頬を撫でる風も刺すような寒さになりつつある12月の中頃。
長野の寒さに比べれば···と、自分を励ましながら速足で家へと帰ってきた。
(郵便はDMとチラシばっかり···じゃない?)
サトコ
「何だろ、この手紙···」
硬く上質な白い封筒が2通。
差出人はーー
(こっちには書いてない···?もう一通の方は···)
サトコ
「Team・K···え?なに、誰?」
住所も郵便番号もなく、書かれているのはそれだけ。
(新手のDM商法?)
不審に思いながら、封を開けてみると···中には1枚の白い紙が入っていた。
それを広げてみると···
サトコ
「何、これ···」
新聞の文字を切り貼りして文章が作られている。
まるで一昔前の怪文書のようだった。
(『12月24日、有明の埠頭の倉庫で待つ。来なければ、お前の秘密をバラす』···?)
サトコ
「······」
(質の悪いイタズラ···?でも、『お前の秘密』っていうのが···)
私の秘密と言えば、カレとの関係に他ならない。
(今は銀室···私やカレを蹴落とそうとしている人がいても不思議じゃない)
(万が一のことを考えたら···)
この怪文書を無視することはできなかった。
翌日。
私は例の怪文書を持ち、出勤した。
(時間を見て、カレに相談できたらって思ったんだけど···)
石神
「加賀、公安学校の授業計画の方はどうなっている」
加賀
「そんなもん、去年と同じにしとけ。やってる暇ねぇ」
石神
「つまり、お前だけ進歩がないということか」
加賀
「あ゛?」
東雲
「それより、チェックしろって書類が山ほど来てますよ」
後藤
「これ、難波さん宛てのだろ」
黒澤
「それが、なぜかどうしてか、こっちに回って来てるんですよね~」
颯馬
「そんなことするのは本人しかいないでしょう」
石神
「全く···困ったものだな」
(皆さん、忙しそう···年末だしな···)
津軽
「ウーサちゃん」
サトコ
「うわっ!いきなり後ろから声かけないでください」
津軽
「この師走の時期に、よくよそ見してられる時間があるね~」
サトコ
「あ、いえ···よそ見なんてしてませんよ?ほんと、全然」
津軽
「まあ、そうしていられるのも、今のうちだけだよ」
サトコ
「何か、事件が···」
津軽
「そう、これから起きるんだ」
サトコ
「まさか、犯行予告が!?」
(もしかして、私が受け取った怪文書と何か関係が···)
津軽
「毎年のことだから」
サトコ
「え?」
津軽
「今年の経費の取り締まりに、経理の連中が押し寄せてくる!」
サトコ
「それって、どういう···」
津軽
「出し忘れてる領収書がないか、身ぐるみ剥がされる勢いで探されるってことだよ」
サトコ
「またまた、そんな経理の人たちを追いはぎみたいな···」
百瀬
「去年は終わったあと、半数以上が全裸だったな」
サトコ
「ほんとですか!?」
思わず声をあげた時、石神さんに声を掛けられた。
石神
「津軽、氷川を借りるぞ」
津軽
「リース代、高いからね」
石神
「氷川、この書類を警視庁まで届けてくれ」
サトコ
「わかりました!」
(石神さん、ナイスタイミング!)
(実際のところは気になるけど、これで経理の人たちに会わずに済む!)
若干領収書の書類に不安のある私は、まとめた領収書をデスクの上に残してお使いへと出掛けた。
警視庁公安部に届け物をして帰る途中。
科捜研の前を通りかかると、莉子さんの姿を見つけた。
(そうだ!あの怪文書の件、莉子さんに相談してみよう!)
サトコ
「莉子さん!」
木下莉子
「あら、サトコちゃん。久しぶり、元気そうね」
サトコ
「莉子さんも。あの、実はちょっと相談したいことがあって···今、大丈夫ですか?」
木下莉子
「いいわよ。相談って···もしかして、恋の悩み?」
サトコ
「そういう甘いのだったら、よかったんですが···」
私はポケットから例の怪文書を取り出すと莉子さんに見せた。
木下莉子
「何これ···センスないわね。どうしたの?」
サトコ
「自宅のポストに投函されていて···イタズラかと思ったんですけど、気になって」
木下莉子
「そうねぇ。確かに無視するには、ちょっと気になるか」
「自宅に届けられたってことは、サトコちゃんの住所を知ってるってことだしね」
莉子さんは手袋をはめて、手紙をすかしたりして見つめている。
サトコ
「あ···すみません。私、うっかり素手で触りまくってしまいました···」
木下莉子
「いいわよ。サトコちゃんの指紋なら、一目でわかるから」
サトコ
「そうなんですか?」
木下莉子
「サトコちゃんの指紋って面白いのよ」
サトコ
「···指紋が面白い」
木下莉子
「見事な同心円風っていうか···それより、このこと課の誰かに話した?」
サトコ
「いえ。相談したかったんですが、今の課内は師走の忙しさで···」
木下莉子
「じゃあ、そのまま黙ってて」
サトコ
「どうしてですか?」
木下莉子
「あなたのことになると、大の男たちがうるさいから」
「これ、借りるわね。ちゃんと調べれば、そこそこには分かると思うわ」
サトコ
「それじゃあ、お願いします」
莉子さんは鑑識用のビニール袋を取り出すと、その中に怪文書をしまった。
木下莉子
「ひとつ聞いておきたいんだけど」
サトコ
「はい。何でしょうか?」
木下莉子
「この『お前の秘密をバラす』っていうところ···」
「バラされたら困る秘密、持ってるの?」
サトコ
「そ、それは···」
(あの人とのこと、莉子さんには薄々気付かれてる気がするけど···)
さすがにハッキリと言うことはできない。
サトコ
「誰にでもあるような秘密ですよ。お風呂でしている美顔体操とか···」
「スタイルを維持するための女豹のポーズとか···」
木下莉子
「ふふっ、上手くなったわね。もう一息だけど」
莉子さんが綺麗な指先を口元に持っていって、艶やかに笑う。
そして、その左手がキラリと光った。
サトコ
「り、莉子さん、その左手の薬指に光るものは···!」
木下莉子
「あ、これ?うん、まあ、ちょっとね。もうすぐクリスマスだし」
サトコ
「う、幸せ女のオーラが···!おめでとうございます!」
木下莉子
「まだお祝い言われる段階じゃないわよ。じゃ、あとで連絡するわね」
軽く手を振る莉子さんは以前にも増して良い女になっている気がする。
(ついに莉子さんを射止めた男性が···!どんな人なんだろう···)
頭の中にモヤモヤと···何となく長身でマッチョな男性が浮かんできた。
(いや、莉子さんのことだから意外と細マッチョが好きかも?)
想像の莉子さんの恋人を大きくしたり小さくしたりしながら、私も警視庁をあとにした。
その週の土曜日。
鳴子
「はあ~、仕事に明け暮れてるうちに、すっかり世間はクリスマスねー」
サトコ
「ほんとに1年早いよね」
鳴子
「今年はクリスマスなんて関係なさそう。サトコは?」
サトコ
「私も、それどころじゃなさそうだよ」
(怪文書は、埠頭に呼び出されてる日だし···)
莉子さんからの連絡はなく、事態の進展は見られていない。
(カレの仕事も忙しそうだし、クリスマス当日に一緒に過ごすのは無理だとしても)
(前後のどこかで会えたらいいなぁ)
今年のクリスマスプレゼントは何を贈ろうかと、街のウィンドウを見ながら考える。
(忙しい年末を乗り越えるために力が出るものか、寒い冬を乗り越えられる防寒グッズか···)
(でも、あの人との平和なクリスマスを迎えるためには、例の怪文書を片付けないと!)
翌日、莉子さんから連絡を貰った私は科捜研へと向かった。
サトコ
「何か分かりましたか?」
木下莉子
「ええ。この手紙に使われている文字は紙とインクから毎朝新聞のものだとわかったわ」
「のり付けに使われているのは、大手100円ショップで販売されているスティックのり」
「興味深いのは、この手紙から検出されたのは、サトコちゃんの指紋だけってことよ」
サトコ
「それって、つまり···」
木下莉子
「指紋がつかないように、細心の注意を払ったってことね」
「加えて、こういう場合は手袋を使っていることが多くて」
「普通はその繊維や諸々が出てくるんだけど···」
「今回は、それも一切なし」
サトコ
「え···」
相当の手練れを感じさせる内容にゴクリと息を飲む。
木下莉子
「封筒を調べたけど、結果は同じ。素人の仕業じゃないわ」
サトコ
「事件性があるってことですか?」
木下莉子
「あるといえばあるけど···ヒントは、この『Team・K』の筆跡ね」
「私の読みが正しいなら、事件ではない···かな」
サトコ
「莉子さんは差出人が誰だかわかるんですか?それなら、教えてください!」
思わず身を乗り出すと、ふっと軽い笑いで流されてしまった。
木下莉子
「もう一人前の公安刑事なんでしょ。それなら自分で解きなさい」
サトコ
「···ごもっともです」
莉子さんから怪文書を返され、それをじっと見つめる。
(うーん···誰かの字に似てる?)
(莉子さんの反応を見ると、危険な相手ではなさそうだけど···)
それでいて指紋も他の手掛かりも残さない相手。
(チームK···K···ケー···)
(これは、もしや···)
私の頭に、ある人の顔が浮かんできた。
そして訪れた決戦のクリスマスイブ。
私は呼び出された埠頭へと来ていた。
(私の読みが正しければ、危険はないはず···)
とはいえ、確証はないので緊張は解けない。
埠頭には大きな古い倉庫が建っていて、いかにもそこが怪しかった。
(この手紙の差出人は、あの中に?)
念のため、腰の拳銃に手をかけながら、倉庫の鉄製の扉を開けるとーー
パン!パンパンッ!
サトコ
「!?」
耳を貫く破裂音にビクッと身を竦ませた次の瞬間。
???
「メリークリスマース!」
サトコ
「は!?」
真っ暗な中で聞こえた声にポカンと口を開けてしまった。
to be continued