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クリスマス2018 津軽

ビンゴゲームの景品の袋を私は覗き込む。

(これ、ダイエット食品?ついつい食べ過ぎ飲みすぎの年末年始には有り難いかも)
(意外と実用的なものが入ってるんだな)

飲み物タイプのもので、何味か取り出してみると。

サトコ
「激辛バナナ青汁シェイク···?」

(え、なに、これ···こんな味が実在する意味ある?)

“激辛脂肪燃焼効果!” という文字を半眼で見ていれば···

津軽
······

(津軽さんが、めっちゃこっち見てる···そんな羨ましそうな顔で見られても)
(このプレゼント用意したの、絶対津軽さんだよね!?)

そんなに欲しいのならあげてしまおうかと思ったが···

(下手に話しかけたら面倒そうだ···このまま景品はもらっておこう)
(というか、つくづく津軽さんってプレゼント交換向きの人じゃないな···)

自分の趣味のものをプレゼント交換に出す人···というあるある過ぎる展開に、
私はそっと景品をしまった。

日付も変わるころ解散となり、倉庫の外に出れば海風が冷たい。

サトコ
「皆さん、今日はありがとうございました!」

難波
いやー、いい忘年会だったな

黒澤
次は新年会企画しますね

東雲
毎年、このくらいの時期にやっちゃうといいんじゃない?忘年会

加賀
そもそも忘年会、必要あんのかよ

サトコ
「······」

(完全に私の歓迎会って話は消えてる···まあいいんだけど···)

サトコ
「じゃあ、お先に失礼します」

一礼して帰ろうとすると、当然のように津軽さんが私の横に並んできた。

サトコ
「何ですか?」

津軽
同じなんだから、タクシー一緒に乗ってこ

サトコ
「いや、でも···」

チラッと後ろを見てみれば、皆さんの怪訝そうな視線が向けられているのが分かる。

サトコ
「怪しまれますよ!」

津軽
噂になりたい気持ちはわかるけど···鏡、見たことある?
世の中には悲しいかな···『月とスッポン』って言葉があるんだよ

サトコ
「···ひとりで帰ります」

津軽
わかった、わかった。そんなに怪しまれるのが心配だって言うなら···

私の言葉を曲解し続けながら、津軽さんが後ろを振り返った。

津軽
サトコちゃんは残業ね~

ひらひらとお気楽に手を振ってから、その手で私の肩を抱いてくる。

サトコ
「何ですか、この手は」

津軽
寒い、寒い~。俺、寒さに弱いんだよね~

サトコ
「だったら私につかまってないで、タクシー探してください!」

津軽
あー、ウサちゃんってウサギみたいにあったかーい

サトコ
「ウサギ、抱っこしたことあるんですか?」

津軽
ないけど

サトコ
「···だと思いました」

まとわりついてくる津軽さんを鬱陶しく思いながら、タクシーを止めた。

仕方なく同じマンションに戻ってくると、なぜかご丁寧に部屋の前まで送られた。

サトコ
「お疲れ様でした。おやすみなさい」

津軽
送ってもらったら、『コーヒーでも』って誘うのが礼儀だよね

サトコ
「いや、同じ場所に帰ってるだけで、送ってもらったわけじゃ···」

津軽
俺みたいなイケメンを家に上げるのは緊張するかぁ
わかる、わかる。でも大丈夫だよ。ちょっと部屋全体が華やぐだけだから

サトコ
「あの、疲れてるので、もう···」

(今夜の津軽さん、やけに絡んでくるな···酔ってる?)

その顔を見ても無駄に格好いいだけで、酔ってるかどうかわからない。
けれど、その視線がチラチラと動いていることに気が付いた。

(もしや、ビンゴで当たった激辛バナナ青汁シェイク狙い?)
(だったら···)

さっさと渡して帰ってもらおうと思っていると。

津軽
お邪魔しまーす

サトコ
「え!?ちょ···私の鍵、いつの間に!?」

津軽
へぇ、廊下の造りとかはやっぱ同じなんだ

サトコ
「勝手に入らないでください!」

上がり込む津軽さんを追うように、私も家に入った。

津軽
あー···ホッとする味だね。これにして大正解

サトコ
「そんなに気になるなら、ビンゴの景品にしないで自分の分にすればよかったじゃないですか」

津軽
ビンゴで当てるつもりだったのに、ウサちゃんが獲っちゃうから

サトコ
「いや、景品にしたら、ほぼ誰かに当たりますよ」

結局コーヒーではなく、津軽さんは激辛バナナ青汁シェイクを飲んでいる。

(これ飲んだら、帰ってくれるのかな?)

私はお茶を飲みながら、チラチラと津軽さんの様子を窺う。

津軽
女の子の部屋、って感じだね

サトコ
「そうですか?フツウの部屋だと思いますけど···」

津軽
竹刀はフツウかな···?
これで、おあいこか。前に俺の部屋に泊まったの覚えてる?

サトコ
「あれは···」

(いろいろあって加賀さんと津軽さんと呑むことになって···)
(いつの間にか酔って、朝起きたら津軽さんの部屋でTシャツ借りてて···)

サトコ
「一生の不覚でした···」

津軽
ぶっ···!一生の不覚って···!

津軽さんは口を押えて肩を揺らす。

津軽
武士かよ、ウケる···!

サトコ
「もう、からかってばっかりいるなら、帰ってください」

津軽
部屋にクリスマスツリーとか飾って、可愛いところあるのにね~
クリスマス一緒に過ごす人は?

サトコ
「そんな人がいたら、今、津軽さんと顔合わせてないですよ」

津軽
あっはっは!だよねー。だって今日イブで、数時間後にはクリスマスだし

サトコ
「当たり前のことで、どうしてそんなに笑えるんですか···?」

(津軽さんって笑い上戸?それとも実は酔ってるの?)

津軽
わかるよ、だから俺を部屋に上げたんだよね
女の子からは言えないだろうから言ってあげる

サトコ
「は?」

津軽
俺が立候補しちゃおうっかな

ずいっと、その綺麗な顔が接近してきた。
瞬きをすると、睫毛が震える音まで聞こえそうな距離。

サトコ
「立候補って、いったい何の···」

津軽
ウサちゃんのクリスマスの相手

サトコ
「······」

(この人って、少女漫画界の住人だっけ?)

目の前で頬杖を突きながら聞いてくる津軽さんの周りには華が散ったように見えた。

サトコ
「お茶、もう1杯飲もうかな···」

津軽
照れ屋さん♪

サトコ
「······」

頬を突く人差し指のツメが若干食い込んで痛い。

津軽
なにげにフラれたの初めてかも

(じ、自慢?ここでモテ宣言···!?)

サトコ
「あの、私、そろそろ寝たいんですけど···」

津軽
ああ、もうベッドでサンタさんを待つ時間か

時計は深夜を回ってる。
やっと重い腰を上げた津軽さんに顔を明るくするとーー

津軽

津軽さんがズボンのポケットを叩いて声を上げる。

サトコ
「どうしました?」

津軽
鍵、忘れたな

サトコ
「え、どこに···」

津軽
多分、デスクじゃないかなー

サトコ
「じゃあ、頑張ってください」

津軽
え?

サトコ
「え?」

津軽
このクリスマスの深夜に外に出るの?俺、サンタ?

サトコ
「鍵がないなら、取りに行くの普通ですよね!?」

津軽
いや、もう泊まるとこあるじゃん

サトコ
「泊っていいなんて言ってませんよ!」

津軽
モモなら喜んで泊めてくれるのに···

サトコ
「なら、百瀬さんのところ行ってくださいよ」

津軽
ふわ···もうねむ···

立ち上がりかけていた津軽さんが再び腰を下ろした時、もうダメだと悟る。

(まあ、前に泊めてもらった恩を返すと思えば···)

サトコ
「これで貸し借りナシですからね」

津軽
何言ってんの。俺に借りだらけなのに

サトコ
「そうなんですか!?」

(いや、まともに会話しようとしたら、朝になる···さっさと寝かせてしまおう)
(着替えは···)

私はクローゼットの中から男物の部屋着を取り出す。

サトコ
「これ、よかったらどうぞ」

津軽
クリスマスを過ごす相手もいないのに、男物の服を置いとくなんて···
ふしだら

サトコ
「弟のです」

津軽
弟いるんだっけ

何が可笑しいのか笑いながら津軽さんは部屋着を受け取ったものの。

サトコ
「···短い。全体的に···」

津軽
はは、仕方ないね。俺ってスタイルもいいから

(それに関しては言い返せないのが悔しい···)

津軽
ま、着替えはまたでいいや

(また!?)

津軽
俺のことはいいから、お風呂に入っといでよ

サトコ
「そうさせてもらいます···」

(お風呂で一旦全部、流してこよう)

しみじみとした疲れを感じながら、私は熱いシャワーを浴びに行った。

サトコ
「はぁ···気持ちよかった···」

ほかほかに温まって出てくると、津軽さんがクン···と鼻を寄せてきた。

津軽
いいね、すっぴんの女の子って···柔らかい匂いがするし

サトコ
「ただのボディソープの匂いですよ」

津軽
こんな夜中に男を家に上げて、しかも風呂上り···無防備過ぎない?

(自分から押しかけてきて、何を···)

からかってるとしか思えない津軽さんのおでこをグイっと押し返した。

サトコ
「セクハラですよ」

津軽
今はプライベートでしょ

サトコ
「上司とはそういう関係になりませんから」

津軽
じゃあ、上司じゃなければいいの?

サトコ
「え、ちょ···」

津軽さんの掌が私の頬を撫でた。
お風呂上がりの私とは打って変わって津軽さんの手は冷たい。

津軽
言ったよね?俺、寒さに弱いって
あったかいの、好きなんだ

サトコ
「ちょ、ちょっと···!」

迫りくる長い睫毛に反らす背中が限界に近づく。

津軽
男ってね、単純な生き物でね
簡単に雰囲気に流される

(これ以上は···後ろに倒れる!)

津軽さんの吐息が私の前髪を揺らした時。
そっと背中に腕が回され、支えられたのが分かった。

サトコ
「津軽さ···」

津軽
たまには七味唐辛子を使わないで食べるのも悪くないよね

(近い!本当に近い!)

押し返そうとして押し返せなくて、津軽さんって着やせするタイプなの?--とか。
睫毛のカールが綺麗すぎて、睫毛パーマかけてるの?--とか。

(どうでもいいことが頭を巡る···!)

サトコ
「意味が···わかりません···っ」

自分の頭の中も含めて出た言葉に、津軽さんがふっと笑った。
その表情だけ妙に色っぽくて視線が吸い寄せられる。

津軽
こういう意味

ふわっと津軽さんの香りがした。
同時に感じたのは額への柔らかな感触。

津軽
メリークリスマス

おでこに触れた唇に小さく身を竦ませた、次の瞬間。
私を支えていた腕がなくなった。

サトコ
「わっ!」

ゴンっという鈍い音が響く。

サトコ
「~っ!」

津軽
ぶっ···くくっ!ウサちゃんって、ほんとに飽きないなぁ

肩を揺らしながら津軽さんはソファに横になると、そのまま目を閉じた。

(ほんとにもう、この人は···)

このまま何も掛けずに寒い思いをすればいいと思ったのも、一瞬のこと。
津軽さんが風邪でもひいた日には、ものすごく面倒なことになりそうで。

サトコ
「毛布、掛けますよ」

それからリビングの電気を消すと、私もベッドへと潜り込んだのだった。

翌朝、起きるともうソファに津軽さんの姿はなく。
出勤すると、先に来ていた。

サトコ
「おはようございます」

津軽
おはよ。ちゃんと起きられたんだ。昨日疲れさせちゃったかなって気になってたんだ

サトコ
「二日酔いするほど飲んでませんから。そういう皆さんも元気ですよね」

(相撲やら何やらしながら、あれだけ飲んで食べたのに、二日酔いの気配ナシはさすが···)

通常営業の皆さんに感心していると、津軽さんがこちらにやって来る。

津軽
そうそう。昨日 “も” ごちそーさま

サトコ
「!」

ふっとおでこに息を吹きかけられれば、昨晩のことが頭に浮かんできて。

黒澤
ちょーっと!サトコさん、今、顔赤くなってません!?

サトコ
「な、なってないです!」

加賀
···何があった

サトコ
「何も!?」

石神
お前は嘘を吐く時、右の瞼が痙攣する

サトコ
「え、いや、全然してませんよ、ほら!」

颯馬
ウソ発見器がいるかな

後藤
本気ですか?

東雲
偽証を見破るプログラムなら、他にもあるよ

(おでこにキスされただけなのに、なぜそこまで!?)
(というか、そもそも津軽さんが···!)

キッと津軽さんを睨んで、はたと気が付く。

サトコ
「ネクタイ···昨日と違いません?」

津軽
やだな。二日連続同じネクタイするようなダラしない男に見える?

サトコ
「だって昨日、鍵忘れたって···」

(もしかして、それがウソ!?)

サトコ
「ウソ発見器!」

津軽
いいの?そんなことしたら···
イブの夜にウサちゃんが柔らかくて、いい匂いだったこととか···全部バレちゃうよ?

全員
『!』

サトコ
「ごっ···!」
「誤解を招くような言い方しないでくださいー!」

来年のことを言うと鬼が笑うなんて言うけれど、今年もあと少しだから許してほしい。
来年こそは、このクセ満載の上司に振り回されないようーー
いや、振り回される回数が、少しでも減りますようにーー

Happy End

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