」

黒澤
オレがずっと手伝ってるのに、石神さんったら全然『うん』って言わないんですよ

サトコ
「はは···どうしてでしょうね···」

(二人が。ここにいる理由は分かったけど)
(黒澤さんが『カチカチ山』を、ねだっていた理由は···)

気になるといえば気になるけど、聞かずにおく。

黒澤
オレは『こぶとりじいさん』なんかいいと思います

石神
『ウサギとカメ』や『アリとキリギリス』など、教訓ものがいいんじゃないか?

黒澤
えー···オレはウサギやキリギリスの生き方で、上手く生きていきたいですけど

石神
だから、お前は駄目なんだ

サトコ
「ええと···幼稚園に入ったばかりの女の子ですよね」
「それなら···」

<選択してください>

オバケが出てくる本

サトコ
「オバケが出てくる本、なんてどうですか?」

石神
なぜだ?

サトコ
「そろそろ、コワイものにも興味が出てくる年頃かなって···」

黒澤
『地獄』の絵本とかいいですね!本格的な地獄絵巻で、罪を犯す恐ろしさを幼心に刻む···

(いや、それはトラウマになる!)

サトコ
「やっぱり、お姫様が出てくる絵本にしましょう!」

お姫様が出てくる本

サトコ
「お姫様が出てくる絵本がいいんじゃないでしょうか」

黒澤
サトコさんも、子どもの頃に読みました?

サトコ
「はい。憧れて、ビニールの風呂敷とか使って、自分でドレスを作ったりしてました」

石神
ビニールの風呂敷?

サトコ
「お持ち帰りのお寿司のパックとか包んであるヤツで···うち、それがいっぱいあったんです」

黒澤
ドレスを手作りする小さいサトコさん、可愛かったでしょうね~

手作りの絵本

サトコ
「最近話題の手作りの絵本は、どうですか?」

黒澤
ああ、白紙の絵本で、自分で絵をかいて作るやつですね!
石神さんの絵本、読んでみたいな~

石神
ナマケモノのクロという謎の生き物が、地獄巡りをする話なら書いてもいいが?

黒澤
そこは極楽巡りにしましょうよー

サトコ
「あの、やっぱり、無難にお姫様が出てくる童話にしましょう!」

石神
お姫様か···

黒澤
お姫様が出てくるって言うと、『シンデレラ』『白雪姫』『人魚姫』『かぐや姫』···

サトコ
「あとは『眠れる森の美女』とか?」

石神
茨姫か

黒澤
グリム童話では、それが類話になってましたね

サトコ
「王子様のキスで目を覚ますって、すべての女の子の夢ですし、どうですか?」

黒澤
そうそう、でも、ペロー版とか類話のバジーレ版だとグロいんですよね

サトコ
「え、そうなんですか?」

黒澤
王子の母親が人食いだったり
子どもを産ませた王の妃が、嫉妬で姫の子をスープにしようとしたり···

サトコ
「そういうのは、子供向けの絵本には書いてないから、大丈夫ですよ!」

石神
この話···

ペラッと絵本をめくった秀樹さんが軽く眉間にシワを寄せた。

サトコ
「何か気になる点でも?」

石神
この絵本では省略されているが···王子が眠っている女の存在を知ったのは···
確か、城の近くに住む老人から、眠り姫の存在を聞いたからだったな?

サトコ
「そうでしたっけ···?」

(さすが秀樹さん、童話にも詳しい···私は絵本に書かれてる内容くらいしか知らないのに···)

石神
王子は眠り姫に会うために、どんな危険でも冒して呪いに果敢に挑んだと言うが···
会ったことも話したこともない女のために、そこまでできるか?

黒澤
いやー、オレは無理ですね。せめて顔か身体くらい見せてもらわないと

サトコ
「それはほら、王子様の特殊能力というか、運命というか···」

石神
女も女だ。眠り続けて王子が助けに来て、そのまま結婚、幸せに暮らしました···か?
これでは受け身過ぎて、全く努力の姿勢が見られない
この女のどこに命を懸ける魅力を見出せと?

真剣な顔の秀樹さんは本気で疑問を感じているらしい。

(はは···秀樹さんたら、どこまでも王子様からは遠い人なんだから)
(これは賢者か執事タイプ!)

黒澤
オレも眠り続けたら、王子様が来て幸せにしてくれないかなー

石神
眠り続けたいなら、永久に眠るか?

黒澤
明日からも元気に起きて、汗水垂らして働きたいです!

石神
そんなことより···

ふと秀樹さんが児童書コーナーの後ろに目を向ける。

石神
こういった資格を手にし、前に進み続ける女性の方が魅力的では?

サトコ
「まあ、でも···眠り姫が眠ってる間、ずっと勉強してましたってワケにもいかないですし···」
「まだ幼稚園児なんですから、夢を見ても···ほら、夢があるから人は頑張れるんです!」

石神
···お前の言う事ももっともだ
3歳なら、夢を見ていい···いや、見るべきだ。これにしよう

秀樹さんは『眠れる森の美女』の絵本に決めた。

黒澤
はあ、やっと決まった···サトコさんが来てくれてよかったです

サトコ
「···『カチカチ山』はいいんですか?」

黒澤
え?

サトコ
「いえ、なんでもありません!」

うっかり出た言葉をうやむやにし、私はチラリと資格の棚を振り返った。

(資格取得か···訓練生の頃は、学校のことだけで精一杯だったけど···)
(刑事になって余裕ができたら、何か出来ることあるかな?)

翌日の休憩時間。
私は資格について、津軽さんに尋ねてみた。

サトコ
「皆さん、何かしら持ってるものなんですか?」

津軽
持ってる人も多いんじゃない?モモなんか、『足場の組み立て等作業主任者』の資格に···
『按摩マッサージ指圧師』、あと『アマチュア無線技師』とか『パンシェルジュ』とか···

サトコ
「百瀬さん、そんなにいろいろ持ってるんですか!?」

百瀬
「まあな」

津軽
役に立つでしょ。うちのモモは

(津軽さんの言う事だから、全部本当かどうかは怪しいけど)
(百瀬さんが何らかの資格を持ってるのは確かみたい)

サトコ
「津軽さんは?」

津軽
俺?俺は『タオルソムリエ』に『ねこ検定上級』、それから···

サトコ
「···そっちは国家資格じゃないですよね?」

(国家資格じゃなくても、詳しくなる分野が増えるのは確かだよね)
(そうすれば世界も広がるし、潜入捜査に役立つこともあるのかも)

津軽
でも、どうしたの?急に資格の話なんて

サトコ
「今後のために必要なら、私も考えなきゃと思っただけです」

津軽
まあ確かに、いつこの仕事クビになるかわからないしね

サトコ
「う···」

(それって、私に限った話···?)

ニコリと笑う津軽さんの笑みを乾いた笑みでかわした。

それから、かつての教官たちにも聞いてみたものの。
『そんなもんテメェで考えろ』と言われんばかりの結果で終わってしまった。

(後藤さんだけは、大型トラックの免許とか船舶の免許とか教えてくれた···相変わらず、優しい)
(乗り物系は、いざって時に役に立つよね···)

海上で何かあったとき、颯爽とボートを操れたりしたら格好いい。

(そんなところを見せたら、秀樹さんも···)

想像でニヤけそうになっていると。
後ろから肩にポンと手が置かれた。

津軽
ウサちゃんのために資料を集めておいたよ

サトコ
「資料?」

津軽
はい

津軽さんは、私のデスクにドサッとパンフレットを置く。

津軽
俺のオススメだからね

それだけ言って、津軽さんは自分の席に戻って行った。

(津軽さんのオススメ資料って···これ、資格のパンフレット?)
(『チョコレート検定』『掃除検定』『温泉ソムリエ』『調味料検定』···?)

サトコ
「······」

(これについては、あとでゆっくり考えよう)

堅い資格がいいのか、自分の興味のあるものにするのか···
それも考えたいと思いながら、バッグに詰める。
すると···後ろからスッとメモがデスクに置かれた。

石神
······

(秀樹さん?)

一瞬視線を交え、何も言わずに通り過ぎていく。
残されたメモに書かれてあるのはーー

『俺ももうすぐあがる。察庁を出た先で待っていてくれ』

(これは一緒に帰るお誘い!)

反射的に秀樹さんのデスクを見てしまいそうになり、それを慌てて堪えた。

(いつもすぐに顔に出るって言われてるんだから、気を付けないと)
(せっかく秀樹さんが、こっそり渡してくれたんだし)

努めて冷静を装いながら、帰り支度を終える。

サトコ
「お先に失礼します!」

百瀬
「いつもより声が高くてうるせぇ」

津軽
このあと、何かいいことあるんだ?
いいなー。俺も連れてってよ

津軽さんの視線が、一瞬秀樹さんに流れたように見えたのは気のせいか。

サトコ
「今日は『ガラスの能面』の7年ぶりの新刊を読むから楽しみなんです!」

(結局、昨日は読めなかったから、嘘はない!)

長居しない方が吉と、私は早々に公安課を脱出した。

メモにあった通り、警察庁の近くで待ち合わせて秀樹さんとともに帰る。

サトコ
「秀樹さんは明日休みなんですよね」

石神
ああ。今回は合わせられなかったな

サトコ
「仕方ないですよ。毎回同じだったら、津軽さんに怪しまれます」
「···さっきも危なかったですかね?」

石神
顔は堪えていたが、声がな

サトコ
「ああぁ···すみません···」

(『無表情検定』とかあれば受けるのに···!)

石神
お前は明日仕事だが···寄っていくか?

サトコ
「え、いいんですか?」

石神
たまには俺にも見送らせろ

ふっと表情を和らげる秀樹さんに二つ返事で頷いた。

久しぶりに秀樹さんの家で夕食を作り、お風呂も借りた。
秀樹さんがお風呂に入ってる間に、カバンの整理をする。

(資格のこと、真剣に調べてみよう)

津軽さんからもらったパンフレットも、とりあえずまとめていると···

石神
資格か?

サトコ
「あ···はい。この間の秀樹さんの言葉で興味を持って」
「公安課でも少し聞いてみたんですが、何らかの資格を持ってる方が多いんですね」

石神
ああ、そうだな

お風呂上がりのいい匂いをさせながら、秀樹さんが隣に座った。

石神
それが興味のある資格か?

サトコ
「いえ、このパンフレットは津軽さんがオススメだって押し付け···いえ、くれたものです」

石神
なるほどな。津軽らしい

ポンフレットを見て、秀樹さんが頷く。

サトコ
「秀樹さんは、何か資格を持っているんですか?」

石神
硬筆書写検定の級は持っている

サトコ
「え、硬筆書写···?」

石神
義姉が字が綺麗で困ることはないと勧めてくれた
あとのものは···今は内緒だ

サトコ
「どうしてですか?」

石神
今、俺が持っている資格を話したら、お前は参考にするだろう
資格は自分が興味のある、必要だと思うものを選べ

(秀樹さん、私の思考を分かっていらっしゃる···)

サトコ
「仕事に支障が出たら意味ないですし、無理なく挑戦できるものがいいですよね」

石神
全てが···とは言わないが、勉強はコツコツと積み重ねれば結果に結びつくものが多い
俺も応援する。手伝えることがあれば、遠慮なく言え

サトコ
「ありがとうございます!石神教官がついていてくれれば、百人力です!」

石神
お前ならきっとできるはずだ

訓練生の頃に何度も見た石神教官としての瞳。
私を信頼し激励してくれる眼差しは勇気と力をくれる。

石神
さて、お前は明日も仕事だ。そろそろ寝るとしよう

サトコ
「はい」

秀樹さんに手を引かれ、寝室へと向かった。

石神
おやすみ

サトコ
「おやすみなさい」

そっと唇を重ね、共にベッドに入る。
抱き合わなくとも、こうして腕に抱かれて眠るだけでも満たされる。

石神
······

サトコ
「······」

横になってほどなく、横から寝息が聞こえてきた。

(秀樹さん、もう寝ちゃった?)

顔を横に向けると健やかな呼吸が感じられた。

(こんなにすぐに寝ちゃうなんて、すごく疲れてたんだな···)

怜悧な瞳が閉じられていると、雰囲気が和らいで見えた。
いつも綺麗に分けられている前髪が額に零れている。

サトコ
「ふふ、秀樹さんが眠り姫みたいです」

小さな声でささやき、前髪を横に流すと露になった額にそっとキスを落とした。

(ゆっくり休んでくださいね)

その寝顔を見ているだけで幸せになる。

(王子様も眠り姫を見つけたときは···キスで起こす前に、こうやって寝顔を見続けたりしたのかな)

寝顔を見つめているうちに私もうつらうつらしてきて···。
その夜の夢は秀樹姫を白馬に乗って助けに行く夢だった。

to be continued

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