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お遊戯会 難波2話

サトコ
「はい、私が行きます!」

とっさに手を上げた私を、室内に集まっていた皆さんが驚いたように見つめた。
前に立つ室長は、一瞬だけ目を細めて考えるそぶりを見せたが、さすがに判断は早かった。

難波
よし、それじゃサトコに頼むとするか
追っての指示は、サトコからの報告を待って行う
以上、本日は解散だ

一気に室内の緊張が緩んだ。

難波
まったく···ウチのとこのは

思わずといったように呟いた室長の言葉に、津軽班以外の皆さんがニヤリとなった。

(ん?今の、どういう意味だろう?)

困惑してる私の肩を、後藤さんがポンと叩く。

後藤
予感はしていたが、まさか本当に手を挙げるとは

加賀
お前の手は紙クズより軽いみてぇだな

東雲
いいじゃないですか。そこがサトコちゃんのいいところですよ

津軽
あんまりみんなで持ち上げないでもらえる?
そうじゃなくても、この子は色々と問題児なんだから

津軽さんが上からガシッと私の頭を掴んだ。

サトコ
「い、痛い···」

津軽
ま~た余計なことを···

サトコ
「すみません」

小さくなる私を見て、皆さんが苦笑した。
その様子に、津軽さんが怪訝な表情になる。

津軽
なに?みんなして

後藤
いえ、らしいなと思っただけですよ

津軽
···?

後藤さんも東雲さんも加賀さんも、津軽さんのもの問いたげな目には構わず行ってしまう。

津軽
らしいって何が?俺のことじゃないよね

サトコ
「さあ···?」

津軽
まあ、こうなった以上しょうがないけど、難波さんに迷惑かけないようにね
俺の教育がなってないってことになっても困るし

言ってから、津軽さんはふと考え込んだ。

津軽
ってうか、元はと言えば難波さんの教え子か~

サトコ
「そ、そうですね」

難波
サトコ

困惑している間に、室長からお呼びがかかった。

難波
段取りを打ち合わせるぞ

サトコ
「はい!」

店員
「いらっしゃいませ」

重厚なドアを開けると、足元には真っ赤な絨毯。
正面のカウンターには、これぞエステの店員といわんばかりのお肌つるつるの女性が立っていた。

店員
「お待ちしておりました」

用意してもらっておいた会員証を差し出す。

店員
「ご予約はこの後、3時からでよろしいですよね?」

サトコ
「はい」

店員
「それでは、こちらがロッカーのカギとなっております」

店員は両手でカギを渡しながら、私の全身にゆっくりと視線を動かした。
変な緊張が背筋を走る。
ここに来る前の、室長とのやり取りが蘇った。

難波
いいか、店員もグルってこともありうる
会員制なんとかってやつは、一度中に入っちまうと密室同然だ
一瞬たりとも気を抜くな

(···もしかして、怪しまれてる?)

サトコ
「あの···」

店員
「し、失礼致しました。そのワンピース、すごく素敵だなと思って···」

サトコ
「ああ、これ」

今日私が身に着けているのは、この間室長に買ってもらったばかりの淡い黄色のワンピースだった。

店員
「お客様に大変お似合いです」

サトコ
「どうもありがとう」

鷹揚に微笑んで、店内へのドアへと向かう。

(よかった···身元がバレたんじゃなくて)
(せっかくのワンピース、いきなり捜査で着るのもどうなの?って最初は思ったけど···)
(どうやら、室長の言う通りにして正解だったみたい)

サトコ
「店内に入りました」

指輪に仕込まれたマイクで室長に報告を入れる。
髪の毛の下に隠したインカムから、室長の声が聞こえてきた。

難波
『何度も言うが、今日の任務はマルタイがそこにいるかの確認だけだ』
『くれぐれも無理はしないように』

サトコ
「わかっています」

小さな声で答えながら、入り組んだ廊下をウロウロと歩き回る。
店員に行動を見咎められたら、トイレを探しているふりをするつもりだった。

(あれ?ここはもしかして···)

男性客が少し先のドアから出てきた。
ドアに近づくと、案の定、男性用更衣室を示すプレートがついている。

(男性客は必ずここを通るってことか。それなら、この辺りで張っていれば···)

でも当然ながら、身を隠すような場所などない。
それにあと10分もすれば、施術担当者が私を探しに来るはずだ。

(どうしよう···)

その時、
更衣室のドアが再び開いて、一人の男性が出てきた。

サトコ
「!」

(間違いない、この男だ!)

これで任務としては完了。

(でも、カゴ抜けの可能性があるって室長も言ってたよね)
(一応、どこに向かうつもりかまで確認しておこう)
(それにもしかしたらこの後、店内にいる仲間と合流するかもしれないし···)

そっと男の後について廊下を進む。
コロン···と、何かが男の足元に落ちた。

サトコ
「?」

足元に落ちたモノを拾おうと足を止めた男。
不自然にならないように、そのまま追い抜くことにする。
でもその脇を通り抜けざま······

ドンッ

よろけた男と、身体がぶつかった。

男性
「いてっ!」

サトコ
「す、すみません···」

男性
「いや、こっちこそ」

男は申し訳なさそうに言った後、ふと私の足元に目を留めた。
そこに、あってはならないモノが落ちていた。
室長との連絡用に仕込んでおいたインカムだ。

(いけない!)

次の瞬間、男の目つきが変わる。

男性
「お前···!」

サトコ
「っ!」

飛びかかってきた男と揉みあいになった。
騒ぎを聞きつけ、店員たちも各部屋から顔を覗かせる。
この上、一般人まで乱闘に巻き込んでは大変だ。

サトコ
「危ないから部屋に戻って!」

周囲に気を取られていると、男が私の髪の毛をグッと掴んで引っ張った。

サトコ
「いたっ···」

男性
「女のクセに、生意気なんだよ」

男が拳を振り上げた。
圧倒的に不利な状況。
私は思わず、目を瞑った。

???
「そこまでにしませんか」

(···え?)

恐る恐る目を開けると、加賀さんと後藤さんが男をとりなしてくれていた。

(加賀さん···後藤さん···居てくれてたんだ)

後藤
大丈夫ですか?

サトコ
「は、はい」

加賀
ったく、余計な手間取らせんじゃねぇぞ

加賀さんが、耳元でささやく。

サトコ
「すみません」

後藤
怪我がないようなら、我々はこれで

加賀
テメェはこっちだ

男性
「ひいっ」

後藤さんが男を押さえ、加賀さんと共にエステ店を出て行った。
全身の力が抜け、私はへなへなとその場に座り込んだ。

近くに停めてあったワゴン車に戻ると、室長は渋い顔で私を迎えた。

難波
無理はするなと言ったはずだ

サトコ
「すみません···」

難波
今回はあいつらが間に合ったからよかったようなものの
店員に仲間でもいたらどうなっていたか···
お前はもう、訓練生じゃないんだ。もっと自覚を持て

サトコ
「···はい」

室長は言うだけ言うと、車を出て行ってしまう。
後部座席に残された私は······すっかり汚れてしまったワンピースを切なく見つめた。

(あれもこれもみんな台無し···なにやってるんだろう、私)

あれから2週間。
クリーニングに出していた黄色のワンピースは、すっかり新品のようになって手元に戻ってきた。

(これで私の気分も心機一転···と行きたいところだけど···)

あれ以来、お互い忙しくて室長とは会えていない。

(室長、まだ怒ってるかな···)

♪~

気持ちが通じたのか、電話の主は室長だった。

サトコ
「もしもし?」

はやる気持ちを抑えて受話ボタンを押す。

難波
ああ、俺、俺

のんびりとした室長の口調に、思わず笑みがこぼれた。
室長の、仕事とプライベートの切り替えの早さは天下一品だ。

サトコ
「···なんか、オレオレ詐欺みたいですけど、本当に室長ですか?」

難波
信じられないならその目でちゃんと確認しろ
駅前で待ってるから

サトコ
「今から、ですか?」

難波
なんだ、忙しかったか?

サトコ
「いいえ、すぐに向かいます!詐欺を放置するわけにはいきませんから」

電話を切るなり、駅に向かって走り出した。

サトコ
「室長!」

難波
おお、来たか~

室長の手には、チュタヤのDVDケース。

サトコ
「あ、それ···」

難波
ずっと気になってたんだよ。返却期限、とっくに過ぎてて

サトコ
「そうでした···うっかりしてた!」

難波
これ、罰則はどうなってんだ?警察官たる者、法を犯すのはまずいぞ

サトコ
「法って···室長、いくらなんでもそれはオーバーですよ。延滞料金を払えば問題なしです」

難波
なんだ、そうなのか···

室長は心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。

(室長は、仕事ではあんなにできるのに、こういうことには本当に疎いよね)

サトコ
「ふふっ」

難波
ん?どうした?

サトコ
「いいえ、なんでも。それじゃ、気がかりを無くしに行きましょうか」

難波
フンフンフンフンフ~ン♪

気がかりが消えたからか、帰り道の室長はご機嫌だった。

サトコ
「怒って···ないんですか?」

難波
別に構わねぇよ、延滞料金くらい

サトコ
「そうじゃなくて···」

難波
ん?

(エステでのこと···)

喉元まで出かかったその言葉を、敢えて飲み込んだ。

(室長は分かってて、知らんぷりしてる···ってことは、もう触れるなってことだよね)

サトコ
「やっぱり···なんでもないです」

難波
なんだよ、それ

サトコ
「それより、相変わらずお気に入りなんですね。『美女と野獣』のその曲」

気を取り直して聞いてみる。

難波
ああ、なんかな···ついつい鼻歌が···

サトコ
「それって、野獣の気分···ってことでしょうか?」

難波
···俺がか?

サトコ
「だってほら、私」

黄色いドレスをクリーニング店の袋から取り出し、顔に当てて見せた。

難波
なるほど、そういやそうかもな

サトコ
「あれ?そのつもりでこのドレスを選んだんじゃないんですか?」

難波
いや、無意識だよ、無意識
たぶん俺、自分で思ってる以上に感動してたんだな

室長は内容を思い出したのか、じーんとした表情で軽く鼻をすする。

サトコ
「そういう見かけによらず純粋なところも、ちょっと野獣っぽいかもですね」

難波
見かけによらずって、お前な

室長は恨めし気に私を見たあとで、しみじみと微笑んだ。

難波
俺に野獣の心があるとしたら···
それはお前なんだろうな

サトコ
「え···?」

室長は感慨深げに私を見つめると、ギュッと抱き寄せた。

サトコ
「室長、せっかくのワンピースがまたシワシワになっちゃいますよ!」

腕の中でもぞもぞ動く私を、室長はますます強く抱きしめる。

難波
シワシワでも構わねぇよ。そんなもん

サトコ
「ダメですよ。せっかく室長に買ってもらった、大事な服なんですから」
「本当は、室長とのデートでデビューさせてあげたかったのに···」

難波
そっか···そうだよな

室長はようやく身体を離すと、私の手を取り歩き出す。

難波
それじゃ、改めてそれ着てどこか出かけるか

サトコ
「はい、是非!」

難波
どこがいい?

サトコ
「やっぱり、ダンスホールですかね?」

難波
ダンスか···それには、まずは練習が必要だな

サトコ
「練習?」

難波
二人で一緒に、踊る練習

部屋に着くなり、室長は私を抱き上げるとクルクル回りながらベッドに倒れ込んだ。

サトコ
「練習って、まさかこれですか?」

難波
まずは呼吸を合わせること
その次に大切なのは、距離感だ

室長は私を抱きしめ、頬を摺り寄せる。

サトコ
「いたた···」

難波
あ、悪い···このヒゲ、やっぱりエステに行かないとダメか?

サトコ
「でもそのヒゲがなくなったら、野獣っぽさ半減ですよ?」

難波
お前も知ってるだろ?
野獣はな、魔法が解けるとかっこいい王子様になるんだぞ

サトコ
「王子様ですか···」

つるつるほっぺの室長の王子姿が目に浮かんだ。
白いタイツに、ちょっとかかとの高い靴を履いて、背中に真っ赤なマント。

(うーん、悪くはないけど、別にこうじゃなくても···)

サトコ
「私はいいです。野獣のままの室長で」

難波
本当か?

サトコ
「だって、中身が室長なら、どっちでも同じですから」

難波
サトコ···

室長は吐息のように私の名を呼んで、それから熱いキスを落とした。

難波
野獣が王子に戻るには何が必要か、覚えてるか?

サトコ
「確か···誰かを愛し、愛されること」

難波
だったら俺はもう、王子になれてるってことかな

室長は嬉しそうに言いながら、私の胸に顔を埋めた。
熱い吐息が、身体を溶かす。
時に野獣のように激しく、時に王子のように優しく···
色んな室長に翻弄されながら、私は愛し愛される喜びをかみしめた。

翌日。

サトコ
「おはようございます···」

我ながら、疲れ切った声が出た。

(昨日の夜は結局、あんまり眠れなかったな···)

あの瞬間は幸せで、翌日の仕事のことまで考えてなかった。

(室長もきっと···)

難波
おはようさん

元気な声が聞こえて、室長が顔を覗かせた。
室長の顔は、エステにでも行ったかのようにつやつやだ。

(もしかして···本当に愛で魔法が解けた?)

みんな、疲れ切った私とつやつやの室長を交互に見つめているが、誰も何も突っ込もうとしない。
ただ一人を除いてはーー

津軽
難波さん、今日肌艶がいいね。エステでも行ったかな
ね、サトコちゃん?

サトコ
「え、ええ···」

(これって、分かってて言ってる?それとも···)

津軽
ちなみに君が潜入に立候補した時、 “ウチの” って言ったのは何だったんだろうね

サトコ
「え···そんなこと、ありましたっけ?」

津軽
···。ま、いっか

津軽さんは一瞬だけ探るような眼で私を見て、業務に戻った。
そんな津軽さんの様子を気にするでもなく、室長は相変わらず鼻歌を歌っている。
曲はもちろん、『美女と野獣』
室長が野獣でも王子でも、私は彼の心の花であり続けたい。
もはや耳から離れないその曲を聞きながら、改めてそう思った。

Happy End

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