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クリスマス2018 難波

黒澤
サトコさん、おっめでとうございますー!

黒澤さんはハイテンションな声を張り上げると、巨大な段ボール箱を私に押し付けた。

サトコ
「こ、これは···?」

黒澤
説明しましょう。こちらはなんと、うまいぜ棒1年分です!

サトコ
「1年分てことは···」

黒澤
1日1本。2日で2本。これからは、朝起きるのが楽しみですね★

サトコ
「そ、そうですね···」

後藤
よかったな、昼飯の代わりにもなる

黒澤
後藤さんの食生活がリスキーで心配です···

私は箱を抱えたまま、暫くその場に立ち尽くした。

(365本、来年のクリスマスまでか···)

遠い目になりつつ元居た場所に戻る。
すると、スッと誰かが隣に立った。

サトコ
「あ、室長···」

難波
すげぇな、それ

サトコ
「はい、なんとも···」

難波
うらやましい

(え、そっち?)

サトコ
「もしかして、お好きなんですか?うまいぜ棒」

難波
小さい頃、いつも食ってたからな
小さい頃に作られた味覚ってのは、大人になってもなかなか抜けないもんだ

(確かにそうかも···)
(なんだかんだ、いまだに小さい頃好きだったチープな味が妙に美味しかったりするもんだよね)

サトコ
「なんなら、交換します?」

かなり前に景品を当てていた室長は、私とは対照的にこぢんまりとした包みを抱えている。

難波
いや、むしろやる

サトコ
「ちなみに、これは?」

難波
塩らしいぞ。でも俺、滅多に料理なんてしねぇし

室長はとことん塩に興味がなさそうだ。

(まあ、塩なら室長にご飯を作ってあげる時にも使えるし···)

サトコ
「それじゃ、遠慮なく頂きます」

難波
おう、これで美味い料理、よろしくな

室長は耳元でそう囁くと、軽く私の背に触れてその場を離れた。

(美味しい料理か···塩を活かすなら、何がいいかな)

ひと通りビンゴ大会が済むと、クリスマス会はお開きになった。

(室長は、まだ帰れないのかな···)

せっかくのクリスマス。
できれば少しでも一緒にいたくて、さりげなく室長に視線を送る。
でも室長は、隅の方で深刻そうに電話しているところだった。

(取り込み中みたい···だよね)

それでも私の視線に気付いた室長は、いったん電話を切って私のところまで来てくれた。

難波
悪いな。またすぐにかけ直さないといけないんだ
しかもまだまだ長くなりそうだ

室長は辟易したように軽く溜息をついた。

サトコ
「大丈夫です。一人で帰れますから」

難波
いや、その箱を抱えて一人でってのもな···

室長はぐるっと辺りを見回した。
近くにいるのは後藤さんと加賀さん。
どちらもあとは家に帰るだけといった様子だ。

難波
ごと···いや、加賀

加賀
···なんですか?

難波
悪いけど、こいつのこと送ってやってくれないか

加賀
······

加賀さんはあからさまに迷惑そうに私を見た。

(あいかわらず、怖っ)

サトコ
「あの、本当に大丈夫ですので···」

加賀
っせえな。つべこべ言ってんじゃねぇ。行くぞ

サトコ
「あ、加賀さん···それじゃ室長、失礼します!」

慌てて加賀さんを追いかけ、今にも発車してしまいそうな車の助手席に乗り込んだ。

街中でイルミネーションが輝いている。
そんな中を、加賀さんの運転する車はさっきから無限の沈黙と共に進んでいた。

(空気が···重い···)

サトコ
「き、きれいですよね。この時季って本当に、毎年」

加賀
···そうか?お祭り騒ぎのクズどものお陰で目がチカチカするだけだろ

サトコ
「なるほど、そういう意見もあるかも···ですね」

加賀
······

せっかく話題を振ったのに、またもや沈黙。

(ダメだ···さっぱり会話が盛り上がらない)

サトコ
「はぁ···」

小さく溜息をついた瞬間、加賀さんが急ブレーキを踏んだ。

キキィーッ!

バサッ

何かが後部座席から落ちる。

サトコ
「ど、どうしたんですか?」

加賀
チッ

どうやら急ブレーキの原因は、
イルミネーションに気を取られて信号を無視したカップルのせいのようだ。

(よかった···私のため息が原因じゃなくて···)

内心でホッと胸を撫で下ろし、後部座席に手を伸ばして落ちたものを拾う。
さっきまで暗くてよく見えていなかったけれど、
よくよく見ると、それはピンク色の包装が可愛らしい大きい包みだった。

(これ、もしかしてプレゼント···?)
(そっか···あんなこと言ってたけど、加賀さんもちゃんとクリスマスにプレゼントなんかするんだ)

感心したり、妙にほっこりしたり。
やはりクリスマスは、みんなを何かしらいつもとは違う気持ちにされてくれるのかもしれない。

家に帰って一息ついて。
巨大な段ボール箱をキッチンの隅に押しやると、
さっそく室長からもらったビンゴの包みを開けてみた。

サトコ
「どこの塩かな。フランスかな、アンデスかな···」

ところが······

サトコ
「ん?バス···ソルト?」

室長が当てたのは、塩は塩でも、食べる塩ではなくてお風呂に入れる塩。

サトコ
「ふふっ···なんか室長らしいなぁ···」

仕事ではあんなに頼りがいがあるのに、それ以外はやはりどこか抜けている。
室長の可愛さをしみじみ感じて、思わず笑みがこぼれた。
クリスマスの日を一緒にいられなくても、結局はこうしてずっと室長のことを考えている。
そんな自分がちょっと可笑しい。

(そういえば、怪文書みたいな招待状に気を取られて忘れてたけど···)

あの時、封書が2通届いていたことを今さらながら思い出した。
積み上げてあった郵便物からその封書を探し出し、開けてみる。

サトコ
「わぁ、かわいい···」

中から出てきたのは、キラキラと可愛らしいクリスマスカードだった。
差出人は『難波仁』

(室長、こんなもの送ってくれてたんだ···)
(もっと早く気付いてれば、室長に今日お礼言えたのに···)

自分の至らなさにガックリとなる。
でも室長の優しさが嬉しくて、思わずガードを抱きしめた。
心なしか、柔軟剤の香りがする気がする。

(クリスマスを一緒に過ごせないこと、一番気にしてくれていたのは、実は室長なのかも···)
(わがまま言っちゃいけないのは分かってるけど、会いたいな···)

♪~

着信音がしてスマホを見ると、室長からメッセージが届いていた。

『ちゃんと着いたか?』

サトコ
「ふふっ、室長ったら、お父さんみたい···」

思わず笑ってしまうが、離れていてもこんな風に気にかけてもらえるのはやっぱり嬉しい。

『ありがとうございます!ステキなカードも、ちゃんと届いてましたよ』
『このお礼は、次に会えた時に』

すぐに返事をして、卓上カレンダーを手に取った。
今年も残すところあとわずか。

(次に二人で会えるのは···)

カレンダーの上を、指先がむなしく滑っていく。

(せめて年越しくらい、一緒にしたいけど···)

数日後。
仕事納めも終わり、すっかり街は年末年始。
このそわそわとした忙しない空気を感じると、やはり少しだけ寂しくなる。

(忙しいのは分かってるけど···)

こんな時、いつもはグッと堪える会いたい気持ち。
でも今日は、思い切ってメッセージを送ってみた。

『年末年始、一緒に過ごしませんか?』

♪~

送った瞬間、電話が鳴る。

サトコ
「もしもし、室長ですか?」

難波
ああ。メッセージ見たよ

室長の声は、どことなく忙しない。

難波
一緒に過ごしたいのはやまやまなんだが、今年はちょっと無理そうだ

サトコ
「ですよね···すみません、わがまま言ったりして」

難波
悪いな、全然構ってやれなくて

サトコ
「そんなことないです。私は仕事をしてる室長のことも好きなんですから」
「お仕事、頑張ってくださいね!」

明るく言って、電話を切った。

(忙しいのに、わざわざ電話してくれたんだ···)

今は、それだけで十分。

サトコ
「大晦日は一人鍋でもしよっかなぁ~」

(室長に余計な心配を掛けないように、私は私で思いっきり1人を楽しもう···!)

そしてついに大晦日。

サトコ母
『戸締りちゃんとして、あったくして、風邪ひかないようにね』

サトコ
「分かってるって。お母さんたちこそ、身体に気を付けてよ」
「そっちはこっちより全然寒いんだから。それじゃ、良いお年をね」

サトコ母
『サトコも、いい年を迎えなさいね』

長野のお母さんとの電話を切ってふと見ると、窓の外に白いものがチラつき始めていた。

サトコ
「あ、雪···道理で寒いわけだ」

1人の部屋は、なおさら寒い。
私は着ていたカーディガンの胸元を掻き合わせた。
その時だ。

ピンポーン!

サトコ
「?」

(誰だろう、こんな日に···届け物でもあったっけ?)

玄関ドアのスコープを覗くと、外にいるのは大きな男性。

サトコ
「室長!?」

ガチャッ

慌ててドアを開けると、肩にうっすらと雪を積もらせた室長が立っていた。

難波
悪いな、突然

サトコ
「どうして···」

難波
ちょうど下で住人と会ったから、さりげなく一緒に入ってきた

サトコ
「そういうオートロックの破り方の話じゃなくて···」

とにかく室内に招き入れると、室長はフッと笑みを浮かべた。

難波
少しだけ時間が空いたから、会いに来た

サトコ
「え···」

驚く私を、室長はギュッと抱き締めてくれる。

難波
ごめんな、こんな日に一人にして
お前も実家に帰るほどの時間はないだろうと思って···

(それで···こうして抱き締めに来てくれたんだ···)

ちょっと湿った室長のコートに、私は頬を押し付ける。

サトコ
「嬉しいです。すごく···」

ほんの少しだけでも。
ほんの少しだからこそ。
こうして私のために時間を作ってくれたことが無性にうれしかった。

ご飯を食べている暇もなかったという室長に、私は手早くありものを準備した。

難波
うん、やっぱりうまいな

サトコ
「よかった···分かってれば、もっとちゃんと作っておいたんですけど」

難波
いきなり押し掛けたんだ。これで十分だよ。それより···

室長は、棚の上のクリスマスカードに目を留めた。

難波
カード、飾ってくれてるんだな

サトコ
「かわいいし、すごく嬉しかったから」

難波
そうか···こんなことで喜んでくれるなんて、お前もかなりかわいいな

思いがけず褒められて、頬がポッと赤くなった。

サトコ
「室長からのプレゼントは、何でも嬉しいですよ。カードでも、塩でも···」

俯き加減に言う私を見て、室長はフッと笑う。

難波
そういやあの塩、使ってんのか?

室長は目の前の料理を指差した。

サトコ
「それが···実はあれ、バスソルトだったんです」

難波
バスソルトって、風呂に入れるアレか?

サトコ
「はい。だから、残念ながら料理には使ってません」

難波
そっか···惜しかったな
俺んちなら、一緒に入れたのに

サトコ
「そ、そんなことしちゃったら、すぐに仕事に戻れなくなっちゃうじゃないですか!」

ちょっと焦って言うが、室長は真剣に残念そうな表情になっている。

(もう40の大人なのに、こういうところ、時々子どもみたいなんだから···)

微笑ましい気持ちになって、室長を見つめた。

(束の間だけど、一年の最後にこんな時間を持てて良かった···)

難波
それじゃ、行ってくる

名残惜しい気持ちを必死に抑え、笑顔を浮かべる。

サトコ
「行ってらっしゃい。雪だから、滑らないように気を···んっ!」

最後まで言い終わらないうちに、唇に柔らかな熱が落ちた。
突然の、キス。
室長は何度も何度も唇を重ね、それでもまだ足りないような顔で私を見る。

難波
あんまりかわいい顔されると、行きたくなくなっちまうだろ

サトコ
「室長···」

(こんな風にキスされたら、私だって···)

室長はもう一度軽くキスを落として、降りしきる雪の中へと出て行った。
まだ熱の残る唇にそっと触れた。
そこに室長を感じて、ジンと身体の奥が熱くなる。
別れ際の、室長の切ない表情が蘇った。

(室長のあんな顔···愛されてるんだな、私···)

しみじみと幸せが沸き上がる。
それと同時に、こんなに幸せをくれた室長に、
私ももっとたくさんの幸せをもたらしてあげたと思う。

(何をしたら室長は喜んでくれるかな···)

考えを巡らせる私の目に、室長からもらったバスソルトが飛び込んできた。

(バスソルトか···)

年が明けて。
ようやく実現した久々のデート。
私は渡せていなかったクリスマスプレゼントを抱えて室長を待った。
もう一つの包みには、バスソルト。

(これ、一緒に使いませんか?なんて言ったらなんだかいやらしいかな···?)

室長がどんな反応をするのか、考えただけでもドキドキする。

難波
サトコ!

声が聞こえて、信号の向こうから室長が走ってきた。
いつもと変わらぬ、大好きな笑顔。
頼りがいのある、大きな胸。
いつだって、私のすべてを受け入れてくれる私の恋人。

(大丈夫、室長ならきっと、どんな私でも喜んで受け入れてくれるよね)

笑顔で大きく手を振って。
白い息を吐きながら走ってくる室長の胸に飛び込んだ。

サトコ
「室長!」

難波
悪い、待たせたな

サトコ
「待ってましたよ。クリスマスの日から、ずっと···」

難波
俺もだよ

室長は笑って私の身体をギュッと抱き締めると、待ちきれないように今年最初のキスを落とした。

Happy End

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