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お遊戯会 難波1話

慌ててスマホを見ると、着信は室長からだった。

(どうしたんだろう?今日は室長、仕事のはずだけど···)

サトコ
「はい、氷川です」

難波
悪いな、休みの日に。今、話せるか?

室長の声はことのほか真剣だ。

(もしかしたら、急な任務?)

お休みモードだった気分が、一瞬で引き締まる。
私は刑事の目になって、周囲を素早く見回した。
会話の内容を聞き取らせないよう通行人から距離を取り、口元を手で覆う。

サトコ
「大丈夫です」

難波
実は、至急調べて手に入れて欲しいモノがある

(やっぱり任務だ···!)

サトコ
「わかりました。すぐに動きます。それで、そのモノというのは?」

難波
一度しか言わないからよく聞けよ

サトコ
「はい」

私は室長の言葉をひと言たりとも聞き逃すまいと、息を潜めて耳を澄ませた。

テレビの画面の中で、黄色いドレスを着た可愛らしいプリンセスが、
見るからに醜い野獣と手に手を取って踊っている。
そして、高らかに流れるテーマソング。

難波
沁みるな、この曲も

サトコ
「そ、そうですね」

私にとっては、小さなころから何度も聞いた有名な曲。
でも室長はこの曲どころか、この有名なミュージカルアニメすら初めて存在を知ったらしく、
さっきから食い入るようにテレビの画面を見つめていた。

(何かと思ったら、まさかあんな真剣な口調でこの映画のDVDを借りて来いと命じられるとは···)

電話越しに室長の依頼を聞いた瞬間、私は思わず聞き返してしまった。

サトコ
「え、DVD···ですか?『美女と野獣』の」

難波
そういうことだ

(これも···任務なのかな?)

サトコ
「実写の方でいいんでしょうか?」

難波
実写の方ってことは、他にも何かあるのか?

サトコ
「有名なのはアニメの方だと思います」

難波
そうなのか···それじゃ、両方頼む

サトコ
「わかりました」

そして今、私たちはこうしてソファに並んでアニメ版の『美女と野獣』を鑑賞している。
物語は、いよいよクライマックスだ。

ズズッ···

サトコ
「?」

何事かと隣を見ると、室長がティッシュでしきりと鼻を拭っていた。

(···風邪?いやいや、心なしか涙目出し、これは間違いなく感動してるっぽい)
(なんて無垢な40歳···)

感心している間に、アニメ版が終わった。

サトコ
「さてと」

立ち上がった私を、室長が信じられないといった目で見つめる。

難波
見ないのか?実写版

サトコ
「でも、そろそろご飯の用意しないと···室長はどうぞ気にせず見ててください」

難波
···そうか?

サトコ
「それにしても、どうしてそんなにこの映画が見たかったんですか?」

キッチンに移動しながら、ずっと疑問だったことを聞いてみた。

難波
実は今な、コンビニで売ってる人気の化粧品があって···ええと、確か

サトコ
「プリンセスシリーズですね。『これであなたも童話のヒロインになれる!』っていう」

難波
そうそう。それだ、それ
そこに出てくるプリンセスの中で、この話だけ知らなかったんだよ

サトコ
「え、そうなんですか!?」

(意外···こんなに有名なお話なのに、でも男の人なら、そんなもんか···)

難波
やっぱり何事もちゃんと知っておかねぇとな
知らねぇって言うのは簡単だが、無知は何の言い訳にもならねぇ

サトコ
「それで、こうして勉強を···」

(さすが室長···)

その心がけに思わず頭が下がってしまう。

(私たち公安刑事はきっと、自分の興味の範囲だけじゃなく)
(こうしてあらゆる方向にアンテナを張ってる必要があるんだよね)

難波
でもまさか、アニメにも実写にもなってるとは思わなかった
こりゃ、見がいがあるな

室長は満更でもなさそうに言いながら、いそいそとプレイヤーのディスクを入れ替えている。

(なんだかんだ言いつつ、結構楽しそう···)
(室長とプリンセスものって全く似合わないけど、室長って意外とロマンチストなのかも?)

難波
フンフンフンフンフンフ~ン♪

食事を終えてお皿を洗いながら、室長はさっき見ていたアニメ版のメインテーマを口ずさんでいる。

(相当気に入っちゃったみたい···珍しく、ご飯中もずっと画面に釘付けだったもんね)

隣に並んで食器を拭きながら、思わず笑みがこぼれた。

サトコ
「ふふっ」

難波
···なんだ?どうした?

室長は手を止め、驚いたように私を見つめている。

サトコ
「ごめんなさい。ちょっと、おかしくて···」

難波
?俺の顔に洗剤でもついてるか?

サトコ
「そうじゃなくて、さっきから室長、ずっと歌うたってるから」
「そんなに気に入りました?あの映画」

難波
いや、想像以上に泣けたよ···

水を止めると、室長は改めて感動を噛み締めるようにじっと目を瞑った。

難波
···そういやあの主人公、誰かに似てると思ったら

室長はぼそっと言って、私を振り返る。

難波
サトコだな

サトコ
「え、私ですか?」

難波
しっかりしてるし、無謀とも言えるが、根性がある

(なんかちょっと微妙だけど···)

サトコ
「それは、褒められてるんでしょうか」

難波
ん?ああ、まあな

室長は自分の言ったことの微妙さに自分でも気づいたのか、
何となく言葉を濁してニッカリ笑った。

難波
なにより一番似てるのは、笑った顔が可愛いところだ

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

照れくさくなって俯いた私の顔を、室長が強引に上を向かせる。

難波
ほら、笑ってみ

サトコ
「笑えませんよ。そんな風に言われたら」

難波
いいから、硬いこと言わずに笑えって

サトコ
「わらへまへん!」

大きな手で頬を掴まれて言葉にならない言葉を発しながら、必死に抵抗してみせる。
でも途中から二人とも無性におかしくなってしまって、どちらからともなく笑いだした。

(こうしてみると、室長の笑った顔もちょっと野獣に似てるかも···?)

その週末。
室長の車で郊外にあるショッピングモールへと出かけた。

難波
すげぇな。最近はメンズエステなんてのもあるのか···

入り口を入るなり目に入る大きな看板。
そこには、ピカピカつるつるの顔の男性モデルの写真と、
メンズエステのお得なキャンペーン情報が記されていた。

サトコ
「すごいですね。このモデルさんのピカピカ具合」

難波
こいつ、ヒゲとかあんのかね

???
「最近は、男性も脱毛される方、多いですよ~」

声に振り返ると、これまたつるピカの若い男性が満面に笑みを湛えている。

難波
もしかして、ここの人?

室長がメンズエステの看板を指差すと、男性は爽やかな笑みと共にチラシを差し出してきた。
キャッチコピーは、『これでアナタも薔薇の似合う素敵な男性に!』

難波
薔薇ねぇ···

男性
「お客様もぜひ一度体験してみてください」

男性の視線は、室長の無精ヒゲに完全にロックオンされている。

難波
あ、でも俺、結構このヒゲ気に入ってるから

室長は奪われまいとでもするように、右手で大事そうにヒゲを撫でた。

サトコ
「わ、私も、結構···」

難波
だろ?

男性
「ご安心ください。エステは脱毛だけじゃありませんから」
「普通にお肌の手入れをしていただくだけでも、かなり、ピカピカになりますよ!」

難波
そ、そう···でもまあ、またの機会に

室長は困惑気味に告げると、私の手を取り人ごみの中に歩き出す。

サトコ
「いいんですか?お肌つるつるにしなくて」

難波
こんなおっさんの肌、磨いたところで一緒だよ
そんなことより、服欲しかったんじゃないのか?

サトコ
「う~ん、どれがいいかな···」

買い物なんて久しぶり過ぎて、あれこれ目移りしてしまう。

(デートならこのワンピースだよね。でも女同士で遊びに行くなら、このシャツも捨てがたい···)

難波
おい、これなんかどうだ?

突然、さっきまで店の片隅でじっとしていた室長がワンピースを手に現れた。
意外にも、色は淡い黄色。

(室長って女の子は赤かピンクって思ってる典型だと思ってたけど···)

黄色は私にとってもあまり馴染みのない色だった。
でも鏡の前で会わせてみると、予想外に似合っている。

サトコ
「いいかもですね」

難波
いいよ、すごくいい

サトコ
「ちょっとよそ行きな感じはしますけど」

難波
いいじゃねぇか、たまには

室長は嬉しそうに鏡の中の私を見つめながら、軽く鼻歌を歌っている。

(ん?この曲、確か『美女と野獣』の···そっか!)

黄色は『美女と野獣』でプリンセスが着ていたドレスの色だ。

サトコ
「じゃあ、これ着て一緒にダンスでも踊りますか?」

難波
ん?ああ、そうだな
テーブルには一輪の薔薇を置いて···

そこまで言って、室長はおもむろにポケットからメンズエステのチラシを取り出した。

難波
薔薇の似合う男か···

サトコ
「あれ?もしかして行く気になっちゃいました?」

難波
なわけねぇだろ
ほら、それに決めたなら、さっさと買うぞ

室長は私の手からワンピースを取り上げると、そそくさとレジに行ってしまった。

(まだあれにするって決めた訳じゃなかったけど、ステキだったしまぁいいか)
(たまには、室長の色に染まってみるのも悪くないかも···?)

買い物の次は、映画。

サトコ
「何でしたっけ、室長が見たがってたの」」

難波
『009』な。一応、イギリスの諜報局員の話だ

サトコ
「へえ···微妙に仕事の役にも立ちそう」

難波
そう思うだろ?でもな、これがまた全然役に立たん
何しろ、この主人公は俺たちみたいな泥臭い仕事は一切しないからな

チケットの列に並びながら話しているうちに、私たちの番が来た。
カウンター越しに、受付の女性が微笑みかけてくる。

女性
「いらっしゃいませ」

難波
『009』、大人2枚

女性
「本日は親子デーとなっておりまして、親子で2000円になります」

難波
あ、いや···

サトコ
「私たち、親子では···」

女性
「え···し、失礼しました!」

受付の女性は焦った様子で、何度も何度も頭を下げた。

難波
大丈夫ですから、もう···

女性を気遣いながらも、室長はショックを隠せていない。

難波
さすがに親子はねぇよな、親子は

チケット売り場を離れるなり、室長は恨めしそうに繰り返した。

サトコ
「もしかしたら、似てると思われたのかもしれませんよ、私たち」

難波
なるほどな···って、んなわけねぇだろ

しみじみと私の顔を覗き込んで、室長は再び肩を落とす。

サトコ
「まあ、いいじゃないですか!待ちに待った『009』なんですから、楽しみましょう」

室長の腕を引っ張り、館内に入ろうとしたその時ーー

♪~

難波
···悪い

ポケットからスマホを取り出した室長の表情が変わった。
素早く壁際に移動して、二言三言言葉を交わす。

難波
わかった。すぐに向かう

サトコ
「···何か、あったんですか?」

難波
緊急招集だ。お前も来い

サトコ
「はい!」

公安課には、すでにほとんどの顔ぶれが揃っていた。
私は室長よりも一足先に部屋に入る。
室長が入ってきて前に立つと、室内は水を打ったように静かになった。

難波
すでに聞いている者もいると思うが、警視庁の公安課による追尾がバレた
マルタイによる点検を受けており、このまま捜査を続行するのは困難と判断された
そこで急きょ、我々、警察庁の公安課に出動要請がかかったという訳だ

加賀
ったく、ドン臭ぇ奴らだな

石神
起きてしまったことは仕方がない

津軽
警視庁の尻拭いってわけか···

口々に言ってる一同をひとしきり見回してから、室長はおもむろに口を開いた。

難波
あいにく、銀さんは出張中だ
そこでこれより、この件は俺が指揮を執る

再び、室内を沈黙が支配する。
室長の言葉には、そうさせるだけの圧倒的な威厳があった。

(ということは、私も久しぶりに室長の下で働けるんだ···!)

程よい緊張感と、期待感が込み上げる。

難波
マルタイは現在、高級会員制エステ『セビアン』に入っているとの情報あり
しかしカゴ抜けの可能性も否定できない

東雲
つまり、中を確認する必要があるってことですね

難波
そういうことだ。マルタイは男だが、このエステは男女兼用
この中で、高級会員制エステにいても不自然じゃなさそうなヤツは···

室長は一同をぐるりと見回した。

(これは、室長の役に立てるチャンスかも···)

そう思った時には、手が勝手に動いていた。

サトコ
「はい、私が行きます!」

to be continued

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