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クリスマス2018 石神

埠頭の倉庫で始まった、私の歓迎会兼忘年会は、時間と共に盛り上がりを見せていた。

黒澤
ドンペリ開けまーす!

難波
よし、シャンパンタワーいくぞ~

(この飲み会はいつまで続くんだろう···)
(皆さん、明日も仕事なんだよね?まさか徹夜で出勤なんてことは···)

明日のことを考えれば、そろそろ帰った方が···と思っていると。

石神
······

(あれ?秀樹さん?)

賑わいの中、そっと出口へと向かう姿が見えた。

(どうしたんだろう。もう帰るのかな?)

外に出る秀樹さんを私も追いかけることにした。

サトコ
「秀樹さん!」

石神
···氷川

冷たい潮風が吹くなか、白い息で彼を追いかける。

サトコ
「もう帰るんですか?」

石神
察庁に戻る。師走だからな、まだやらなければいけないことがある

(宴会を抜けて仕事···秀樹さんらしい)

一層強い風が吹いて、二人で身を竦ませると秀樹さんが軽く眉をひそめた。

石神
···っ

サトコ
「どうしたんですか?」

石神
相撲で少し筋を痛めたらしい。俺もまだまだだな

サトコ
「無理しないでくださいね。あの、私に手伝えることがあれば、お手伝いします」

石神
お前は津軽班だろう
緊急時ややむを得ないときはともかく、それ以外の時に駆り出すわけにはいかない

白い息を吐く私に、秀樹さんは自分のマフラーを外すと私に巻いてくれた。

サトコ
「これだと秀樹さんが···」

石神
酔い覚ましには、この風がちょうどいい
抜けたのなら、今日はお前ももう帰れ

サトコ
「はい」

私に巻いたマフラーを整え、秀樹さんは背を向けて歩き出す。

(あの騒ぎの後い仕事って、相当の体力と気力を使うよね)
(凄いな、秀樹さん。仕事は手伝えないけど、何か私にできることは···)

考えた私は夜食を差し入れることにした。

(パーティーではあんまり食べてなかったみたいだし)
(深夜までやってるお総菜屋さんで、おにぎりと煮物とカップのお味噌汁を···)

公安課の電気はまだ点いていた。
秀樹さん席は空だけれど荷物はあって、今のうちにデスクに差し入れを置いて帰ろうとすると。

石神
あまり遅くに出歩くのは感心しない

サトコ
「!···石神さん」

石神
帰れと言ったはずだろう。こんなところで何をしている

サトコ
「仕事は手伝えないので、せめて差し入れをと思いまして···」
「パーティー中に、あまり食べてないようだったので」

石神
···繁華街にある総菜屋のか。この時期に···しかも、こんな時間にあの辺りをうろつくな

サトコ
「どうしてですか?」

石神
よからぬことを考える輩が多く出る頃だ
いくら護身に自信があるとはいえ···

かすかに眉間に寄ったシワをじっと見つめてしまう。

サトコ
「もしかして···心配されてます?」

石神
恋人を心配するのは、おかしいことか?

サトコ
「!」

(こ、ここで『恋人』って単語が出てくるなんて···)

職場で言われるとは思わず、ドキッとさせられる。

サトコ
「あの、じゃあ私はこれで···」

石神
ちょうど終わったところだ。帰るぞ

サトコ
「帰るぞって···あの···」

石神
この夜食、ひとりで食べるには量が多い

サトコ
「美味しそうだったので、つい···」

石神
お前も付き合え。これだけ買ったということは、小腹が空いているんだろう

サトコ
「今夜···一緒にいてもいいんですか?」

石神
駄目な理由があるのか

サトコ
「ありません!」

(差し入れに来てよかった!)

埠頭の別れ際が名残惜しかっただけに嬉しくて堪らない。

石神
お前のその顔が何よりの差し入れだ

サトコ
「え?」

小さく零された声を拾えず聞き返すと、秀樹さんはさっさと帰る支度をしてしまう。

石神
電気を消すぞ

サトコ
「待ってください!今、行きます」

倉庫を出たときと同じように、その背を追いかけたけれど。
あの時とは足取りが全然違っていた。

秀樹さんの家に共に帰り、夜食を食べてシャワーを浴びたときには日付が変わっていた。

サトコ
「お疲れ様でした」

風呂上がりの冷たい水を秀樹さんに持っていく。

石神
お前も疲れただろう。歓迎会兼忘年会という名目だったが···
結局、騒ぎたい奴が騒ぐだけの時間になった

サトコ
「秀樹さんが加賀さんと相撲をとるって言った時は驚きましたよ」

石神
加賀相手に逃げるわけにはいかない

サトコ
「痛めたっていうところは大丈夫ですか?」

石神
もう時間がない。そういえば···

思い出したような顔で秀樹さんが立ちあがった。

石神
ビンゴで当たったワイン···なかなかのものだ
今度、飲むか

サトコ
「はい、ぜひ」

秀樹さんはワインのコルク部分にラップを巻き、瓶を新聞紙で包んで冷暗所に保存する。

石神
お前も最後に当てていたな。景品は何だった?

サトコ
「私が当てたのは、コレなんです」

カバンの中から景品の袋を取り出し、その中から出てきたのは2枚のチケット。

石神
『スイーツヘブン』のペアチケット?

サトコ
「ここ、今話題のクリスマススイーツが食べ放題で大人気の場所なんですよ」
「とっくにチケット完売したって聞きましたけど、さすが皆さんですね」

(せっかくのペアチケットだし、スイーツヘブンならプリンもあるだろうし···)

サトコ
「秀樹さん、明日の仕事終わってからとか···予定、空いてますか?」

石神
明日?

予定を聞くと、さも意外そうな声が返ってきた。

(この師走の時期に何を呑気なって言われる?)

緊張しながら、次の言葉を待つと···

石神
···手紙、届かなかったのか?

サトコ
「手紙?」

石神
少し前に···おそらく、今日の会の招待状が届いた頃に

サトコ
「あ!」

頭に浮かぶのは、届いていた2通の封筒。

サトコ
「怪文書のせいで、もう1通のこと、すっかり忘れてました!」

石神
やれやれ···黒澤のせいだな

サトコ
「カバンの中に入ってます!これ···」

まだ綺麗な方の封筒を開けると、中に入っていたのは1枚の洒落たクリスマスカード。

サトコ
「『25日の夜、帝都ホテルのレストランで食事を。19時にロビーで』って···」

この几帳面な字は秀樹さんのものに間違いない。

サトコ
「秀樹さんがクリスマスディナーに連れて行ってくれるんですか?」

石神
俺以外の誰がいる

サトコ
「いえ、あの···この封筒、差出人が書いてなかったので」

石神

秀樹さんは言われて初めて気が付いた顔をした。

石神
···慣れないことをするものじゃないな。黒澤のことをどうこう言えなくなる

サトコ
「全然違いますよ!黒澤さんのは怪文書で、秀樹さんのは最高に嬉しいお誘いです!」

石神
明日の予定、間違いないか?
勝手に一緒に過ごすつもりで、確認もしていなかった

差出人のことといい、秀樹さんらしくないことが続き、彼は少し気まずげな顔をした。

(いつも完璧な秀樹さんがうっかりしちゃうって···)
(浮ついたって思ってもいいんですよね?)

駄目でもいい方に解釈してしまおうと、ぎゅっと自分から手を握ってしまう。

サトコ
「もちろん、問題ありません!」

石神
そうか

握り返された手が、すでにクリスマスプレゼント並みの嬉しさだった。

翌日の終業後。
私たちはスイーツヘブンの前に立っていた。

(いかにもスイーツヘブンって感じのお店だ···)

サトコ
「ディナーに響きそうですし、ここは···」

石神
場の雰囲気で怯むなど刑事失格だ

サトコ
「だとしても、その···」

(このいかにも女子って雰囲気のお店に秀樹さんが!?)

石神
俺がお前からの誘いを断るわけもない
それに場所は関係ない···お前とならな

サトコ
「え···」

私の手を取り、秀樹さんは堂々とした足取りでお店の中に入って行った。

石神
···正直に言おう
俺は猛烈に後悔している

サトコ
「···ですよね」

秀樹さんは真顔で、普通の人が見れば全く後悔などしていないように見える。

(でも、私には分かる···仕事柄、気持ちが動けば動くほど、無表情になっていくんだ···)

眼鏡の奥の瞳が若干遠くなっていることを見逃さない。

サトコ
「今からでも出ますか?」

石神
いや···

自分から入っておいて出るのは、それはそれで良しとし難いのだろう。
フリルとピンクに染まった店内を秀樹さんは生真面目に凝視している。

石神
この状況、一柳のメンタルなら、あるいは···

サトコ
「食べましょう!食べれば周りなんて気になりませんよ」
「ほら、プリンだけで、こんなに種類があります」

石神
10種類か···食べ比べができるな

サトコ
「全部食べてみましょう!それからブリュレもあるし、プリンアラモードも···」
「ふふ、どれもクリスマス仕様になってて可愛いですね」

(秀樹さんは居心地悪いかもしれないけど、一緒にクリスマススイーツを堪能できるなんて···)

予想外の出来事だけに、この新鮮な時間が嬉しい。

サトコ
「やっぱり···」

石神
まだ気にしているのか?

サトコ
「いえ。秀樹さんと一緒に来られて、やっぱり嬉しいです」
「秀樹さんが思い切ってくれてよかったなって」

石神
···そうか

ずっと固まっていた秀樹さんの目尻が優しくなった。
その小さな変化に私の胸はどうしようもなく高まる。

石神
小さなことで随分喜んでくれるんだな

サトコ
「小さくなんかないです。今年のクリスマス、絶対に忘れないです」

石神
俺もだ

テーブルに置いた手の先だけが重ねられる瞬間が、ここのどのスイーツよりも甘く感じられた。

石神
明日の朝になっても腹が減るか怪しいものだな

サトコ
「さすがに、そのころには···でも、本当に良かったんですか?」
「秀樹さんが予約してくれたディナーだったのに···」

スイーツヘブンでプリンの食べ比べなど、いろいろ満喫してしまった結果。
私たちのお腹はパンパンになっていた。

石神
無理して食べに行く必要もない
この時期ならキャンセルしても、当日の客ですぐに埋まるだろう

サトコ
「確かに···予約ナシで行ったら、1時間以上は待つって言われてますもんね」

石神
こんな時間に家にいるのも久しぶりだ

夕飯は省略したために、いつもより早い時間にくつろぐことができた。

サトコ
「12月に入ってから、ずっと忙しかったですよね」

石神
俺たちの仕事は年末年始も関係ない···むしろ警戒態勢を強めなければならない時もある
束の間の休息だ

秀樹さんの腕が伸びてきて抱き寄せられる。

石神
···それとも、どこかイルミネーションでも見に行ったほうが良かったか?

ふと今気づいたように、尋ねられた。
その言葉に私は小さく首を振る。

サトコ
「イルミネーションは、スイーツヘブンに行くときにも見られましたから」
「今はこうして二人で暖かくしていたいです」

(寒い日に家で好きな人とくっついてるって、最高だよね)

甘えるように身を委ねると、秀樹さんの大きな手が私の頬を包んだ。

石神
特別なことがなくても、こうして寄り添っていられたら、俺もそれでいい

指先が優しく髪を流す。
軽く顔を上げさせられると、視線が絡んだ。

サトコ
「でも···時々は今日みたいに特別なことがあると嬉しいかも」

石神
ふっ、全く困った恋人だ

サトコ
「秀樹さんは、特別なこと全然いらないですか?」

石神
特別なことが···というより、特別なお前が見たい
だが、特別なお前は、ここでも見ることができる

秀樹さんが眼鏡を外した。
そっと重なる唇···渇いた感触を馴染ませるように何度も重ねられる。

サトコ
「ん···あの、すみません···」

石神
なにがだ?

サトコ
「唇···荒れてて···」

石神
そんなこと気にすると思うか?
俺はどんなお前でも好きだ

サトコ
「んっ···」

その想いを伝えるように、秀樹さんが優しいキスを繰り返す。
すぐに息が上がるような激しいものではない。
少しずつ、少しずつ···熱が浸透していくような口づけ。

石神
···このままお前に夢中になる前に

やや掠れた声で秀樹さんが口づけを解いた。

石神
帰り道にもらったプレゼントを開けてもいいか?
クリスマスの間に

サトコ
「はい」

秀樹さんがプレゼントの包みを開ける。
そしてーー

石神
···ありがとう

サトコ
「ん···っ」

止んでいたキスが再開される。
感謝の気持ちを伝えるように、深く甘くなる口づけ。

サトコ
「こちらこそ···」

多忙な彼が私との時間を忘れずにいてくれた。
秀樹さんからの想いが伝えられれば伝えられるほど、私の胸も身体も熱くなっていく。

石神
···今夜は積極的だな

自分からキスを返すと、小さく微笑まれた。

サトコ
「特別な私を見たいって言ったから···」

石神
それは期待してもいいという意味か?

ソファに押し倒されながら尋ねられると、唇が躊躇う。

サトコ
「ええと、その···あまり過大な期待でなければ···」

石神
この状況で過大な期待をしない男はいない

サトコ
「ええっ···」

指先を絡ませ合い、重なる身体からは彼の熱さもしっかり伝わってきて。
互いの熱と言葉に煽られるような···寒さも忘れる夜の始まりだった。

Happy End

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