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クリスマス2018 黒澤

袋の中にはこの時期見覚えのあり過ぎる、その衣装が入っていた。

(これはいわゆる、サンタコス···!)
(いやまぁ、確かにクリスマスだしね。そういう賞品が混じっていても···)

とりあえず見なかったことに、と袋の口を閉じる。
ちょうどその瞬間、後ろから肩を叩かれた。

サトコ
「!」

黒澤
サトコさん!

にっこにこの笑顔を向けてくる透くんに、なぜか胃の底が冷える。

(さっきまで司会してたはずなのに、いつの間に···)

黒澤
オレ、楽しみにしてますんで!

サトコ
「た、楽しみ···!?」

(それって、私がこれを着るのを···?)

ふとその姿を想像して、いやいや、と頭を振った。
その時、後ろで盛り上がる声が聞こえてくる。

津軽
じゃあ、二次会はカラオケだね

百瀬
「津軽さんのカラオケ···!」

東雲
カラオケか。兵吾さん何歌います?

加賀
俺は行かねぇ

津軽
えぇ、兵吾くん行かないの?一緒にエムザイル歌いたかったな

加賀
勝手にやってろ

難波
あぁ、エムザイルなら何曲か踊れるぞ

(津軽さんと室長のエムザイル···!?)
(み、見たい···!)

黙々とスマホを操作し始めた百瀬さんと、カラオケに盛り上がる面々。

(百瀬さんはきっと、スマホの容量整理してるんだろうなぁ)
(でも、石神さんまで行くんだ···すごくレアな気がする)

難波
氷川も参加するだろ?

サトコ
「はい、もちろん!あ、黒澤さんも行きますよね?」

黒澤
······
そうですね

(あれ?もっとノリノリかと思ったのに)

津軽
透くん、この辺でオススメのカラオケ屋予約お願いね

黒澤
かしこまりました~★

さっき一瞬見せた雰囲気が嘘のように、透くんはノリノリで予約を始めた。
そんな彼を見ながら、カバンの中に入れていた包みのことを思い出す。
可愛くクリスマス用にラッピングされたプレゼントは、今日は渡せそうにない。

(もしかしたら、と思ってクリスマスだし持ってきたけど)
(周りにこれだけ皆さんがいる中じゃ、難しいよね)

透くんの方に視線を向けると、相変わらずいろんな人に囲まれている。
そんな彼と一瞬、目が合った。

(あ···)

<選択してください>

声をかける

サトコ
「黒澤さん、カラオケの場所見つかりましたか?」

(プレゼントなら最悪、後日渡してもいいよね)
(本当は今日渡したいけど、状況的に難しそうだし···)

黒澤
そこはもう期待の新人★黒澤透ですから!バッチリ確保できました!

いつも通り、むしろ明るすぎるほどの笑みで透くんは返してくれる。
それもどこか不格好に逸らされたような視線が気になってしまった。

津軽
この短時間でさすがだね

黒澤
もっと褒めてください~!オレ、褒められて伸びるタイプなので!

石神
褒めるとすぐ調子に乗るがな

津軽
なるほど、鞭も同時併用しなきゃなのか

黒澤
鞭はノーサンキューですよ!

微笑み返す

(津軽さんたちに囲まれてるし、わざわざ行くのもな···)

ニコッと微笑むと、透くんからも同じように笑みを返される。
しかし、すぐにその視線は逸らされてしまった。

(あれ?)
(なんか、わざとらしいような···もしかして誰かに見られてたとか···?)
(···気のせいかな)

何もしない

何となく話したい気持ちはあるものの、特にこれといった話題も思いつかなかった。
そして、一瞬苦い笑みを浮かべられる。

(え···)

後藤
黒澤がどうかしたのか?

サトコ
「後藤さん!あ、いえ、そういうわけじゃないですけど···」

颯馬
貴女はカラオケで何を歌うんですか?

サトコ
「最近行ってないので、少し前の曲なら何とか!」

颯馬
カラオケも案外、人心掌握の武器としては侮れないですからね

サトコ
「!勉強になります···!」

そんなことを喋りながら、視界の端で透くんを確認する。
その時にはもう、透くんはこちらを見てはいなかった。

カラオケの部屋の隅に座ったまま、謎の動悸に襲われていた。

(室長と津軽さんのエムザイル···すごかった···)
(今夜は眠れないかも···)

石神
氷川はそろそろ帰った方がいいんじゃないか?明日も仕事だろう

サトコ
「え、でもまだ皆さんは···」

石神
無理に合わせる必要はない。仕事に影響が出るのは本末転倒だ

サトコ
「では···お言葉に甘えて」

石神
ああ、黒澤。近くまで送ってこい

黒澤
任されました!

後藤
次、石神さんの曲です

石神
もう順番か

後藤さんからマイクを受け取った石神さんがおもむろに立ち上がる。

(え!?)

黒澤
サトコさん、行きますよ~

サトコ
「あ、はい!」

(······石神さんの本気モード、ちょっと見たかったかも···)

透くんに連れられ、駅までの道を一緒に歩く。

(まさかこんなタイミングで2人きりになれるなんて···)
(石神さん、ありがとうございます!)

黒澤
いやぁ、防寒してても寒いですね。サトコさん、大丈夫ですか?

サトコ
「あ、はい!私は全然···」

隣を歩く透くんをチラッと見上げる。
寒さのせいかわずかに赤くなった鼻先が、少し可愛く見えてしまった。

(今ならプレゼント渡せる···?)
(いや、でも私を送って戻ってきたら荷物、というかプレゼント持ってるって)
(明らかに感付かれそうだし···)

黒澤
サトコさん、終電ってまだでしたよね?

サトコ
「え?そうですね、まだ少し余裕あります」

黒澤
ちょっとだけ、遠回りしませんか?

(遠回り···それって、もう少し透くんといられるってこと、だよね)

サトコ
「ぜひ!」

遠回りと言って、2人で駅から少し逸れた道を歩き始めた。
やがて、暗い道の先にキラキラと輝く景色が見えてくる。

サトコ
「あれって···」

道沿いの街路樹を彩る無数の光。
その道の先では、大きなクリスマスツリーが輝いていた。

サトコ
「わぁ···すごい!綺麗!」

黒澤
あー、間に合ってよかった!

サトコ
「間に合って、って···?」

黒澤
ええっとですね
クリスマスまでは、点灯時間を延長してるとは聞いていたんですけど
カラオケ出る時は間に合うかヒヤヒヤしてました
今年はちゃんと···

サトコ
「え?」

パシャ!

サトコ
「!」

黒澤
やっぱりいいですね!
サトコさんとイルミネーション!画になります!

サトコ
「びっくりした···撮るなら言ってくれたらいいのに」

(いや、というか···)

サトコ
「もしかして、最初からここに来るつもりで···?」

黒澤
やっぱり、手紙読んでないんですね?

サトコ
「手紙···」

その言葉に先日送られてきた差出人不明の封筒を思い出す。

サトコ
「あ···!」

(もう1通の怪文書の方が気になって、すっかり読むの後回しにしてた···!)

慌てて鞄の中に入れっぱなしにしていた封筒を取り出す。
中から便せんが現れ、そこに書かれた文字にハッとした。

『二次会には行かずに最寄り駅で待ち合わせ』

サトコ
「ご、ごめん!」

(だから、私が二次会に行くってなった時にあんな反応を···!)

黒澤
いいんですよ。オレも名前を書き忘れちゃいましたし
それに、サトコさんが二次会に行こうとするのを見て気付きましたから

サトコ
「······」

手の中にある便せんに視線を落とす。
手書きの透くんの文字が、妙に優しく見えて気持ちが込み上げてきた。

<選択してください>

プレゼントを渡す

サトコ
「透くん、これ···!」

黒澤
え?

つい勢いで渡してしまった。
しかし、もう出してしまったのだから後戻りはできない。

サトコ
「今貰うと···迷惑かもしれないけど、クリスマスプレゼント」

黒澤

サトコさんからなら、いつ貰っても迷惑なものなんてありませんよ

(そうやって言ってくれるの、本当に優しいな···)

手を握る

サトコ
「透くん!」

彼の手を握ると、驚いたように彼がこちらを見つめる。

サトコ
「ありがとう!その、本当に気付けなくてごめんね···でも」
「透くんもクリスマスのこと、考えててくれて嬉しかった」

黒澤
 “も” ってことは、サトコさんも?

目をパチクリとさせながら、透くんは尋ねる。
それに小さく頷き返しながら、鞄の中から取り出した包みを差し出す。

サトコ
「私は、その···これを」

黒澤
これって、もしかして···

サトコ
「うん、透くんへのクリスマスプレゼントだよ」

すると、嬉しそうに彼は顔を綻ばせた。

もう一度謝る

サトコ
「ごめん!本当にごめんね!」

(手紙読んでいれば、もっと一緒にいられたかもしれないのに···!)

二次会に行くと言っていた過去の自分を殴ってしまいたかった。

黒澤
うわ、顔を上げてください!
それに今はこうして2人きりなんですから

サトコ
「それは、そうなんですけど···」

黒澤
それより···ちょっと気になったことを聞いてみてもいいですか?

サトコ
「な、なに···?」

黒澤
その口を開きっぱなしの鞄から覗いてる包みって···

サトコ
「!」

視線を落とせば、確かにそこから透くんへのプレゼントがチラリと見えていた。
こうなってしまっては、取り繕いようもない。

サトコ
「も、もっとちゃんと渡すつもりだったんだけど···」
「これ、クリスマスプレゼントです!」

黒澤
···!オレにですか?

サトコ
「うん、もちろん」

黒澤
い、今ここで開け···
いや、我慢します!

サトコ
「え?開けてもいいのに」

黒澤
部屋に帰った後に開ければ、きっと寂しくもないと思うので

愛おしそうな瞳でプレゼントを見つめる透くん。
その表情がどこか切なげで、胸がぐっと締め付けられるようだった。

サトコ
「···1人で帰るの?」

ふっと私へと視線を合わせた透くんの瞳を見つめ返す。
ドキドキとうるさい鼓動に、周りの音はかき消されていった。

(つい、そのまま来てしまった···!)
(いやでも、透くんにあんな顔されたら無視できないというか)

自分の中に様々な言い訳を並べていくと、透くんがずいとそれを突き出す。

サトコ
「これ···」

黒澤
せっかく当てたんだし、今日着ないと意味ないと思いません?

(まさか···)
(あの時の表情は、この状況を作るための演技···!?)

そう思ってしまうほどに、今の透くんは生き生きとしている。
キラキラと輝く瞳で袋を押し付けてきて、折れるつもりはないらしい。

黒澤
サトコさんのサンタ姿見たいなぁ

サトコ
「帰ります」

黒澤
そんなぁ!こんな聖なる夜に1人なんて寂しいじゃないですか!
一瞬だけ!一瞬だけ写真撮らせてください!

サトコ
「それ、一瞬が永遠にならない···!?」

ガシッと腰に抱きつかれ、さすがの力強さに一歩も動けない。
しかも、透くんはサンタコスの素晴らしさまで熱弁し始めた。

黒澤
しくしく···
せっかく2人きりになれたのに···透、悲しい···

(···でも、イルミネーションを見つけてくれたり)
(こうやって、なんだかんだ一緒に家に帰ってきたりとか···)
(やっぱり寂しさが根底にあるから···なのかも?)

サトコ
「···写真はナシですよ」

黒澤
やったー!どうします、ここで着替えてもいいんですけど

サトコ
「!向こうで着替えてきます!」

なんやかんやありつつ着替えてきたものの、透くんは床に突っ伏していた。

黒澤
黒澤透、一緒の不覚です···

サトコ
「······」

黒澤
まさか、男性用だったなんて···!

サトコ
「まーこういうこともありますよねー」

黒澤
こんなのティッシュ配りのバイトくんくらいしか着ませんよ!
赤と白のふわふわのミニスカートを期待して···!
なんでオレは、その衣装の隣を手に取って···

サトコ
「そこまで落ち込まなくても···」

(ラッキーなんて思ったけど、ちょっと悪い気がしてきた···)

徐々に可哀想に思えてきた透くんの背中をさする。
すると、急に勢いよく彼は顔を上げた。

黒澤
サンタさん、オレ今年1年いい子にしてたんです。頑張ったんです

(こ、これはなりきるべき···?)

サトコ
「そうだね、偉いね」

黒澤
そうですよね!だからもう···
悪い子になってもいいですよね?

サトコ
「え···」

次の瞬間には肩を掴まれ、ぐりんと天地がひっくり返っていた。
こちらを見下ろす透くんの瞳が、怪しい光でゆらりと揺れる。

サトコ
「と、透くん···?」

黒澤
今日ずっと司会していたから、ほとんど話せなくて
でも、目の前でサトコさんはいろんな人と楽しそうに話しているし

サトコ
「!」

透くんの手が胸元の大きなボタンへと添えられる。
それだけでドクンと心臓は大きく跳ねた。

黒澤
だから、二次会に戻らなくても
このままイケナイことするのも···

肩を掴んでいた彼の手が、するりと腕を撫でていく。

黒澤
サンタさんは、許してくれますよね?

サトコ
「ゆ···」

(結局、私だって透くんと一緒に過ごしたかったんだから···)

サトコ
「許し、ます···」

微笑んだ透くんの唇がそっと重ねられる。
外で冷えたはずのそこはもう十分暖かくて、そのまま溶けていきそうだった。

窓から差し込む朝日に目を覚ました。

(そうだ、今日仕事···)

ふと隣を見ると、透くんがまだスヤスヤと眠っている。

黒澤
すー···

(あれ?)

その腕の中には、包みから出されたプレゼントが大事そうに抱えられている。
何となくその寝顔も穏やかで、つい頬が緩む。

(昨日は、私が帰ってから開けるって言ってたのに)
(我慢できなかった、とか?)

サトコ
「大事にしてくれそうで良かった」

黒澤
ん···あれ、サトコさん?

どこか寝惚け眼のままの彼に、名残惜しさはありつつも時計を見る。

サトコ
「透くん。私、そろそろ出るね」

黒澤
プレゼント···ありがとうございます
いってらっしゃ~い···

ふっと微笑んだ透くんが、額にキスを落とす。
一気に上昇していく顔の熱が冷えなくて、やっぱり遅刻しそうになるのだった。

Happy End

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