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クリスマス2018 後藤

埠頭の倉庫で始まった、私の歓迎会兼忘年会は、すっかり宴もたけなわになっていた。

(ご飯もお酒も、もうお腹いっぱい···はちきれそう)

ぽんぽんタプタプのお腹を撫でていると、後ろでは···

加賀
これで決着をつけてやる

石神
望むところだ。颯馬、来い

颯馬
ええ。卓球ダブルスでは負けませんよ

加賀

東雲
何でオレも巻き込まれてんの···

後ろでは石神班と加賀班の闘いが続いている。

(あれ?誠二さんは···)

姿が見えずに周囲を見回すと···

黒澤
後藤さーん?

難波
んー?もう撃沈かー?

後藤
······

(誠二さん!?)

別のテーブルに誠二さんが突っ伏している。
その両脇には黒澤さんと難波室長が立っていた。

サトコ
「後藤さん、大丈夫ですか?」

後藤
ん···

駆け寄ると、誠二さんの顔はかなり赤く、お酒の匂いがする。

サトコ
「こんな···酔いつぶれるほど飲んだんですか?」

後藤
シャンメリー···だ···

サトコ
「でも、黒澤さんが持ってるのシャンパンですよ?」

後藤
なに···?

サトコ
「難波室長が作ってるのだって···」

難波
ん?シャンパンだな、コレ

黒澤
ハハッ、間違えっちゃったかなー、てへっ★

サトコ
「てへっ★じゃないですよー!後藤さん、しっかりしてください!」

後藤
大丈夫···だ···

(リレー対決の時で、すでに酔ってたっぽいのにそれに加えて···)

サトコ
「どのくらい飲ませたんですか?」

黒澤
このくらいですね~

難波
こっちはこれくらいだ

それぞれ、かなり減ったシャンパンボトルを見せられる。

サトコ
「こんなに飲んで···お二人とも本当にシャンメリーのつもりだったんですか?」

疑わしい目を向けると、二人とも悪びれた顔も見せずにカラッと笑った。

黒澤
ほんとにうっかりミスですよ~

難波
はは、まあ少しは酒に強くなったろー

サトコ
「······」

(絶対、わかってて飲ませたんだ。もう···!)

サトコ
「後藤さん、立てますか?」

後藤
あっつ···

サトコ
「ちょ、後藤さん?」

襟に指をかけ、熱い吐息を零す誠二さんは周りに見せられない程色っぽい。

(こ、こんな誠二さんを置いて行けない!)
(早く連れて帰らなければ!)

サトコ
「帰りましょう!送って行きます!」

黒澤
主役が帰っちゃうんですか~?

サトコ
「後藤さんを潰したりするからですよ」

難波
ひよっこは優しいな~

黒澤
本当に、それだけですか~?

サトコ
「もう、からかってばっかりで···明日がコワイですよ」

黒澤
明日は明日の風が吹く~ですよ♪

難波
男は明日のことを考えねぇもんだ

(黒澤さんも難波室長も、なかなか酔ってる···)

サトコ
「後藤さん、行きましょう」

後藤
···ああ

颯馬
待って。今、タクシーを手配します

サトコ
「颯馬さん···!ありがとうございます!」

颯馬さんが手早くタクシーを呼んでくれて、私は誠二さんを自宅へとお持ち帰りすることになった。

後藤
ん···

サトコ
「誠二さん、あとちょっとですよ」

誠二さんの家に送ろうか、自分の家に連れて帰るか迷い···向かったのは私の家。

(津軽さんと顔を合わせるリスクはあるけど、気分が悪いとか二日酔いとか···)
(体調不良の時には、私の家の方が薬も揃ってて勝手もわかってるから)

タクシーを降り、肩を貸しながら何とかリビングまでやってきた。

(お、重い···酔った人って、こんなに重いんだ···)

半ば引きずるような体勢になりながら、ベッドに辿り着く。

サトコ
「···っと!」

後藤
······

ボフンッとベッドの上に寝かせると、誠二さんは顔に掛かった髪を鬱陶しそうにする。

サトコ
「お水飲みますか?」

後藤
いや···

その髪を払いながら尋ねれば、小さく首を振られた。
誠二さんの手が襟元に伸びてきて、どうやら息苦しさを感じているのが分かる。

サトコ
「それなら、先にネクタイを解かないと···」

私はベッドに膝を乗せると、彼のネクタイに手を掛ける。
すると···突然、ガッと手を掴まれた。

サトコ
「え?」

後藤
···襲うつもりか?

サトコ
「!?」

先程まで寝落ちかけていた誠二さんの目が、いつの間にかしっかりと開いていた。
熱を帯びた潤んだ瞳でこちらを見つめている。

サトコ
「いえ、息苦しそうだったので、ネクタイを···」

後藤
···そうか

そう言いながら、誠二さんが上半身だけを起こした。
私の頭の後ろに手が回され···

後藤
···可愛いな

サトコ
「!?」

お酒のせいか、少し掠れた声だった。
不意に囁かれた声に小さく息を飲むと、そのまま唇を塞がれる。

サトコ
「んっ···」

後藤
······

熱くお酒の香りのする塊が滑り込んでくる。
彼の口腔の熱さを分けられるように絡むキスが仕掛けられる。

(こんなキス···っ)

抱き合うことに夢中になってからの口づけ方で、初めからこんなキスをされることは滅多にない。

サトコ
「···っ」

後藤
は···っ

固定された顔を動かすことができずに、息を継いでは何度も唇を合わせられる。
見つめ合う誠二さんの瞳には私しか映っていなくて···

後藤
···欲しい

サトコ
「!」

濡れた唇が私の首筋に埋められる。
想像以上に伝わる熱に、びくっと身体を震わせた、次の瞬間。

後藤
······

ふっと誠二さんの温もりが消えた。
その身体はそのまま後ろに倒れてーー

サトコ
「せ、誠二さん···?」

後藤
······

聞こえてくるのは健やかな呼吸。

(寝てる···?)

顔を近づけてみると、熟睡しているのがわかる。

サトコ
「もう···あんなキスしておいて···」

熱を帯びた唇を持て余しながら、私は誠二さんに布団をかけるとシャワーを浴びに向かった。

そして翌朝。
ソファで寝た私が目を覚ますと、ちょうどベッドが軋む音が聞こえた。

後藤
ここは···

サトコ
「私の部屋ですよ」

後藤
サトコ···

互いの声に振り向いて、私は固まった。

(せ、誠二さん!?)
(え、昨日は服着て寝たよね!?)

後藤
昨日は···ああ、そうか···アンタの歓迎会があって···

二日酔いの頭痛が残るのか、誠二さんが軽く頭を抑えながらベッドを下りようとする。
チラッと覗いた足も筋肉質な素足で···

(ま、まさかとは思うけど···え···)

念のため顔を背けるべきか、それともこのまま彼を見て居るべきか。
迷っている間にも、誠二さんはベッドを下りてしまった。

サトコ
「!」

(な、何も着てない···!)

後藤
迷惑かけて、すまなかった

サトコ
「せ、誠二さん!それより、服!」

後藤
ん?

サトコ
「き、着てません!」

後藤
え···

両手で顔を覆いながら教えると、やっと気づいたようだった。

後藤
わ、悪い!

ベッドの中から慌てて服を探す気配が伝わってくる。

後藤
どうしてこんな···昨日、脱いで寝たのか···?

サトコ
「寝る時はシャツのボタンを外してただけだと···」
「酔って暑いって言ってたから、それで脱いじゃったのかも」

後藤
···そうか。本当に面目ない

サトコ
「あの、脱いだついでと言ったらあれですけど···よかったら、シャワーどうぞ」
「出勤まで、まだ時間ありますから」

後藤
ああ···そうさせてもらう

サトコ
「着替え、置いてあるの出しておきますから」

後藤
助かる。何から何まで悪い

申し訳なさそうに言いながら、誠二さんがバスルームに向かう。

(考えたら、酔いつぶれたような誠二さんを見たの初めてかも)

酒に強くないことは彼も自覚している。
だから任務中でも差し支えるような飲み方はしないし、プライベートでも酔うまで飲むことはない。

(昨日は黒澤さんと難波室長が飲ませたから···)

サトコ
「朝はお味噌汁とおにぎりにしよう」

冷蔵庫にあるものを考えていると、ふとテーブルに置いてあった封筒が目に入った。

(これ···例の怪文書と一緒に届いたやつ···すっかり忘れてた)

開けてみると、中には公開されたばかりのクリスマス超大作映画のチケットが2枚入っている。

(これにも差出人が書いてないんだよね···誰からだろう?)

後藤
サトコ、悪いがタオルを貸してくれるか?

サトコ
「あ、はい!すぐに行きます!」

バスルームからの声に、私は封筒をカバンにしまうと急いで立ち上がった。

シャワーを浴びて朝食を食べ終わると、二人で出勤の支度にとりかかる。

後藤
アンタのお陰で助かった。この埋め合わせは必ずする

サトコ
「気にしないでください。誠二さんだって飲まされて大変だった···」
「ああっ!」

話しながら鏡の前でシャツに着替えていた私は、思わず声をあげた。

後藤
どうした?

サトコ
「首に痕が···これ、シャツでギリギリ隠れない···」

後藤
引っ掻きでもしたか?

こちらに来た誠二さんが首筋に視線を落とす。

サトコ
「覚えてないんですか···?」

後藤
え?

サトコ
「これ、昨日の夜、誠二さんが···」

後藤

そうだったのか···本当にすまない···昨日の俺はいいところナシだな···

うなだれる誠二さんを前に、私が思い出すのは昨日の夜。

(でも···酔ってる誠二さんも格好良かった···とは、さすがに···)

言えない···と、心の中にトキメキと一緒にコッソリしまっておく。

サトコ
「あ、そうだ!昨日、ビンゴで当たった景品が···」

貰った袋の中に入っていたのはコスメのセット。
その中にコンシーラーを見つけた。

(買おうとも思ったこともない、ハイブランドの化粧品!)
(高いなら、きっとカバー力も抜群のはずだよね)

後藤
それで、どうにかなるのか?

サトコ
「こうして塗っておけば···ほら、結構隠せてませんか?」

高いものだと思うと一気には使えず、若干薄塗りになってしまうのは仕方がない。

(うん、でもこれで充分だよね)

後藤
そうだな。これならきっと大丈夫だ

サトコ
「ですよね。よしっと」

よかったよかったと笑い合う私たちが、ただののんき者だと知ったのはーー

黒澤
サトコさん、おはようございます!昨日は楽しかったですね~

サトコ
「おはようございます。昨日のことですけど···」

誠二さんに飲ませすぎだと、一言言おうとした時。
黒澤さんが小さく首を傾げた。

黒澤
あれれ~?サトコさん、この時期に虫刺されですか?

サトコ
「!」

(ぜ、全然隠せてない!?)

黒澤
でも、もうさすがに蚊はいないですよね~
うーん···他に肌に吸い付くような虫がいるかなぁ?

(その言い方···!)

フフフと黒い笑いを黒澤さんに、
馴染みの教官方の意識がチラチラとこちらに向けられている気がする。

(誠二さんは時間差出勤で、まだ来てない···)
(ここはひとりで切り抜けねば···!)

とはいえ、上手い言い訳も思いつかずに窮していると。

颯馬
今年は異常な猛暑だったせいで、生態系も狂っているそうですよ

後ろから来た颯馬さんがやんわりと間に入ってくれた。

颯馬
それに、いいんですか?黒澤

黒澤
何がです?

颯馬
昨日の一件に加えて、朝からサトコさんに絡んだりしたら···
それこそ害虫駆除されますよ。誰かさんに

黒澤

東雲
ぷっ

石神
······

颯馬さんのその一言に、苦笑や失笑の雰囲気が漂ったその時ーー

後藤
···おはようございます

黒澤
誰かさん!

後藤
は?

津軽
あっはっは!何、そのコント!

暫く津軽さんの笑い声に、居たたまれない空気は増すばかりで···

(飲みすぎ···もう絶対、ダメ!)

その日の夜。
私は誠二さんを部屋に呼び出していた。

後藤
···言い訳のしようもない

サトコ
「ほ、ほんとですよ!大人なのに、もう!」

呼び出された時点で、昨日からの一連の出来事についてだとわかっていたのだろう。
私の前で誠二さんは自主的に正座をしている。

後藤
全部、俺の責任だ。サトコは悪くない
俺は···

己を恥じらうようにグッと両拳を膝の上で握られれば、これ以上の言葉も出て来なくなる。

後藤
どうすれば、この罪を償える?

サトコ
「いや、罪なんて大袈裟な!そこまでの話じゃないですよ!」
「酔っての失敗なんて誰にでもあるものですし、昨日の件は不可抗力だし···ね?」

(あれ?お説教するはずが、なぜか励ますことに···?)

疑問が胸を過ったけれど、
こんなに落ち込んでいる誠二さんを前にすれば、紛糾などできるはずもない。

後藤
だが···

サトコ
「それなら、お酒は私の前だけ···にしてください!」
「酔って、あんなに色っぽくなる誠二さん、他の誰にも見せられません」

勢い込んで言うと、ポカンと口を開けられてしまった。

後藤
···そういうことは男から女に言うものかと思っていた

サトコ
「酔った自分を知らないから、そういうことを言えるんですよ」

後藤
なら、どうだったか教えてくれ

脚を崩した誠二さんの手が私を捕らえ、その腕の中へと収まった。

サトコ
「···全然、覚えてないんですか?」

後藤
アンタとタクシーに乗ったところまでは、何となく記憶にあるんだが···

サトコ
「じゃあ、あの···」

(熱烈なキスも全然?)

後藤
こういうことをしたんだな?

誠二さんの唇が今朝隠した首筋の痕に押し当てられる。

サトコ
「···っ」

後藤
他には?

サトコ
「···襲うつもりかって」

後藤
俺が言ったのか?アンタに

サトコ
「はい···」

後藤
襲ったのか?俺を

サトコ
「ち、違いますよ。苦しそうだったから、ネクタイを緩めてボタンを外しただけで···」

後藤
同じようにやってみてくれ

サトコ
「え!」

腕を取られたまま、誠二さんが後ろに倒れた。
私は彼に馬乗りになる体勢になる。

後藤
たまにはいいな。こういう眺めも

サトコ
「誠二さん···酔ってませんよね?」

後藤
酔ってたら困る。これからのことを覚えていられないからな

私の手がそのネクタイへと導かれる。
そうされてしまえば、私も昨日の夜をなぞるようにネクタイを解いていって···

後藤
このあとは···

サトコ
「誠二さんからのキス···です」

後藤
どんなキスだった?

サトコ
「そ、そんなことまで言わなきゃダメですか?」

後藤
言えないなら、こっちで教えてくれ

サトコ
「んっ···」

昨日の夜と同じように頭の後ろに回された手。
教えてくれと言いながら、仕掛けてくるキスは昨夜と同じ熱いものだった。

サトコ
「······っ」

後藤
サトコ···っ

サトコ
「誠二さん、昨日のこと、本当に覚えて···」

ないんですか?--という疑問は口づけに飲み込まれて。
昨夜、途切れた快楽の先を追うように···私たちは求め合った。

後藤
サトコ、そろそろ起きて、行こう

サトコ
「ん···?」

軽く肩を揺すぶられて目が覚める。
今朝はひとつのベッドの中···互いに一糸まとわぬ姿だけれど、昨日とは理由が違う。

後藤
開けたんだろう?手紙。今日は休みだから、どっかに行こうと約束してただろう

サトコ
「あ···!」

(あの映画のチケット、誠二さんからだったんだ!)

もうクリスマスは過ぎているけれど、今日は1日彼と過ごせる日。

(用意していたクリスマスプレゼントも渡さなくちゃ!)

サトコ
「すぐに支度します!」

後藤
俺もそうする

遅めのクリスマスデートの朝は···
差し込む日差しもキラキラと輝いていた。

Happy End

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