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クリスマス2018 加賀

時計を見ると、そろそろお開きになる時間だった。

(きっと室長たちは二次会に行くだろうけど、私はこのまま真っ直ぐ家に···)

津軽
あれ?ウサちゃん、もう帰るの?

サトコ
「はい。みなさん二次会ですか?」

津軽
いや、俺もそろそろ帰ろうと思ってたんだよね
よかったら一緒に···

???
「···津軽さん」

私の肩を叩こうとした津軽さんの肩を、さらに後藤さんが叩く。

津軽
···誠二くん?なんか目すわってない?

後藤
世の中は、滝です

津軽
は?

後藤
滝のよさを、ぜひ津軽さんにも知って欲しい···

津軽
いやいや、滝ってアレでしょ、修行とかそういう···
俺、俗世で思いっきりエンジョイしたい煩悩のカタマリだから

後藤
そういうのも、滝を見てるうちに綺麗になくなります

津軽
待って待って!俺から欲を取ったら何も残んないでしょ!
あれ!?ちょ、おーい、誠二く~ん!?

問答無用の後藤さんに、津軽さんはなすすべもなく連れ去られてしまった。

(最近の後藤さん、滝愛好者を増やすための布教活動に余念がないな···)
(さて、それじゃ私も···)

と思ったところへ、タイミングよくスマホにメッセージが届いた。

(そういえば加賀さん、いつの間にかいなくなってる···)
(もしかして、このメッセージは···!)

加賀さんからのメッセージを見て、待ち合わせ場所へ急ぐ。
そこではいつものように煙草を咥えた加賀さんが、ひとりで···

(···じゃない)

女性1
「あの、お暇ですか?私たちこれから飲みに行くんです。よかったら···」

女性2
「ねえお兄さん、すっごく私のタイプなんだけど···ふたりきりで出掛けない?」

女性3
「いいお店知ってるんです。一緒に飲みませんか?」

加賀
······

道行く女性たちに次々に声を掛けられ、しかも通行人の女性たちまで加賀さんを見ている。

(···わ、私の彼氏、すごい···!)
(でもそのうち、盛大な舌打ちが···)

加賀
···チッ

(聞こえてきた···)

煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、女性たちを押しのけるようにしてツカツカと歩いてくる。

加賀
遅ぇ

サトコ
「よ、よく私が来たのわかりましたね。あの状況で···」

加賀
付き合ってる女が近付きゃ、嫌でもわかる

サトコ
「嫌でも···」

(でも···そのくらい、常日頃から私の存在を意識してくれてるってことだよね)
(あ、嬉しいかも···顔がニヤける···)

加賀
引き締めろ

サトコ
「うっ···無理難題を···」

加賀
他の奴らは?

サトコ
「室長たちはたぶん二次会です。津軽さんは···後藤さんと滝を見に行きました」

加賀
······

(すごく怪訝そうな顔してる···気持ちはわかるけど···)

そしてその怪訝そうな顔は、私の手元にも注がれている。

サトコ
「···どうしたんですか?」

加賀
荷物、そんだけか

サトコ
「はい、そうですけど···」

加賀
···行くぞ

(なんだろう···?何か忘れ物したっけ?)
(でも埠頭に行ったときは、このバッグひとつだけだったし···)

それに加えて、今はビンゴ大会の景品を持っている。
首を傾げながら、急いで加賀さんの後を追いかけた。

加賀さんの部屋に入った瞬間、妙な違和感を覚えた。

(いつもと何か違う気がする···間違い探しレベルのほんの些細な違いがある···)
(どこ···?どこだろう···?)

でも結局間違いを探し出せないまま、コンビニで買った飲み物を入れるために冷蔵庫を開けた。

サトコ
「···ん?なんですか、この大きい箱」
「···クリスマスケーキ!?」

加賀
あ゛?

(お、お怒り···!?でも···そうだ! “Team・K” からの招待状に意識が集中しすぎてて···)

サトコ
「今日、クリスマスだった···!」

加賀
······

サトコ
「そして、分かりました!加賀さんの部屋の間違い探し!」
「小さいツリーが飾ってある···!部屋に入った時の違和感は、それっ···」

加賀
それ以上喚くなら、つぶす

思い切り頭を掴まれアイアンクローをかまされ、ミシッ···とその手に力が籠った。

サトコ
「つぶすって、頭を···!?せ、聖なる夜に殺生は勘弁してください!」

加賀
うるせぇ

サトコ
「頭つぶされそうになったら、普通はうるさいくらい騒ぎますよ···」
「あ···冷蔵庫にシャンパンも入ってる。加賀さん、もしかして私と···」

加賀
······

少しふてくされ気味の加賀さんに、思わず抱きついた。

サトコ
「ありがとうございます···!すごく嬉しいです!」
「加賀さん、去年までは『クリスマスなんてくだらねぇ』って言ってたから」

加賀
去年までじゃねぇ。今年もだ

サトコ
「ふふ···でも、私と一緒に過ごそうとしてくれたんですね」
「 “Team・K” の招待状のインパクトが強すぎて、色々頭から吹き飛んでました」

加賀
それ以上吹き飛ぶものもねぇだろ

サトコ
「それは、空っぽって意味ですか···?」
「プレゼントもちゃんと用意してあるんです。でも、部屋に置きっぱなしで」

加賀
別にいい

呆れたように溜息をつきながら、加賀さんが私の髪を耳にかけてくれる。
わざとくすぐるように触られて、思わず肩をすくめた。

サトコ
「ひゃっ···」

加賀
もっと色気ある声出せねぇのか

サトコ
「ん···」

唇が重なり、何度か触れるだけのキスが繰り返される。
加賀さんの親指が唇の端から差し入れられて、口を開けろと促すように舌でじっくりと攻められた。

サトコ
「ぁ···」

加賀
···ようやく、なけなしの色気が出てきたじゃねぇか

サトコ
「なけなし···」
「あっ···でも、待っ···」

ソファに押し倒されそうになり、必死に加賀さんを押しとどめる。
スカートの中でうごめく手が太ももを撫でたその瞬間、今度こそ加賀さんを止めた。

サトコ
「待ってください···!今日はクリスマスですよ···!?」

加賀
やることはひとつだろ

サトコ
「やること、って···!」
「せ、せっかくだからもっとクリスマスの雰囲気を楽しみましょう!」

加賀さんの腕から抜け出すと、バッグと共に置いたビンゴの景品を取り出した。

サトコ
「見てください!なんと、あのジンテンドーSwitchが当たりました!」

加賀
···そうか

サトコ
「あの、花ちゃんを見るような目で見ないでください···」

加賀
テメェと花が同列なわけねぇだろ

サトコ
「知りたくなかった真実···」
「そ、ソフトも入ってますよ。“スーパーマルオテニス” !一緒にやってみませんか?」

加賀
···それがクリスマスらしいこと、か

サトコ
「学生時代は、友達と集まって徹夜でゲーム大会とかやりましたから···」
「実は私もSwitchは初めてなんです。えーと、何なに···」

サトコ
「やった!決まった!」

加賀
くっ···
···もう一回だ

サトコ
「ふふふ···いいでしょう。私の華麗なスマッシュを見せてあげます!」

加賀
冗談は顔だけにしろ

サトコ
「聞かなかったことにします!」

加賀さんの部屋のテレビにSwitchを接続して、1時間後。
ゲームに慣れていない加賀さんは、見事私にボロ負けを喫していた。

サトコ
「やっぱり、人生で無駄なことなんてないんですね」
「地元の友達と、テストが終わった日に泊まり込みでやったゲームが今役に立ってる···!」

加賀
···いいじゃねぇか。勝負だ

浮かれる私に、加賀さんが再びコントローラーを握り締めた。

加賀
次の一戦···負けた方が相手の言う事を何でも聞くってのはどうだ

サトコ
「望むところですよ!今の私なら、加賀さんにも楽勝!」

加賀
······

(楽勝···かつて、そう信じていた時期が私にもありました)

サトコ
「ま、また負けた···!」

加賀
だせぇな

サトコ
「なんで···どうして···!?」
「つい30分前までは、完全に私の圧勝だったのに!」

加賀
残念だが、アンズ姫は俺の配下となった

サトコ
「魔王···!」

さっきまで決まっていたコースは全て見破られ、ことごとく打ち返されてしまった。
結局、勝負は加賀さんに軍配が上がったのだった。

サトコ
「もしかして、さっきボロ負けしてたのって···私のパターンを調べてました?」

加賀
いつまでもテメェを調子に乗らせとくわけにいかねぇからな

サトコ
「たまには、調子に乗っていたかったです···」

加賀
風呂入ってくる。その間に片付けとけ

サトコ
「はい···」

すごすごと、新品のSwitchを片付ける。
テーブルに肘が当たり、加賀さんのスマホが落ちてしまった。

サトコ
「っと···壊れてないよね?」

どこかのボタンを押してしまったのか、画面が明るくなって待ち受けが表示される。
それは、クリスマスプレゼントを抱きしめて笑っている花ちゃんの写真だった。

(これ、去年加賀さんと一緒に買いに行ったキルバニアファミリーだ)
(ファミリーみんなが銃とかナイフとか持ってる、ちょっと物騒な動物の人形なんだけど)

どうやらそこが加賀さんと似ていて、花ちゃんのツボに入ったらしい。

サトコ
「それにしても、ずーっと花ちゃんを待ち受けにしてる加賀さん、微笑ましい···」

加賀
浮気調査か

サトコ
「わっ」

後ろから抱きすくめられて、思わずスマホを落としそうになる。

サトコ
「ち、違うんです···すみません、テーブルから落としたら、電源が入っちゃって」
「っていうか、加賀さん···ほかほかしてますね」

加賀
風呂上がりだからな

濡れた髪がときおり頬に触れて、くすぐったい。
頬に添えられた手に促されるように振り向くと、柔らかい唇に啄まれた。

加賀
さっきは生意気におあずけ食わされたからな

サトコ
「あ···でも私、まだシャワー···」

加賀
なんでも言う事聞くんだろ?

有無を言わさない口調で、加賀さんがキスで私の口を塞ぐ。
いつもより熱を帯びた長いキスに、唇が離れたときには目に涙が溜まっていた。

加賀
生意気に煽ってんじゃねぇ

サトコ
「煽って、な···」

ちゅっ、と、目元をキスで拭われた。
一瞬見つめ合い、今度は感情をぶつけ合うような口づけ。

(いつも、私がクリスマス近くになるとソワソワして···ってパターンだったのに)
(今年は私が忘れてて、加賀さんが覚えてくれてた···)

一昨年より去年、去年より今年。
ほんの少しずつでも、加賀さんの中で私の存在が大きくなってるのなら嬉しい。

(言葉よりもずっと優しいキス···)

何年もかけて加賀さんとの距離が縮んでいることを実感しながら、
荒々しく私の服を脱がせるその手に、すべてを委ねた。

翌朝目を覚ますと、ふと思い立ちバッグを持ってベッドに戻ってきた。

加賀
何してんだ

サトコ
「いえ···そういえばもう一通、招待状が来てたんです」

( “Team・K” の招待状···というよりもはや脅迫状だったけど)
(そっちが気になって、まだ開けてなかったな)

もう一通のほうには『クリスマスは空けとけ。命令だ』とだけ書いてあった。

(でも、この筆跡は···)

サトコ
「加賀さんが送ってくれたんですか?」

加賀
どうやら封すら開けられてなかったらしいがな

サトコ
「あ、いえ···すみません!今年のクリスマスは、なんか慌ただしくて」
「じゃあ、あとでプレゼントを取りに行きたいです。今日中に渡したいから」

加賀
それより、先にお前を寄越せ

再びベッドに引きずり込まれて、慌てて加賀さんの手を止める。

サトコ
「そ、それは昨夜、夜通し···!」

加賀
足りるか

サトコ
「でも、ほとんど寝てな···」

加賀
テメェはもう少し体力つけろ
俺を満足させられるくらいにはな

反論は、加賀さんの唇と指先から灯される熱の中に消えていく。
その日はお互い非番だったのをいいことに、
お昼過ぎまでベッドの中で絡み合っていた。

軽くランチしたあと、加賀さんと共にやってきたのは···

サトコ
「あっ、花ちゃんにはこのお絵かきソフトがいいんじゃないですか?」

加賀
それより、先に本体だろ
コントローラーの色は、赤か、ピンクか···

ジンテンドーSwitch本体の前で、加賀さんが真剣に悩んでいる。

サトコ
「ピンクとか青とかだったら、加賀さんが遊びに行ったとき一緒にできますよ」
「あ、もちろんピンクと赤で、加賀さんがどっちか使ってもいいですけど」

加賀
······
···ピンクと赤だな

(自分がピンクとか赤のコントローラーを使うことより、花ちゃんが喜ぶ方を選んだ···)
(···ものすごく、加賀さんらしい)

ピンクのコントローラーを使って花ちゃんとゲームする加賀さんを想像すると、頬が緩む。
なんだかんだ言って、今年も幸せなクリスマスが過ぎていくのだった。

Happy End

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